「星空☆ぷらねっと」 REVIEW あおきゆいな
更新日:2004年5月27日
 2003年一杯で更新を停止したゲームレビューコーナーは、長らく当サイトの看板コンテンツとして、皆様にご愛顧頂いてきました。

 その長寿コンテンツがやむにやまれぬ事情から定期掲載を断念した経緯もありまして、頻繁に新記事を発表する事は難しいかと思いますが、この『気分屋な記聞』に新たな活動の場を頂き、散発的に掲載させて頂ける事となりました。

 こちらではすでに後藤氏によるコンシューマ系萌えゲームレビュー(笑)が掲載されておりますが、18禁ゲームレビューは初となります。
 奇跡の復活劇となるか、はたまた好き者の奇文と笑いを取るか…
 そんな第一弾となりますのは、以前鷹羽氏も執筆されました「星空☆ぷらねっと」
 それではしばし、おつき合いのほどを。


 本作は2000年12月にD.O.創立10周年記念として制作されたもので、その後の2003年10月末にはWin2000/XPにも対応した「星空☆ぷらねっと〜夢箱〜」が、シナリオはそのままに、フルヴォイス化とグラフィックリニューアルして発売されている。

 今回のレビューは、自宅で倒壊した積みゲーの中から発掘した旧作の方である。
 好評を博した「加奈〜いもうと」の山田一氏が手がけたシナリオで期待度は高いが、これまで「加奈」で受けた衝撃が大きすぎて尻込みしていたのも事実。
 プレイ後の率直な感想としては、「加奈」の様に心に深く突き刺さる強烈さはない。
 しかしあの独特な、直接心に訴えかけてくる作風は健在だ。

1. メーカー名:D.O.
2. ジャンル:学園恋愛ADV
3. ストーリー完成度:A
4. H度:D
5. オススメ度:B
6. 攻略難易度:B


 (ストーリー)

 今井正樹は航空宇宙の技術者であった母・夏樹の影響で、宇宙飛行士になりたいと夢見ていた。
 しかし爆発事故で共に夢を追いかけていた母が還らぬ人となり、正樹は“母を奪った夢”を捨ててしまう。

 それから中学卒業するまで田舎で過ごした正樹は、友愛学園に通うため天美市へと帰ってきた。
 しかし、この数年はかつての友人達との間に大きな溝をつくり、以前同様に接してくれたのは奇しくも小学生時代に正樹をイジめていたガキ大将のなれの果て…、今は折り紙付きの望遠鏡フェチに成長した悪友の水島慎太郎ただひとりだった。
 旧友との距離も埋まらぬまま2年生になった正樹は、彼と同じく天美市を離れていた星見瞳との再会で、再び宇宙へと目を向ける事になった…


 システム面そのものは安定しており、理不尽な強制終了やセーブファイルの破損などは起こらなかったが、不具合は音楽面に出るようなので修正ファイルはオフィシャルサイトから手に入れておきたい。
 既読スキップやバックログ参照など快適にプレイできる最低限の機能は完備されており、セーブファイル数も充分確保されていて、おまけ機能としてHシーン再生やCG・BGMの鑑賞モードも付いている。

 キャラクターカットだが、師走の翁氏の少々クセのある絵柄を見て最初は好みが分かれるだろうとも感じていたのだが、話を進めるほど“シナリオの感じを掴んだ絵”であると思えるようになった。
 見慣れた〜というのも、あるにはあるのだが(笑)。
 「夢箱」の方はリニューアルされ、キャラクターのカットはすべて雨衣ユイ氏の原画に換わっているようだ。
 どちらかといえば「カワイイ系」の絵柄なのだが、アクの強さが無いぶん旧作に比べるとインパクトで負ける
 原画家を替えたのは、折角ファンの要望で実現した再発売だからと、随所に力を込めた結果なのだろうか。
 理由となる所は、「夢箱」を購入しなかった筆者には知る由もないのだが。

 攻略に関する留意点だが、エンディングルートの確定条件として好感度パラメータの数値と共に、共通ルートで攻略対象ヒロインの必須イベントを経過しておく必要がある。
 特に後半のルートイベントの中には、複数の必須イベントを経過している事が発生条件になっているものもあり、またこれらを経る事がベストエンドに繋がる条件にもなっているようだ。
 ヒロイン毎に条件は異なるようだが、それを満たせずにルートクリアした場合はノーマルエンドになる。
 このように、本作は各ヒロインにふたつずつのエンディングと、誰のルートエンドにも確定しなかった場合は共通エンドへと、計13ものエンディングを迎える事ができるわけだ。
 その厳しいフラグ判定ゆえ、こまめにセーブしておく方が賢明だろう。


 本作は私立友愛学園に通う正樹の行動を軸にシナリオが形作られているのだが、話の根幹となっている部分には、彼の『小学校時代の思い出』が深く関係している。
 過去の出来事や登場人物との関係など共通ルートの情報はシナリオの前提になっているので、個別の考察前に軽く触れておきたい。

 まず主人公である正樹の運命の分かれ道になった、爆発事故までの経緯から触れてみよう。
 正樹の母・夏樹は、天美市郊外の空港予定地跡に建てられた三陸技研航空開発事業部の工場で、ロケットの研究をしていた。
 夫の元に娘の朝子を残し、正樹だけを連れ天美市へ赴任しており、その仕事場には正樹もよく訪れている。
 始めは母を慕って通っていたが、やがて友人となった元NASAの宇宙飛行士ジョン・ウイリアムズと、滑走路跡地でロードワークをするようになった。
 そして、技術主任の藤原夫妻の娘・佳多奈とも、この施設で出逢ったのだ。

 ある日、新型ロケットエンジンの燃焼実験が行われたのだが、見学を希望した正樹は危険だからと断られてしまう。
 母の夢の形を見たい一心で、施設に詳しかった佳多奈に頼み、抜け道を使って実験を覗き見したが、そのため爆発事故に巻き込まれてしまったのだ。
 施設を全壊した凄まじい爆発で、夏樹や藤原夫妻など多くの人命が失われた中、正樹は奇跡的にかすり傷程度ですんだのだが、隣で見ていた佳多奈は多数の破片を浴びて脳に酷い損傷を負ってしまった。
 夏樹の葬儀を終えたあと正樹は、辛い出来事や自身の犯した過ちから逃れるように父の住む田舎へと越していったが、この天美市で過ごした年月は決して辛いものばかりではなかった。

