百鬼 〜淫黙された廃墟〜
 この舞台が実在する場所だという事は、貴方はご存じ…?

1.メーカー名:ELF
2.ジャンル:3D-CG挿入マルチシナリオ型AVG
3.ストーリー完成度:C
4.H度:B
5.オススメ度:C
6.攻略難易度:E
7.その他:シナリオ構成が複雑な割に攻略が大変ラクチンという、ちょっと面白いシステム構成。
 でも、ソフトそのものにえらい難儀な問題が…

(ストーリー)
 大学生・須藤竜一は、親友の高志に誘われて、ある旅行に出掛けていた。
 それは、行き先を知らされないミステリーツアー…
 3日間もかけての船旅に不満を漏らす竜一は高志を問いつめるが、彼は「ある日自分の所に届いたハガキの案内に従った」という以外の情報を持っていない。
 添乗員2人を含めた9名がたどり着いたのは、“応化島”と呼ばれる廃墟の島。
 ここはかつて炭坑によって栄えていた所で、閉山10周年に伴い、島を所有する大河内財閥の会長・高房の企画によって“島の元住人とその知人”を招待したというものだった。
 翌日の昼までの自由時間を得た参加者8人は、それぞれ興味を持った場所を訪れる。
 そんな中、竜一達は一つの不思議な「小説」の原稿を発見する。
 この島に存在する神社…「言霊神社」には、15編の「物語」を奉納する事で、願いを一つだけ叶えてくれるという逸話があるらしい。
 それを知った竜一達と宏美達は、島内に点在する他の小説原稿を探索し始めた。
 しかし、この島が無人となった前後、とある恐ろしい出来事が水面下で起こっていた。そして、それは今もまだ続いている事だった。
 応化病院の中にある封印された扉を開けた時、竜一達はとんでもない大事件への関わりを持ってしまった…!!
 ※上記の一部に「誤字」と思われる部分があるが、誤りではないので念のため。


 はい、最初に記しておきます。
※今回も完全ネタバレなので、
プレイ予定のある人やプレイ継続中の方は、くれぐれもご注意ください。
  前にも記しましたが、筆者は、ネタを隠しながらレビューしない主義ですので。あしからず…


 筆者にとって実に久々の「ELF」タイトルとなった本作、実は今までとは全く異なるスタンスでプレイする気になった。
 このゲームをプレイされた方、あるいは興味を抱いた方などはよく解っていらっしゃる事とは思うが、本作の舞台となったのは現実に存在している島・長崎県端島…通称『軍艦島』と呼ばれている所だ。
 この島については、別ページにちょっとした資料を用意したので文字リンク部から読み進めていただければ幸いだが、実は筆者自身、数年前からこの島について大きな興味を抱いており、色々と資料を調べ、機会と条件が整ったら是非上陸してみたいと真剣に考えていた。
 特にその願望が強まっていた時期にこのタイトルが発売されたもので、まっさきに飛びついたという次第。
 それにしても、よくまあここまで…といわんがばかりに緻密な3Dマップと背景は、掛け値なしに素晴らしい。
 恐らく実際に上陸して資料撮影しまくった事だろうが(書籍資料だけでは絶対ここまで再現できないからね)それにしてもホントに良く出来ている。
 軍艦島に上陸したくてたまらないという人は、この背景美術を見るためだけに購入する価値はあるかもしれない
 それくらいの完成度なのだ。

 さて、解説を読んでいただいた方や元々軍艦島について詳しい方なら、本編の舞台となる時代について「あれっ?」と思わなかっただろうか?
 実はこの作品、いつの頃の話なのかがまったく本編内で触れられていない。
 普通に考えれば、当然「今」もしくはちょっとだけ前くらいの時期という事になるだろうが、そう考えるにはかなりの無茶がある。
 この部分についてはちょっと独自の考察を行ってみたので、別ページに掲載してみた(上の文字リンクより移動可)。
 もちろん、こちらに記されたポイントも全体評価に加えさせてもらっている。
 

 次にシステム面だが、本作はかなり独特な基本構造と親切なシステム設計を併せ持ち、本来ならば大変快適にプレイできる素晴らしい環境を提供してくれる…筈だった。
 しかし根本的な問題点が足を引っ張ってしまい…ま、これは後回しにして。

 本作には、“バックアップツリー”と言うシステムがあり、これは『PS版 かまいたちの夜』にも存在していたようなそこまでの選択肢の分岐を全部一気に表示するというもので、当然好きなところからやり直すことが出来る。
 つまり間違えた選択肢を選んでしまい、セーブしていなかったためにまた最初からやるハメになったとしても、これのおかげでいきなり問題の選択肢ポイントまでショートカットできるのだ。
 もちろんどのポイントがどういう場面のものだったかという説明も付加されているため、やり直しが大変楽になっている。
 シナリオ数に対してプレイ時間が長めの本作には、実に重要な役割を果たしてくれるシステムだ。
 そしてこれは、かつて『YU-NO〜この世の果てで恋を唄う少女〜』に搭載されていた独自システム“A・D・M・S”を彷彿とさせるものがある。
 それぞれのシナリオ間を主人公自身が直接行き来する訳ではないが、用途・メリット・スタイルはかなり似ている。
 A・D・M・Sそのものを利用出来ない事情については、大昔「YU-NO」のレビューで触れたのでここでは記さないが、程よくアレンジされた良質のシステム・アイデアである事は間違いないだろう。
 選択肢の間の事象を飛び越えまくるというゲームではないため、あれほど複雑なものではないが、まあとにかくこれらのおかげで、純粋にストーリーに集中していけるというのはポイントが高い。

