|
||
更新日:2005年1月16日 | ||
ビデオデッキは、大変便利な道具です。
VHS、β、8ミリ、デジタルビデオなど色々な種類があり、最近ではDVDレコーダーやHDDレコーダーなど、テープ以外の媒体によるものも普及してきましたが、これらはテレビ番組を録画・保存する機能を持つ装置であるという点では一致しています。 もちろん、テレビ番組のエアチェックだけでなく、子供の成長記録や結婚式の記録などにも使えますが、今回のお話は、エアチェック機能とビデオソフト再生機能に限定しておきます。 つまり、テレビ番組を繰り返し見る、或いはテレビを見られない時間帯の番組を後で見ることができる機械がもたらした影響について考えたいわけです。 面倒なので、以後この手のデッキ全般を「ビデオデッキ」と呼ぶことにします。 ビデオデッキは、上記のとおり、テレビの前にいられない時間帯や、見たい番組と同じ時間帯に放送していて本来は見られないはずの番組を録画しておき、自分の都合のいいときに見ることができる夢のような道具です。 ビデオデッキがないと、社会人は見たい番組を見ることすらできないことも多々あるでしょう。 この一点だけでも、心から「あって良かった」と思います。 もちろん、録画しつつ直接番組を見る人もいます。 鷹羽の場合、今は『デカレンジャー』がそれに当たります。 やっぱり、リアルタイムで見たいという欲求もありますから。 少し昔には、CMカットの必要から、画面にかじりついていた人も多かったですね。 鷹羽の家にビデオデッキが入ったのは、昭和58年の秋でしたが、それまでは、見たい番組があればなんとかしてその時間は家にいるようにしていましたし、外にいても必死になって家に帰ったものです。 午後4時台に放送していた『タイムボカン』を見るために、時間を気にしながら外で遊んでいた時期もありました。 2才ころから時計を読めたりしたのも、見たい番組を確実に見るためだったのだと思います。 つーか、そのころからテレビを見ていたわけで、周囲からは「三つ子の魂だね」と笑われていますが。 自分の家にいられないときは、人の家で見させてもらったりと、色々努力もしました。 埼玉在住の親戚の家に行ったとき、だだをこねて『仮面ライダーアマゾン』を見させてもらったら、いきなり最終回(新潟では3か月遅れで放送)でショックを受けたこともありましたっけ。 そういえば、『逆転イッパツマン』の『シリーズ初! 悪が勝つ』は、電器屋の展示品のテレビで見たんでした。 展示品のテレビの前を動かない子供というのも、今から考えれば気味が悪いかもしれませんね。 ちなみに、この『シリーズ初! 悪が勝つ』は、タイムボカンシリーズで3悪が初めて勝った話として有名ですが、『ヤッターマン』でヤッターワンが3悪のメカと相討ちになっていることは、意外に話題にはならないようです。 不思議…。 また、学校行事の関係で『電子戦隊デンジマン』の最終回が見られなかったり、放送時間の関係で『宇宙刑事ギャバン』をほとんど見ていなかったりというのも、ビデオデッキを持っていなかったが故の出来事です。 裏番組問題も結構深刻で、『合身戦隊メカンダーロボ』と『超合体魔術ロボ ギンガイザー』のハシゴ視聴なんかも、裏番組だったからですし、『聖戦士ダンバイン』の序盤を見ていなかったのも、(新潟では)裏番組の『ぼくパタリロ!』(『パタリロ!』から途中で改題)を見ていたからでした。 一応自己弁護しておきますが、出先でテレビを見るために努力するというのは、別に鷹羽が特殊というわけではなく、濃い人の間では結構ポピュラーだったようです。 今は亡きアニメックという雑誌の関係者の話として、『マジンガーZ』放送当時、出先で番組を見るためにわざわざ寿司屋に入ったことがあったというのがどこかに載っていました。 まあ、寿司屋でなくてもいいんですけど、お腹も空いていないのに、食事代を払ってでもテレビを見たかったということです。 今では、こんな苦労は分かりにくいと思いますが、一人暮らしで、CS含めて週10本の作品を録画し続けている人が1か月の長期出張に行かなければならない状況を考えてみてください。 誰かを拝み倒して自宅の鍵を渡してでも、テープチェンジを頼みたくなるでしょう? また、プロ野球時期の夜9時からの番組なんかもそうです。 うっかり延長したり何かしたらと考えると、デッキの前にずっといたくなるでしょう? ビデオデッキがなかったころは、それらよりも、もっとずっと危機的状況が毎日続いていたんです。 ふと考えると、これらの状況って、今の大容量HDDレコーダーでほとんど解決されたんですよね。 やっぱりそういう要請があったってことなんでしょう。 このように、20年ほど前にビデオデッキが一般に普及し始めるまでは、テレビ番組というのは、その時間でなければ見られないのが当たり前でした。 