仮面ライダーディケイドあばれ旅 11 |
後藤夕貴 |
更新日:2009年7月31日
巡り合う人々は皆心優しく、また過剰なほどのサービス精神に溢れている。
これまでのような、殺伐としたものが一切ない……ように思えて、実はその裏では、他の世界をも圧倒しかねないほどの悪意が渦巻いていた。
そんな奇怪な世界は、実はディエンドこと海東大樹がかつて住んでいた所だった。
今では指名手配犯となった海東大樹は、この世界に戻っていったい何をするつもりなのか?
そして、士が出会った二人の仮面ライダーの目的は…?
ディエンド・海東大樹の過去に迫るという、前回に引き続き大変重要な要素を担う22・23話。
今回は、この「ディエンド世界編」について触れていこう。
尚、これまでのコラムではディエンド=海東と記して来たが、彼の兄・海東純一が登場する都合上、今回だけは「大樹」と名前の方で統一記述させていただく。
●ディエンド指名手配
今回は、仮面ライダーディエンド・海東大樹にスポットを当て、これまで謎に包まれていた彼の素性を知ることが出来るエピソードとなった。鳴滝同様、自分の意思で異世界を自由自在に巡り、そこのお宝を頂戴する。
どうしてそんな事が出来るのか、どうしてそんな事を続けているのか?
また、彼の真の目的は何か?
そういった謎を垣間見るという意味で、今回は大変な注目が集まったのではないかと推察する。
「ディエンド世界」は、これまで巡ってきた各世界と印象が大きく異なり、のどかな田舎風景の拡がる「村」から始まった。
主に都心部・副都心部やその周辺と思われる、比較的近代的な雰囲気の場所でのロケが多かった本作において、これはちょっと新鮮な試みで、またこの世界に個性を与える役割を果たしている。
山や林、森や谷、川が広がる舞台で戦うライダー達という図式も「仮面ライダー響鬼」を別とすれば、なかなか独自性が強い。
また、ただ単に田舎を舞台にしているだけではなく、都会にはない「人々の交流」を描く目的もあったのではないかと思われる。
道行く人々が挨拶を交わし、何かあれば声をかけるという光景が今回は演出上必須だったのだろう。
「田舎ではよくありがちな、人々ののどかな光景」を描き、この世界の病巣を(視聴者及び士達一行に)感じさせない作りは実に上手い。
もし、今回のシナリオがいつものような都心部を舞台に行なわれていたとしたら、最初の時点ですぐに「この世界はおかしい」と疑われ、裏側の事情がなんとなく透けて見えてしまう。
この「人々が異常に親切な世界」の描写は、さりげに色々な所で凝っている。
例えば冒頭部をよく観ると、「やたらと細かい所にまでバス停が置かれている」事に気付く。
田舎のバス停は、都会では考えられないような所に予想外の停留所名を付けている場合がよくあるのだが、それにしても写真館みたいな個人経営店の脇にあったり、個人宅の停留所名があったりするのは細かすぎる。
これでは、ほとんど「士達の現在位置を示すマーカー」と同じではないか。
つまりはこれも、それだけ“不必要なほど”親切が働いた結果という意味なのだろう。
士が営業で歯ブラシを50本売りつけた民家で過剰なほどのボリュームの料理を振舞われたり、警察を訪れたユウスケと夏海が「用件を云う前に」カツ丼を振舞われるというのも、この世界の奇妙さを判りやすくしている。
一見ギャグのように思えるおかしな様子が、実はすべて訳ありで、また大樹の過去、指名手配の理由へと繋がるという構成は、大変興味深いものがある。
これは、所謂「井上ギャグ」と呼ばれる“ありえないほどオーバーな珍奇演出・展開”を逆手に取った実に上手い方式だ。
元々どこかおかしい世界と思わせておいて、その裏ではもっと異常な事態が展開しており、それをじわじわと感じさせていく「軋み」。
なかなか面白いところを突いてきた感じだ。
ニセモノの優しさに包まれた世界の裏では、人間を支配する「14(フォーティーン)」と、それに抗うレジスタンス「仮面ライダー」の存在があり、日々抗争が続いている。
14が人間達に強要する「優しさ」のせいで被害に遭う人々を救っているにも関わらず、その人間達から忌み嫌われるという皮肉な運命を背負ったライダーというスタイルも、なかなか凝っている。