 もう一つ、「切り替えられるクリックタッチシステム」という素晴らしい機能も存在する。
 これは、エルフ作品にはかなり高い確率で混入されている“裸の女の子にアイコンうりうり”の事だが、なんと本作ではこれを利用してシナリオを進めるだけでなく、通常の“テキスト流し読み”でも問題なく展開が運ぶという仕様になっている。
 これは、クリックタッチによって物語の流れが途絶される事を嫌うプレイヤーには大変うれしいもので、筆者のように“Hシーンはほぼすべてすっ飛ばす”人の事を考えてくれた、恐らくは初めてのものだったのではないだろうか。
 もちろん、クリックタッチを拒否すると二度とモードを戻せなくなった上に、クリックタッチでなければ見られないCGというのもあるため、CG達成率%を狙う人向けにちゃんと意味を持たせている(どうも単なる表情違いだけのようだが…)。
 達成率が98%前後で止まっている人は、ここでがんばりきれなかったというケースが多いのではなかろうか。
 大変よく出来たシステム…と思ってはたと気付いたが、これって以前うちが同人誌時代にレビューした中で「こうしてくれれば良かったのに」って指摘した事そのまんまのような気がする…。
 偶然だろうな、きっと。


 さて、これらのおかげで本作は、理論上「セーブをしなくても完クリ可能」という恐るべきゲームになってしまったわけだが、実際にやってみると、なぜかそんなに快適さを感じないのだ。
 何故か?
 それは、本作…というより本ソフトが異様に「重い」事に収束する。
 本ソフトパッケージなどに書かれた推奨環境は、実はあまりアテにならない。
 当サイトのプロフィールを参照していただければわかると思うが、そこそこの性能である筈のうちのマシンでも、なぜか異常に長い時間待たされる。
 一例としては「ゲームスタート時のタイトル表示まで」「各コーナー閲覧終了後(特に百鬼モード)」「シナリオクリア後」等、次の画面が出てくるまでに数十秒から1分近く待たされる。
 もちろん、この間マウスやキーボードからの入力は全部無視される。
 また、待機中にもなぜか画面上部に隠れているメニュー項目を展開する事が可能だが、この時に「タイトルに戻る」を選択すると、強制的にソフトそのものが終了させられてしまう
 …なんなのよ、一体。

 さらに、途切れまくって聞き苦しいなんてもんじゃない音声というのも問題だ。
 本作はDirect-X7をインストールしなければ音声再生に問題が生じる可能性があるらしく、その旨確かに説明書には記述されている。
 しかし、実際にインストール(うちの環境としては上書きになるが)してもこれは全然解決されず、感動の場面がブッツンブッツン切れる音声のために台無しになってしまう事もしばしば。
 なんかそれぞれの環境のサウンドドライバーに云々などと書かれてはいるが、もう少し製作段階で対応できなかったものだろうか?
 もちろん、5月現在修正ファイルらしきものは一切出ていない
 メインOSによっても変わることらしいが、少なくともWIN98辺りを使用しているユーザーは要注意という事だ。
 事実、XP環境ではほとんど問題らしい問題が検出されなかったらしいし…(怒)

 さらに、妙に鈍臭い進行も気になる。
 これは、表示されるテキストが好きなようにスキップさせられないために発生するストレスだ。
 なぜか本作では、状況によってセリフをカットできたり出来なかったりする。
 一回のクリックで、カット出来ないまま一度に3人くらいのセリフが(連続で)再生されたかと思ったら、次には連続カットが可能となり、また再び連続再生が行われたり…と、こんなのが交互に続く。
 普通のゲームみたいに、一回クリックさせてメッセージを表示しきらせておいて用を足し、後から読み返すという事をやろうとすると、いつのまにか会話が先に進んでしまっていたりする。
 しかも、このゲームは「全員のセリフがテキストとして表示されている訳ではない」というものもあり、大変ややこしい。
 どうもテキストと音声を同時に表示させるのではなく、音声の視聴のみでシナリオを体感させリアリティを出そうと考えたらしいが、はっきり言ってこれは失敗だっただろう(個人的には面白い試みだと思うが)。
 どうもサターン版「YU-NO」辺りからエルフが模索しはじめた、「音声面演出」のバリエーションの一環ではないかとも感じるが、ひょっとして最近のものはほとんど全部こうだったのかな?

 このゲームは、調整が出来るとはいえ主人公もしゃべる(声は多分置鮎龍太郎)。
 そして、主人公が考えている状態のテキストはいくらでもカット出来るようだが、一度しゃべり出すとカットしにくくなる傾向がある。
 それ以外の法則はよくわからないが、とにかく「自分のペースでテキストを読み進められない」というのはとんでもないストレスを感じさせる。
 読み返しもあるにはあるが、ノーテキストのセリフは表示されなかったり、機能を使うためには一度画面をフェイドアウトしなくてはならなかったりと、大変うっとうしい。
 また、せっかく設定した環境設定も、その機能使用中にうっかり右クリックなんかした日にゃ、もう一度設定し直さなきゃならないというのも困りもの。
 これは主に「既読スキップ」で多発する事だが、揮発性が高い機能はあってもほとんど意味を成さないケースもあるだろうから、もうちょっと検討していただきたい所だ。
 こういった細かい問題点が大きく響き、せっかく快適になる可能性を持っていた環境に悪影響を及ぼしたのは大変残念だ。

 ちなみに、主人公・竜一の演じるHシーンは、別な意味で大変面白い。
 置鮎氏演じる彼のセリフは、「男が女に対してささやく言葉」というよりは、ジュネカセット文庫などのような…いわゆる“やおい”系の作品で、「男が男に対してささやく言葉」のようにも聞こえてしまう
 これは、氏がそういった作品の吹き替えを多く経験している事から来る印象なのだが、なんとなく言いまわしに“余計な耽美さ”が汲み取れてしまう。
 ましてや、相棒の高志の声も合わさって、その危険度はさらに…失言。(彼の声は、子安武人氏?)
 一度でも、氏の出演しているそのテの作品を聞いた事のある人は、頭の中で照らし合わせて爆笑してみるのも楽しいかも?!