 天美市に越してきて間もない頃、足を怪我して動けなくなった正樹を連れ帰り手当てした恭子は、それ以来正樹を「弟」として面倒見るようになる。
 近所に住んでいて、自然と連れ立つようになったゆかりは、正樹よりひとつ年下なのになぜか彼を子分の様に扱っていた。
 クラス委員で生真面目過ぎるため皆から煙たがられていた蘭子は、正樹と席が隣だった縁でよく話をした。
 転校を繰り返していた瞳は、また転校する時に辛い思いをしないためだろうか、友達を作らないように他人と距離を取っていた。
 三陸技研で知り合った佳多奈は、最初の頃こそ怯えていたが、やがては正樹を慕い彼の後を付いて歩くようになった。

 思い出には慎太郎に虐められた時期も含まれるが、最後には解り合い友人と呼べる関係になっていた。

 また、正樹は天美電波観測所にもよく訪れていたようだが、ここは父親の大学時代の恩師であるアイン・ヴィクセン教授が所長を務めており、正樹も親しい間柄だった。
 アイン教授は天美大学理学部天文学教育研究センター長でもあり、「世界の目」のひとつに数えられる観測所の機材と共に、教授達が研究している最新の天文学を教われるため、天文部は毎年観測所で合宿をしている。
 事故で生き残ったジョンも然り、幼い正樹を支え現在まで導いてくれた大人達の影響は計り知れないだろう。


 さて、天美市へ引っ越してきた時期など具体的な数字が明示されていない情報が多く、どの出来事が何時起きたのか不明瞭だ。
 おおよそこんな感じだろうと勝手に順立ててみると…

10年以上前 夏樹と共に天美市へ転入
恭子に怪我を介抱され、「弟分」になる
ゆかりと出逢う
瞳が転校してくる
蘭子と慎太郎の衝突で、この後正樹もイジメられる様になる
恭子が正樹を守るために剣道を習い始める
佳多奈と出逢う
クラス対抗リレーがきっかけで、慎太郎との関係が改善される
瞳が転校してゆく(天美滞在期間、約半年)
7年前 爆発事故で佳多奈は重傷を負い、藤原夫妻や夏樹が他界する
夏樹の葬儀後、蘭子の「お母さんの代わりになる」発言で決別する
恭子、三陸技研工場跡に正樹を連れ込み、田舎へ帰らせまいとする
正樹復調後、田舎へ転出
1年前 友愛学園へ入学 単身天美市へ

 シナリオ開始時点で正樹は2年生であるから現在16才。
 事故が7年前であることから、正樹が天美市を離れたのは小学校4年生の頃だ。

 引っ越してきて間がない頃(小学1年ぐらい?)、まだ“知り合いもなくひとりで散策していた”時期に恭子と出逢っているので、ゆかりと面識を持ったのは少し経ってからだろう。
 慎太郎が蘭子を“つるし上げ”した時すでに瞳がクラスにいた事から、この事件は3年生あたりの話だと推測される。

 佳多奈との出逢いより以前から正樹はジョンと一緒にロードワークをしており、頻繁に工場へ出入りしていた事が窺える。
 ただ、佳多奈と出逢ってから連日のように立ち寄っている所をみると、もし恭子が常に正樹を連れ歩いている時期と重なるなら、下校後に真田家と工場をハシゴするのは時間的にも無理が多い。
 したがって恭子が剣道を習い始め、正樹が単身で出歩けるようになってからだろうと考えられる。
 そうでないのなら、正樹は週末毎に工場へ通っていたと思われるが、そうなると今度はゆかりと何時連れだって遊んでいたのか説明がつかない。
 したがって恭子に連れられていた頃は、平日を真田家経由で帰宅、週末はゆかりに連れ回される。
 平日に工場へ立ち寄る様になって…やがて慎太郎とも和解した後には、週末毎に正樹を中心とした友達が集って行動していたのだろうと考えられるのだ。
 これにより、直接面識がなかった佳多奈と他の少女たちとの繋がりもでき、その縁で事故後に恭子が正樹に代わり面倒を見るようにもなったわけだ。
 シナリオ開始直後に、夏樹が子供達を集めて撮っていたシーンは、そんな光景を写したスナップ写真だったのではないだろうか。

 また、事故後から正樹が天美市を離れるまでの間も、僅かな時間の割に結構複雑だ。
 注目したのはふたつで、ひとつは蘭子が夏樹の葬儀の後で正樹と決別してしまったエピソード。
 もうひとつは、恭子が正樹を拉致ったのが、三陸技研工場跡らしい点だ。
 事故直後は死傷者の捜索や現場検証、危険な瓦礫の撤去などで日中は誰かが居たはず。
 二日とはいえ誰にも見つからずにいられたのは、事後処理が終わり無人になった数日後に立ち入ったからだと思うのだ。
 仮に事後処理等をまったく計算に入れなくとも、正樹が失踪して発見されるまで2日、さらに入院で2日を要している。
 「遺体のない葬儀」は田舎であわただしく執り行われたらしいが、正樹の回復を悠長に待ったために急がざるをえなかったとは考えにくい。
 そして当然といえば当然だが、天美市の住まいを引き払う事は後回しになっている。
 以上から葬儀が終わってから正樹の転校手続きや引っ越しをするため、いったん天美市へ戻った時に、恭子が正樹を連れ出したのだろうと考える方が時間的に無理がない。


 細かい考察はヒロイン毎の項で後述するが、ストーリー全般に関わっている人物…慎太郎やジョンの存在抜きには語れないものがある。
 慎太郎については、イジメっ子時代の悪評が常に付きまとっているが、これは特に蘭子と恭子のシナリオに深く関わっているエピソードであり、他のヒロインルートでは天文部の望遠鏡フェチとして、現在の学園生活の方に多く関わっている。

