4.


 世の中は、そうは簡単には変わる物ではない。

 しかし、一つの切っ掛けで、まったく人の持つ印象が変わってしまう事もある。

 その年の夏の、あの事件で、その名を聞いてのイメージが最も変わったもの…。

 
『渋谷』。
 若年層の流行発信の地。オシャレな街。

 それが、夏休みも終わってしまった今では…

 衣料のショップ、食事のできる店は次々と撤退している。
『渋谷は、危険だから』。
 109の撤退すら、時間の問題と言われている。

 この地は、あの事件以来、あちこちから、少年が訪れてグループを形成するようになった。
 もともとそのような傾向のある街ではあったが、明らかな変化が見て取れる。

 少年達は誰も…『アギト』だった。

 全国から身体の変調に不安を抱えた少年達は、なぜか渋谷を目指した。
 アギトという新しい言葉とこの土地が、情報として密着していた為か、あるいは、その場所にいけば仲間に会えるのではないかと言う心理が働いたのか…。

 彼らは、超人の肉体を有していたが、精神的には全くの子供だった。
 彼らは、自身の集団を『アギト・フォース』と称した。


 その中の一つに『N・G』と呼ばれるグループがある。
 渋谷で、もっとも最初に出来たと言われている、アギト・フォースである。

 総勢三十人の大所帯で、最も暴力的なアギト・フォースと言われている。
 初めは、十人程のグループで、グループ名と同じ、『N・G』と名乗る少年を介して、みんなで集まり、ただ話をしたりするだけの集まりだったが、すぐに人数も二十程に増え、少しずつその空気も変わって来た。
 そして、その中で一人のリーダーシップをとろうとする少年『シゲル』の出現がターニングポイントとなり、一気に凶暴な集団へとグループは姿を変えて行く。
 グループの中心にいるN・Gと呼ばれる少年は、当時それ程人望があった訳ではない。
 彼は自己中心的で、短気で、他人を見下す傾向がある。
 ただ、彼は、アギトとなった人間の情報を独占した。
 常にN・Gの仲介無しでは、会う事をしないという約束事を創った。
 少年達は『アギト』をなにか、病気のような物と捉えていた。
 だから『アギト』について、少なくとも、自分達より理解しているN・Gを頼ったのだ。

 また彼が、「渋谷・高校生集団アギト化事件」に関わっているという話も、少年達に見えるN・Gの姿を大きくさせる効果を発揮していた。

 ところが、八月の後半、突然マスコミなどに『アギト』の記事が載るようになる。
 それらはどれも、アギト化とは自然の流れ、人類の進化の一つの可能性であるという部分が強調され、否定的な意見は皆無であった。
 これにより、少年達の『アギト』に対する認識が変わって行く。『アギト』とは、力なのだと。
 それは、後ろ暗い物ではなく、ある意味、格好の良いものなのだと。
 その中で『シゲル』は、力の強い者こそリーダーに相応しいのではないかと考えはじめていた。
 『アギト』が人間にとって当たり前の現象ならば、なにも、あんな偉そうなN・Gの言う事なんて聞く必要はないのではないかと思い始めた。

 そして、彼は強かった。だから、行動を起こした。

 彼はN・Gを無視する形で、他のメンバーに声を掛け、会い始めた。
 すると、N・Gがその尊大な態度を他のメンバーに疎ましがられ始めた頃だった事もあり、メンバーのほとんどの気持ちは『シゲル』の所に傾いて行った。

 そんな時N・Gは、ある閉鎖されたファミリーレストランに、グループ全員の招集をかけた。
 誰もが、その招集の意味が分かっていた。
 N・Gが口を開いた。
「今日集まったもらった意味、ミンナ、わかるだろ?
 俺達の決まり、ルールを守らない奴がいるんだ。
 俺達は俺達のルールでだけ縛られる。それを守れないようなバカは、制裁しなきゃいけないと思わないか?」
 N・Gが、アギトに変身する。
 皆も、一斉に変身する。シゲルが笑った。

「バカはてめえだ。N・G。
  …変身っ!

