都市伝説
後藤夕貴
更新日:2004年9月2日
 以前、後輩からこんな怪談を聞いた。


「〜で、その人達は車で話題のミステリースポットに行ったんですが、幽霊らしい物にまったく逢えなかったんです。
 しばらく同じ場所をぐるぐる回って、そろそろ帰ろうと思ったら、いきなりパトカーに止められまして。
 警察官いわく、『××の道路で、屋根の上に人を乗せた車が走り回っているという通報を何件も受けた』という。
 その車が、自分達のだったという事で、メンバー全員凍りついたんですって…」



 この話を自慢げに話す後輩に対して、筆者が述べた言葉はこうだった。
「それ、都市伝説じゃん」


 世間には、都市伝説と呼ばれる怪談・奇談が多く存在している。
 やたらとよく耳にする怖い話だったり、中途半端にリアリティのある伝聞だったりと、形式や広がり方は様々だ。
 一部の人達は、それらの話が「すでに他所で使いまわされまくっているもの」である事を知らず、いかにも最近耳にしたばかりの新情報であるように話す。
 この場合の「都市」は、別に東京や大阪などの大都市のみを示すわけではない。
 なので、これらを厳密に表現すれば、「現代伝説」とでもすべきものなのだろう。


 そんな中でよくあるものが、「ベッドの下の男」という話。

 友達を自室に招いたら、着いた早々「今からコンビニに行こう」と言い出す。
 なぜ? と思う本人を異常なほどの強引さで連れ出す友達は、アパートの外に出た瞬間「警察に電話して。早く!」と唱える。
 理由を聞くと、先ほど部屋に入った直後、ベッドの下に斧を持った男が潜んでいて、そいつと目が合った…というのだ。



 これも、様々なバリエーションがあるが良く聞く「都市伝説」のようで、怪談マニアにうっかり話してしまうと、逆上される事すらあるほど既出すぎる話だ。

 その他にも、こんなのがある。
 またまた怪談で恐縮だが…


 彼女とドライブの最中、ある道で女性の幽霊を見た。
 慌てて急ブレーキを踏むと、なんとそこはものすごいカーブになっていて、ブレーキングが遅かったら自分達はまっ逆さまに落ちていたかもしれなかった。
「あの幽霊さんが助けてくれたのね、きっと」
 彼女がそう呟いた瞬間、先ほど出てきた幽霊の顔だけが、運転席と助手席の間から浮き出てきた。
 そして一言…

「落ちればよかったのに…」



 そんな風に、「自分だけが知っている話と思ったら、すでに既知の話だった」というパターンは多く、その中でも特によく耳にするものが、「都市伝説」と呼ばれているのだろう。
 ただこの場合、話をした本人を悪く言いたくないのが心情だ。
 なにせ、本人は怪談奇談を話して、相手を楽しませようとしてくれている場合がほとんどだから。
 相手の話がたまたま良く知る話だったというだけの事なので、責めるのは酷というものだ。

 だが、それにしてもなんでこんなに、同じ話が広まりまくっているのだろう?
 そのルーツを調べる…というのはさすがに無理だが、良く聞く事のある「都市伝説」について、ちょっとだけ考察してみたいと思う。


 筆者が耳にする度に頭を抱えるのが、「血まみれの少女」の話。
 それは、こんな話だ。


 ある山道をドライブしていた人が小休止のために車を停めたところ、突然、血まみれの女の子が助けを求めてきた。
 そのあまりに凄惨な姿に、「これはひょっとして幽霊なのでは?」と思ったドライバーは、怖くなって車を急発進させた。
 取り残された少女はどうなっただろうと気にかけていたドライバーは、しばらく後に、別な車に乗る男に呼び止められた。

「この近くに、××で○○な女の子を見ませんでしたか?」

 男の言う特徴は、さっきの少女のものと一致している。
 先ほど少女と逢った場所を教えると、男は車を走らせて行った。

 後日、その時出会った男が「宮崎勤」であり、血まみれの少女はその被害者である事が、ニュースによりわかった。
 あの時、少女を助けていれば…



 …と、だいたいこんな話だ。

 これは、1988年から89年にかけて東京・埼玉で発生した「117号事件」…いわゆる『宮崎勤・幼女連続誘拐殺人事件』を下敷きにした話だ。
 血まみれの少女がこの事件の被害者の一人だという感じに仕立て上げた、ちょっと不謹慎な奇談である。
 だが、この事件の内容をよく知っている者にとって、この話が完全な創作である事は一目瞭然だ
 