 次にシナリオだが、全体的には大変よく練られた面白いシナリオであるにも関わらず、演出の都合でそれが充分に活かされていないといった印象を受けてしまう。
 ただ、やっぱり話の持って行き方はいずれも大変うまく、熟練したものを感じさせる。
 つまりは二律背反的なものを感じるとまとめればいいのだろうか。

 まず、主人公達が知らない場所へ連れていかれるという不安感、そして廃墟ばかりの無人島に圧倒される描写は大変わかりやすく、主人公達とかなり近い感覚で物語を受け止められるのではなかろうか。
 事実、このゲームには「プレイヤーにも応化島(端島)へ上陸してもらう」という、一種の簡易シミュレーション的な意味合いが込められている。
 移動画面に、わざわざあんな凝った3Dムービーを使用するというのも、その一例だ。実際にその道を歩いているのに近い感覚を与えたいのではないか。
 そのため、舞台そのものに対する驚きを感じさせるためには、単なるビジュアルインパクト以外の要素も必要だという事なのだ。
 それがはじめからわかっていた上で製作されているだろう本作は、とにかく最初に“島巡り”を徹底させることで、他のゲームとは大きく違った“舞台イメージ”を植え付ける事に成功している。
 廃墟を巡るのは、やっぱりプレイヤー自身という事なのだろう。
 
 そして、主人公達に“島を探索させる目的を与える”というのも重要だ。
 島内で起こる事件をただ待つよりは、自分達で動いて何かを見つける方が楽しいに決まっている。
 現実に島に出向いたとしても廃墟を眺めるかその中に入ってみるかくらいしか思いつかない訳で、実際にやれば楽しいだろうけど、ゲームとしてもそれが面白いとは限らないから、これはこれで正解だ。
 また、集める目的「15編の小説原稿」そのものにも意味を持たせる事で、主人公達の行動にムダがないように仕向けているのはさすがだ。

 …しかし一方で、はたしてこの舞台「応化島」そのものに対した興味を持てなかったプレイヤーはどう感じただろうか?
 筆者はもう思いっきり堪能しまくっていたのでそういった感覚は完全には判らないが、島巡り部分や、応化編での“校舎内物語探し”はかなり退屈に受け取られてしまいかねなかったのではないだろうか?
 あれは、私みたいな嗜好の人間だったら全箇所喜んで回るだろうし、ごく一部の限られた人達ならば「講堂」に別な意味で注目してしまうだろうし(←ここは、知っている人だけニヤリとしてください)
 ちょっとだけそういう部分が心配だった。
 プレイヤーの全部が、応化島という設定に魅力を感じてプレイした…とは限らないわけだからねぇ。 

 この「応化島」という舞台設定要素があまりに色濃かったためにボカされている感もあるが、実はシナリオそのものの密度にはかなりムラがある。
 評価が高い「百鬼編」も、確かにそれだけならば凄い完成度だと思われるが、「ミステリー編」「応化編(両方)」はちょっとシナリオ自体の主目的から逸らされている感が強いし、「言霊編」に至っては説明書以外の役割を持っていない。
 また、それらのすべてが「百鬼編」へと収束しているわけでもなく、かなり独立して存在してしまっている感もあるため、全部やり終わると妙な消化不良を感じてしまう。
 そもそも本作は、マルチシナリオである以上どうしても発生するパラレル的な世界の重複はあっても、それらの結びつきが意外に薄く、しかも不明瞭なのだ。

 「百鬼編」を中心に沿えて考えてみると、
・「ミステリー編」では義昌の狂気の一端と旅行そのものの裏側部分の描写
・「応化編 宏美ルート」では、伊藤と篠原ととも子を巡る関係の露呈と、その後の解決への示唆
・「言霊編」では、15の物語を集めた結果の具体的な説明と、水原に執筆活動をうながした根源の解明

 …重要なのはこれくらいである。

 「応化編 祥子ルート」では、「百鬼編」に繋げるべき要素がほとんどない(話そのものが面白いから問題はないかもしれないが)。
 「百鬼編」の結末に不充分さを感じた人のほとんどは、その求めている結末がそれぞれ別なパラレル世界でのエンディングに依存している事を問題視したのではないだろうか?
 この性質のままだと、若葉が復活すれば義昌は裁かれず、伊藤ととも子の関係が戻りそうになれば、若葉は復活する事もなく義昌もそのままだ。
 また恐ろしいことに、仮にすべてのシナリオにおいて「あかりの冷凍死体」が関わってきてしまうと、それは一転して殺人劇に切り替わってしまうというあやうさの上に構築されているのだ。
 「言霊編」で、主人公達をぷりぷりしながら迎えに来てくれた恵美は、そのシナリオでも、一歩間違えれば主人公達に殺意の牙を剥いていたことになる。
 こうやって整理していくと、(すべての女の子と均等にうまく結ばれる…というムチャなのは別として)実は一通り重要なことが解決しているシナリオはないのだ。
 どれかが優先されると、もう一つの問題は流される。
 これが、深く思い入れたプレイヤーにとってたまらない“トゲ”なのではなかったか。
 もちろんこの場合「その後、若葉が復活した上で証言したことで、義昌を追いこむ事だってあったかも」と思われるかもしれないが、所詮それはゲーム内で語られた事ではなく、プレイヤー各自が連想するに過ぎない“理想の結末”。
 そういった部分まで本作の批評に加えることは出来ないのだ。
 そうやって考えていくと、メインヒロインの“若葉”という存在が非常にあやうく感じられる。
 「百鬼編」に入るまで、彼女の正体を知りたいと考える人はいても、彼女が物語全体のメインとなる存在だなんて考えた人はまずいないだろう。
 事実、「百鬼編」以外で若葉が不思議な現象を起こしたのは「ミステリー編」だけだ。
 だがよく考えてみると、若葉はすべてのシナリオで「不思議な事」をこっそり起こしている。
 若葉は、自分の記憶が戻ってしまうと消滅し、それによって周りの人間の記憶もすべて気化させてしまうという、なかなか面白い設定を背負っている。
 つまり「応化編」で彼女が病院跡に移動して以降まったく登場しなくなる事も、「言霊編」で主人公と宏美が帰還しても彼女だけいないというのも、すべてこの設定に基くものだったのだ
 だから、帰りの船の中で、誰も若葉の事を思い返すことはない。
 …そして、それを徹底させてしまったことがちょっとした問題だったのではないかと、筆者は考えている。