 爆発事故から生還したジョンは現在天美電波観測所に身を寄せており、夏樹の代理人として正樹の成長を見届ける役を担っている。
 また辛い過去を共有する者として側面からシナリオを支えていたが、ジョンは正樹が過去の悲しみを乗り越え宇宙を目指す時の足がかりとなる、SAS(International University of Space Aeronautics and Science:国際航空宇宙科学大学)の設立メンバーでもあった。
 これは夏樹の夢のひとつが実現されたものだったが、彼は彼なりに辛い過去に向き合って生きてきたのだと思い知らされるものだった。
 こうしてみると、必要最低限しか出てこない正樹の父・哲也や、恭子ルートでしか出てこない彼女の婚約者である三剣大介達とは、存在感からしてかなりの差別化が図られていると思える。
 個人的には、正樹の父親にもう少し活躍の場があればよかったが、せめて「父」ではなく「哲也」という名前で表記して欲しかった。


■ 星見瞳 ■

 星々の世界から目を背けていた正樹に、再び夢へと向き合うきっかけを与えた功労者。
 瞳との再会を期に天文部への復帰を果たすまでは共通ルートなのだが、そのまま瞳と一緒に天文部に関わり続ければ瞳ルートに入る。
 このルートは、正樹と共に宇宙への夢を追う、本作のメインシナリオといえる。
 正樹と共に宇宙へ挑戦したのは、ゆかりと佳多奈のルートも同様なのだが、この2ルートとの差は『幼い頃に誓い合った』事と、『宇宙飛行士になれないから、地上から支える道を選んだ』所にある。

 なぜ瞳が2年になってから転入してきたのか、その経緯については重要性が低いためか触れられていない。
 “同じアパートの隣の部屋”に引っ越してきたりと、偶然にしてはあまりにも出来すぎているベタな設定だが、どうせここまでやったのなら共通の知人(ジョンやアイン教授達)から、正樹が通っている学校を聞きだして友愛学園を選んだ…ぐらいにして貰いたかったものだ(笑)。

 このルートシナリオのイベントには微妙に蘭子が絡んでいるが、蘭子のルートシナリオとリンクしているわけではない。
 あくまで瞳が「友達の蘭子」を多少強引に誘っていただけだが、蘭子にちょっかいを出していると瞳ルートから逸脱してしまうので注意されたし。


 流れとしては、正樹に昔の情熱を取り戻させて夢を追いかけてもらう〜なのだが、これは「瞳の代わりに」という意味が含まれている。
 先天性の心臓疾患のため宇宙飛行士になる夢を断念しなければなかったからだが、しかし瞳自身がその事を正樹にうち明けてはいない。
 思うに、正樹が宇宙飛行士への道を再び歩み始めた時、それとなくうち明けるつもりだったが、その前に倒れた…といったとこだろう。

 瞳は天美市へ戻ってきて早々にジョンから事故の話を聞いており、正樹がなぜ夢を捨てるに至ったかを知っている。
 それを仕方がない事だと理解を示す一方で、“道が閉ざされたわけではないのだから”と、かつて自分がして貰ったように、正樹を元気付けたい一心で夢への道標になっていたのだ。

 だがまずい事に、瞳は自分の想いを優先させすぎて、正樹の心情を察しようとはしていない
 ちょっとしたトラブルや判断ミスで命を失ってしまう、宇宙を目指すとはそういうことだ。
 三陸技研の事故で母を喪った事…死の恐怖も当然あるが、何より「自分が死ぬ事で家族を悲しませたくない」のだ。
 語られる事はなかったが、妹の朝子もそれなりに母の死に心を痛めただろうし、哲也も夏樹の夢を理解し応援していたのだから、その悲しみは察するに余り有る…
 そんな思いを二度としたくない、させたくないと正樹は感じているのだ。
 気持ちの整理がついてない状態で、再び向かい合えと云われるのは、正樹にとって苦痛でしかない。
 心の傷の深さを理解せず、ましてや無理に過去を振り切れと説得するのでは、正樹でなくとも気分を害するだろう。

 瞳の疾患は五体満足の正樹が、母の夢を受け継ぐ事に迷うばかりで歩み出さずにいることを叱咤し、背を押すためのものだったのだと思う。
 しかし、肉親を失った者に対する気遣いを、もう少し踏まえておくべきではないだろうか。
 それがなされてはじめて、正樹は亡き母の願いどおり、素直に歩み出せるだろう。
 なお、このルートでは天文部の二ノ宮部長が色盲である事も明かされているが、他のルートではそんな話は聞かれない
 天文部が大きなウエイトを占めるシナリオは他にもあるのだから、そちらでも少し触れるなりしてあれば、こんな取って付けたように感じなかっただろうが。

 それにしても二ノ宮部長の弁は、どう解釈しても正樹を責めるに足るものがない。
 まして「他人より優れた位置にいないと何もする意味がないのか」という言葉は、夏樹を亡くした事で背を向けた正樹には全く当てはまらない。
 これは瞳に対しての正樹の立場を指したのかもしれないが、言葉足らずなだけだとしても、このシーンからそう言う風には受け取れないのだ。
 彼女がいったい何を目指していたのかは解らないが、しかし「色盲だから希望していた道を選択できない」としても、視力を失ったわけではないのだから、その分野に関わりがある道を模索し進む事も出来たのではないだろうか。
 平凡にすら達する事の出来ない人間はたくさんいるというのなら、職業選択の自由が保証された現在でさえも、「本当になりたい職業に就ける人は希だ」という事を彼女は知るべきだろう。
 酷な言い方だが、それを理由にして正樹を責めるのは、諦めてしまった…そんな自分に対する言い訳にすぎないのだ。
 自分のように後ろ向きに生きて欲しくないという、彼女なりの優しさだったのならまだ納得も出来るが、八方塞がりでどん底状態の正樹の心の傷に塩を擦り込むような突き放した言葉では、とても良い解釈はされないだろう。
 それに僅かな可能性を信じる事ができず、その為の努力すらしていないのは二ノ宮部長も同じだ。
 始終ネジが緩んだようにぽやーっとした瞳だが、宇宙飛行士になれないと解っていても努力を惜しまず、自分に出来る事をしてきている。
 それが正樹を責める正当な理由にはなりえないのだが、それでも責めたのが瞳だったなら、ここまで違和感を覚えなかっただろう。

