低炭水化物ダイエット |
後藤夕貴 |
更新日:2008年11月30日
ある社員が太りすぎを気にしていたので、周囲の人達がダイエットを奨めるという流れだった。
何気なく聞いていると、「夜9時以降は物を食べないようにしろ」「運動をした方がいい」といった当然のアドバイスに混じり、「炭水化物を摂らないようにした方がいい」という、とんでもない言葉が飛び出した。
本格的にダイエットを勉強して実践している立場からすると目が点になる発言だが、言った本人達は至って本気の様子。
どうもこの低炭水化物ダイエットっていう奴は、表面的には効果があるように見えるせいか、体重を気にする人達にはかなり深く信じ込まれてしまっているらしい。
先に断言しておくが、一般的に云われる低炭水化物ダイエットは間違っているどころか、むしろ危険の領域に踏み込む行為だ。
今回は、この低炭水化物ダイエットと、それに伴う「ダイエットの勘違い」についてまとめたい。
低炭水化物ダイエットとは、アメリカの循環器系開業医ロバート.C.アトキンス博士が提唱したもので、正式には「アトキンス式ダイエット」と呼ぶ。
実際にはとても複雑なルールに基くもので、とてもじゃないが言葉でさっと伝え切れるものではなく、関連書籍を充分に読み込んだ上で理解し、厳しい条件を守り続けながら実践していかなければならない。
つまり、単に「炭水化物を摂らないようにすりゃいい」という、単純な話では済まないのだ。
元々は糖尿病患者向けの食事療法が原型とのことで、肥満による健康問題が深刻化しているアメリカならではの内容だったと言われている。
だが日本では、なぜかこれが凄まじく曲解かつ単純理解され、結果的に誤った認識が広まってしまった。
そもそも炭水化物は、人間にとって必要な三大栄養素の一つ。
それを摂取しないようにするという事がどれほど危険なものなのかは、理屈さえ理解すれば子供でも判断可能だ。
炭水化物は、唾液・膵臓から分泌されるアミラーゼという消化酵素によってブドウ糖(糖質)に分解されるが、これが脳の活動に重要な意味を成す。
いわばエンジンにとってのガソリンであり、これが不足すると脳の活動が弱まり、記憶混乱や忘却、意識集中の困難、注意力散漫など悪影響が出まくってしまう。
一部の話によると、これは車の運転にも危険が生じるほどらしいので、恐ろしいことだ。
低炭水化物ダイエットとは、脂肪になって蓄積されやすい糖質をカットするため、炭水化物主体食品を摂らないようにするという考え方だが、同時に、脂肪分解などに必要な…いわば、痩せるために必要となる栄養素は的確かつしっかり摂らなければならないという方式でもある。
つまりは、炭水化物を摂らない分、他の物で補うわけだが、日本ではこの部分がまったくピックアップされないため、誤解が生じている。
場合によってはサプリメントを併用する必要もあるそうで、これだけ聞いた限りでも、相当やっかいに思える方法なのだが、“できるだけ手軽かつ確実な効果”を求めるダイエット志望者が多い昨今、こういう部分が正しく伝わる事は難しいのだろう。
以前「ダイエット」でも書いたが、ダイエットとはそもそも新陳代謝を向上させ、体重を落とすことに加えて太りにくい身体を作ることだ。
だが、一般的には「体重を落とす」と思われていると言っても過言ではない。
その証拠に、体重を気にする人にダイエットを推奨する際、ほとんどの人が「運動」という単語に嫌な顔をする。
かつての筆者もその一人だったから気持ちはわかるが、以前述べた通り、運動なしのダイエットなど存在しないのだ。
ここで「そんな事はない、食事制限だけでも充分ダイエットは可能だ」と思った人は、大誤解を自覚する必要がある。
体重を減らす事と、痩せる事は、イコールではない。
前者は食べる量さえ減らせば誰でも出来るが、一時的なものだ。
これで大幅に体重を落としても、それは「やつれた」のであって、痩せたわけではない。
痩せるというのは、必要な行動を幾度となく繰り返し、健康と向き合って、その副産物として体重の低下を得るものだ。
まったくムダとは云わないし、ダイエットを始めるきっかけとしては重要だが、誤解してはいけない。
個人差による体重増加の大小はともかくとして、ただ単に食べる量を調整しただけでは、身体のストック(つまり脂肪)が消費されるだけで、ストックの許容量自体は減少しない。
