そないな展開、ありなんでっしゃろか? 柏木悠里
更新日:2004年2月19日
 今回は後藤夕貴の書いた『その展開、ちょっと待って〜』や、『なくなってみてわかるもの』に近いような、そうでもないようなお話なので、タイトルをパクってみた。

 良い子はマネしちゃいけないよ!


 さて、引き合いに出した『なくなってみてわかるもの』内で触れられている『鉄腕アトム』をはじめ、最近ではマンガ・アニメ・ドラマ・映画……様々なメディアで続編作品が乱れ飛んでいる。

 自分が未成年だった頃(プロフィールから推測して下さい)には、他メディアはともかく、マンガの続編だけはあまりウケなかったと記憶している。
 当時は「続編」=「才能の枯渇したマンガ家がすがる最後の拠り所」=「それをやったら最後」という図式があった。
 名作(?)『サルでも描けるマンガ教室』に、“作中のマンガ家が過去のヒット作の2物を始めるがすぐつぶれてしまい、「2物は当たらないというセオリーを忘れてた〜」と頭を抱える”というネタがある位、「続編はウケない」というのは、長い間マンガ業界の常識だったのだ。

 ところが最近ではマンガの続編が次々と発表され、しかもそこそこの人気を保っている。
 当たり前の様にリメイクを続ける映画業界の影響だとか、ヒットすれば続編が出るのが当たり前のゲーム業界のおかげだとか、色々言われているが、どうも考えられる要素が多すぎる。
 いずれその辺も論じてみたいのだが、とても今はまとめきれなさそうだ。


 ……という訳で、今回は開き直って、とある作品の続編についてごく個人的な感想を。


 この頃では、続編が百花繚乱大流行♪状態の為、中には速攻で打ち切られた作品の続編が発表されたりして驚愕させられる事がある(それが『セーラー○騎士』だとはあえて言いませんがね)。
 ただ打ち切り作品の場合、たいてい不自然に終わっているから、続編は意外と面白かったりする。
 むしろ、“綺麗に終わった作品の続編”の方が、よっぽど考えさせられてしまう。


 ↓比較的きちんと終わった作品での続編で、私が一番考えさせられてしまった作品といえば↓


 元作品は少年マンガ。
 本人の意図しない状況で、とある場所で生活せざるを得なかった青年が主人公。

 主人公の側には常に小さな男の子が居て、主人公にきつく当たったりもするが、その子の言う事は、意外と的を射ていて面白い。
 当初、読みきり形式のギャグマンガとしてスタートしたのだが、連載回数を重ねるにつれて、だんだんとバトル物にシフトしていく。

 途中から友情というテーマが強調されるようになり、友情パワーなどという、特殊な戦闘力アップの方法まで出現した。
 主人公の出自を巡って大波乱が起きる最終決戦までは、ギャグ・シリアス混合路線だったが、終盤はかなりハードな展開となった。

 いやあ、卑怯だわ〜スーパーフェニック……おっとっと。

 その中でも、主人公の友人(と言い切っていいのかどうか微妙なキャラではあるが)の師匠が、強敵として出てきた展開がかなり面白かった。
 私自身は後半の路線が好きなのだが、後付の設定のせいでキャラクターの相関図がぐちゃぐちゃになってしまったのもまた事実。
 おかげで「見ていて辛い」と思う読者も大勢いたようで、かなりギャグ色の強かったアニメの影響もあってか、「前半の展開の方が好き」という人も多い。

 それでも最終回ではほとんどの登場人物が復活し、主人公が仲間に支えられながら、トップに立つ様になるという大ハッピーエンドなので、かなり満足できる。
 一部の伏線が消化されていない等の問題点はあるが、ラストは綺麗にまとまったと言って良いだろう。

 ちなみに続編の主人公は前主人公の血縁者
 前主人公の側に居た小さな男の子は当時の姿のままで再登場し、今度は続編主人公の側に居るという無茶な状態になっている。

 なお、続編も東京系列アニメ化されたが、旧作は別系列での放映だった。


 ……そうそう、本題に入る前に。

 続編と言えばやはり『キン肉マンII世』についてなんですが、最近は流す程度にしか見ておりませんので、何も申し上げる事は有りませぬ。
 やはりあまり読み込んでもいない物を好き嫌い以上に語るのは気が引けるので。
 