 瞳ルートのベストエンドは、宇宙飛行士となった正樹がシャトルから地球を見下ろしながら、管制室にいる瞳に呼びかけているのだが、ノーマルエンドの方ではSASに現役合格できなかった正樹が、三度天美市へと帰ってきた瞳に、再び夢が追えるのは瞳がいてくれたからだと告白するシーンで終わる。
 どちらもすごく感慨深い内容であっただけに、先の部分がとても残念でならなかった。


 瞳は小学生時代…天美市から転出する頃には、正樹に恋心を抱いていたようだ。
 子供の頃の約束を支えにして頑張ってきた事など、シナリオの端々でそれを感じられたのだが、これでちょっと笑えてしまった事に、佳多奈ルートにおいて正樹に振り向いてもらえなかった瞳が「恋なんて!」とグチをこぼすシーンがあったのだ。
 瞳がよせる「好意以上の気持ち」に気付きもしなかった正樹は、当然「?」となったわけだが、このニブさには思わず飲んでいた茶を吹き出して大笑いしてしまった。(ちなみに佳多奈以外のヒロインとよろしくやっていても、瞳がグチるシーンは無い)
 根っこにあるのがお互いに宇宙飛行士になる約束であり、しかもそれを忘れてしまっている正樹が、事もあろうに自分以外の女の子の為にSASを目指しているのだから当然面白くないだろう。

 そういえば、理由はどうであれ正樹が実家に連れ帰ったのは、ゆかりとサーシャだけだ。
 あからさまに同棲しているシーンを描かれていたのも恭子だけ。
 瞳はメインヒロインの筈なのに、あまり厚遇されていないと感じるのは気のせいだろうか…


■ 藤原佳多奈 ■

 幼なじみという意味でなら恭子やゆかりには負けるが、佳多奈ルートはちょっと風変わりではあるもののきっぱりと「妹属性」シナリオだ。
 過去の贖罪のため佳多奈の傍に居ようと決めた正樹が、彼女に心から求められていた事を知るまでの話の流れなのだが、正樹が苛まれる罪の意識はそのまま彼の夢に連なるあやまちから来るものなので、かなり根の深い話だ。
 佳多奈が重傷を負った原因が自分にある以上、正樹が責任を感じるのは当然だろう。
 ましてや瓦礫の中で動かない佳多奈に気が動転し、その場を逃げ出してしまったのだから尚更だ。
 ただ、佳多奈自身は誰も恨んでなどなかったのだが。

 佳多奈ルートは、「正樹との想い出」を共有する恭子・瞳・ゆかり・蘭子の各シナリオと、過去へのアプローチの仕方が異なる
 他のルートは要点に多少の差こそあれ、母を喪い夢を捨てた少年の姿(被害者)として描かれているのだが、佳多奈ルートは自分のために傷ついた少女に対する罪悪感(加害者)から思い悩む構図に正樹の立場がシフトしている

 実験を見たいという好奇心の為に佳多奈までもが事故に巻き込まれてしまった、浅はかな自分自身に対する罪の意識。
 いうなれば『無意識に行った加害者』であると、自分を責めているのだ。
 しかしこれは佳多奈ルートのみの話で、他のルートシナリオでは佳多奈を心配する気持ちはあっても、まるで過去から目を背けたかの様に、事故の回想シーンから佳多奈の存在が抜け落ちている…
 人はあまりにも辛い出来事があると、自身を守るために記憶を封じ込めてしまうことがあるという。
 佳多奈が1日の大半を過ごす保健室の主・養護教諭の朝末先生が、過去の出来事を知るため正樹に催眠術をかけた事がきっかけで、封印されていた凄惨な記憶が甦ったのだろうか。
 このあたりがちゃんとフォローされてないため、佳多奈を思い出さないよう意識的に避けている様にすら感じられたのだ。

 だが、それを差し引いても余りあるほど、佳多奈ルートは秀逸な出来映えだ。
 佳多奈に障害が残るほどの大怪我を負わせてしまったという部分に関しては、共に事故で亡くなった佳多奈の両親が遺した手帳により罪の意識は軽減されただろうが、当然の事ながら佳多奈ルート以外で正樹がこの事を知る機会に恵まれない。
 そして、確固たる自我を持った佳多奈に対し、本当の意味で謝罪する機会も。
 これこそが他のルートとの、最大の差別化だと思えたのだ。


 佳多奈は、このルートシナリオの鍵のひとつにもなっている「イディオ・サヴァン症候群」と呼ばれる、失われた機能を補う…代償能力を持っている。
 代償とはいえその能力は、“人の可能性”をまざまざと見せつける凄いもので、佳多奈は驚異的な演算能力の他に無限とも思える記憶力と集中力の副産物として、描写能力にも長けていた。
 反面、精神的に不安定であり、個々の繋がりを認識できない自閉症状のため独自のルールに従った行動しか取れない。
 シナリオ終盤に佳多奈は、正樹の為だけに『サヴァンの才能を有したまま』、健常者と同じ生活が営める状態まで回復してみせたのだが、これは正樹が佳多奈と共に居たいと望んだからだ。
 それぐらい彼女にとって正樹は、世界の中心にある特別な存在だという事なのだ。
 佳多奈と必要以上に関わり合う事を避けている他のルートでは、自閉症のまま想いも成就することなく、ずっと虚空を見上げ続けていたのだろうか。

 多くの失敗の末、掴んだ幸せは決して長くはないのかも知れない。
 だからこそ佳多奈の想いに報いたいと願う正樹のあり方は、本作最高のシナリオだったと評したい。


 さて、佳多奈ルートで外せないのが恭子の存在だろう。
 正樹が居ない7年間、佳多奈を見守り続けたのは恭子だ。
 これは恭子ルートで明かされる真実だが、天美市を離れていった「正樹という守るべき対象」を失った恭子は、当時誰かの庇護が必要だった佳多奈にそれを求めただけだった。
 文化祭のフィナーレで見た花火に、事故当日の様を思い出した佳多奈は自らにリセットをかけてしまい、それまで恭子と共に積み上げてきた努力があっけなく崩れてしまう。
 事故直後の状態にまで退行してしまった症状に自信を失った恭子は、虚しさから佳多奈の世話役を降りて彼女を避けるようになる。
 だが目にしたあらゆる物事を記憶し忘れる事がない佳多奈は、恭子がずっと守ってくれてきた事を、その優しさを忘れるはずがなかった。
 正樹と共にいるために彼と同じ世界に目を向け歩き始めた佳多奈が、卒業式の日にひとり去りゆく恭子にぎこちなく〜しかし精一杯感謝の気持ちを伝えるシーンは心から感動できたものだ。

