宣伝マジック

本部長

更新日:2007年7月1日

 映画とは『エンターテイメント・ビジネス』です。
 「映画とは芸術であり、芸術≠ビジネスである」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、多額の製作資金を投入し、大勢の人間の労力を費やして作る以上、必ず利益をもたらさなければならないわけです。
 “芸術性”や“娯楽性”、はたまた作品にこめられた“メッセージ性”といったものは、あくまでヒットさせるためのウリの一つに過ぎません。
 実際、「芸術作品を作ってるんだから、儲けなど考えるのは無粋である」なんていって、億単位の私財をつぎ込んで映画を作る人なんかいませんよね。
 そう、映画製作というのは“投資”であり、作った以上、必ず投資額を“回収”出来なければならないのです。
 そのために重要視されるのが『宣伝』ですね。
 業界では、「興行収入は宣伝費と比例する」なんて見方もあるらしく、中には宣伝費にもべらぼうな額を使う作品もありますが、あまり金額をかけずに効果的な宣伝が出来れば、もちろんそれに越した事はありません。
 そこで活躍するのが、映像予告やポスター&チラシ、それに掲載される効果的な宣伝文句=「キャッチコピー」などです。
 今回は、そんな安上がり宣伝素材のいじり方あれこれ。

『サスペリア(1977年イタリア映画。同年日本公開)』。
 大変有名なホラー映画であり、この作品をご覧になった方、もしくはタイトルだけは聞いたことがある、という方も少なくないと思います。
「イタリアン・ホラーの金字塔」とまでいわれるほど内容自体の評価も高い作品ですが、この映画、日本で公開される際に配給会社の宣伝部(東宝東和)が、後世に残る名キャッチコピーを生み出しました。
 それが、有名な“決して、一人では見ないでください”の一文です。
 これは業界でも「絶妙のキャッチコピー」として話題になり、また作品自体のショッキングともいえる映像美(残酷描写を直接見せ付けるわけでなく、効果的な編集で視聴者にインパクトを与える)と相まって、興行的にも大成功を収めました。
 実際、当時の流行語にもなり、同時期のマンガでは、トビラのアオリ文句にこのまんまの言葉を使ってるものがいくつもありました。
 純正のホラーマンガだけでなく、ホラーのパロディー仕立ての作品にまで使われていたわけですから、どれだけこの言葉が浸透していたかがわかります。
 もちろん、80年代に溢れまくった「劇場未公開B級映画」のビデオリリースの際にも、この言葉は多用され、本部長の記憶では90年代後半までこのキャッチコピーでリリースされた作品がありました。

作品の顔となる「劇場公開タイトル」というのも、キャッチコピーと同様の役割を持ってますね。
 かの水野晴郎が、007の2作目『FROM RUSSIA WITH LOVE』の宣伝を担当した時、日本でのタイトルを『007/危機“一発”(1963年イギリス映画。64年日本公開)』にしたのは有名な話です。
 これは“一発”という文字のインパクトを狙って、あえて本来の“一髪”と言葉を入れ変えたいわば「造語」なわけで、決して誤植ではありません。
 これもその後『ドラゴン危機一発』『おしゃれスパイ危機連発』等、タイトルを模倣する作品が現れました。
今でも四字熟語の問題でフェイクとして扱われるくらいですから、どれだけこの言葉が浸透してるかが分かりますね。
 その後、1作目との併映リバイバルの際に、タイトルを原題通りの『ロシアより愛をこめて』に変更。
 現在ではこちらのタイトルで定着しています。
 ちなみに、1作目『ドクター・ノオ』も、実は後年になって変更されたタイトルで、初公開時は『OO7は殺しの番号』でした。