 「ミステリー編」での若葉の奇行(あえてこう表現)はともかく、「応化編」については、なんか邪魔者をとっとと追い払ったかのような扱いで、早々に姿を消している。
  明らかに早すぎて、プレイヤーは彼女の存在を再認知する事すら出来ない。
 また「言霊編」なんかは、指摘されなければ“若葉がいつのまにか消えていた”事すら気付かないくらいの扱いだ。
 あんなに、色々な意味で存在感をアピールしていたはずの彼女は、最初に思いっきりインパクトを与えつつも、その後はそれをすり減らし続けていくのだ。
 こんな事されたら、誰だって「百鬼編」の展開に驚きますわよ。
 若葉の意外性は、決して彼女が充分な存在感を維持したままで成し得たものではない。
 わざと一端消極化させた上で、突然再浮上させて「脅かした」に過ぎない。
 こういうのは、本来の意味での意外性とは言わないような気もするのだが、どうだろうか?
  
 そしてもう一人、ちょっと首をかしげてしまう存在がある。
 それが、もう一人の幽霊・あかりだ。
 応化病院の密閉された部屋の中で、超近代的な冷凍保存を施された死体…という衝撃の登場をする彼女は、てっきりメインヒロインクラスの存在だと思わされたにも関わらず、実際は端役だった
 彼女の生前の行動は「百鬼編」及び「心のナイフ」の文章内で語られているが、それらをすべてひっくるめてもほとんど活躍らしい活躍はしていない。
 ただ単に、義昌の奇異性を強調する材料としてだけしか存在が許されていないかのようだ。
 その割には、妙に神秘的な雰囲気を持ったキャラクターとして描かれている。
 というよりも、せっかく良い味を出している行動や発言が(例えば穣に渡したネックレスとか)、全部ムダにされているかのようなのだ。
 …なんか、若葉と比べると「引き立たせ方」が根本的に間違っているような気がするのは筆者だけだろうか?

 あかりというキャラクターは、応化島という場所に存在した事柄の暗黒面に切り込めるきっかけとなりうるキャラクターであり、同時に、その動き次第でもっともっと物語に幅を生み出す事が可能な存在だった筈だ。
 いっその事、若葉の対極に位置するもう一人のメインヒロインという位置づけでも良かったのではないか?
 別に、もっと穣に絡ませた上で義昌の元へ行かせ、それを穣が救い出す…なんてヒロイックな展開を望んではいないが、なんかすごくもったいない気がする。
 少なくとも、彼女を初めて発見した人のほとんどは、彼女の存在理由に多くの関心を払っただろう。
 その解答としては弱すぎるという結論に収束するのだが、初登場する「ミステリー編」でのスカし方は、別な意味で凄かったと感じている。
 
 その他、篠原や義昌の悪役としての立ち回り具合もイマイチ弱い。
 確かに、彼らが行っていた事はどれもえげつなさ全開のものではあるが、それに対する「報い」というものがはっきり描写されていないため、彼らに対する充分な納得が得られない。
 「ミステリー編」での篠原の死、そして義昌の崩壊は、彼らの悪事の詳細が表面下するよりも先に訪れる。
 「応化編」を先にクリアしていれば、篠原に対してはある程度溜飲が下がる事もあるかもしれないが、彼の死は同時にとも子の死をも併発させているようなものなので、結果的にそこに救いや解決は訪れない。
 義昌は「応化編」には登場しないため、「ミステリー編」では突然の登場という印象がどうしても拭えず、「誰やこいつ」というのが結局最後までつきまとう。
 だから、そういう感覚で見られている義昌に「ミステリー編」だけの解決が訪れても、イマイチピンと来ない。
 こういった展開の全体的な組み合わせ方は、もう少しバランスや印象度を重要視して、考えていただきたかった次第だ。
 

 15編の小説内容は、それぞれ独特の面白さがあって大変興味深く、好き嫌いはあるかもしれないが、ショートストーリーとしてはそれなりの完成度なのではないかと思っている。
 本格小説の形態ではないという事も、学生である水原穣による執筆という設定に説得力を持たせている。
 ちょっと内容の時代感覚に違和感を覚えるが、それをここで記す事は野暮だろう。
 また、これを用いる事で、言霊神社の本来の役割が発動、ひいてはグランドエピローグに繋がっていくという展開は、非常にスマートで説得力がある。
 しかも、当初は「集めること」にプレイヤーの意識を集中させ、「集めた後はどうなるか」という事についてはさほど注意が向かないように仕向けているのもなかなかにあざといやり方だ。
 だから、プレイヤーは言霊神社に物語を奉納した段階で目的意識を満たしてしまい、「叶えられた願い」そのものの行く末が想像しづらくなる。
 これによって若葉復活のインパクトを盛り立て、しかも違和感を感じさせないようにもなっている。
 やはり、物語を書いた本人の望みが叶えられてしかりなのだから、最後に登場した穣の願望によって若葉が蘇るという結末は、もっとも納得のいくものだろう。そして、自身はとうとう戻ってこなかったのだから。