 この117号事件、もう15年も前になるので知らない人・忘れている人も多いと思うので、軽く説明しておこう。

 宮崎勤、事件当時26歳。

 4人の幼女を誘拐してこれを殺害、被害者によってはバラバラに解体し、これを遺棄していた。
 5件目に当たる(ところだった)件では、誘拐されかかっていた幼女の父親が救助に入って、結果これが逮捕のきっかけとなった。
 この時の「警察には言わないで下さい!」は、当時ちょっとした流行り言葉になった。

 ここまでならば単なる変態的犯罪者なのだが、事件の経緯とその動機を辿っていくと、この宮崎の猟奇性・異常性が我々の想像を超えたものである事が判明していき、再び話題をさらっていく事になる。

 1件目の被害者の少女の遺体は焼却され、その遺骨と歯の一部がダンボールに詰められて、奇妙な文面の手紙(の様な物)と共に被害者自宅前に届けられた。
 当然、これは配達ではない。つまりそこまで直接やってきたという事。
 そして、この遺骨が被害者のものではないと警察が発表した際には、なんと犯行声明文を朝日新聞社と被害者宅に送りつけている。
 その文面を記した人間の名前として“今田勇子”という名が使われた。

 文面によると、今田は子供を産めない身体で、被害者の少女を見ていたらとても愛らしくなり、ついさらってしまった…そして過失で殺してしまったため、その遺体の一部を送り返した…と称している。しかし、本人自身は捕まる気はないと。
 文面はあくまで優しい女性といった雰囲気で、かなり長い文章で書かれている。

 しかし、最初に送られた手紙の文面が「“被害者の名前” 遺骨 焼 証明 鑑定」と書かれただけのものだったため、その内容の差に多くの人は悩んだ。
 結果、これにはとんでもないオチが付いてきたのだが…(後述)。


 逮捕後の宮崎の発言からは、常人には到底理解出来ない内容のものが多く飛び出した。

 まず犯行時の記憶がない事。
 被害者の一人の遺体の一部を食べてしまい、それは以前亡くなった祖父の“復活の儀式”のためだという意味不明な発言があった事。
 犯行直前(被害者が泣き出す、または宮崎自身の手の奇形を指摘する等が行われた場合)に“ねずみ人間”なる幻覚に襲われて、気が付くと家の玄関に帰っているという記憶欠如、または誘拐過程や、自室での遺体解体作業はすべて第三者視点で見ており、もう一人の自分が黙々と作業しているのを傍観しているという発言など、明らかに精神分裂か多重人格による影響が見られ、長期に渡る精神鑑定が行われた。

 奇妙に緻密な計画性がある部分と、あまりに短絡的で幼稚な部分が共存している事が、彼の存在を益々不気味にした感がある。
 結果、彼には4〜5つに及ぶ別人格が存在する事が認められ、日本では数少ない多重人格症による事件として広まった。
 本件は、専門的には「117号事件」と称されている。

 ただし、後に先の“単語羅列のみの手紙”にはとんでもない秘密が隠されていた事が明らかになって、一部の関係者を大いに驚かせた。
 なんと、先の文章をすべてローマ字変換にして、この文字を並べ替える事により…


「MIYASAKI TSUTOMU HAKONI IRE KIE」

『宮崎勤 箱に 入れ 消え』


 という文章になる事が、暗号解読の専門家によって突きとめられた。

 なんでも98%以上の確率で、意図的に仕組まなければ出来ないものだったらしい。
 事実、宮崎自身はかなりのパズルマニアで、パズル専門投稿誌の常連であった事が認められている。

 そういった経緯がある犯罪者であるが、我々にとってはもっと驚く事柄があった。
 それは、彼は同人・マニア関係の人間であったという事実。
 もの凄いビデオマニアで、アニメ・特撮をはじめとしたあらゆる作品を録画しており、その本数は千数百本とも言われた。
 そのため、当時の特撮番組をはじめとする子供向け番組は、「子供に悪影響を与えるものだ」とその内容を激しく非難・糾弾され、特に勧善懲悪的内容の作品は、「(宮崎がそうだったように)子供の凶暴性を高めてしまうから」などという、言いがかりにも似た難癖を付けられた。
 その影響で、当時の子供番組のいくつかは大幅な路線変更を強いられるという事態に陥った。
 これによる影響は想像を絶しており、とにかく業界全体は大混乱した。
 実際、90年度放映の東映特撮作品『特警ウィンスペクター』は、この影響によって誕生した番組であるとされ、内容的には、これまでの王道パターンである「特定の敵組織との戦い」は描かれていない。
 蛇足だが、これによって“新作の仮面ライダー”の企画が、一つ没になっているという噂がある(無論反論も多いが)。