そのライダーとして、劇場版「仮面ライダー剣 MISSING ACE」の慎(ランス)と春香(ラルク)が選ばれているのにも注目したい。
加えて、大樹の兄として純一(グレイブ)も登場しており、新世代ライダーがすべてオリジナルキャストで勢揃い、更にはオリジナル版にも出てこなかった各パーソナルカラーの施された専用バイクという、嬉しいおまけまで付いてくる。
つまり今回は、「MISSING ACE」のキャラクター設定・配置をベースにアレンジが行なわれたものなのだ。
電王・響鬼・ネガ世界に続き、オリジナルライダーが登場した四番目の世界となった今回は、「MISSING ACE」時以上に新世代ライダー達の心情表現が緻密になっており、当時よりもキャラクターに厚みが出ている点も見逃せない。
特に禍木慎役の杉浦太雄、三輪春香役の三津谷葉子両氏は、4年前よりも「らしさ」に磨きがかかっており、荒削りだが懸命に戦おうとするライダーというイメージが更に強まり、また好感度も高まった。
個人的には、春香の良い意味での変貌ぶりに驚かされた。
ニヒルな女ライダーで、他の男達にまったくひけを取らないスタイルが実に素晴らしく、劇場版のあの扱いは何だったんだとすら思わされる程だ。
残念ながら、終盤で若干影が薄くなってしまう感があるが、今回の世界では立派なゲストライダーとして馴染んでおり、予想以上に見応えのある演技を見せてくれた。
すごく頑張ってライダーらしさに磨きをかけた二人に対し、旧姓志村の純一こと仮面ライダーグレイブは、益々その怪しさに磨きをかけてきた。
変身前・変身前のどちらもかなりの異様さをプンプンさせており、明るい(というか不必要なほど明るすぎる)笑顔と不気味な一つ目仮面のギャップとわざとらしい台詞回しが相まって、単なる敵役とは違う異様さを発揮しまくっていた。
劇場版でも、突然突飛な行動を取り観ている側を呆然とさせたグレイブだったが、今回もその辺りはしっかり押さえられており、「やっぱりグレイブ(純一)はこうじゃなきゃな」と実感させられるようになっている。
ラスボスの「14(フォーティーン)」も同劇場版からの出典だが、今回は人間体まで登場し、さらにはCGまで新規で作り起こされたものになっていた。
なかなかの悪辣っぷりだったので、出来ればもっと暴れ回って欲しかったものだが、とにかく今回はこういった「ゲストの描写」が凄く丁寧で感心させられる。
いつもはクールな大樹も、今回は地元&身内が絡むとあってか、普段からは想像できないような態度を見せていた。
イライラして物に当り散らしたり、言動が感情的になったり、士に食ってかかったりと、今回は妙に人間味が強くなっている。
これらは、下手をすると大樹のキャラクター破綻にも繋がりそうな際どいものではあるが、今回は彼の最終目標であろう「兄の奪回」があるのだから、調子が狂うのは当然といえるだろう。
しかして、この世界にも大樹的に「奪うべきもの」が存在しているという点は、留意しておきたい。
これまでは「その世界の(ライダーにまつわる)お宝」が奪取目的だったが、ここでは「兄の奪回」が目標なのだ。
だから、何かを奪う事を生業としている彼にとって、再び故郷(のある世界)に戻ってくる事は必然だったのだろう。
また、今まで大樹が狙ってきたお宝は、士やユウスケが奪取妨害する必要があるものがほとんどだったが、今回だけは「(士達が)奪回に協力する」形に変化しているのも興味深い。
この辺りも、今までの流れを踏まえた上で加えられた「アレンジ」の結果なのだろうと考えると、面白みが増してくる。
こういう作りは、個人的にとても好きだ。
このように、大変見所の多いエピソードではあったのだが、残念ながら今回はかなりのツッコミ所があり、また多くの破綻も露呈している。
しかも、これらはいずれも「面白ければ多少の無理は無視しても良い」とは云えない次元のもので、せっかくの良さをぶち壊しにしてしまった。
以下では、これら問題点に触れてみよう。
●膨大な矛盾と問題点
厳密に比較したわけではないが、「ディエンド編」は下手をしたら過去の世界編のどれよりも問題が多く、また無視し難い矛盾点にまみれている。一つひとつ目に付くものを挙げていこう。
・この世界の住人はディエンドを知らない筈なのにどうして指名手配書が?