 さて、ここでちょっとだけ「ホントに竜一は穣の生まれ変わりではなかったのか」という部分に触れてみたい。
 筆者は、やはり竜一は穣の転生による存在だと思っている
 元々輪廻転生には時間の流れは関係ないという概念はあり、「エチュードを君に」でも記されていたように“同じ時代に転生前と転生後が同時に存在する”というのはありうる…事になっているらしい。
 少なくともそういう概念がまかり通る世界観である事は間違いない訳だから、竜一と穣がああいう存在の仕方をしていても、問題は無い。
 しかし、竜一ははっきり若葉に「お兄ちゃんではない」と断言されている。
 これは二重の読み方が出来る。
 一つが言葉そのまんまに受け止めた意味で、もう一つが例の「倫理規定」云々の事情を考慮したのではないかというものだ。
 竜一をそのまんま兄という事にしてしまうと、何かと表現上…ないしは、それ以外の側面で問題があったのではなかろうか。
 とにかく「竜一=穣」というストレートすぎる実状を、さりげなくカモフラージュしたと言えなくもない。
 妙に「本当の兄ではない」という単語が強調されているというのも気にかかる。
  竜一が18号棟を初めて訪れた時、不可思議な記憶の混乱を起こしているが、後にこれをフォローする場面は存在しなかった
 また竜一が、18号棟他応化島の建築物に同様の感慨を抱いた場面はなく、ホントにこれだけだった。
 そして、18号棟が本編ではどういう存在意義を持っているものだったかを考えれば、おのずとそういう結論に導かれてしまう。
 こう考えていくと、やはり竜一は“穣”なのではないかと考えるのが自然だと感じてならないのだ。
 そして、むしろそう考える事で“若葉が彼を慕って姿を現した”という展開にも素直に頷けるのだが…無理に解答を求めたいわけではないのだが、そういう解釈も出来るという程度に留めていただければ幸いだ。
 

 次に、各シナリオ別に評価してみよう。

【ミステリー編】 評価D
 謎解きやその解決方法、追求の仕方や事実の判明などの流れはいずれも完成度が高く、また犯人指定や凶器断定に失敗した以降の「バッドエンドルート」の展開も無理なく、しかも主人公がバカに思われないように進んでおり、大変面白い。
 犯人・恵美の追い詰められた時の態度や、「途中まではまともに旅行を成功させたかった」と本音を漏らすシーンは、鬼気迫る迫力と僅かな哀しみを感じさせて、本当に良い。
 凶器である巨大スタンガンにはいささか閉口したが、確かにそれだけのものでなければ殺人には利用できないので、その辺を追求するつもりはない。
 まあ、途中でその気もないのに犯人がわかってしまうという単純さもあるにはあるが、本来本格推理物という訳ではない本作としては、これくらいで丁度よかったのではなかろうか。

 だが問題は、シナリオの結末。
 そもそもの問題定義となった「あかりの冷凍死体」に何の解答もないままだったり(義昌の台詞だけでは誰も納得しきれまい)、唐突に発生する若葉昇天によるうやむやな解決、そして先にも触れた「義昌への制裁」の明確な描写の欠如などが、かなりの不満因子として働いてしまっている。
 実行犯である恵美への追及はあっても、主犯格の義昌に対する追及は、ほとんど成されない。
 バッドエンドルートでは恵美自身が殺されてしまうのだから、ハッピーエンドルートの義昌にも、場合によってはそうする意思があったという事になるだろう。
 それほどの複雑な思惑がまかり通っているシナリオにしては、あまりにさっぱりしすぎなのだ。

 いや、実際このシナリオをクリアした時点では、違和感はさほどのものではない。
 不明瞭だった部分の解明の可能性が他シナリオにも含まれているだろうから…という希望的観測があるからだ。
 よって、ここの評価は全シナリオクリア後に下される、という事になる。

 「ミステリー編」は、比較的最初の方に経験する事になるシナリオだと思われる。そのためか、ここでの謎はほとんどが棚上げ状態のままでしばらく放置される結果になりかねない。
 前述の「パラレル世界同士の結びつきの希薄さ」も加わって、このシナリオの評価は“楽しんだ割には低い”という結果にならざるをえないのだ。

 
【応化編 宏美ルート】 評価C
 病院の開かずの部屋を開かないままで進むと突入する応化編は、ミステリー編とうってかわって比較的温和なシナリオ展開となる。
 校舎内に5つ存在する(正確には、番外がプラス1なので計6つ)小説原稿を集めるためにチーム分けした際のパートナーによって、シナリオが区分される。
 宏美を選んで進行するこのルートは、とにかく「がんばれ宏美、竜一をぶちのめせ!」…ではなく、主人公に想いを伝えて結ばれるまでの展開となる。

 とにかく、ここでは宏美というキャラクターが大変魅力的に描かれていて、観ていて大変面白い。
 宏美は、実はこのゲームに登場する女性キャラの中では最もまともな存在だといえる。
 男性不信の割には妙に積極的過ぎるような気もしなくはないが、他の女性キャラの持つクセに比べれば、まだましな方だ。
 とにかく、チラリチラリと見え隠れする想いがとても面白く、キャラ立ちに大変貢献している。
 また、自分の想いを貫く事ばかりに気を取られず、ちゃんと祥子の事も気にしながら動いているという部分も、きちんと伝わってくる所は非常にポイントが高い。
 宏美ルートでは伊藤の暴走、祥子ルートでは祥子自身の暴走によって、宏美の心に大きな迷いや悲しみが生まれる。
 それを主人公にぶつけることで、二人で問題を解決し、その結果行動に移って事態をまとめるという流れは、素直に感情移入できる。
 個人的な好き嫌いみたいなものは生じるだろうが、恋愛劇としてみた場合は、かなり高水準のシナリオであることは疑いようがない。

 …しかし、ご周知のとおり本作は本来「恋愛劇」に徹する性質ではないようだ。
 当然、このシナリオは本筋からの逸脱感が否めず、全体を考えた場合の位置付けに苦労させられる。
 また、やっている最中は大変面白いが、汲むべき部分や他のシナリオへの依存部分が少ないため、しばらく時間が経つとあまり頭に残らなくなってしまう。
 このシナリオで、本筋にかろうじてかかっている要素は「伊藤と篠原、とも子の三角関係」くらいだが、これにははっきりとした解決は提示されない。
 主人公の叱咤によって、恐らく伊藤の心の中に新境地が生まれた…のだろうという程度で、実は篠原自身が報いを受けたかどうかは定かではない。
 そう、微妙に主点をズラされているような感覚に陥るのだ。
 もちろんこの問題は、祥子ルートにも同様に存在している。

 実はこの「応化編」は、両方ともにかなり長い時間を要する探索イベントがあるため、ゲーム全体のプレイ時間の中でかなりの割合を占めてしまう。
 その割に、本筋に対する影響力が皆無に均しいというのだから、納得できないというプレイヤーもいることだろう。
 確かに面白いのだが、それゆえに問題が目立つという、ちょっと変わった評価をせざるをえないシナリオだ。