 '87〜'88年頃のコミックマーケットカタログの中には、なんと宮崎の直筆によるサークルカットと、自宅住所までが記載されている!(現在、その場所は完全な空き地になっているが…)

資料: 衝撃犯罪と未解決事件の謎/日本テレビ・近藤昭二編著(二見書房)他
以上、『真・九拾八式工房』「九拾八式CD-ROM/九拾八式・極」内「ペルソナ」本文より引用


 事件当時、宮崎勤は心神耗弱状態であったと言われ、先のエピソードのような理知的な行動を取っていたとは考えづらい。
 宮崎勤は、ターゲットの少女に声をかけ、写真撮影をして、車に連れ込む所までは計画的に行っていたようだが、少女が嫌がって騒ぎ出したり、宮崎の身体的特徴・左手の不具合を指摘した瞬間に殺意が芽生え、いわゆる「意思ここにあらず状態」で凶行に及んでいる。
 ある犯行に至っては、被害者の少女が騒ぎ出した所から幻覚が見え始め(一部で有名になった“ねずみ人間”が出現したというもの)、気がついたら自宅にいたという証言が記録されている。
 つまり、自分が手を下した瞬間から、家に逃げ帰るまでの間記憶がないのだ。
 しかも、家に逃げ帰ってからはいけしゃあしゃあと、趣味のアニメビデオ編集を行っていたという。
 そんな状態で、先のエピソードのような「他人をつかまえて質問」など出来るわけがない。

 ましてや、宮崎が被害者に対して行った行為や、殺人後の遺棄に至るまでの作業工程を考えると「少女が血まみれの状態で逃走する」という事自体ありえなかった事がわかる。

 以上の事からも、この作り話は117号事件を単なる「連続幼女誘拐殺人事件」としてしか見ていない人が、表面情報だけで考え出した内容だという事は、明白だ。
 実際は、この事件は宮崎勤自身の「精神状態」についての考察が成された、いわゆる“サイコ”系に属する事件なのだ。
 奇妙な計画性と無計画さが同居し、「挑戦状」と称された謎のパズル文章を用意し、さらに“今田勇子”なる架空の女性像を作り上げての自演行為、さらには犯行後の「分裂症」を思わせる発言など、先のエピソードとはまったく異なる要素が重要視されているのが実情だ。


 まあしかし、これらの都市伝説はまだ「うそつけぇ♪」と呟く程度で済む無難なものだが、中には広まりすぎて、世間一般に間違った認識を与えてしまうものや、それが発展して「伝説から現実化」し、それに伴って各所に波紋をなげかけてしまったものがある。


 それが「プルタブを集めて車椅子をもらおう」という運動だ。


 信じられないという人もいるだろうが、実はこれも「都市伝説」が発祥だ。

 元々プルタブ回収運動というのは、缶ジュースからプルトップが完全に取り外せる形態だった時代、これが散乱するのを防ぐために行われた、清掃を目的とした自主運動が起源だといわれている。

 だがご存知の通り、現在のプルタブは缶から外れない。

 缶から外れる古いタイプのプルトップは、ちらかるとみっともないだけでなく危険でもあるため、回収の意味はある。
 だが、角もエッジもなく、缶に完全にくっ付いているプルタブをわざわざキコキコ取り外し、それだけを集めるのにどれほどの意味があるというのか?
 いっそ、缶そのものを送った方が賢明ではないか? と思うが、まさにその通り。

 調べた所によると、車椅子に交換できるスチール製プルタブの量は、約140〜160万個
 重量にしてなんと800キロにも及び、ドラム缶二杯に匹敵する体積だそうだ。
 これを、どうやって集めろと?
 どうやって送れと?
 それに、送られた所は迷惑なんじゃないか?


