仮面ライダーディケイドあばれ旅 7

後藤夕貴

更新日:2009年6月20日

 第12・13話は「仮面ライダーアギト」の世界。
 そして、この時点で恐らくもっともマニアックと思われる内容だった。
 「未確認生命体」の存在にもしっかり触れており、オリジナル版が本来予定していた「仮面ライダークウガの続編」というスタンスを匂わせつつも、きっちり別世界であることを強調することで、いわば二作品分のエッセンスを併せ持っていた。
 また、メインライター・會川昇氏最後の参加だった点でも、話題となった。
 今回は、DCDアギト編について触れてみよう。

●再会 プロジェクト・アギト

 DCDアギト編は、SAUL(警視庁未確認生命体対策班)に主な視点を置き、代わりに(オリジナルで云う)アギト側とギルス側をキャラクターまで含めて統合してしまうという荒業を行なった。
 これにより、オリジナル版では三つ以上も存在した視点が良い具合にまとまり、大変分かりやすくなった。

【オリジナル準拠】

【相違点1:仮面ライダーアギトSIDE】(メインキャラの違いを除く)

【相違点2:仮面ライダークウガSIDE】(メインキャラの違いを除く)

【オリジナルを踏まえたと思われる注目点】

※1:ただし、その後バッファローロードが、完全な人間である上に直接アンノウンの行動を妨害していない夏海やユウスケにも広範囲攻撃を食らわせているため、このルールは完全に守られたとは云い難い。
(もっとも、オリジナルの劇場版でも、完全な人間で同様にアンノウンの妨害を直接行なった訳ではない深海理沙が、なぜかアントロードの集団に殺されている場面もあり、必ずしも描写は統一されていたわけではない)

※2:これは、ギルスの撮影用着ぐるみが(「仮面ライダーアギト」放送後)塗料と素材の問題で腐食してしまい、再利用が出来なかったため、エクシードギルスを使用したとされている。
またオリジナル版では、エクシードギルスはアギトとは別系統進化で完全体に至った姿とされている。

 これらの項目の中で、最も注目したいのが「アンノウンが士と夏海を襲わなかった」ことだ。
 アンノウンは、オリジナル版に限らずDCD版でも、はっきりと「人間を守るための存在」である事を示している。
 ということは、アンノウンはオリジナル同様、超能力者とそうでない者を判別出来ると判断して良いだろう。
 芦河宅にやって来たアントロードが、士と夏海を見逃してまっすぐ(既に超能力の片鱗を見せていた)ショウイチを狙おうとしたということは、少なくともこの段階では士と夏海は普通の人間だと判断されたことになる。
 しかもご丁寧に、士が変身した途端アントロードがその変化に一瞬驚き、それから襲い掛かるという演出が組み込まれている。
 オリジナル版でのアンノウンは、アギトの因子を持ち超能力に目覚めた者を襲い、またそれを妨害しようとした普通の人間をも攻撃する。
 ただし、前者は襲って殺害まで行なうものの後者はそうではなく、妨害行動が取れなくなる程度に痛めつけたらその時点で手を止めている。
 また、G3シリーズ搭乗員は非超能力者でもアンノウンに襲われるが、それはその場限りであり、非装着時まで付け狙われたりはしない。
 また、小澤や尾室のように、G3の開発やオペレーティングに深く関与している者が、アンノウンに暗殺されかかるといった展開もなかった(例外が、先述の深海理沙だが…)。
 要するに、オリジナル版アンノウンは「人間にあらざる特異な能力(機械装着による強化含む)を持つ者を排除する」ということになる。
 士や夏海はDCDアギトの世界の住人ではないので、少なくともアギト化に至るために必要な「アギトの因子」は持っていないだろう。
 だから、アントロードが初対面時にシカトかますのも当然と云える。
 だが、変身したことで「人間を超える存在」である事に気付いて反応したとすれば、確かに筋は通るしオリジナル版に見事に準拠している。
 こういう、下手をすると当時の視聴者すら忘れているかもしれない部分をしっかり押さえてくれている点は、本当に高く評価したい。

