以前「
都市伝説」を書いた際、プルタブ回収運動を指して「現実化した都市伝説」と表記したが、実はこれとは違うタイプで、
現実に大きな影響を与えた都市伝説がある。
それが「
口裂け女」。
――二十代の人、知らんよね、コレ?
あ、いや「学校の怪談」などで知ってる人は居るかな?
口裂け女というのは、79年の春頃から夏にかけて全国的に広まった都市伝説。
夕方や夜、子供が道端を歩いていると、突然、コート姿で大きなマスクをした若い女性が声をかけてくる。
「わたし、きれい?」
確かに美人のようなので、その質問に「うん、きれい」と答えると、女性は突然マスクを取り、
「これでも?」と恐ろしい声で再度聞いてくる。
マスクを取った顔は、口が耳元までばっくり裂けており、恐ろしい形相になっている。
そして「きれい」と答えた子供は、女性に捕まって鎌で口を切り裂かれ、殺されてしまう。
「きれいじゃない」とか「ブス」とか答えると、自宅までストーキングされた上に殺されるとか、家の中で殺されるとか、やっぱり鎌で口を裂かれるとか、様々な犯行手口がある。
この口裂け女、整形手術に失敗して口が裂けてしまったと言われており、被害者を自分のような姿にしてしまおうと企んでいる生身の女性で、決して幽霊や妖怪ではない。
この「現実の女性が凶行に走っている」という、それまでの怪談などにはないリアルな怖さが蔓延しまくり、当時は、日本全国で知らない人はまず居ないというほど有名になってしまった。
――が。
被害者が死んでいるなら、
質問内容の情報もへったくれもないわけで。
つまり、これはすべて嘘のお話だったのだ。
だが、口裂け女が全国に与えた恐怖は並大抵のものではなかった。
なんと、北海道の一部では集団下校が行われたり、福島県や神奈川県では、パトカーが出動する騒ぎにもなったという。
これらは、「口裂け女ブームに便乗した変質者による被害」を懸念しての対策だったとも考えられるが、実際はそればかりではなく、子供達が本当に怯えてしまったためらしい。
つまりは「集団パニックを抑制するため」という目的意識もあったという事なのだろう。
まるでネタ話のようだが、当時全国各地で実際に行われていた、正真正銘本当の話なのだ。
地方新聞の一部は、まるで口裂け女が実在するかのような前提の記事まで掲載し(しかもご丁寧に、すごく怖いリアル系イラスト付きで)、僕達純情清楚可憐質実剛健電光石火な小学生達を、恐怖のズンドコに叩き込んでくださった。
一部の噂では、中京地方が発祥で、「教育ママ」や「財政難で子供を塾に通わせられなかった親がついた嘘話」が変化して広まったものではと言われているが、定かではない。
とにかく、今では考えられないことだが、そんなありえない架空の話が現実に多大な影響を与え、世間が大きく揺らいだ事件が本当にあったのだ。
その後、口裂け女の存在にリアリティを持たせるため、さらなる設定(笑)要素が付け加えられていく。
べっこう飴が大好物で、これを与えると夢中で舐め始めるので、その隙に逃げられるとか(動物かよ口裂け女は)。
また、なぜかポマードの匂いが嫌いらしく、「ポマードポマードポマード」と三回唱えると逃げ出すとか怯むなどという話もあった(普通はその程度なら追いかけてくるよな)。
口裂け女の手術が失敗した理由は、担当医のポマードが臭すぎて顔を背けたからで、そのためポマードが苦手なんだそうだ。
それ以前に、全身麻酔がかかっている筈の患者が顔を背ける事が出来る術式の手術など、考えたくもないが(しかもどんな失敗すりゃ耳まで裂けるんだよ)。
そんな付加設定の中でも最高傑作なのが、「口裂け女は足が速い」というものだった。
恐らくこれは、子供が絶対に逃げられないという状況を作り出すための嘘が、イクシードコンバートし過ぎた結果だと思う。
口裂け女の足の速さは尋常じゃない。
なにせ、車に追いつくほどの速度なのだ!