 どうもこのプルタブ車椅子の話は、1980年代初頭、散乱するプルトップを自主回収していた団体が、それを“換金”して車椅子を購入し、施設に寄付したという美談から発展した可能性が高い。
 さらに83年頃、さだまさしがラジオ番組中で似たような運動を呼びかけ、二台の車椅子を得た事があるとか。
 この時点では、プルトップそのものではなく「アルミの換金による車椅子調達」だった。
 だが恐らく、こういう美談が捻じ曲がって伝わり、「プルトップやプルタブを集めると車椅子がもらえる」という要約されすぎた伝承に変質してしまったのだろう。


 ところが、この伝説は本物になってしまった。

 環公害防止連絡協議会という所が現在プルタブ回収を行っており、車椅子との交換に応じてくれる。
 …のだが、実はこれ、相当無理矢理にやらざるをえない状況に追い込まれた結果らしく、決して褒められたものではない。


 80年代は、プルトップ回収運動に対して否定的なニュースが新聞に掲載される事が多かった。
 「一万個集めれば車椅子」という話を真に受けて、五万個(これだけでもかなりの量)も集めたのに、いざ送ろうとしたら肝心の送り先がわからず、途方にくれた団体の話や、プルタブとは全然関係ないゴミの回収でも車椅子がもらえると信じ、タバコのパッケージフィルムのテープなどを必死に集め、無駄な努力をしてしまった人達の話とか。
 ここまで来ると、出所はともかくとして「こんな噂を広めた奴許すまじ!」とすら感じられてくる。

 「でも、今は実際に交換してくれる団体がいるんだから、結果オーライでいいんじゃない?」とお思いの方もおられるだろうが、話はそう簡単にはいかない。

 元々美化運動を行っていた環公害防止連絡協議会は、「車椅子と交換してほしい」という要望と共に送りつけられてくる膨大な量のプルタブに根負けし、つい本当に車椅子を譲渡してしまったのだ。

 この瞬間、都市伝説は「真実」になってしまった。

 結果、引っ込みがつかなくなった環公害防止連絡協議会は、明確な「必要収集数」を定義し、車椅子を送る事を余儀なくされてしまったのだ。
 つまり、収集運動家達の「力押し」に負けたと。

 送られてくるだけならともかく、どうもスチールやアルミと材質分別が無視されるケースも多いようだ。
 実際にはアルミのみを選別すれば、プルタブのみでなく缶そのものでもいいし、缶詰のタブでも問題ないそうだ。
 要は「アルミならアルミ」「スチールならスチール」と、しっかりはっきり分けられていればいいらしい。

 ただし、集めたのはいいが発送方法が問題だ。
 800キロ以上もの超重量、いったいどうやって送ればいいのか?

 環公害防止連絡協議会は、クロネコヤマト宅急便を利用し、20〜25キロ単位で区分して送ってほしいと唱えている。
 送料は、送られたアルミの換金分(※注意)から差し引かれる形になるという。
 クロネコヤマトはこの運動に協力しており、着払い扱いで全国どこからでも600円/20〜25キロ単位で送れる。
 一言で25キロと言ってもピンとこないだろうが、これは大きな袋に詰めた場合、大人が両手を伸ばして抱えきれないほどのサイズの袋二杯分に相当する。
 これだけでも凄まじい量だ。

 だが、ここでよく考えてほしい。
 800キロを25で割ると、全部で32に分けられる。
 これらすべてに、それぞれ600円の送料がかかるから、32×600=19200円もの送料が差し引かれる。
 環公害防止連絡協議会のサイトによると、車椅子はスチール製で一台6〜7万円、アルミ製の価格表記は見当たらなかったが、3万6千個ほどのアルミ製プルタブとの交換ができるらしい。
 どうやら環公害防止連絡協議会も、集めたスチールやアルミを一度換金して、それから車椅子を購入→交換としているようだ。
 しかも、「スチールならスチール」「アルミならアルミ」と、きちんと分別しなくてはならず、混じり物があると価格は落ちてしまう。

 だとすると、スチール製タブを800キロ送った場合、換金分から19200円(単純計算)が差し引かれる事になる。
 それって、800キロ送ったとしても、結局2/3しか条件を満たせていないという事にならないか?

 さらに、アルミの価格相場は変動が激しいらしく、800キロが毎回同じ価格で売れるとは限らない。
 また、純度99.5%以上のアルミの物でなければ意味はなく、ちょっとでも鉄分が混じっていると価格は暴落するらしい。
 上の例の場合、さらに19200円分のプルタブを集めなくてはならなくなる
 しかも、送料を差し引いてだ。
 そう考えていくと、800キロという「交換基準」も、ものすごくアバウトなものにすぎないと考えざるを得ない。

 結局、1500キロ(1.5トン!!)くらい送らないと車椅子と交換できないと考えた方がいい…と、環公害防止連絡協議会のサイトにはしっかり記述されている。

 環公害防止連絡協議会のこういった各種説明の裏側に、「だからお前ら、もう送ってくるんじゃねーよ!」というメッセージが隠されているようにしか思えないのは、筆者だけだろうか?