【応化編 祥子ルート】 評価B
 このルートも、それ単体ではかなり面白い。
 正直、本筋との関連の問題点がなかったら、評価はAにしたいくらいである。
 慣れない相手と話す時、思わず宏美の影に隠れてしまうほどの臆病な少女が、自らの意思で決意し告白する物語として見ると、なんか怖いくらいに完成度が高い。

 さらにポイントが高いのは、好きな相手・高志にコクって断られ、そのままなし崩し的に主人公に…とならない点だ。
 振る側にも振られる側にもしっかりとした理由付けがあり、またその告白後の行動にも説得力がある。
 ゲームの分野からして、祥子の想いが叶えられることはない、というのはもう明白なのだが、その通りの流れになってなおかつ、安易な展開に堕さずきちんとした決着を用意しているというのは、大変気持ちがいい。
 高志が断るという展開も、驚かされるものの決して「ただ予想を覆した」だけのものではない事に注目したい。
 ちゃんと断る理由を持ち、断ったからといっていい加減に済ませたくないと考える高志自身の人間性も、非常に魅力的だ。
 ただの内向的少女と安直のほほん男のなんちゃって恋愛だと思っていると、かなり驚かされるだろう。
 祥子を追いかける手前の、泣きじゃくる博美とのやりとりも、とても熱いものが感じられる。

 なんと驚くことに、この祥子ルート中には(祥子との)Hシーンが存在しない
 というよりも、存在してしまっては嘘になるのだ。
 そこまで構築してきた事が、本編中のHシーン一つで大崩壊を来すという事を、製作側はちゃんと理解していたのだろう。
 考えてみたら、宏美ルートだって島に滞在中にそこまで至ってしまうというのには、唐突な感覚があったりするからねぇ。
 
 ここではとにかく、異常な事件はほとんど発生しない(篠原? 知らないなぁ)。
 純粋すぎるほどに祥子のストーリーに徹しており、その舞台としての応化島も実にうまく利用されている。
 最初の方は、そのもどかしさからかなりイライラさせられるキャラではあるものの、中盤以降…特に、告白直前辺りになって彼女への理解度が高まってくると、実はかなり高いキャラクター性を持った存在であることに気付かされる。
 おかけで、若葉の存在なんか主人公以上に忘れてしまうが(笑)。

 番外編に至ってようやく…となる、結構珍しいパターンを持っている攻略対象だが、よく考えたらあまり“萌え”タイプではないような気がする。
 確かに細身で眼鏡っ子で、自身にコンプレックスを抱いていて…と、そのスジの人達の嗜好を刺激する要素をたくさん持っていながらも、最後は人間性で勝負するとでもいうべきか…。

 しかし、独自の問題もないわけではない。
 応化島への旅行を機に起こった恋愛劇としては確かに高い完成度なのだが、やはり本編全体との遊離度はハンパじゃない。
 奇しくも、これは「応化島」が舞台でなくても出来てしまうストーリーなのだ。

 たとえば、学校のトイレ内での篠原&とも子の痴態を考えてみる。
 「応化編」では、この場面との関わり方が唯一本編全体の骨子的ストーリーとの接続ポイントとなっているのだ。
 宏美編では、この場面を宏美も覗いてしまうため、終盤の展開はモメにもめる。
 だが、祥子ルートではここに関わるのは主人公だけであるため、そこでストーリー同士の接点がなくなってしまう。
 直後に登場する伊藤にしても、ただ過去の思い出話をするだけなので大した重要性を発揮しないままだというのも残念だ。
 せっかく伊藤ともっとも多く関わり、彼の意外な一面が垣間見えるというのに、それだけで終わってしまう。
 この辺、無理に宏美ルートとの区別をつけるために、伊藤がピエロ化してしまったようにも見えなくはない。

 また、18号棟の屋上で突然初体験を希望する祥子というのも、かなり奇妙だ。
 いくら冗談だったとしても、ああいう展開の果てに口にする言葉だとは、到底考えられないものだ。
 もちろんその後は続かないし、ある意味あれは「そういう流れを予想していたプレイヤーに対する“フェイク”」だとも考えているが、唐突すぎるのは否めない。
 あれのおかげで、印象が悪化したという人もいるのではないだろうか?

 あとはまぁ…あまりにバッドエンドがあっさりしすぎという事かなあ。
 先の宏美のシーンで選択を間違えたら、そこでいきなり終わり、というのはどうにも…
 結局祥子がまともに帰ってきたのか、その後どういうやりとりがあったのかは、全部流されちゃうし。
 仮にも、最初は自殺を考えていたキャラクターのエンディングとしては、ひどすぎるぞ。


【言霊編】 評価E
 …というか、このシナリオは正確にはシナリオではない。
 「百鬼編」を直前にしたプレイヤーに、『言霊神社』の説明を加えると共にナビゲートを施し、その穴埋めのつもりで関係ないミニストーリーを盛り合わせただけのものだ。
 だから、離れ小島に渡る時のメンバー選択を誤ると、突然エロエロクラッシャービートな展開が始まる。

 それにしても、なんで宏美と若葉でなければならないのか、というのも不思議。
 単に、宏美と祥子をホントにレズらせるタイミングを狙っていて、ここにピンポイントさせただけ、とも考えられるが。
 ああ、あとは「百鬼編」で重要な存在となる“ババア”の紹介編も兼ねているのか。
 15編の小説の汲み合わせで展開する物語も、本編とはまったく無関係というのもイタイ。
 これ、ただのCG埋めのための材料じゃん? よって評価対象外。
 
 …個人的には、あかりとの話が一番…って、忘れてよこの発言(笑)。

 ちなみにこの言霊神社、実はホントに存在する。
 正式名称は「端島神社」で、所在や規模もほとんど同様。もちろん、季節によってはお祭り等で賑わっていたというのも本当だ。