筆者は当時、時速300キロ以上という話を聞いた。
そんなに素晴らしい脚力があるのなら、手術失敗などにめげず、新たな道を目指して欲しかったものだが、口裂け女は子供を襲うためだけに、人間を遥かに越えた速度で活動する事ができるのだ。
…いや冗談じゃなくって、そんな話をしたため、怖がって家に帰れなくなった児童なんてのも居たそうなのだ。
ちなみにジャンプ力もすごいらしく、ビルなんかひとっ跳びらしい。
その力、なぜ正義を守るために使ってくれなかったのだろうか…
こんな素晴らしすぎるスペックを持ちながら、変質的活動にのみ精力をつぎ込んでいた口裂け女は、いつしか人の噂にも上らなくなり、ひっそりと消えてしまった。
あまりにひっそり過ぎて、いつ頃話題が途切れたのかわからないくらい。
しかし、彼女の存在を巡る噂・議論・報道は、この時期本当に存在し、いずれも大変な熱がこもっていたのだ。
そりゃあ、ニュースでも騒がれれば子供も怯えるって。
筆者なんか、これのせいでいまだにマスクに生理的嫌悪感覚えるんだもん。
それはそれとして、口裂け女の都市伝説の威力は凄まじく、すでにその名を聞かなくなって久しい現在においてなお、その存在感に怯える人達が居る…つーか、居たそうだ。
それは、韓国の人達。
筆者も調べて驚いたのだが、なんと2004年頃、この口裂け女の都市伝説が突如韓国に発生!
またまた恐怖のズンドコに叩き落してくれたそうだ。
ただ、これは単純に笑い話には出来ない気がする。
このような猟奇的かつ通り魔的殺人事件は、現代ではどこでもごく普通に発生しかねないわけで、加害者の口が裂けている・いないに関係なく、恐ろしい「警告」としての意味が通ってしまうだろう。
さらに深読みすれば、このような都市伝説に浮かされて、現実にそれを再現してしまおうとする愉快犯的行動を取る輩も出ないとは限らない。
また、そのような事が起こりうる状況だという認識がある限り、口裂け女の通り魔的犯行内容は、79年当時の日本とはまた違う種類の恐怖となって、人々の間に広がっていくのではないだろうか。……などと、ふと思ってしまった。
とかなんとか言っても、結局日本で言うところの口裂け女とは、所詮25年以上前に流行した「ハイパー噂話」に過ぎない。
それよりも前に流行った「なんちゃっておじさんの存在」と同様のカテゴリに属するものだ。
ひょっとしたら、数十年後・或いはそれ以上先の未来、口裂け女は「あずきとぎ」や「ろくろ首」のような伝統的和風妖怪の一つとして加えられるかもしれない。
――って、アンデッドじゃなくて人間なんだってばよのさ!(笑)
ちなみに、口裂け女氏が実在だったとして、現在まだ生き長らえているしたなら、年齢は推定四十代後半かそれ以上だろう。
さすがに時速300キロもの俊足は誇れなくなっているだろうから、もし今復活するのなら、是非とも流行に乗って、タキオン粒子を身に纏わせて通常とは違う時間感覚の中で動き回っていただきたい。
って、犯行推奨してどーするよ(笑)。
…え、なんちゃっておじさんって、何かって?
ああ、これは別に恐怖のズンドコに叩き落したわけじゃないんだけど、やっぱり都市伝説だったりする。
口裂け女が流行するよりも以前、どことなく「なんちゃっておじさん」という者の存在が囁かれた。
駅や電車内、またデパートやイベント会場など、大勢の人が集まるところ。
そこで、突然ある人物が奇行を取り始める。
その奇行に、周囲の人々が注目し始める。
だが、その人物は、決して気が違ってしまったのではない。
ある瞬間、突然態度を豹変させ、場を唖然とさせて姿を消す。
それが「なんちゃっておじさん」だ。
例えば、こんな感じ。
公園で、中年の男性が突然苦しそうにうずくまってしまう。
唸り声を上げ、脂汗を垂らしながら身をかがめているが、あまりにも辛そうなので、思わず周りの人が助けに来る。
中年男性を介抱しようと、またはその様子を見ようと、さらに人が集まってくる。
男性は、介抱されながら、苦しそうに抑えていた腹部から手を放す。
そこには、巨大な卵(の模型)が!
何の事はない、男性はただ、突然産気付いただけだったのだ。
――んなわけねーだろ! と、周囲の人達が突っ込みを入れようとする寸前、男性は突然立ち上がり、満面の笑顔で両手を上げ、揃えた左右の指を頭頂部に当てながら
「な〜んちゃって♪」
と叫び、猛ダッシュで逃走!