冒頭から出た矛盾点が、これだ。大樹が指名手配されたのはともかくとして、彼が変身したディエンドの姿まで指名手配写真として出回っているのは、明らかにおかしい。
大樹がライダーの能力を手に入れたのは、劇中の純一や慎達の台詞や態度から、少なくとも彼らの認知範囲外の場所であることは間違いない。
それがディエンド世界とは別な世界でなのか、或いはこの世界のどこか(14の目の届かない場所)なのかはわからないが、どちらにしろディエンドの姿で指名手配を行なうことは不可能だ。
仮に、14だけは大樹がディエンドの能力を得たことを知っていたとしても、直属の純一が知らない筈はないため、どう転んでも矛盾は回避できない。
ちなみに、設定ではディケイドやディエンドの頭にブッ刺さってるカードは、世界を行き来するために必要なものだそうで、これに準拠するのであれば、大樹はディエンドの能力がなければ別世界への旅が行えないことになる。
第一話では、次元の壁に阻まれ夏海を襲うワームを阻止出来ない士が、ディケイドに変身することでようやく救助に向かえるようになるという描写があったが、これと同じ理屈がディエンドにも適応するのであれば、大樹はこの世界に居るうちにディエンドの能力を手に入れていなければならなかったことになる。
しかし、そうだとすると益々純一達が知らないのはおかしい。
否、別にこの世界でディエンドの能力を手に入れていても変ではないし、そうすれば指名手配の件も整合性が出てくるので何の問題もない筈なのだ。
この辺りは、恐らくノリで書いてしまっただけなんだろうなあと思われるが、もう少し注意を払ってもらいたかったものだ。
そういえば、大樹は前編冒頭部で、自分が指名手配になった事を知らなかったとも取れる態度を取っていたが、実際はどうだったのだろうか?
自分に関することについては、あまり態度に示さない大樹だから分かり辛かったが、少し気になるところではある。
・ディエンドの変身システムはどこから?
せっかくのディエンド編なのに、これについてまったく触れられなかったのは実に残念だ。全31話という短い尺の中でサブライダーを中心にするエピソードを2話も割いていて、「ライダーになったきっかけ」が全く描かれていないのは、さすがにまずいと思われる。
今回は、いわば「大樹が立場を変えるきっかけ」を描いただけに過ぎず、視聴者が知りたいのは「そこから先」のことだ。
この辺の認識のズレは、かなり痛かった。
この時点で、残り話数は8話で、そのうち既に4話は「シンケンジャー世界編」「仮面ライダーBLACK&RX編」で確定しているから、実質4話(プラス劇場版)。
この間に、大樹がディエンドの能力を得た経緯が描かれる可能性は、これまでの平成ライダーの展開を考慮するとまずありえないだろう。
否、あったとしてもものすごくぞんざいな説明だけで済まされる可能性もある(例えば、大樹が「ディエンドライバーは、○○で手に入れたんだ」と言うだけとか)。
――というか、「劇場版 仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー」内で、ディエンドになった理由が説明されるシーンがあるというネタバレ情報も広まっているので、白々しいにもほどがあるんだけど。
好意的に解釈するなら、いまだに正体不明状態の士asディケイドの変身・戦闘システムと良く似た性質を持つディエンドだから、現時点でその由来を説明することは、ひいては(まだ出すわけにはいかない)ディケイドの正体に抵触する危険があったのかもしれない。
今回、後編で大樹が士の正体を知っているらしい態度を示したが、これが何か深く関係している可能性も高い。
そういう理屈なら、大樹がディエンド化した理由がボカされたのもわからなくはない。
だが、それを抜きにしても「大樹が自分の世界を脱出した理由」「別世界でお宝を奪う事を生業とするようになった理由」は、説明されて然るべきだ。
まして先の項でも触れた通り、大樹には「世界を移動する能力をどこで手に入れたのか」という疑問も付きまとう。
別な世界でディエンドライバーを手に入れたので、それで万事OK、ということにはならないのだが、この辺についてはどれだけの配慮があるというのだろうか?