ちなみに、20年前というと『宇宙刑事シャイダー』が放送されていた時期ですが、シャイダーの銃の名前がビデオビームガンなのは、ちょうど普及し始めたころだったからと思われます。 ともあれ、ビデオデッキがあれば、お気に入りの番組を残しておいて後々まで楽しむことができます。 15年ほど昔、鷹羽がスーパー戦隊の素晴らしさを啓蒙するため、元締の家に『電撃戦隊チェンジマン』のエアチェックテープを持って連日押し掛けていたのは微笑ましい思い出ですが、そういうことができるのも、ビデオデッキの効能の1つです。 例えば、既に2話まで放送済のドラマを人に勧める場合を考えてみましょう。 「この番組面白いよ」と言って勧めても、3話から見始めるのでは中途半端ですから、1話からでないと見たくない人には見てもらえません。 そういうとき、録画しておいた1話と2話を見せてあげるというのはいい手です。 1話と2話を見せれば、どう面白いのかが伝わりやすいですし、気に入れば3話から放送を見てくれるでしょう。 鷹羽は、『勇者ライディーン』本放送当時、放送していることすら知りませんでした。 友人の薦めで見始めたときには、既に5話くらいで、1話を見たのは7〜8年後の再放送のときでした。 もし、この当時、その友人がビデオを録っていたなら、きっと1話から見直すことができたでしょう。 そう考えると、ビデオデッキというのは、時間を巻き戻すことすらできる魔法の道具と言えるかもしれません。 さて。 このように、ビデオデッキは非常に便利なのですが、深刻な弊害もあったりします。 これから挙げるのは鷹羽個人の例ですが、似たような経験を持っている人も多いのではないでしょうか。 まず何といっても、録ったはいいが見ていない番組が出てきました。 大して執着がなく、無理してまで見なくていい番組でも、録れると分かっていれば一応録画しておいたりしますから、録る量が膨大になります。 まして、後で見られるわけですから、録った番組全部をその都度見る必要はなく、後で時間のあるときにまとめて見ようというものぐさなことができてしまいます。 特にCSで放送している昔の番組を録画したりしていると、いちいち全話見たりはせず、録れているかどうかの確認だけ、下手をするとそれさえしないで放ってあったりします。 2003年のゴールデンウイークにCSで一挙放送した『アルプスの少女ハイジ』は、夫婦で一緒に見ようと思ったのが運の尽き、2人の時間が折り合わず、未だに5話で止まっています。 鷹羽の相方の場合、テレビ番組に対する執着が弱いため、状況は更にひどく、2004年春に放送したドラマ『オレンジ・デイズ』のエアチェックテープは、1話も見ないままほこりを被っています。 鷹羽は、『ハイジ』の反省から、1人でさっさと見てしまいましたが。 また、1回は見るけれど、その後もうほとんど見ないような番組でも、せっかく録ったんだし、またいつか見るかもしれないからと保存しておくことも多いのですが、これらの中に、後々見るようなものがどれほどあるかというと、ほとんどありません。 この場合、どんなに見る気があっても、見る時間がなければどうしようもないという物理的な問題が事態をややこしくしています。 鷹羽は、大学卒業間際に「就職したら、もうそんな暇はない」と考えて、再放送をエアチェックした『仮面ライダー』全98話を見直したことがあります。 半月近く掛かりました。 当然ですね。 30分番組は本編だけでも20分ありますから、98話分となると32時間を超えます。 1日2時間見ても半月掛かるのですから、社会人がこれを一度に見ようとしたら、2日間の休みを丸々潰すくらいの覚悟がいります。 1年にわたって放送されるトクサツ番組の場合、50話前後で約20時間ですから、やはり寝食を忘れて見ても丸1日消えてしまいます。 スーパー戦隊シリーズの場合、鷹羽が全話エアチェックしているのは『鳥人戦隊ジェットマン』以降ですが、それだけでも13年分もあるわけで、本編17分の番組が半分あることを考えても、全部見たら240時間を超えます。 スーパー戦隊なんかは、『秘密基地』の原稿のためもあって、後で必ずある程度見ますが、当然、同時期のメタルヒーローも全話揃っていますし、そのほかにアニメなどもありますから、それらを全部見るなんて不可能と言っていいでしょう。 こうした事情から、二度と見直されることのない番組が年々貯まっていくということになるわけです。 実際、鷹羽は、メタルヒーロー最終作である『ビーファイターカブト』を全話録っていますが、あまり好きではないので、2回以上見た話は1つもありません。 それでも捨てていないのは、“もしかしたら何かの話を見たくなるかもしれない”という甘い考えからです。 現実には、実家に置いてきているため、見たいと思ってもそうおいそれと見ることができないのも分かり切っているのに、です。 世間一般にも、コレクター気質から貯め込む人もいるでしょうし、貧乏性で貯め込んでしまう人もいるでしょうが、いずれにしても、置き場に困る程持っている人はそこら中にいるようです。 