 2009年6月上旬現在、「ネガ世界編」まで進行したディケイド本編では、いまだ二人の詳しい素性は明確になっていない(正確には、夏海については普通の学生生活があった事が示されてはいる)が、今後士の正体が判明した際に、この演出が活かされるかどうか、大変見物である。

●主人公達がトリニティ

 DCDアギト編で最も大きな変化は、アギト・ギルス・G3のすべてが芦河ショウイチというたった一人の人物に統合されている点だ。
 厳密には、G3ユニット系は“身に着けたことがある”というだけで、実際には他の者も装着しているが、とにかく前後編のたった二話で主要ライダーをすべてこなすという忙しい経験をしたキャラは、そうはいない。
 良く見ると、文字が異なるとはいえ名前も「津上翔一」「氷川誠」「葦原涼」の融合になっていることがわかる。
 「仮面ライダーアギト」は、元々この三人を主人公として同時に三つの視点で物語が進行するという複雑な構成であり、そのままではとても前後編に収まる規模にはならない。
 これを簡略化するため、主人公を一まとめにして三つの視点を統合化するという奇策に出たわけだが、なかなか面白い試みだと思う。
 また、お髭のライダー変身者として見ると、G4搭乗員・水城史朗も思い起こされ興味深い。
 果たしてそこまで想定されていたのかどうかは、かなり疑問だが。

 ショウイチは、劇中ではアギトの力に目覚めいち早くアンノウンに狙われたため、周囲の人々に被害が及ばないように世を捨てるという、どちらかというと「あかつき号乗客」的な立ち回り方をしており、その行動の性質(目的ではなくあくまで雰囲気的な意)は、アナザーアギトに変身する木野薫にも通じる部分があった。
 だが、そのため中心人物でありながらも物語からはやや遊離した立ち位置におり、今回の実質的な主人公及び副主人公は、小野寺ユウスケと八代淘子が担っていたように感じられる。
 八代淘子はDCDクウガ世界で死亡した八代刑事と瓜二つで、彼女に並々ならぬ思い入れを持つユウスケの気を惹いた。
 その性格・考え方はオリジナル版の小沢澄子を更に極端にしたようなタイプで、外観と苗字以外ほとんど共通点がないほど別人。
 当然ユウスケなどまったく知らないが、彼はそれを理解しつつ、それでも八代の傍で尽力しようと決意する。
 残念ながら、その健気な想いは海東大樹の乱入で引っかき乱されてしまうが、DCDキバ編以降目立った活躍の場がまったくなかったユウスケにスポットが当たった意味は大きい。
 生憎クウガになる事はなかったが、マスク割れという懐かしい演出を経て最終的にバッファローロードを撃退する補助を行なったわけだから、素直に大活躍だったと賞賛しても良いだろう。

 反面、今回は士が不思議なほど目立っていない。
 これは決して悪い意味ではなく、ユウスケやショウイチを支えようとして裏方に徹した結果ということだ。
 今回は、士の態度にも大変多くの見所が詰まっている。
 光写真館を出て行こうとするユウスケに対して、とても寂しそうな表情を浮かべたり。
 しかも夏海の影で、ちゃっかり見送りまでしていたり。
 ショウイチを守るという、前編では意味不明だった言動・行動も、後編の独白で上手く意味を繋げた。
 そのきっかけとして、破られた八代の手紙を利用する流れは実に上手い。
 口は悪いしイヤミは述べるが、なんだかんだ言いつつ結局良い奴という、士のキャラクターが活きる演出で、しかもこの流れは、過去作品の影響を特に受け易い(と思われる)DCDアギト編において、きっちりとオリジナルエピソードとして成立させていた。
 またこれらは、バッファローロードとの決戦前の口上で見事に昇華しており、G3-Xユウスケの皮肉返しで更に良い味が引き立っていた。
 こういうかけあいは、やるべき事を事前にしっかりやっておかないとうまく機能しないものだが、今回はベストな結果を生んだと思われる。
 反面、すぐ横にいるショウイチや、ついさっきまで戦っていたディエンドの存在感が急に希薄化してしまう難所もあったが、こういう場面が入っていることから見ても、やはり今回はユウスケをメインに添え、士を裏方に徹する物語にしたかったのだろう。