【百鬼編】 評価A
 水原穣の小説原稿をすべて集めた後、主人公の望みによって「すべての真相」が判明するストーリー。
 プレイヤー視点は水原穣自身になり、10年前から8年前の展開が説明される。

 …このシナリオのために、今まで小出しにされていた伏線の存在に次々に気付いていく感覚は、大変面白い。
 そしてまた、本編最大の“泣き所”でもある。
 まず、なんといっても特筆しなくてはならないのは、若葉こと“水原若葉”の事だろう。
 実は穣の妹であり、応化島にずっと残留していた幽霊というすごい設定を持っていた若葉は、ここでやっとその素性を明かす。
 今までシナリオの途中で突然消えてしまっていた事も、それについて誰も追求しなかった事も、すべて説明しているのには恐れ入る。
 それだけではなく、年齢のわりには妙に子供っぽい仕草にまで、きちんと理由が存在していたのだから脱帽だ。
 たしかにこれだけの描き込みがあるキャラクターならば、あかりや宏美達を差し置いて「メインヒロイン」を名乗る資格は充分だろう。

 また、シナリオ内での若葉は、これでもかというくらい感情移入しやすいキャラクターとして描かれており、プレイヤー各自の好き嫌いはともかく、本作全体の中でも突出した存在感を持っている事は疑いようがない。
 計算上小学2年生だと思われ、その割には妙に出来すぎている感はあるものの、逆にこれくらいのアピールは欲しい所。
 ただでさえ、それまで出ていた若葉はかなりプレイヤーにとって「うっとうしい」印象を与えかねないような存在だったから、ここで思いっきり汚名返上しておく必要があるのだ。

 そして若葉という既知の存在と、穣という存在のピックアップに合わせ、本シナリオはどことなく懐かしさを感じさせるような作りになっているのも見逃せない。
 記憶映像の中にも登場する高志や祥子、伊藤やとも子などの存在もそれを煽る一因だが、それよりも、当時の応化島…すなわち「端島こと軍艦島」の生活の様子をも描写しようとした事が大きいのだ。
 軍艦島の廃墟を訪れたり、また強く惹かれる人達は、その島に残された「当時の住民達の生活」の影・雰囲気を求めているケースが多いという。
 かっこいい言い方をするのならば、それは“ロマンを求める”という表現に近いものなのかもしれない。
 本作はこのシナリオで、“ただ舞台を廃墟とした”だけでなく、何が求められているのかを知り、その解答をも提示したと言えるだろう。
 もちろんゲームの中の描写そのままの様子が端島にあったという訳ではないが、なんとなくそれに近いだろうという「想像」の枠を補完してくれたのだ。
 だがそうやって考えていくと、やはりどうしても“別シナリオでの若葉の扱い”が納得できなくなる。
 先にも触れた通り、島の外に出る事が出来ない若葉は、このシナリオ以外ではこっそりと姿を消してしまっている。
 つまり冷静に考えてみると、「勝手に記憶喪失で登場して、勝手に記憶取り戻して、勝手にいなくなる」だけなのだ。
 具体的な行動や発言の面白さはともかく、全編のほとんどが「顔見せ」程度の意味合いしか持たない登場だった事になる。
 また、それなりに確信に迫った「ミステリー編」にしても、(そこで解決しない)謎は振りまくわ、主人公の足ひっぱりまくるわで、ろくな事をしない。
 しかも「百鬼編」での若葉と同一人物とはとても思えない“役立たず”ぶりなのも問題だろう。
 この落差は、一体何なのだ?

 要は、もう少し他のシナリオでも存在する意味をしっかり強調すべきだったという事だ。そして、宏美や祥子とのやりとりがメインであるべきシナリオだと言っても、そこでしっかり「百鬼編」の存在を際立たせる発言なり行動なりをさせるべきだったのだ。

 細かい演出を見てみよう。
 太股を義昌に撃ち抜かれた事が死因だというには、ちょっと説得力のない“若葉の死別”シーンではあるが、これは恐らく失血死という表現のつもりだったのだろう。
 結構長時間会話させ、かつ死ななければならないという条件になれば、まさか胸や腹を撃ち抜く訳にはいかないし。
 ただ、それをより強調する表現がもっと欲しかったような気がするのは筆者だけだろうか。

 記憶をすべて見た後の、主人公達4人の若葉に対する対応の場面も、かなりポイント高い。
 生前の若葉を知っている高志や祥子は当然として、彼女を“異端な存在”としてでなく、まるで「ずっと昔から一緒だった」人間であるかのように接する様子は、涙なくして見られない感激の連続だ。
 また、別れ際最後の最後で主人公を“泣かせる”というのは、もはや“ズルイ”のレベルに達している。
 あれほどまでにスパルタンな性格をしている主人公・竜一を、あの場面だけ号泣させるなんて…!
 あんな事されたら、涙腺緩みまくりじゃあないかーっ!! …ってくらい、思わず感情を共有してしまう。

 そこからグランドエピローグへと続く流れは、とにかく凄い。
 恐らく文字で書き記したらなんて事ない流れなのかもしれないが、そこまで積み重ねられた感情移入度がすべて昇華していくような表現になっているため、なかなかに感動させられる。
 若葉が「穣の願い」によって復活し、自宅に帰還するという展開に異を唱える人もいるかと思われるが、その代わり穣自身はとうとう帰ってこなかったという悲しい事実は残り続けた事を、忘れてはいけない。
 そこまでの伏線などから、「1つだけ無茶が叶う」代わりに、確実にハッピーエンド的要素の一つは犠牲になっているのだ。
 だから「最後はよみがえってめでたしめでたし」という、安易な展開に堕している訳ではない。
 むしろ最後に叶えられた願いというものが結局誰の物だったとしても、あれだけで終わってしまっていたら、不満はこんなものではなかった筈だ。
 以上の事から、筆者はこれは“入念な準備の末にたどり着いた、なるべくしてなったハッピーエンド”として大いに認めている。
 多くの犠牲の中で、一つだけ光るハッピーエンドだってあるという事なのだ。