お宝に関しては一応申し訳程度の説明があったが、これに関しては別項で触れよう。
・大樹がお宝探しに各世界を奔走する理由の説明が不十分
士によると、大樹は「自分で自分のことを信用する事が出来ない。だからお宝を集めることでそんな自分をごまかそうとしていた」「兄貴を助けることで自分を取り戻そうとしている」らしいが、残念ながらこれは全く説得力を欠いた説明だった。否、それどころか説明にすらなっていない。
触れるべきは大樹の動機ではなく、「大樹がお宝を奪う理由」の筈だ。
大樹のこれまでの行動は、彼のキャラクターの方向性を示すものとしては重要だが、総てではない。
そもそも、大樹がディエンドになった事と、お宝を奪うために異世界を巡っている事は、全然繋がっていない。
更に突っ込めば、「ディエンドになる=異世界を巡れるようになる」なのかすら不明瞭なのだ。
これまでは「そういう奴なんだ」という漠然としたイメージで適当な脳内補完が行なわれていたわけだが、今回大樹の過去が明かされたことで、これらを繋げるために充分な説明が求められるようになった。
にも関わらず、この辺は変わらず放置状態だ。
・なぜ14は大樹に兄の洗脳シーンを見せたのか?
最初から14に忠誠を誓い、手足となって働いていた大樹が、兄・純一の洗脳シーンを見せられる展開は本当に意味不明だ。それだけではなく、彼が作ったという「教育プログラム」なるものが全く用いられていなかった事まで知らされており、言い換えれば大樹は能力の一部を完全否定されたようなものだ。
仮に、これが「お前は忠実な部下だが兄がダメダメだった。だからお前も少しは兄の罪を背負え」といった意味での演出だったのならまだ納得も出来ようが、当の純一は最初から14の手先だったわけで、洗脳される必要性など皆無だ。
思い切り好意的に考えるなら、大樹が純一に述べていた「僕は奴ら(14やローチ)の力を利用しているんだ。それでこの世界の秩序が保たれているんならいいじゃないか」という言葉に(14に忠誠を誓っている)純一が懸念を示し、14に彼の心境を密告。
これを受けた14が純一に命じ洗脳を受ける演技をし、それを大樹に見せ付けたという解釈も可能ではあるが、そうだとすると14は「生意気な口を聞いた大樹にお灸を据えるため」だけに、わざわざ純一の潜入工作を中断させるという意味不明な選択をしたことになってしまう。
14の作り出す偽りの平和を維持するため、反逆勢力であるライダーグループへの潜入工作を継続する事と、本心を隠しつつも業務はしっかり行なっている大樹にちょっかいをかける事、どちらが大事なのだろう?
まして、14が本当に大樹にお灸を据えるつもりでこんな茶番を仕組んだとしたら、慎や春香を逃亡させる理由もわからない。
普通なら、ライダーグループ完全捕獲を行なった上で、純一洗脳(のやらせ)を行なうべきだろう。
14の行った事は、忠実な部下一名を敵に変えてしまうというマイナス効果しか発揮していない。
大樹自身にとっては確かに衝撃の場面だろうし、14から離反したくなる気持ちもわからなくはないが、彼が目指した「兄を取り戻す」という目的が皮肉な結果に終わる……という結末にしたかったというなら、この辺りの描写は無駄以外の何物でもないだろう。
14が余計なことをしなければ、海東兄弟はやがて一緒に打倒ライダーまたは別な反逆勢力抑制活動を行なう事ができたわけだから。
・夏実を洗脳したのなら、士達の情報を得て一網打尽にすればよかったのでは?
「ディエンド世界」で14の洗脳を受けた住人は、必要以上にライダーを目の仇とし、別に14やローチが指示したわけでもないのに、自主的に排除(露骨にいえば殺害を目的とした攻撃)行動を取ってくる。まあ、事前にそういう行動を取るように教育されているだけかもしれないが、とにかく「無駄に余計な世話を行なう」という性質は洗脳後にも活かされているようだ。
これなら、洗脳を行なったユウスケや夏海に命じて、光写真館(士の本拠地)の位置を説明させ、或いは士が取るだろう行動を予測させて後々対処するなど、いくらでも活用法があった筈だ。
というか、そういう目的意識でもない限り、純一達には夏海を拉致する理由が見当たらない。
だが実際には、洗脳された夏海は変身しようとした大樹の行動を一時的に邪魔する以外の役に立てる事が出来ず、ユウスケに至ってはキバーラの頭を撫でているだけだ。
これでは、単なる嫌がらせをしただけというレベルを出ていない。
確かに、夏海奪回作戦がひいては14&純一との決戦へと繋がるわけだが、元々大樹は純一を奪い返すために14の許へ出向こうと考えており、また士もそれについて理解を示していたのだから、これがきっかけにならなくても近いうちに同様の展開になった筈だ。
本来なら、夏海が14の手に堕ちたことによる影響をもっと強調し、今すぐにでも奪回しなければならないというほどの緊迫感を煽らなければならなかったのに、その材料として最も有効活用出来た筈のユウスケはあの通り、それ以外では栄次郎がただ一人でパニくってるだけ。
これでは、捕らえられたのが夏海ではなく、そこらにいる少年Aでも事足りてしまう。
と、ここまで書いていてふと気付いたが、よく考えたらエリア管理委員会は士や大樹がなんとなく訪れたような場所にまで正確に車を回せるほど高精度な情報網を持っているのだ。
これがあれば、特別なことをしなくても一網打尽は簡単だろう。
…まあここを突くと、慎や春香の居場所を特定するのに手間取ったりする理由が説明出来なくなるから、触れないでおくべきなのかも……?