 アギトとなったシゲルは、一気にN・Gに飛びかかる。
 そして、その他のアギトも、みんなN・Gに飛びかかった。
 袋だたきにされるN・G。
「てめえらあっ! どういうつもりだっ!」
「うるせーっ、みんなおめーが、うぜーんだとよっ!」
「ふざけんなあああああっ! …げふっ…」
 ケリをもろにくらい、壁に叩き付けられるN・G。
 シゲルが近付く。
「N・G。おまえこんな事、できるか?」
 シゲルが重心を低く構える。
 シゲルの角が開く。
 その足下に、金色に輝く奇妙な紋章が浮き上がる。
 みんながどよめく。
「これが、どんだけすげーか、分かるか?」
 そのエネルギーは、見ているだけで圧倒的だった。
 これを食らうとアギトの身体と言え、無事ではすまないのは間違いない。
 N・Gにも、その他のアギト達にも即座に分かった。
 シゲルが間合いを詰める。
「N・G、おまえ、もう顔出すな。消えろ。追わねーからよ。相手したく、ないんだよ」
 そのバカにした声の調子に、N・Gは怒り狂った。
「ちくしょう…。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょうっ!!」
 N・Gの脳裏に、一ヶ月程前に出会った妙な男の、嫌味な笑顔が浮かぶ。
『人の事を子供扱いしやがって…』
 目の前のシゲルを見る。
 無表情のアギトの顔の下で、シゲルのにやにやとした笑顔が透けて見える。
『バカにしやがって…』
 理不尽な怒りが心に燃える…。
「どうした? びびって動けないのか?」
 シゲルの見下した声…。
『ぶっ殺してやるっ! ぶっ殺してやるっ! ぶっ殺してやるっ! ぶっ殺してやるっ!』
「おまえなんかっ、ぶっ殺してやるっ!!」
 N・Gが叫んだ。

「この…バカ…」
 シゲルが大地のエネルギーを右足に集め、とび蹴りの体制に入った。
 そのときである。
 N・Gの心の怒りが爆発し、その身を焼いた。
 そして、N・Gの姿が変わった。
 胸部のプロテクターが赤く変色し盛り上がり、内部のエネルギーに耐えられず、ヒビができ炎が吹き上げる。
 赤い複眼が黄色く変化する。

 それは、『バーニングフォーム』とでも呼ぶべき姿だった。

「わああああああああっ」
 N・Gの拳が燃えた。
 突っ込んでくるシゲルの足に向かって拳を振るう。

「ぎゃぁあああああああああっ!」
 N・Gの拳の恐ろしいエネルギーに、シゲルの足の大地のエネルギーは四散して、その身体ごと吹き飛んだ。

 そして、大爆発。


 余りの惨劇に、炎上するファミリーレストランから脱出したそのほかの少年達は、呆然とその炎を見つめた。
 炎の中から、N・Gがゆっくりと出てくる。
 そして、変身を解く。
 そして、気が狂ったように笑いはじめた。

「あは、あははははは、ざまみろおっ、俺をバカにするやつはみんなこうなるんだぁっ!
 あは、あはははははは、ひぃーはっははっ。俺はつええええっ」



 それから、N・Gに逆らう者はいなくなった。
 情報から、より具体的で直接的な力で、彼は少年達を統率し始めた。
 アギト・フォース『N・G』の性格も変わった。
 より暴力的になり、他のグループを襲いはじめた。そして、渋谷を拠点に各地に出没、略奪を行うようになった。
 少年達は、リーダーのN・Gに絶対的な服従を誓わされ、それが、後に極めて統率されたグループの行動を生み出す結果となった。