 閑話休題。
 では本題の『南国少年パプワ君』の続編、『PAPUWA』について。
 なお、解説は主人公=シンタローとして描かれている。
 主人公=パプワとして認識している方には混乱させて申し訳ない。

 正直、『PAPUWA』の予告を見た時は驚いた。
 「これも続編〜? しかも十年近くも経って、今さら四年後の話ィ?」という気持ちもあったし、第一、続編を作ると前作最終回の感動がとてつもなく薄れてしまう(未読の方の為に理由は伏せておく)。
 そんな訳でスルーしていたのだが、たまたまマンガ系サイトで、「今月(2004年2月号)の『PAPUWA』が『南国少年パプワ君』のもう一つの最終回ではないか」という様な感想を見てしまった。
 
 ……買いましたよ、『少年ガンガン』を。
 前作のファンとして。

 この年でこの雑誌をレジに持っていけるなら、もう怖い物は何もな〜いさ、オーレ!
 仕事で仕方なく成人マークが入っている激SM系エロマンガ2冊、それも新宿書店で買わされた思い出以上にこっ恥ずかしいぞ!
 そういやこの時、緊張していて仕事なのに領収書取り忘れたな……。 

 そんな甘酸っぱい(←違う)思い出を呼び起こされながら見てみた2004年2月号の『PAPUWA』は、確かに「『南国少年パプワ君』のもう一つの最終回」という人が居るのも納得の内容だった。

 こうなってくると、ここまでの経緯も知りたくなるのが人情。
 『PAPUWA』をネット上で検索すると、アニメ化効果なのか何なのか、かなりの数のサイトが引っ掛かる。
 ありがとう!! 私の様な似非ファン(やはり私はまだ『南国〜』の方が好きだ。すまん)では無い本当のファンの方々!!
 おかげで読んでいない部分も大体把握できたヨ!


 でも、やたらと出てくるこの単語は一体……?


 結局その単語が気にかかってしまい、今手元に『PAPUWA』単行本が全巻あるのは、もちろん君と僕の秘密☆にしておきたいが、単行本を買ってしまった事で“休暇届けを出したつもりがエリア88に飛ばされちゃった”とか“プロ球団へ入るつもりでガンマ団に入っちゃった”みたいな極端な違和感を二つも感じる羽目になったのである。



ひとつめ:とてもまじめな違和感

 続編に出てくる前作のキャラクターというのは「やたらとすごく」崇められているか、落ちぶれているかのどちらかがほとんどだが、『PAPUWA』の連中は、四年しか経っていないせいで、どうやら前作と同じ様な立場にいるらしい。
 路線がギャグに戻ったため、割を食ったキャラもいるようだが、案外前作の雰囲気を損ねていない気がする。

 ……にも関わらず、奇妙な違和感を感じるのである。

 単純に絵が変わってしまったせいと思っていたのだが、読み込んでみるとどうやら違う。
 違和感の本当の原因は、前作ラストでシリアスに持っていったため、ギャグに含まれるブラックな部分が笑えなくなっているせいだった。
 ブラックなギャグはある程度行き過ぎている方が面白いし、しょせんギャグだからですませられるはずなのだが、前作が「大怪我をしたら死ぬ」という展開(……しかし本当は死ぬのが普通だよな。ギャグってすごい)を経て締めくくられたため、それが作品世界での常識と感じられてしまうのだ。
 そんな中で虐待系のギャグが出ると、何だかリアルに感じて妙に辛い。
 第一、前作ラストで主人公のために命がけで戦ってくれたキャラまで虐待していいのだろうか?
 はっきり言って、「面白い」よりも「えげつない」と感じてダメだよ、ママン……。
 