・なぜ純一を倒さない?
今回最大の難点である海東純一。あの不気味極まりない笑顔がやたらと話題になったが、彼の存在は「ディエンド世界編」の暗部そのものと言ってもよいほど、多くの難点に満ちている。
洗脳を捏造してまで大樹や慎、春香を騙し、自らの意思で14に忠誠を誓っていた彼は、14亡き後自分が新たな14になると宣言し、早々に士に否定された。
よく考えれば、そもそも純一がそのような考えを抱いた理由も動機も不明で、ましてやそのような考えに至る素質に大樹が全く気づかないというのも不自然だ。
特に大樹は勘が鋭そうだし、彼が純一の本性に気付けないほど妄信または心酔するような描写もない。
まあ、百歩譲って純一が14に成り代わる野望を抱いていた点については許容するとしよう。
だが、だとしたら彼は14に次ぐ危険な存在になりうるわけで、事実14消滅後には他のライダー達に襲い掛かった。
襲い掛かるということは、普通に考えた場合、後々彼等が邪魔な存在になるからだろう。
14を倒されてカッとして、単なる八つ当たりで攻撃したというわけでもあるまい。
それほど危険な人物であることが判明したのに、なぜか誰も彼を倒そうとはしない。
また士asディケイドも、「これはあいつらの闘いだ」などと暢気な事を言い出し、“そもそもこの世界を14から開放するために闘っていた筈の”新世代ライダー達を止める始末。
兄の正体と野望を知り、現実を受け入れられないまま闇雲に闘い始めた大樹の困惑振りは見逃すにしても、彼がトドメを刺せなかった純一asグレイブを見逃すのはどう考えても変だろう。
それともあの世界の住人は、世界の安否よりも身内の方が何倍も大事なのだろうか?
一般人はそれでいいかもしれないが、少なくとも明確な目的意識を持って活動している新世代ライダーズまでそれでは困るというものだ。
まして、肝心の敵をみすみす見逃すという展開は、一つ前のエピソードでもやっていたことだ(ネガ世界編における音也asダークキバ)。
カタルシスがどうのという問題は別にしても、ここはきっちり純一も倒さなければ、話が落ちないだろう。
少なくとも、大樹がこの後もお宝巡りの異世界旅行を続けるというのも変な感じになるし、まして異世界に脱出する事も出来ない新世代ライダーズは、今後もこの世界の変化を見続けるしかない。
何より、こういうのは余韻を残すとか、先の展開は視聴者の想像に任せるとかいうものにすらならない。
士の取って付けた様な説得で純一が改心したかどうかはわからないが、どうあれ次の14になりたいと願う彼をそのまま放置して、彼等にとってプラスになることはない筈だ。
「煮え切らないオチ」「割り切れなさが残るラスト」を演出したかったなら、むしろ純一との決着はしっかり着けるべきだし、その方が(ココロの隙間を埋めるためにお宝強奪しているといわれた)大樹が、次の世界に旅立っていく理由にも繋がるだろう。
純一を倒せば、「肉親殺し」という二度と埋まらない心の隙間が生じるだろうから、説得力は出る。
どうしても純一を殺したくないというなら、FFRでグレイブブレード(仮称)にでも強制変形させて、原っぱに放置して来た方がまだマシだったかもしれない。
・14は何をしたかったのか?