「君の仕事は終わった。一体いつまで、警視庁に居座るつもりかね。教授。生徒が待っているよ。大学側も、困っているんではないかね?」
 警視庁では、幹部の一人が、腹立たし気に小沢澄子に話し掛けた。
 あの記者会見の後、本当に警視庁は報道各社に規制を掛ける事となった。
 そのドタバタで、三日間程、幹部達は眠る事もできなかった。
 そして、政府を始め様々な方面への説明のため、今も走り回っている状態だ。
 現場もなんだかんだで忙しい。
 この八、九月、二ヶ月間の110番通報の数は、記録に残る事だろう。
 その八割が、「アギト」という言葉の入った通報だった。
 更に、無法地帯と変ぼうしつつある渋谷区の警戒にも人手がとられている。
 幹部達は、この忙しさの原因を小沢澄子の存在のせいと思っているかのようだ。

「終わった? 冗談ではありません」

 そう、小沢とて、ただ成りゆきを見守っていれば良い立場にいるわけではない。
 一連のアギト報道の中に、彼女の顔と名前は「専門家」としてきっちりと入っている。
 今では、各新聞社、テレビの報道局に小沢番の記者が置かれているほどである。
 今や彼女は、アギトの存在を啓蒙する立場にいるのだ。
 しかも、G5の改良、増産にも着手しなければならなかった。
「不良アギトは、これからどんどん数を増やすだろうし、強くなって行く。とくに、津上くんが最後になった姿…。あれになられると、厄介だわ」
 彼女はそう思っていた。
 例えば、最近よく耳にする『アギト・フォース』とかいう問題少年グループ郡。
 いくつのグループがあるのかはハッキリとは分からないが、ここに来て、行動が狂暴化しているような印象を受ける。
 アギトの力を使って、動力性能を強化された原付きなどを中心に、機動力も確保している。
 彼ら同士の抗争も起きているようで、G5の出動回数も増えている。。
 かろうじて検挙した数名の少年の証言によると、グループは渋谷が本拠なのは間違いないのだが、携帯電話のメールでの連絡を中心として行動しており、特定の建物を本拠にしてはいないようだ。
 こちらから乗り込んで、一斉検挙と言うわけにも行かない。 
 最大のグループは、確か『N・G』といったか…。

 現時点でもこうなのである。
 G5はそう簡単に増やせない。
 機体の生産もそうだが、装着員の訓練に時間がかかる。
 小沢の一つの誤算は、警察内アギトの出現数の少なさだ。
 報告されている者は全国で二名。
 いや、これは単に、ここに来て分かって来た統計上の問題だった。逮捕、或いは自ら警察や病院に申して出来たアギトの年令は、ほとんど十四歳から十八歳。
 それ以外の年代からは、ほとんどアギトはでていない。
 大人は、アギトになり難いのだ。
「来年度の新人採用は、アギト優遇か…」
 半ば本気でそんな冗談も浮かんでくる。
 とにかく、するべき事は山ほどあるのだ。
「わたしは、大学側に最低1年間は戻る事が出来ないと届けております。御安心を」
 小沢は、にっこり微笑むと、そう答えた。
「もし、その事が元で大学を解雇されるような事になれば、またこちらで御厄介になるつもりです」
 幹部は引きつった顔をして、「くだらない冗談につき合っている暇はない」といって去って行った。
 勿論、小沢にも下らない皮肉につき合う暇はなかった。

 警視庁の受付に、一人の男がやってきた。
「…ここに、氷川って男がいると思うんだが…」
 受付の婦警は答えた。
「どちらの氷川でしょうか?」
「G3-Xってのに入っている奴なんだけど…」
 G3-Xと言う言葉を聞いて、婦警の顔がこわばった。
「失礼ですが、どちら様でしょう」
「えっ? ああ、芦原涼だ。氷川とは、ちょっとした知り合いなんだ」
 涼は、保護した少年アギトの内、学校にも行っていない者の為、就職先なり、受け入れてくれる学校なりを氷川に調べさせるつもりで会いに来たのだ。


次回予告。

「会いたかったわ」
「面倒はごめんだ」
「アギトフェスタ」
「ぶっ潰す」

咆哮せよっ、目覚めし魂!


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