その場には、何が起こったか理解できずに呆然とする人々が。
路上駐輪が問題視される場所。
そこに自転車を停めようとしている学生が来た。
「おい! ここは駐輪禁止だ! そこに書かれているだろうが!」
傍に居た中年男性が、突然大声で注意する。
怒鳴られた学生は周囲の注目の的になり、渋々、その場を離れようとする。
――が。
当の男性も、しっかり自分の自転車を停めているではないか!
学生がツッコミを入れようとする、まさにその瞬間……
「な〜んちゃって♪」
と叫び、男性は自転車で猛ダッシュ逃走!
その場には、何が起こったか理解できずに呆然とする、学生とギャラリーが残された。
…とまあ、こんな感じ。
要するに、直接他人に迷惑はかけないけど、ちょっとしたお騒がせをしてトンズラこく「平和的愉快犯」のことである。
ところがこのなんちゃっておじさん、誰も顔を知らない。
いや、都市伝説ならばそれも当然なのだが、なんという事か「実際に目撃した人が居る」というのだからたまらない。
そう、口裂け女とは違い、このなんちゃっておじさんは実在し、或いは後から本物が登場したようだ。
おじさんは、別に顔を隠すような事はしていない。
しかし、このような突発的奇行を行われると、人間は意外にその相手の顔を覚えきれない・思い出せない場合が多い。
心理的盲点という奴だ。
とにかく、このように、全国各地で「なんちゃっておじさんを目撃した!」というレポートが寄せられ、その実在と活動規模の広さが、益々人々の興味を集めたのだ。
――のだが。
この「レポート」なるものが、ラジオ番組などの専門コーナーに寄せられたリスナーの投稿である、という所にも注目したい。
そう、つまりは、これらの報告もひっくるめ、すべてが「真っ赤な嘘」の可能性も高いわけだ。
このなんちゃっておじさん、大元は「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」や「タモリのオールナイトニッポン」のコーナーなのではないかという説があり、また「まことちゃん(楳図かずお)」内で紹介されたギャグが源流ではないかという説もある。
「ドリフターズ」のネタが元だという意見もある上、「本当にやっている人が居る」という説まであり、もうわやくちゃ。
一時期など、大規模な組織的犯行(?!)なのではないかとまで噂されたという。
どちらにしても、犯罪行為ではないにしろ、困ったお騒がせさんだったわけだ。
きっと、これを真似した人も大勢いただろうなあ。
筆者はまだ生まれてなかったから、全然知らないけどさ。
この「な〜んちゃって」だが、実は実行するのは結構難しいらしい。
相手の虚を突くだけでなく、場の空気を読み、変化を把握し、ここぞというタイミングを逃さない細心の注意力が必要なのだという。
いわばこれはボケツッコミの、ツッコミが入る直前に消えうせるという高等テクニックで、冷静に考えれば、ヘタな漫才師以上の技量を求められる事になる。
自分の奇行が、誰かに先に指摘されてしまうと、そのネタは終わりなのだ。
かといって、出来るだけ多くの人に状況の奇妙さを理解させなければならないわけだから、ギリギリまで引っ張らなければならないという条件も付く。
誰かが「あれ?」と感じた瞬間、その気配を悟り、それでもしばらく引っ張り、雰囲気がピークに達した瞬間にネタバラシと逃走行為を両立させなければならないのだ。
これは…生半可な難しさじゃないぞ!
また、奇行ネタも「なんじゃそりゃ!」と一目でわかるような内容にしなくてはならず、特定の人にしかわからないようなネタではダメなのだ。
また最悪の場合、そのネタに使用した小道具をその場に捨てていかなくてはならない。
加えて、逃走時にずっこけたり、誰かに取り押さえられるようではいけない。
少なくとも、実践に移るためには、「なんちゃって三段」くらいの段位は必要だろうと考えられる。
なんちゃっておじさんの伝説は、すでに三十年以上前のこと。
筆者はまだ生まれていないのでよくわからないが、少なくとも、世間を明るく笑わせる・楽しませるために出現した、ある意味「英雄」であったのではないだろうか。
筆者は、そんな風に思うのだ。
生まれていなかったからよくわからないけど。
―――って、あれ。
このコラム、タイトルなんだったっけ?
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