 ここでふと、ある疑問が出て来た。
 佳多奈は見聞きしたあらゆる物事を瞬時に記憶できるが、感謝の言葉と共に恭子に贈った精密な肖像画は、『記憶にある恭子の姿』を写し取ったものだ。
 だがそれより以前、佳多奈は居眠りしていた正樹の姿を描いている時になぜか「…動いちゃ、ダメ…」と制していた。
 意思の疎通はおろか何を考えてるのか理解の範疇を超える佳多奈が、一心不乱に正樹を描いている様は、ある意味感動的ではある。
 だが瞬間に鮮明な記憶ができて、しかも他人の動向にあまり関心を示さない自閉症の佳多奈に喋らせるには、あまりにも滑稽な台詞ではないだろうか。

 また学園祭のフィナーレまでが語られている他のシナリオで、学生が花火を打ち上げたシーンが一切出てこない
 特に書く必要がないからオミットしたのかも知れないが、こういった細かな部分を書き添えてあれば、他のルートとの整合性も保て、浮いた感じを抑えられたかもしれない。


 佳多奈ルートはベストエンドでの長い長いエンディング部分が、ノーマルエンドではばっさりと切り落とされた形になっている。
 病院の屋上で、子供の頃とはいえ浅はかだった自分の行動を謝罪し何でもすると云う正樹に、たったひとつ「ずっとそばにいて」と佳多奈が答えた所でシナリオは終わっていた。
 もしエンディングがふたつなく、これが佳多奈のエンディングだと云われても、なんとなく納得してしまいそうなほど綺麗に収まっている。
 ベストエンドの方でこの後に続く、佳多奈の才能に小さな嫉妬をもち、平凡な才能しか持たない自分を惨めに感じる正樹の姿は、収まったかに見えたノーマルエンドのオチを覆したものだ。
 まさにノーマルエンドを踏み台にした見事な展開だった。


■ 山本ゆかり ■

 サーシャルートと同じくコミカル路線なのだが、ボケ役一辺倒なサーシャと比べ、ゆかりはぐいぐいと力任せに話を引っ張るタイプで、宛ら夫婦漫才の様なシナリオだ。

 カフェテリア・迎賓館のマスターの娘で、正樹とは幼なじみ。
 父子家庭の山本家と単身赴任家庭の今井家はご近所同士であったため、親の仕事の都合に合わせてお互いの家を行き来する事が多かったという。

 父親の仕事の手伝い〜というかバイトだが、昼休みや放課後も常に働いているバイタリティー溢れるゆかりは、年月を経てすっかり女の子っぽく成長していたが、…ほとんど性格が変わってなかった(笑)。
 以前から正樹のことは気のおけない相手だったらしく、そのため他のルートで他の女の子とよろしくやってると、冗談半分だが茶々入れて妨害したり、痴漢・変質者・浮気者など散々な呼ばわりをされる。

 平凡な人生で終わりたくないと常々考えているゆかりは都合よく靡く事はないが、そのくせ奔放に振る舞いながらも「恋愛の相手として釣り合うか」と品定めしている様に感じられ、正樹は最後の最後まで振り回されっぱなしだ。
 都合よく「友達(同格)」と「後輩(女)」を演じ分けているが、そのお茶目なワガママっぷりが鼻につかないのがゆかりの美点でもある。

 瞳や佳多奈同様にSASを目指すシナリオだが、前半ではバイト三昧の学園生活に正樹をからかう事で色を添えているだけ。
 また、瞳・蘭子ルートと同様に正樹と海へと繰り出しているのだが、こちらはふたりきりだった。
 ターニングポイントとなったのは、変わり映えのない毎日に辟易としていたゆかりが正樹に誘われ参加した夜間観測で、偶然恒星の消滅〜超新星の爆発の瞬間を発見してしまった事だ。(ちなみに蘭子ルートで確認できるが、ゆかりが超新星を発見した同週にやはり超新星が発見されている)
 ゆかりが発見した超新星は1987A大マゼラン雲のもの以来の大発見らしいが、元来好奇心旺盛なゆかりはただ見続けるだけの観測作業には物足りなさを感じ、たまたま正樹が持っていたSASのパンフを見て、自分が目指すべき道を確信したわけだ。

 昔から正樹が宇宙飛行士に憧れていた事を知るゆかりは、逡巡する彼に考える時間を与えつつ、重要なのは自分の気持ちであって誰かのためではないという事を説き、その心を呪縛から解き放ってしまった。
 これは夏樹に懇意にして貰ったゆかりだからこそであり、おそらく他のヒロインが同じ事をしても、正樹の心を動かせた可能性は低いのではないだろうか。
 現に瞳ルートでは、正樹自身のためにも動きだすべきだと瞳とジョンふたりがかりで説得を試みているが、それがかえって正樹の心を頑なにさせてしまっているのだし。

 ベストエンドでは正樹がSASに進学した後、ゆかりは学年で下から数えて1/5程度の成績から猛勉強の末、執念でSASに合格してしてしまった。
 超新星を発見したり宝くじに高額当選する程の運も実力の内だろうが、ゆかりは自分で決めた事を不屈の精神で有言実行してしまう。
 偽り無くまっすぐな瞳で紡ぐ、そんな彼女の言葉だからこそ、正樹は素直に受け入れられたのだろう。

 これがノーマルエンドでは、付け焼き刃の学力では現役合格叶わず、来年こそと書かれたゆかりからの手紙を、訓練の合間にSASの施設で正樹が読んでいた。
 なんかこちらの方が現実っぽいかなと、つい苦笑いしてしまった。