 欲を言えば、もう少し士の心境が変化した瞬間を強調してもらえれば良かったと思えるが、充分及第点だろう。
 トライチェイサーで走り去るユウスケを、横からひっそり撮影している姿も、なんだか可愛い。

 さてお髭の覚醒者にして、一人でいきなり三人もライダーを兼ねてしまったショウイチだが、主役っぽくはなかったにせよ、かなり異色な雰囲気作りに成功していた。
 何の前兆もなくいきなりアギトになる場面は拍子抜けしたが、よくよく考えればギルス化したのも唐突だったらしいし、G3搭乗員を辞めたのも唐突だったようだ。
 あげくに、唐突にディケイドライバー奪い取って士を殺しかけたり。
 何もかも唐突一辺倒なキャラということで、本来とは違う意味で視聴者を驚かせたキャラクターとなった。

 ところで、ショウイチの初登場シーンを見て、脳内でミラーモンスター登場時の異音が響いた気がしたのは、筆者だけだろうか?
 つーか、あまりにも雰囲気があの人に似ているのだもの。

 別な作品に出てきた、コート一着で人気のない所をうろついて、突然人前に姿を現すあの怪人物に……

●未確認生命体とアンノウン

 DCDアギト編最大の注目点は、やはり「グロンギとアンノウンの共存」だろう。
 これは、アギトがクウガの続編である事を望んでいたファンに対するとても大きなサービス演出であり、同時に「仮面ライダーディケイド」という作品の特異性を際立たせる役割を果たしている。
 オリジナル版では結局登場しなかった未確認生命体が、実際に人々に被害を与え、しかもアンノウンに取って代わられる瞬間を描いたのが、今回のDCDアギト編だったとも解釈出来る。

 この世界における未確認生命体第4号が登場しなかった、或いは関連情報がまったく提示されなかったのは残念だが(まあ最初からいない設定なんだろうが)、もし登場させてしまうとこの世界にもグロンギに対するクウガ的な存在が必要になってしまい、ユウスケと被りまくってしまうだけだ。
 そう考えれば、存在をまるっきり無視したのは英断だ。

 オリジナル版では、未確認生命体とアンノウンの登場に二年のブランクが空いているため、今回のようにアンノウンがグロンギを攻撃するようなシチュエーションは存在しえなかった。
 だがそれはともかく、「怪人でありながら実は人間を守るために活躍している」というアンノウンの設定が忠実に(それどころかオリジナル版より誇張されて)表現されているため、メビオ爆散の場面は“おかしくはない筈なんだけどとても奇妙なシーン”に感じられ、その違和感がむしろ面白みを増していた。
 この辺の設定は、後編でバッファローロードにより語られているので、DCDアギト編にも引き継がれている要素だと確定している。

 だが出来れば、ショウイチ以外にもアンノウンに狙われている超能力者(アギト覚醒者)を登場させたり、または不可能殺人事件をいくつか出して欲しかった気がする。
 何故なら、ショウイチがアンノウンに狙われる理由は彼がアギト覚醒者であり、同じような状態にある者が他にいない限りはアンノウンによる一般被害が起こりえないからだ。
 オリジナル版では、当初アンノウンによって殺される人々の共通点が見定められず、一時は無差別殺人と扱われて対策が講じられたが、後に「アギトに覚醒しかけた影響で超能力を持った(自覚の有無は関係なく)者達」だけが選別されていたことがわかる展開だった。
 この辺は結構大事な基本設定だし、DCDアギト編でも引き継いでいる部分なのだから、もっと前面に出すべきだろう。

●【閑話休題】オリジナル版アギトと同・クウガの関連について

 もう古い話で知らない人も居ると思われるので、少しだけ脱線して「アギト=クウガ続編説」について簡単に説明しておこう。
 以下は、すべてオリジナル版に限定した話なので注意。

 2000年度作品「仮面ライダークウガ」は、現実の(当時の)時間軸・経過時間に細かく拘った作劇で、劇中に登場する新幹線まで時刻表に合わせるほどの徹底振りだった。
 そのリアリティさの結果、本作は“放送当時の時間とほぼ同時進行で展開している物語”となった。