 番外編の「後日談」だが、まあこれは…。
 ハッピーエンドで感動した人向けに、CG補完の意味も含めて提供された“ほっと一息”的なものなのだろう。筆者は結構気に入ってたりする。
 ホント、本来こういうのってあまり好きじゃない筈なんだけど。
 でも、やっぱりこういうのを見て頭抱えた人もいるんじゃないかな〜…なんて考えたりもする。
 そりゃまあ、確かにシナリオ内ではHシーンはなかったけど、そのための補完として本当に求められているのかは微妙な所だからね。
 何でもかんでも、すべてのヒロインとのHシーンを挿入してしまうエルフの意地を見せつけられたような気すらする…。
 個人的には、あのごっついお父ちゃんにも登場して欲しかったぞ、と(笑)。
 

【番外編各種】
 本作では、シナリオ中で穣が創作されたととれる15編の小説と、本編とは直接関係のない「番外編」、そして「言霊編」の最中に観られる意味不明なシナリオ、さらにはそれぞれのエンディング後の後日談までが存在し、結構なポリュームになっている。
 この中でしか見られない“意外な事実”みたいなものが結構あって興味深いが、基本的には小説以外は「鬼畜系展開」がほとんどを占め、プレイヤーを選ぶ作りになっているようだ。

 それぞれの小説の内容や番外編の個別評価は、今回はパス。ババアの助言は結構的を射ているというのが、正直な感想か。
 個人的には、小説では「サクラ」「エチュードを君に」「肩の荷」、番外では「もう一つの怪談」辺りが好みだったりする。
 …けど「心のナイフ」は、一体誰が書いたものなのだろう?
 どう考えてもあれはドキュメントだし、穣の手によるものではないだろう。
 逆に、もしあれも彼の手によるものだとしたら、ちょっと別な意味で怖い…


(総評)
 全体を眺めてみると、実に色々な要素がごった煮になった作品という印象が強い。
 感動あり、鬼畜あり、謎ありサスペンスあり…そして、応化島という場所・廃墟の街に対するロマンがある。
 しかし、それぞれはそれなりに面白い内容や構成である事は間違いないのだが、合わせ方に問題があった。
 良く言う所の「材料が主張しあっていて調和がとれていない料理」みたいなものか。
 だから、相性が良くないとあからさまにわかるものが一緒にまとめられていたりして、その違和感がどこかしらに残り続けるのだ。

 感動系のメインストーリーと、その側面を這うかのように進行する鬼畜的な展開は確かに面白いものだが、先に記したとおり「こっちのシナリオになると、あっちの展開は決着しない」という中途半端さがあるため、イマイチしっくりこない。
 とはいえ、それぞれのシナリオに込められたこだわりというか、徹底したスタイルについては文句を言う気はないし、いずれも大変評価できるのだ。
 要は他と絡むと悩んでしまうというだけで、それ自体のコンセプトには問題は少ないのだ。
 だから「ミステリー編」の緊迫感・雰囲気は大変良質だし、どのキャラもきちんと立っている。
 「応化編・宏美or祥子ルート」が、メインの4人のキャラクター性の掘り下げを徹底したおかげで、本来軽く流してしまいかねない演出や展開をもじっくり楽しめた。
 「百鬼編」に至っては、もう言うまでもないだろう。
 「番外編」は、気に入った人間だけが好きなタイミングで見れればいいのであって、元々それぞれに干渉しない位置づけだからかなり自由な事が出来、いわゆる“エルフの特色”はこちらに集中している。
 これはこれで、一つの丁度良いバランスなのだ。

 ちなみに、暗黒面を支える大河内義昌の存在を、筆者は高く評価している。
 これほどまでに徹底した偏執狂の悪役には、久しぶりにお目にかかった。
 「鞄に入れてどこにでも持ち歩れるくらいになるには、これくらいで声を上げるようでは駄目なのだ」などと考えつつ、あかりにスタンガンを連続で押しつけ続けるという描写には、心底恐怖を感じる。
 よくまあ、そんな発想が出てきたものだ。
 また、あかり亡き後の冷凍保存だけでなく、恵美にウィッグをかぶせてまで「あかりとの疑似行為」を再現しようとする盲執加減は、感服モノだ。
 徹底的にスタンガンにこだわり、痛めつけている相手の感覚や感情などくみ取ろうとも考えない、完全に別な方向へイッてしまっている人物…。あれだけの登場と描写で、その恐ろしさは充分伝わった。
 いまいちその辺切れ味が鈍い篠原と比較すると、差は歴然だ。
 こういうキャラクターは、人間的にはもちろん大嫌いだが、そう感じさせられるという存在感は大変評価したいのだ。
 こいつがもしもっと人間的な部分を持っていたとしたら、物語全体の面白さは減っていたかもしれないんだし…。


 このゲームを始めた事で、応化島…つまりは“軍艦島”に渡りたいと強く考えた人も多いだろうし、元々抱いていた想いがさらに強まったという人もいたに違いない。
 そういった人達は、このゲームをプレイした事で、必ず「何か」を得ていたのではないだろうか。
 それはちょっと表現しにくいものだろう。
 あえて言うなら、「知らない筈の物に対して抱く既視感または感傷」なのだろうか。
 
 本来、それだけであらゆる人間に様々な想いを抱かせる“廃墟の島”。
 そこに、様々な魅力の含まれた物語が加われば、その印象度はいやが上にも高まっていく。
 本当に、うまい題材を使用した作品だと、心底感心させられた作品であった。


 蛇足だが、虎次郎を見て「なぜ無人島に猫が?」と思った人も大勢いたと考えるが、実はコレ、軍艦島でもホントにいたりするのだ。
 もちろん本土からの捨て猫だったりするらしいが、結構ちらちらと見かけられたりするようだ。
 釣り人から与えられた餌などを得て、それなりに逞しく生きているらしいから驚かされる。
 
 多分、彼らの視点でもかなり面白い物語が作れるんじゃないだろうか…なんて言ってみたりして(笑)。


(後藤夕貴)

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