■ 真田恭子 ■

 蘭子ルートと共に、本作のスポーツシナリオだ。
 こちらのルートは頭数を揃える名目とはいえ、正樹自身が剣道部で汗を流している。

 同じクラスの剣道部員・宮本武蔵(たけぞう)に助っ人を頼まれたのも縁と、恭子と話す機会を得るために練習に参加し続ければルートが確定する。

 元々運動全般を億劫がっていた恭子が剣道を始めたのは、正樹をイジメから守るため
 その後、正樹と慎太郎の関係改善からその目的を失ったが、今も変わらずに続けていたのは、暴力から誰かを守るためには、対抗できるだけの力が必要だと感じてしまったからだろう。
 恭子のもつ保護欲求は、幼くして亡くなった弟へ向けらていた愛情そのものだったが、正樹がそのことを知るのはこのルートのみ、しかも中盤を過ぎてからの事だ。
 誰かに必要とされる事で安心できる、そんな性格になってしまった恭子には、弟的な存在が必要であることを薄々感づいた正樹は、甘んじて守られる立場にあったようだ。

 これに関連した事だが、恭子には親同士が決めた婚約者がおり、その相手・大介と幼い頃から引き合わされている。
 最初の頃に恭子の庇護を受けていたのは大介の方だったが、彼が恭子と対等な立場を望み距離を取ってしまったため、恭子は偶然拾った正樹を可愛がるようになったわけだ。
 そのため大介にとって正樹は、嫉妬の対象以外の何でもない。
 この大介に関しては、剣道の試合に助っ人として参加し恭子ルートで6月第2週にその名が出て来るまでこれといった話も聞かれず、共通ルートでもただ一度会話中にその名が出ただけで伏線とするにはあまりにも印象が薄く、突然わいて出た感は拭えないのだ。

 破傷風で死んでしまった弟・卓の話は身内の不幸だし、弟の身代わりだと正樹が知って嫌な思いをさせるかもと伏せておいたとも考えられる。
 だが大介の事は恭子自身にまつわる話でもあるわけだし、当たり障りがない程度でも共通ルートで出すべきだろう。
 恭子のペースに合わせ待ち続ける事が出来た正樹と、焦ってしまった大介。
 相対する両者の在り方がとてもよく描けていたと思えるから、なおのこと惜しまれてならない。


 問題点とまでは言えないのだが、恭子と正樹との仲が親密になってくるにつれ、シナリオから佳多奈の存在が希薄になってしまう。
 一応朝末先生がついているから心配はないだろうが、佳多奈を庇護していたふたりとも、彼女の日常にあまり関心を持たなくなっている様に感じられた。

 それからもうひとつ…こちらは少し程度が酷く、恭子の行動に他のヒロインルートとの間で全く整合性がないものがある。
 帰宅途中、佳多奈を不良達から庇おうとした正樹は、結局駆けつけた恭子に助けられる。
 後日、全国学生剣道選手権秋季大会の会場にその不良達が押しかけ、正樹を袋だたきにしたのだ。
 正樹が傷つけられた事に心底怒った恭子は手加減無しで相手をたたき伏せ、「暴力沙汰を起こした」という結果だけで無期停学に処されてしまう。
 さて問題となるのはここからで、停学期間中に恭子を選択する事で起きる消化イベントで、学園内カフェの迎賓館に私服の恭子が現れている。
 これが恭子ルートのみならさしたる問題ではないのだが、すべてのルートシナリオで同週に恭子を選択しさえすれば起きる共通イベントなのだ。
 恭子以外のルートでは、正樹が助っ人をしないため頭数が足りない男子剣道部は、大会はおろか予選にすら出られない。
 つまり、恭子が停学になる事件そのものが起こりえず、私服で迎賓館に羊羹を買いに来る行動がシナリオから浮いてしまっているわけだ。
 一応そのあたりをボカして「有給をとった」と嘯いているのだが、これは停学になった事を知らない人に対する方便に過ぎず、恭子ルートだからこその台詞なのだ。
 他ルートで普通に過ごしている恭子が、欠席届を出した学校にわざわざ出向き羊羹を買う説明になるはずもなく、正樹の口を借りて「あの人の行動は計り知れない」などと誤魔化しているが、これこそルートイベントだけにするべきものだったのではないだろうか。


 ありふれたパターンを逆転発想したシナリオだったが、それぞれの立場で「誰かを守る」とはどういう事かを考えされられるものだった。
 正樹を守る事で心を支えられていた恭子は、彼が自分のすべてを理解し受け入れてくれている事を知って、歪だった愛情の形を修正する事が出来たのだろう。
 昔のように安穏と、茶の湯と四季の移ろいを愛でながら、正樹の事を考えて日々を過ごしている。
 一見すると牙が抜けてしまったかのような恭子の様に、違和感を覚えてしまうかも知れない。
 しかしこれが本来の彼女の姿であった事は過去の回想で描かれていたものでもあり、無理に劇的な終演を迎えずとも、こういう終わり方で充分だったと思えた。

 ベストエンドでSASを目指す事にした正樹は、それまでの経緯…大介や恭子との関係を通して自らの心にも整理をつけている。
 その際、夢を追っていいと恭子に背中を押して貰ったわけだが、その意味でも恭子は正樹を守り続けているといえるのではないだろうか。

 ではノーマルエンドはといえば、婚約の許しをもらいに真田家を訪れているベストエンドでのシーンがまるまる削除され、代わりに卒業し社会人になった恭子と同棲している。
 正樹といえば大学へ進学するつもりが無いようで、家族や友人に内緒の同棲生活にちょっぴり幸せを感じている、微笑ましい幕引きだった。


■ 相馬蘭子 ■

 恭子ルートと同じくスポーツ部門であるが、こちらは陸上の特待生である蘭子の苦悩を傍で見続けるだけで、爽快感など微塵も感じられない展開だ。
 また始まりも恭子と同じで正樹がきっかけなのだが、小学校時代足が遅かった蘭子は、クラス対抗リレーの練習で正樹に走ろうと云われた事で、走者の道を選んだわけだ。

 シナリオ開始直後の蘭子の態度は、敵でも見るかのように険悪であり、思わす引いてしまったほどだ。
 針の筵覚悟で蘭子に接し続ければルート確定するのだが、彼女の態度が徐々に軟化してくるので、比較的解りやすいだろう。