 そのクウガの後番組として始まった「仮面ライダーアギト」では、クウガと同じ「未確認生命体」「未確認生命体第4号」という単語が出た。
 その上、アギトの舞台は「未確認生命体事件が終わって二年後」とされており、未確認生命体に代わる新たな人類の脅威が出現した所から物語が始まった。
 何の予備知識もなく初期数話を視聴した人の多くは、一瞬、これはクウガと共通世界(続編)であると解釈した。
 ところが劇中情報をよく見てみると、「(クウガ基準では)2001年の二年後の筈なのに、日付が2001年のまま」「つい二年前まで未確認生命体に翻弄されていた警察が、いきなり搭乗員装着型兵器のG3を開発・実戦投入する」という、なんだかおかしなズレが感じられてきた。
 2001年に事件解決したことになっているクウガの二年後なら、アギトの時代は2003年でなければおかしい。
 クウガ世界の科警研が度重なる研究の果てにようやく開発した神経断裂弾なのに、同時進行で警察はあんな重装甲・重火器てんこ盛りの装備を並行開発していたことになる(G3のGは世代を表すGenerationの略なので、先代に最低二機のプロトタイプが存在していた筈である)。
 そもそも、クウガには「未確認生命体対策班」なる架空の組織は登場しておらず、すべて実在する組織構成のみで統一表現されている。

 これらの奇妙な演出・情報に対し、ファンはアギト初期の頃から論争を行っていた。
 「放送年が2001年だからそれに表現を合わせただけ」「実はG3は秘密裏に開発されていて云々」「単なる間違い」「製作スタッフ間の連携が上手く行ってなかった」といった説も飛び出したが、これらはすべて白倉伸一郎プロデューサーによる公式コメントにより崩壊した。

 白倉氏曰く、時間のズレは意図的なもので、これはアギトとクウガが別世界である事を示すためのものだという。
 アギトは当初、確かにクウガの続編という前提だったが、クウガ製作スタッフ※1からの反対を受け、このような形に落ち着いたとの事だった(若干意訳あり)。
 こちらのコメントは現在も読む事が可能で、詳しくはこちらを。
 
 この言葉により、アギトはクウガとは別世界と確定したわけだが、白倉氏本人は「続編としてもパラレルとしても考えられるようにした」ともコメントしているため、8年が経過した後もいまだ議論は絶えない。
 しかし、「仮面ライダーアギト」本編における未確認生命体はグロンギとははっきり呼称されておらず、また第四号もクウガであるかどうかは不明のままである。
 設定上、第四号の意匠を参考にデザインされたとされるG3は形状こそクウガに酷似しているが(頭部周辺や胸板辺りを比較するとよくわかる)、だからといってイコールとは出来ない。
 加えて、3話を最後に「未確認生命体」という単語をはじめとするクウガとの共通情報は一切出てこなくなったこと※2で、「仮面ライダーアギト」は続編云々の呪縛から脱出し、完全独自路線となった。

※1:以下はネット上の憶測に過ぎない話だが、この時反対したクウガスタッフは実は(それまで定説とされた)前作プロデューサー・寺成紀氏のことではなく、白倉氏本人だという説もある。
事実、白倉氏もプロデューサー補としてクウガに参加しているため確かに旧作スタッフであり、本人が続編化を拒んだとしてもこの言い分では嘘にはならない。
ただし、白倉氏が続編を拒んだというのはソースに乏しい情報のため、あくまで「そういう噂話もある」程度に解釈するのが正しいと考えられる。
(白倉氏は、東映面接時にRXの全ライダー登場を批判したというデマが流布していたりと、噂話には事欠かない人物でもある点を留意)

※2:1話を除き、「未確認生命体対策班」というG3(氷川)の所属するチームの名称すらも呼称されることはなかった。
この影響からか、劇中ではSAUL自体呼称されたことが一切ない。

●本作が目指そうとしていたこと

 さてDCDアギト編だが、最終的にまとめると、そこまでの世界の中で、ある意味もっとも密度が濃かった内容だと云えるだろう。
 「仮面ライダークウガ」の要素も加わっているため、実質1.5作品分のエッセンスが凝縮されているのだから、当然だろうが。
 今回のエピソードは、各オリジナル版とは直接の関連性はないものの、先に述べた続編議論に対して製作側が示した、一つの回答でもあるのではないか。
 筆者は、そう考えている。