 実際、これほど割に合わない運動はない。
 1000個や2000個程度でもらえるというなら、懸賞気分で何口も送る事ができるだろうが、実際は「車椅子が買える金額まで換金出来るくらい、自力でプルタブを集めなければならない」のだ。
 はっきり言って、こんな行動ほどばかばかしいものはない。
 それに、環公害防止連絡協議会だって、こんな運動を全面的に提唱しているわけではないのだ。
 もし、この運動が全国的に推奨されているのなら、環公害防止連絡協議会以外にも交換に応じてくれる所が沢山出てきて、その結果が必ず一般の人達の耳に広く伝わるはずだ。

 実は、当の環公害防止連絡協議会も、一時期プルタブ回収を止めている。
 しかも、その時の言い訳が平成12年当時の代表が入院したからという、「それって全然関係ないじゃん」というものだった。
 これって、回収をやめたいがために適当な言い訳を用意した、と解釈するしかないんだけど…
 「全国的な要望」なるものが集中したため、結果的に再開するハメになったらしいが…この辺りに本音が覗いているような気がしないだろうか?
 これって、環公害防止連絡協議会にとっては、ただの迷惑だったのでは?
 クロネコヤマトも、本来の1/3程度の送料での配達を強制されているようなものなのだ。
 
 この運動で重要なのは「プルタブの材質分別」「実売に足る数の収集」であり、これらがきちんと理解されていない限り、運動のいくらかは無駄に終わる可能性が高い。
 環公害防止連絡協議会のサイトでも、アルミ缶をつぶして送ってもらえれば、一缶につきプルタブ44個分として換算すると、わざわざ記述している。
 にも関わらず、実際に運動している人達は、異常なほど「プルタブのみの収集」にこだわる。

 缶と切り離さないと激怒する人間がいたりするくらいだから、この思い込みパワーは凄まじい。

 大雨の降る真夜中の秋葉原、わざわざ自販機横のゴミ箱を開け、缶からプルタブを取り外している人を見たことがあるが、決してその行動に感心は出来ない。
 その前に、最低限満たさなければならない条件を満たせているのだろうか…?
 アルミ缶リサイクル協会も、ブルタブを取り外さないでほしいと提唱しているのに、どれだけそれが伝わっているのだろう。

 さらに調べていて、呆れた事実が判明。
 どうやら、車椅子を必要とする施設などでは、特定の時期以外車椅子が不足する事はなく、むしろダブついているそうだ。
 だったら、そこまでやっきになって車椅子にする必要なんかない。
 むしろ一般家電や家具、電気製品にして、施設だけに限らず公共の場で使える道具などに交換した方が、よほど前向きだし堅実だ。

 どうもこの運動、「ボランティア」「みんなで一緒に運動」「施設へ寄付する」という言葉が独り歩きして、人様の善意をゆがめてしまった結果のものだと思えてならない。
 でも、行き過ぎた行為はたとえ善意から発したものであっても、ただの「押し付け」でしかない。
 悪い言い方をしてしまえば、潜在ボランティア希望者達の一方的な思い込みが、各所に多大な迷惑をかけつつ発展し、各所に無駄な歪みを生んでいるようにしか考えられない。
 中には、事実を知らないで集めている人もいるだろうし、知りつつも無理矢理参加させられている人達もいるだろう。
 まったく、哀れな状況としかいいようがない。

 筆者が勤めている会社でも、プルタブ回収運動が呼びかけられている。
 だが筆者は、絶対にプルタブを外して提供などしない。
 社内であろうと、絶対に普通に捨てる。
 他人に迷惑をかけかねない行為に参加するのは、まっぴら御免だからだ。
 中にはこの運動のため、一円玉を集めている集団もいるそうだ。
 …ちょっと待ってよ…それって犯罪だってば(笑)。


 やや脱線気味になったが、恐らくこの「プルタブ車椅子」が、現状最大級クラスの都市伝説だろう。
 これ以上、世間に広まりまくった伝説は、まずない。
 笑える話やおかしな(だけの)話ならともかく、広がりすぎてはいけないタイプの都市伝説もあるという事だ。

 もしまた、面白い都市伝説の話があったらご紹介していきたいと思う。
 

※なお、この「プルタブ回収問題」については、一切の反論をお断りいたします
 また、本文中各所に出てくる「環公害防止連絡協議会のサイト」も、あえてリンク設定する事を避けさせていただきました。
 検索ですぐに出てきますので、興味をお持ちの方は是非ご参照ください。


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