とりあえず、14が何者でどこから来たのかは、この際無視しよう。だが、彼がこの世界にもたらした制約はあまりに意味不明で、どういう目的意識があったのかがまったくわからない点は問題だ。
例えば、これが彼なりの正義感に基づく行動だというなら、それが客観的に間違ったものでも充分理由付けにはなる。
しかし、最終戦闘時の台詞からするとそのような意図はないらしく、「平和をもたらして“やっている”」的なニュアンスだ。
この辺はとても微妙だが、「なんとかしなければ」と率先して行動するのと、「なんとかしてやろう」と受動的に何かするのとでは、全然違う。
第一、前者のような能動的な目的意識があるのなら、「他人に優しくする」というルールを破った者だけに洗脳処理を施すより、最初から人間全員無条件で洗脳してしまえばいいだけの話だ。
普通ならそれは難しい話だが、14の場合は忠実な僕であるローチがいるのだから、まずエリア管理委員会の増強から図ればさほど難しくはないだろう。
少なくとも、大樹のような(個人的な意識はともかく)比較的優秀な部下については速攻で洗脳を行っても良かった筈だ。
このように、14の行動や意識があやふや過ぎるため、ひいては「ディエンド世界」全体が意味不明な描写になってしまった点が、本当にまずい所なのだ。
まして、この世界の住人を自身の思い通りにしたとして、その先に求めるものがあるわけでもない。
なんというか、こうしてみると14は「最後に倒されるだけの存在」として設定されたのにも関わらず、それを中心に添えて陰謀めいた作劇を行ってしまったため、全体が滅茶苦茶になってしまったように感じられる。
って、これは今までの平成ライダーシリーズ全体に見られる一番の問題じゃないか。
一年スパンでやってたことを、この前後編でもやっただけ。
そう考えれば、このグダグダ感も納得は出来るかもしれないが……
・結局、海東大樹とはなんだったのか?
大樹は、ディエンドライバーという変身システムを入手し、それまでとは全く違う能力を持ったことで鳴滝にすら一目置かれるほどの凄い存在となった。他のライダーを召喚して自在に闘わせることが出来る上、単独でもディケイドに勝るとも劣らないほどの戦闘能力を発揮出来るわけで、これを活用すればかなり凄い事が行なえる筈だ。
異世界巡りがディエンドライバーによる影響だとしたら、大樹は彼と同様の能力を持つ者以外には決して追いつかれも捕らえられもしないわけで、見方を変えればほとんど無敵だ。
まあ、士と同じように別世界のライダーと共闘するために異世界旅行をするべき、とは言わないが、大樹が実際にやっているのはただのドロボーで、別に「異世界からの来訪者」が行なわなければならないというほどのものではない。
いわば彼は、物凄い宝の持ち腐れをしているのだ。
上記は大樹というキャラの批判ではなく、そのように描かれているという事の再確認だ。
とてつもなく素晴らしい能力を持ちながら、それをドロボーのみに費やす。
それ自体は別に悪い事ではないし、これにより過去いくつか見せ場を構築しているわけだから、むしろプラスに働いていると言っても良いだろう。
そのような「おかしな立ち位置」を持つキャラであれば、当然ながらそうなった経緯を知りたいと誰もが思う。
“何故”彼は素晴らしい力を得て、“何故”お宝強奪を続けるのか?
だが、その答えとして用意されたのは、「兄を取り戻すため」という意味の通じないものだった。
――このすれ違いっぷりは、なかなかとんでもない。
ここまで述べてきた通り、「ディエンド世界編」は多くの矛盾と設定破綻に満ちている。
しかもそれらのほとんどは「ディエンド世界編」内だけのものだ。
「仮面ライダーディケイド」全体のエピソードの食い違いというなら(それはそれで問題ではあるものの)まだ理解が及ぶが、たった2話の間だけでここまで破綻しているというのは凄い。
これが、「ディエンド世界編」最大の問題点だったと言い切っても過言ではないだろう。
「ディエンド世界編」は、この一つ前の「ネガ世界編」と並んで特に評判がよろしくないようだが、WEB上の反応を見る限り「ネガ世界編」の方が評価が低いように感じられる。
まあ、前回も散々書いた通り、TGクラブをはじめとする無駄な設定と描写が多かったため、どうしても評価が下がってしまうのかもしれないが、よく分析すると今回の方が抱えている問題は大きい。
とにかく、今後もう大樹について深く触れられる機会はほとんどないだろう事が容易に想像出来るからだ。
前回のケータッチasコンプリートフォームの登場にまつわるエピソードがチープだったのは事実だが、これらはディケイドを巡る付加要素の一つに過ぎず、(詳しく触れてもらえればそれに越したことはないが)悪い言い方をすれば「別に丸々省かれたとしてもストーリーに影響は少ない」ものだった。
だが今回は、まがりなりにもメインキャラ、しかもディケイドに並ぶもう一人のメインライダーにまつわる話だ。
抱えている謎や要素は士と並ぶ程多い上に、士との過去の関係など気になる点も多いが、それらのほとんどがボカされてしまったツケは、かなり大きい筈だ。
まあ大樹asディエンド自体、物語的にはサブキャラと割り切る見解もないわけではないが、それでも必要最低限のバックグラウンド描写はあって然るべきだろう。
ライダーの活躍をメインに添えたいのなら、むしろ今回こそ「それをやるべきだった」のではないか?