 今回は「if」の物語であるとはいえ、今まで約8年間も不透明だった続編疑惑を真正面から受け止めたというのは、よくよく考えたらとんでもないサービスだ。
 本来なら、DCDアギト編はオリジナル版でいうところの「未確認生命体が語られなくなった以降の展開」を主軸にしても良かった筈だし、もしくはあかつき号を巡る内容のアレンジでも問題はなかった筈だ。
 クウガとの関連について注目されたのは、全51話中たったの3話で、そんな少ない話数に絡む要素など、本当なら無視しても良かっただろう。
 だが、あえてそれに触れ、「未確認生命体の存在が明確化した“もしもの世界”のアギト」を創造したのが今回だ。
 はっきりとした議論の結論は出ないまでも、今回のこのエピソードのおかげで、長年抱えたモヤモヤがなんとなく腑に落ちたという人も多いのではないだろうか?
 かくいう筆者も、その一人である。

 だが別視点で見ると、こういった濃い着目点による作劇が、「歴代平成ライダーを全て観て設定を理解している唯一のライター」である會川氏の手によって生み出された点を忘れてはいけない。
 言い換えれば、氏のこだわりがファンの求めているポイントを見定める事に繋がり、結果的に「一番観たかった」作品が出来たわけだし。
 そんな氏が、今回で降板してしまうのは本当に惜しい話だった。
 しかし考え方を変えれば、會川氏は「去り際にとても嬉しいものを残していってくれた」とも表現出来る。
 アギトという作品に対して皆が抱いていた疑問、見てみたかったif展開を、新しいライダーを絡めて描いてくれたのだから。
 残念ながら、今回のエピソードもツッコミ所は多く、また好き嫌い分かれる展開でもあったため、誰もが手放しで褒める出来とは云い難いが、筆者は氏のサービス精神に賛美の言葉を送りたい。

 ちなみに、會川氏が降板した理由として一時期ネット上で流れていた噂話に、「初期話から仕込んでいた伏線が(この次に放送された)DCD電王編のせいで台無しにされた」「電王のみオリジナル世界にされたため、先の展開を構想していた會川氏が白倉Pと激突し、クビにされた」というものがある。
 これについては憶測の域を出ない話で、話半分程度で解釈するのが良いのだろうが、この話が流れた直後、「オトナアニメ」という雑誌の屍姫関連ページに掲載されたインタビュー内で、會川氏は「悲しいことがあってディケイドは1クールで降板することになった」と述べている。
 その後、この「悲しいこと」という表現を巡って様々な憶測が囁かれることとなるわけだが、それはともかくとして、會川氏の「オタク視点故の拘った作劇」がなくなってしまう(面白みが薄れる)事を懸念したファンは多く、(オリジナル版と同じく小林靖子氏が担当したDCD電王編は別として)その後の「DCDカブト編」「同・響鬼編」がどうなるのかと不安を述べる声も多々見られた。
 ――結果として、これは杞憂に終わったようだが。

 とにかく、様々な意味と理由を込めて、會川氏の降板は惜しまれていたということだろう。
 
 個人的には、これにめげず、後に続くライダーシリーズでもまた登板してもらいたいなあと思う。
 勿論、アニメ版や長期シリーズ構成をさせた時に露呈する問題点・欠点を理解した上で(笑)。