 蘭子ルートは、瞳・ゆかりルートと同じく正樹と海に出かけているが、これは瞳に誘い出されたという構図が取られている。
 これ以外にも蘭子ルートの前半は、頑なな態度を取っている蘭子を瞳が連れ出すイベントが幾つかあり、結果的に正樹が蘭子と行動を共にできる場を作っているわけだ。


 シナリオの根幹となっている小学校時代のクラス対抗リレーの話は、そのまま現在の蘭子を表す縮図でもあった。
 責任を背負い込んでしまう性格、しかし土壇場でその重圧から逃げ出してしまう所は、まったく変わっていなかったわけだ。

 より速く走れる事…本心は走る事が好きであった事に気づき、それぞれの道へと歩み出すまでのシナリオだったが、そのためにもふたりは別れる事になる。
 好きな事を続けていく事と、好きな相手と寄り添って過ごす事は、なかなか両立し難いものだ。
 ましてお互いに目指すべきものがある場合、相手に負担をかけずに成す事は難しいだろう。
 ゆえに、誰かに甘えてしまうとダメになってしまう蘭子の才能のために、正樹が血を吐く思いで別れを切り出したのだが、その人間臭さがとてもよかった。
 これは恭子シナリオのクライマックスで、恭子のために殴り合いの喧嘩までして大介を納得させた、正樹の男気と甲乙付けがたいものがあったと思う。

 ベストエンドとノーマルエンドの差はただ一箇所、正樹が瞳と共に蘭子を見送りに行ったシーンがまるごと抜けているだけだ。
 ただしこのシーンには、『正樹が別れを告げたクリスマスに手渡していたプレゼントが、アスリート用のシューズだった』という、このルート最高の見せ場が含まれている
 蘭子をふった正樹のホンネの部分が、言葉だけでなく行動として示されている重要な場面であり、このシーンがあるからこそ、テレビに写った蘭子に向かってエールを送った正樹に共感できたのだ。


■ サーシャ・ノーブルグ ■

 新学期が始まり、程なくして友愛学園に編入してきた留学生。
 その実はバルト海に浮かぶ北欧の島国・フスクス王国の第2王女なのだが、貿易商の娘「ティーナ・アップフェッラー」と身分を偽っている。

 サーシャの場合、その出逢いからしてコミカル路線であり、その意味でも他のルートとの差別化に充分成功している。
 正樹との過去の繋がりを持たない唯一のヒロイン故に、メインのシナリオから遊離した感は否めないが、独立したシナリオというほどかけ離れた物ではない。
 このシナリオが他と比較して、一種独特な雰囲気をもっている事が原因なのだろう。

 サーシャルートは、イベント配分にかなり無駄がある。
 前半では、まだ正樹は信用に足る人物だとは見なされておらず、サーシャと挨拶を交わす事さえままならない。
 結局、半年近くかけて正樹がやり遂げた事は、「自由にサーシャと逢える」という特権を勝ち取っただけだ。
 それだけ大変な状況である事は解るのだが、本国の王宮に籠もっているならいざ知らず、同じ学園に通っている相手に、いくら何でも時間をかけすぎだろう。
 実質的なヤマは10月からだから、サーシャの来日時期を4月からではなく夏あたりからでも充分同じ内容にできるのではと思えるほどだ。

 独特というなら、それを通り越して滑稽にさえ見えてしまうのが、『学園公認の黒服の警護隊』だ。
 いくらサーシャの容姿ではどうやっても目立つからと開き直り安全策を採るにしても、ぞろぞろとSPが列をなして張り付いては、要人がここにいると宣伝しているような物だろう。

 そんな護衛の中に、彼女の実姉・ディネイ・ナカガミもいる。
 サーシャとは異父姉妹になるディネイは日系二世であるが、サーシャがそうであるといった記述はなかった。
 仮にふたりの母親が日本人だったとするとサーシャもハーフであるから、日本への留学も自分のルーツを辿る旅であったと解釈できる。
 ナカガミ姓が父方だった場合は、この仮定そのものが成り立たないのだが…。

 サーシャが王女であり、それゆえに政治的な陰謀から狙われる立場にあることが明かされる後半からは、コミカルだった雰囲気から一変して重たい雰囲気が漂い始める。
 得てしてお約束な展開ではあるが、刺客として現れた英語の臨時教諭イワン・ヴァシニーコフは、なぜかこのルートでしか赴任して来ない
 それにフスクスの情勢や長らく病床にあるフスクス王の容態などは、正樹の動向と関わりのないもので変わるはずもないのだから、これはかなり違和感がある。
 さらに言うなら、イワンが第一王女ミネリアが差し向けた刺客であることは、実はノーマルエンドの方でしか語られないのだ。
 つまり運良く一度でベストエンドに辿り着いてしまうと、実行犯のイワンの消息も主犯が誰であったのかも、そしてどうやってミネリア王女を差し置いてサーシャが王座に就いたのか、その一切が謎のままになってしまう。
 ノーマルエンドで補完しているといえば聞こえはいいが、それが必要なほど複雑なシナリオでもなく、むしろ10年後の再会を信じ、今成すべき事に専念しているふたりの姿が描かれたこのノーマルエンドの方が、本来の終演だったのではないかと思えたほどだ。

 同じような件がもうひとつある。
 寝坊の末、事故復旧まで電車が止まっていたため偶然出逢ったサーシャを見捨てておけず、3駅分も離れた友愛学園まで連れて行った正樹は、お礼にと嵌めていた指輪を渡されたのだが、後日にそれを知ったディネイが放心状態になってしまった。
 謂われのある品だという事は間違いないようだが、手渡す前にサーシャは剣に見立てたナイフを、正樹の肩口にあてて何事かを呟いていた
 叙勲を与えたりする場合に見られる光景の略式だが、そこに指輪があり、そして正樹が肌身離さず持ち歩いている事に顔を赤らめていた事を考えると、答えはそう多くないだろう。
 この指輪はサーシャが選ぶひとりを騎士に取り立てる事が出来る「無償の騎士の証」であり、サーシャに許された“生涯一度だけの使い捨ての自由”でもあった。
 指輪の正体もノーマルエンドでしか明かされる事がなかったのだが、それほど重要なアイテムを他のルートでも同様に受け取っているのに、これといって正樹の日常に影響はなかった。
 こんなオイシイ伏線が、サーシャとの絆を象徴したアイテムとしてしか活かされていないのは、勿体ないかぎりだ。