つまり、予備燃料を保管する倉庫は大きいままなのだから、燃料がまた備蓄されれば重さは戻るのだ。
ダイエットとは、この例の場合倉庫の体積も縮めなくては意味がない。
そうでなければ、いざ体重が減ったと油断した途端に過食がスタートし、一気に体重が戻ってしまう。
所謂リバウンドだが、その際、おまけとばかりに倉庫まで膨張してしまうものだから、以前より重くなってしまうなんてこともしばしばなのだ。
そうならないために…倉庫の増設(膨張)を防ぐには、運動を試みるしかない。
太った人にダイエットを奨める際、よく言われる言葉に「食べた分動けば太らないだろ」というのがあるが、言った側も言われた側も、それを実践する事などほとんどない。
頭の片隅では運動の重要性、ダイエットへの必要性を理解しているにも関わらず、いざ自分が行う時点になると、それがどこかへすっ飛んでいく。
その結果、間違った結論に達しやすくなってしまうため、ダイエットをする人は、常に何かしらの勉強をしていかないとならない。
要するに、労力惜しんで都合よく理想通りに痩せられるなんてことはないのだ。
もし、それでも過剰に痩せてかつリバウンドがないなら、それは病気の可能性があるから病院へいくべきだろう。
炭水化物の過剰摂取が肥満化・維持の原因の一つになっているのは確かだが、それなら適切な分量に調整すればいいだけの話で、必要なものを摂らなくなってしまったら意味はないどころか、マイナスだ。
ダイエットを始めた人は、すぐに結果が出るほど、その方法を信仰してしまう傾向がある。
同時に、痩せるためなら多少健康を損なっても構わないとする、過激な見解を持つ者も多い。
たとえ一時的なものだったとしても(例えば、それがダイエット以外の要因によるものだったとしても)、自分に相応しいものだと誤認してしまうのだ。
低炭水化物ダイエットも、恐らくはそのような経緯で広まっていったのだろう。
例として、体重が100キロもあった人が、この方法で50キロまで減らせたとしよう。
本人はそこでゴールに辿り着いたと考えるだろうが、これはとんでもない間違いだ。
ダイエットは、むしろそこからスタートする。
体重が落ちてからは、それを維持できるように努力しなければならないからだ。
だから、50キロまで減った人は、以後その体重を維持できるように様々な努力を強いられることになる。
なぜか?
それは、その時点での食欲や体質が、まだ100キロ時のままである可能性が高いからだ。
先の予備燃料と倉庫の例にたとえるなら、備蓄を減らして今度は倉庫の規模縮小工事に入らなければならない。
なのに、そんな状態で「やったー、痩せた!」と思って食べ始めたら(予備燃料を貯め始めたら)どうなるのか?
それが、リバウンドの実態だ。
備蓄を失ったものの、倉庫の体積は変化していない身体が、今まで失ったものを取り戻そうとするわけだから、簡単に元通りになってしまう。
これが、ダイエットの大敵である「飢餓感」とそれを補うシステムだ。
更には、以前の備蓄量では足りなかったと誤認するため、更に倉庫の増築が進む。
人間の身体はこのような余計なシステムが付いている事を忘れてはいけない。
閑話休題。
低炭水化物ダイエットは、身体に大きな悪影響を及ぼしかねない難しいものであり、気軽に誰でも行えるものではない。
また、アメリカ人の体質に合わせて考案された方法であるため、日本人の食生活には根本的に合わないという指摘もある。
それでも、低炭水化物ダイエットが正しい、これさえやれば間違いなく誰でも痩せられるんだと言い張る人は、せめてその本質がドコにあるのかを理解し、実践後も勉強を強いられることを自覚しつつ、無理なく励んでいただきたいと筆者は思う。
尚、冒頭で話したダイエット推奨者達の中には、一人たりとも標準的体格の者がいなかったこと。
またロバート.C.アトキンス博士自身も、2003年の死去時には肥満体※だったということを付け加えておきたい。
※死亡時体重は身長180センチに対して116キロだったといわれるが、これは博士に反発していた者が捏造したリーク情報であるとする説もある。
ただし、親族が発表した正式とされる体重も決して標準的なものではなかったようだ。