【個人的感想】

 DCD龍騎・剣・555編と、かなり不安度が高まっていた頃にこれを観たせいか、今回はかなり高評価だった。
 ただし、難点や疑問点が皆無だったとは思っていない。
 G4というのが劇場版と同じものだとしたら、チップ一枚ぶっこめばそれで即パワーアップとはならないだろうとか、ただでさえ装備過剰を唱えられているGシリーズの更なるパワーアップチップを、あんな所に隠して管理体制はどうなっているのかとか、八代が手紙の中で語っていたのはG3-Xのことなのに、既に存在を知っていた筈のアンノウンに対して、なぜかいきなりG4の必要性を(不自然に)唱え始めたとか、はたまたユウスケが何のためらいもなくGM-01を構えてたとか(撃ってたら氷川同様えらいことになったんじゃないかな?)、リンゴが捩れるのはともかくあれはいつから放置されているものなんだとか(妙に鮮度が高そうだったし)、海東がホウジョー(装備離脱の意)した時は理由もなくカメラが写らなくなったのに、ショウイチがG3-Xのマスクの前に倒れた時は問題なく映像が転送されるとか、G3-Xはシステムの指示に忠実でいれば特に体力に優れてなくても装備・運用は可能なのではとか(これはオリジナル版との比較か?)、キバーラ立体化とか、栄次郎が持ってきた長ネギは解熱用のつもりなのかとか(これはちょっと違うか)、奇妙かつ違和感のあるツッコミ所はかなり豊富なものの、それを踏まえても面白かった。
 見所は既に述べた通りだが、とにかく今回はサービス巨編としての意味が大きいように感じる。
 ドロボー根性が前回より強調されていた海東も、ディエンドライバーを構えてユウスケと八代がしゃがんだのを確認してから発砲したりとか、細かな描写も興味深かった。
 個人的には、DCDクウガ編以来久しぶりに、画面情報を拾いまくって楽しんだエピソードとなった。

 だが、そんなことよりも。
 筆者が心底感激したのは、八代に意見する刑事役として、あの武野功雄氏が出演していたことだ!
 恐らく、氏の登場が本編全体の感激を遥かに上回ったのは、世界広しといえども筆者だけだろう(勝手に断定)。

 武野氏は、かつて劇男・一世風靡に所属していたストリートパフォーマーであり、後の「一世風靡セピア」のメンバーの一人として活躍した人物だ。
 また同時期、今ではすっかり日本を代表するメジャー役者となった柳葉敏郎(こちらも一世風靡出身)と共に「欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子」に出演、同番組の“良い先生悪い先生普通の先生”コーナーで悪川先生を演じていたことでも有名だ。
 しかし、途中で実家の蕎麦屋を継ぐためにと、1985年4月に役者及び一世風靡の活動を辞め、しばらくその姿をTVから消していた(ほんの数年なんだけど)。
 基本的にはドラマ主体の役者で、しかも活動年数に対して出演作品数がかなり少なめということもあり、当時の一世風靡ファンにとっては大変レアな存在なのである。
 筆者は、今回氏が画面に出た瞬間は気付かず、後にあの特徴的な声に反応し(一世風靡のアルバムはCDがズダズダになるほど聴きまくった)、思わず目を疑った。
 まあ、仮面ライダーとは全然関係ない、しかも古い趣味方面での反応なので、本当はこんなところに書くのもアレなんだけど、それだけ今回は嬉しかったのだ。
 
 てか、悪川センセ、20年前とずぇんぜん変わってネエェェェェェェ!!!

 この次は、「DCD電王編」。
 こちらは、劇場版新作「超・仮面ライダー電王&ディケイド NEOジェネレーションズ 鬼ヶ島の戦艦」との連携があり、また世界がオリジナル版と同じ(正確には、完全に同じかどうかは定かではない)、しかもキャストまでそのままという、ディケイド的には本来ありえないものの、電王ファンには大変嬉しい内容となった。
 ユウスケも久々にクウガやゴウラムに変形し、またモモタロスに乗り移られ電王にもなるという見せ場満載?! の娯楽編だった。
 士や夏海までイマジンズの犠牲?! になり、普段絶対に見られないような一面を見せてくれたのも楽しい。
 ただし、作品の雰囲気がそっくりそのままオリジナル版と同じな上、劇場版に繋がる場面があるためTVを見ているだけでは意味不明なシーンもあったりするので、オリジナル版放映時にも囁かれていた「劇場版を観ない者は置いてけぼりか」という批判的意見も出ている。

 さらにその次は、「DCDカブト編」。
 「仮面ライダーディケイド」初登板となる、古怒田健志氏が担当するということで、會川氏降板を惜しむファンの期待と不安が入り混じっていたが、結果は……

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