この場合の活躍とは、単にライダーに闘わせるだけでなく、物語の主軸として動くという意味だ。
例えるなら今回のディエンドは、せっかく与えられたメインの晴れ舞台で、スポットライトが当たる前に舞台から転げ落ち、そのまま退場させられたようなものだ。
今後の物語で、彼に再びスポットが当たることはあるのだろうか?
一応、この後チノマナコにディケイドライバーを奪われて云々という展開があるが、これが巻き返しに繋がったのかというと……
【個人的感想】
――ずばり、今回は評価に値しない。それが、筆者が抱いた率直な感想。
井上脚本の悪いところが凝縮したような、酷いエピソードだったと言わざるを得ない。
否、正しくは前編までは比較的まともに落ち着いていた印象があったので(多少おかしな演出はあったものの)そこそこ面白く観られたが、後編ですべてを台無しにした感じだ。
というか、前編のネタバレを後編に凝縮する手法を用いるのはともかくとして、必要な情報のほとんどを明かさずに放置・終了する必要性がまったくない。
これらについての問題点は先に述べてきた通りだが、これまでの平成ライダーシリーズとは違い、基本的に「たった二話きり」の物語なのだから、その中で完結する情報を隠蔽する必要がどこにあるというのか。
つまりは単なる説明不足なわけだが、このような無神経な内容にまとめるというのは、正直かなり問題があると思う。
というか、これまでと同じような方式を、こんな短編で用いる意義が見当たらない。
もし、これが「わざわざ説明しなくてもわかるだろ?」的な意味を込めた要約のつもりなのだとしたら、それは大きな間違いだ。
今回説明不足のまま終わった情報は、いずれもそれまでの内容を否定しかねないもの、または破綻を増長させる役割しか持っていない。
士の過去の説明を途切れさせるなど、後々の展開に絡む部分をボカすのはともかくとして、これ以上引っ張りようのない純一絡みの話や、またせっかくディエンドの存在に迫る重要なエピソードを穴欠けにしてしまったら、観ている側は全然すっきり出来ず、このまま延々とモヤモヤ感を引きずりかねない事になる。
しかも、意図的にボカしたのではなく、明らかに「足し忘れ」だとわかる演出なため、益々たちが悪い。
あえていうなら、「時間を空けて書いた小説なので、以前書いていた部分を忘れて書き足した」ような印象だ。
だから、純一の洗脳やラルク・ランスの逃走補助など、擁護不能の粗が生じる。
それにしても、よくまあこんなに粗を出しまくったものだ。
前回の「ネガ世界編」も含め、なぜ「仮面ライダーディケイド」という作品の重要エピソードに当たる話が、狙ったように問題のある内容になってしまうのか。
こう考えると、もはや「今回は井上氏を招いたのは大失敗だった」と結論を出さざるを得ない。
昨年度も「仮面ライダーキバ」で散々叩かれた井上氏だが、やはりというか……想定内、いやそれ以下の結果をもたらしてしまった。
今まではあまり悪く言いたくなかったんだけど、もう今回ので無理。
こういうことを立て続けに、平気でやっちゃうようじやあ、やっぱりもうダメだよ。
次は、誰もが驚いた「侍戦隊シンケンジャー」の世界。
しかも、手前に放送している同番組との内容リンクまで行われるという面白い試み。
ここでも、大樹はおかしなことをしでかすのだけど……?