もしかしたら、見られることなく死蔵される番組というのは、保存しておくこと自体に意味を感じられる人にしか価値を見出してもらえない可哀想な存在なのかもしれません。 さて、ビデオデッキが生んだもう1つの弊害として、番組を見る集中力が落ちたというのがあります。 これは、後で見直しができるという安心感が元凶です。 よく驚かれますが、鷹羽は昔見た番組の内容を詳しく覚えていることが多く、ときには台詞までほぼ完璧に記憶していたりします。 もちろん、全部が全部よく覚えているわけではなく、“この番組には、こういう話があって、そのときは…”という程度のものをいくつも持っているという程度ですし、記憶が間違っていることだって結構あります。 好きな番組の気に入ったシーンを思い出すくらい、誰でもできますよね。 鷹羽の場合、思い出せる番組が普通よりちょっと多いだけです。 一例を挙げましょう。 1976年に放送された『ゴワッパー5 ゴーダム』というアニメがありました。 岬洋子をリーダーとするワンパク5人組のゴワッパー5というチームが、探検中に見付けた巨大ロボ:ゴーダムと共に地底魔人と戦う物語で、メンバー1人ずつにそれぞれ海の生き物を象った小型メカが与えられています。 ある話で、洋子がサブリーダーの津波豪から腹に当て身を食らって倒れ、ほかの4人だけで出撃するという展開がありました。 このとき洋子は実は気絶しておらず、豪達の意地を通して出撃させてやるために気絶したフリをしていて、4人が出撃した後、むっくりと起き上がって「あの程度で気絶するわけないだろ」みたいなことを言います。 その後、苦戦する豪達の前に「やっぱりあたしがいないとね」と、洋子の乗る戦闘機:エイプレーンが駆けつけるのです。 鷹羽は、このときの洋子の行動に痺れてしまって、長い間覚えていました。 10年ほど前、友人が『ゴーダム』のLDを買ったときに、数人で一緒に見ていたのですが、これらのシーンの直前、鷹羽が興奮して「この話、ここだよ、ここ! 気絶してないの! すぐ起き上がるんだよ!」「もうすぐエイプレーンが来るよ!」などとまくし立てたため、友人達は感心するやら呆れるやらでした。 当の鷹羽は、ずっと胸にしまっていたシーンを目の前に、無茶苦茶感動していました。 ちなみに、この話は17話『怒れ! タートルタンク』です。 まぁ、記憶力自慢をするのが目的ではないので本論に戻りますが、最近、鷹羽は番組の内容をあまり覚えていないことが多くなりました。 良くも悪くも、鷹羽の文章にはこういった記憶に頼る部分があり、まず記憶の中の作品を例として持ち出したり比較対象にして書き、その後、記憶に間違いがないか裏を取るという行程を経ます。 時折裏を取らないまま原稿を書き上げてしまい、お客さんから指摘を貰ったりすることもありますが。 で、困ったことに、最近見た作品は、こういう記憶が薄いのです。 最初は、年を取ったせいなのかと思っていたのですが、いえ、確かにそれもあるのでしょうが、近頃、それだけではなかったことに気付きました。 番組を見る集中力が落ちていたのです。 初めてこのことに気付いたのは、『仮面ライダーアギト PROJECT G4』の原稿を書いたときです。 何しろ時間とお金の都合で、映画館で1回見ただけの情報からレビューを書かなければなりません。 それはもう、持てる集中力を総動員して画面を凝視し、物語の展開や台詞、細かい描写に至るまで必死に覚え込んで家に帰り、一気にストーリーを書き上げてから評論本体の執筆に入りました。 このときの集中具合は、近年なかったレベルで、もの凄く疲れました。 で、ふと気付いたわけです。 あれ? 昔ってもっと普通にこれくらい覚えていなかったっけ? 年のせいばかりではなかったのです。 よく考えてみれば、当時連載中だった『習慣鷹羽・仮面ライダーアギトの軒下』でのレビュー執筆の際も、ビデオと首っ引きでした。 まるで当然であるかのように、ビデオをアテにするようになっていたのです。 考えてみれば、20年以上前、まだビデオデッキを持っていなかった頃は、再放送などもあまり期待できず、今のように映像ソフトとして発売&レンタルされるなど夢のまた夢であり、基本的に見損ねたらそれでおしまいでした。 今回の映画と同様、1話1話真剣勝負で見ていたのです。 もちろん、原稿を書くためではなく、もっと純粋に楽しむために。 だからこそ、印象に残った話は後々まで台詞を覚えていたりするのでしょう。 ビデオデッキは本当に便利な道具ですし、今更使うのをやめる気にもなりませんが、でも、それによるマイナス効果もあることをよく覚えておかないと、きっといつか自分の心で番組を感じることができなくなるのではないかと、漠然とした危惧を覚えた鷹羽でした。 → NEXT COLUM |
→「気分屋な記聞」トップページへ |