ふたつめ:とても不真面目な違和感

 話は前後するが、単行本を買う前のお話。
 先述した引っ掛かる単語とは……

 「京美人」

 である。
 最初これを見た時は笑ってしまった。

 京都出身のキャラといえば、感情の高ぶりで発火する事ができるという、色物のアノ男しか居ないからだ。
 絵的にはまあまあ美形に描かれているが、「根暗で陰険なので友達がいない」のをネタにされているキャラに、言うに事欠いて「美人」は無いだろう。
 確かに『南国〜』の頃でも「美人」と表現されている男性はいたものの、そのキャラは本当に意図的に綺麗に描かれていた。その人と比べても、彼にこの表現は不似合いだ。
 真っ先に考えたのが「どこかの大手同人作家さんが捏造したのが広まったのだろう」という事だった。

 興味の無い人には理解の範疇外かもしれないが、パロディ(Web上だと二次創作と表現する人も多い)の大手作家が言った事や描いた事は、同人を知っているファンの間では“その作品を語る上でのお約束”になってしまう場合がある。
 原作者が作った設定でも何でも無く、ただのパロディ設定が定着してしまうのだから、その影響力は恐ろしい。 
 「よし! まるで震災時のデマのよーに恐ろしい伝播力を持ったこの単語を産み出したパロディ作家さんを探してみようではないか!」
 と思ったのが大間違い。

 パカスカと検索に『PAPUWA』、「京美人」を打ち込んで……。

 ……とても後悔する羽目になった。

 出るわ出るわ、やおい系(意味が解らない方はこちらをどうぞ)サイト!!
 世の中にはこんなにアラシヤマ受けサイトがあったのくわーっつ!!(あ! ついにキャラ名出しちゃったよ)

 コイツは、前作からしてホモっぽいネタが多いキャラではあったので、やおいサイト乱立自体にさほどの違和感は無い。
 ただ、自分はそれを“友達が居ないため、友情を勘違いしてる”というギャグとして捉えていたので、「こんなに本気で受キャラだと思われていたのか!」と驚きはしたが。
 しかしそれ以上に驚いたのが、皆が皆「京美人」という単語を使っている事だ。
 これは原作に表記されたとしか思えない。
 これが気になって単行本を買った(←見事なアホ)。
 
 うわー、本当に言われてるよ、「京美人」……。

 小さなコマで、前作から下品なジョークを好んで言うキャラが口にしたセリフなので、正直、衝撃は少ない。

 だが、感じるこの「えぐみ」は何だろう?


 誤解しないでいただきたいが、私はやおい否定派ではない。
 実在の人物の関係を捏造するのだけはどうかと思うが、それ以外は楽しみ方の一つと捉えている。

 また、前作『南国〜』から「大きなお友達」で「同人屋」だった自分は、「ホモで無いキャラはパプワだけ」と作者が言い切っている事や、作者本人の同人誌によって、はっきりとそーゆー関係(!!)が描かれてしまっているキャラが居る事も知っている。
 とはいえ、私自身は鷹羽氏同様(あそこまで徹底できないが)、「同人活動や、非公式のインタビューで出てきた設定は本編とは関係無い」という主義である。
 まだ『南国〜』の方は、本編しか知らないならば、『ドラクエ4コマ』からの移行という事もあり、普通の少年マンガの雰囲気が感じられたのだが……。
 しかし『PAPUWA』になってからは、このセリフに限った事ではなく、何だかホモ系ネタ描写にも「えげつなさ」を感じて、やっぱりダメだよ、パパン……。


 掲載誌は以前と同じ。
 絵は前作の頃より格段に上手くなっている上、アクションがけっこう取り入れられており、かなり好みになっている。
 キャラクターもさほど損なわれておらず、前作のファンでもすんなり入れる感じだ。
 内容も、前作のいい感じの展開だった頃に近いだろうし、前作で残ってしまった謎も解明されそうな雰囲気。

 本来ならここまでの違和感は抱かないはずである。
 いや、ある意味かなり理想的な続編と言っていい。

 それでもこんな風に複雑な心境にさせられる続編も世の中には存在する……。


 ……それにしてもアラシヤマの技は『極楽鳥の舞』しか出てこないのかなあ。
 『スーパーフェニックスファイヤー』とかもう一度見たいなー(←こんなオチ)。
 

 微妙に次回に続きます。
 壊れてしまった柏木は何を企んでいるのか!!(続編予告かい!


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