 上記とは全く違った意味で、納得できない事がひとつある。
 他ルートでのサーシャの帰国時期だ。
 サーシャルートでは12月第4週にフスクス王が崩御し、留学を切り上げて帰国する事となる。
 他のルートで照らし合わせると、11月第5週を最後にサーシャの姿を見る事が無くなっており、どのルートにもサーシャの帰国に関して全く話が聞かれないのだ。
 他ルートではイワンも襲ってこなかったのに、あれだけ学園内で目立っていた存在が、人知れずひっそりと帰国していたとは、なんとも寂しい限りだ。

 ベストエンドでサーシャが最後にした大仕事は、なんと君主制の廃止。
 何十年か前に独立したとディネイの話にあったが、サーシャの祖父あたりが初代のフスクス王だったのだろう。
 他国の支配から独立してようやく手にした王家の主権を、孫娘が恋人との幸せのためにあっさりと手放してしまったわけだ(笑)。
 そうして平和的に民主制へと移行したフスクスを離れ、宇宙飛行士になっても駅でうどんをすすっている正樹のもとへ元王女さまはやってきたのだ、自分の夢を叶えるために。 

 ノーマルエンドは「無償の騎士の証」に誓った約束を胸に、サーシャはフスクス王国の玉座で再会の日を待っている。
 これは正樹と結ばれない他のルートでも同様に、遠い北欧の地で日本を懐かしんでいるのだろう。

 サーシャがどうしたかったのかという結論ではあったが、一国の政治体制を変えさせてしまった今村正樹…あなどれん奴(爆)。


(総評)

 本作は、どのヒロインのルートにも入らず共通ルートエンドを迎えると、夏樹亡き後の今井家の話を知る事が出来る。
 この話は、おそらく正樹が友愛学園へ進学しなかった場合に辿っていた、『もうひとつの道』でもあるだろう。
 そう思えるぐらい、正樹が天美市へと帰った事に運命的な物を感じられたのだ。

 シナリオ開始直後、過去の関係を持ちだし「疎遠になってしまった」と感じていた正樹だが、天美市に帰ってきてから一年も経つのに、自分からは行動を起こしてなかった。
 まさに瞳の転入がきっかけであり、それを考えると彼女達が変わったために疎遠になったというより、正樹自身がカベを作っていた様に思える。
 そこからストーリーが展開して行き、正樹は情熱を取り戻してゆくわけだが、本懐である宇宙飛行士を目指したか否かについては、正樹が何を望んだかによる結果なので、SASへ進学しなかった終演が一概におかしいとは言えない。
 先に書いた共通ルートエンドも、そういった選択の末の結果に過ぎないのだから。


 本作には共通したテーマとして「自分のルーツ」というものがあった。
 正樹は夏樹と交わした火星到達の誓いであり、瞳は正樹と交わした約束。
 佳多奈は正樹の存在そのものと取れるし、蘭子は正樹に励まされた事だった。
 一見無さそうな恭子は弟の代わりに誰かを守りたかった事、サーシャにとって親善国である日本はやはりディネイという切っても切れない縁があり、そのままルーツと呼べないとしても確固たるものがあった。
 これらが各ルートシナリオで丁寧に描かれており、そのために物語がより印象深い物へと仕上がったのではないだろうか。

 テーマ以外でも例えば、相手に対する負い目を道糸にしていた恭子・蘭子ルートや、罪の意識を強調して書かれた佳多奈ルートといった具合に、シナリオを見る事も出来る。
 これらのシナリオの中では様々な苦悩や想いが交差しており、また意外なほど複雑な人間関係だった事もあって、かなりやり甲斐のある作品であったと思うのだ。


 SASは第二期国際スペースコロニー計画と直結しており、その為の人材育成の場として機能し、また宇宙への玄関口となる国際的な施設だが、このSASこそが本作の肝だった。
 なにより本作の全シナリオで重要だったのは、平均よりやや下回る成績に甘んじていた正樹が、独力で難関突破し進学を果たした所にある。
 夢を語るにも常に高いリスクと背合わせであり、あらゆる場面で最善を尽くせる責任感と能力を有する者でなければ、未開の地を踏む事など到底叶わないだろう。
 だから道を切り拓くのは、正樹自身の力でなければ意味を成さない。
 元宇宙飛行士のジョンはそれを知るからこそ、道を指し示しても正樹の手を引きはしなかったのだ。

 幾つかのルートでの事だが、正樹の「危険を感じ取る」直感の様な能力が描かれている場面がある。
 本能的に危機を察知できるなら、より早くリスク回避が出来る可能性があるわけだから、訓練次第では宇宙を目指す正樹にとって、この上ない強みになるだろう。
 これが事故に遭ったが故に身につけた能力であれ、その事故をきっかけに呼び覚まされた本能であれ、それぞれのシナリオで危機に直面した時、必ず発揮されていた。
 こういった一貫性がすべてにおいて成されてあれば、文句なしに絶賛できたものだが、残念ながら本作にはその場限りで使い捨てにされている物も多く、手放しにはいかなかった。
 ともあれこれに関しては、なるほどと思わされたものだった。


 最後に、本作のタイトルがなぜ「星空ぷらねっと」なのかという、素朴な疑問について。
 宇宙飛行士になりたい正樹が何時も見上げていた星空は「starlit sky」であって、惑星の「planet」は何を示しているのだろう。
 その答えこそ、正樹が夏樹と交わした約束だったのだ。
 まだ月にさえ届かないロケットだけど、いつか火星にだって行ける物を作ると語る母に、なら自分がそのロケットで火星に一番乗りすると、幼き日の正樹が拙い誓いを立てたのだ。
 そう、正樹の夢は宇宙へと繰り出す事が最終目的ではない。
 さらに遠くへ、「あの星に届くまで、終わらない約束」というフレーズは、まさにこの事を指していたのだ。
 目を引くだけの様にも思えたこのタイトルも、明確な理由があって名付けられていた事に、今一度賞賛を贈りたい。


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