 このように後々にまで流用される「上質な」キャッチコピーとは裏腹に、ひたすら誇大表現に徹してハッタリをかます力技のキャッチコピーもあります。
 もちろん、キャッチコピーって要は「映画がヒットする起爆剤になればいい」だけの使い捨てアイテムですから、こういうのもアリなわけです。
 アメリカの人口少なそうな片田舎で起きた、ベトナム帰りの元グリーンベレー(現無職)と、その土地の警官や民間人との小競り合いを描いた映画『FIRST BLOOD(1980年アメリカ映画。同年日本公開)』。
 これ、元々本国アメリカではアジア系輸出用として製作されただけあって、知名度のある役者を使っただけ(シルベスター・スタローン)の内容も見るからに低予算モロバレのB級作品。
ところが、この映画の配給権を獲得した日本の映画会社、東宝東和は、これを83年の正月映画として公開しようと、いかにもハリウッド超大作であるかのような錯覚を起こさせる宣伝方法をとりました。
 『サスペリア』の時のような洗練されたキャッチコピーではなく、なりふり構わぬでっち上げコピーでお客をだまくらかすハッタリ戦法です。
 当時の東宝東和は、むしろこういったインチキ商法まがいの宣伝で本領発揮していた、といっても過言ではないでしょう。
 まず、ポスターに「劇中では出てこない摩天楼の画像を使い、それをM-16ライフルを構えて見上げるスタローン」というありえない構図を採用。
劇中ではこのM-16、2〜3回撃ったらすぐに弾切れ起こしてしまう、全く役に立たない代物だったわけですが。
 その絵に“ハイウェイを埋め尽くす700台のパトカー!”やら“1000vs1の壮絶な戦い!”やら、これまたありえない描写をキャッチコピーにしてしまいました。
 …実際には劇中で語られる警官の数は200人、主人公と直接絡む(追跡する)パトカーはたった1台なんですけど(700倍の誇張…)。
 更に更に、ちょっと地味な原題「FIRST BLOOD(最初の血)」はオミット、日本語で読んでも意味が通る主人公の名前を、そのままタイトルにして公開。
 結果、興行的にも大成功。
 すでに誇大宣伝に乗せられた方々は、映画自体のショボさには気付かず(もちろん、後で思い返してみて首をかしげる人も多かったようですが)おおむね満足して映画館を後にしたとか。
 つまり、宣伝が一人歩きして、映画そのものの出来までカバーしてしまったわけです。
 スタローンの代表作『ランボー』は、こうして誕生しました。
 このエピソードには後日談があり、パート2の製作を決定したアメリカでは、前作が日本でのみ異常なヒットを記録してるのをいぶかしがり、試しにパート2以降のタイトルを日本にあやかって『ランボー』にしてしまった(そして今度はアメリカでも大ヒット)、なんて逸話も残してます。

 『ランボー』はキャッチコピーだけでなく、「ポスター」「タイトル」が三位一体となって、ある意味奇跡的な効果を生み出したわけですが、後年、同じ東宝東和でこれを更に悪乗りさせた作品が登場しました。
 ジャッキー・チェンの作品では、『プロジェクトA』同様彼の代表作と謳われる『ポリス・ストーリー/香港国際警察(1985年香港。同年日本公開)』。
これは、当時心身共に絶頂期を極めていジャッキーが、他の作品(サモ・ハン・キンポーやジミー・ウォングの製作映画)と同時進行で撮影していたものですが、東宝東和はこれに“香港映画50周年記念作品”なんて仰々しい冠を勝手に被せて宣伝資料を作成。
 ポスターのイラストは「香港国際警察(これも日本のオリジナルタイトル)」の立体風デッサンのロゴの上に登場人物が描かれる、というものでした。
 ところがこれに描かれてるものがまたすさまじく…。
 センターのジャッキー(白バイ搭乗姿)はいいとして、そのバックに飛び回るヘリコプター(劇中登場せず)、ジャンプするオフロードバイク(劇中で走り回るのはスクーター…)、タキシード姿で拳銃を翳す西洋人(これも劇中登場せず)、そして『死亡遊戯』の巨人カリーム・アブダル・ジャパール(もちろん劇中登場ry)、ジャンプキックを放つトラックスーツ姿の男(劇中ry)それに何故かミニスカ婦人警官(劇ry)と、なんとイラストの9割方は本編と無関係というトンデモナイ代物。
 更にロゴの下には、アメ車風のパトカーがずらっと横並びに描かれてますが、もちろんこれも劇中には…ええい、もう面倒くさい。
 ついでに、「香港国際」とありますけど、劇中のジャッキーはどう見ても地方公務員です

 東宝東和は他にも、ハサミを武器にした殺人鬼の映画『バーニング(1981年アメリカ。同年日本公開)』では“絶叫保険(観客が悲鳴の上げすぎで声帯を損傷した場合の保険)”なんてハッタリをかまし、ただのモノラル音声を“バンボロ・サウンド”などと嘯いて宣伝していました。
 ちなみに「バンボロ」といいうのも、東宝東和が勝手に決めた殺人鬼の名前です。
実はアニメ版『北斗の拳(1986年東映)』も、東宝東和の影響を受けたのか、劇場公開の際には、当時既に浸透していたドルビーステレオを「超立体音響北斗スーパーサウンド」と銘打ってました。
 もっとも、そんな奇跡の宣伝マジックを駆使してきた東宝東和も、「特撮ヒーロー番組と同レベルの造形をしたバイクと、張りボテ指令車&ゴーカート同然のバギー」の装備で“世界最強の軍隊”と言い張るトホホ映画『メガフォース(1982年アメリカ=香港合作。同年日本公開)』だけはどうにもならなかったようで。
 前述の指令車を機動要塞のごとく巨大に描いたポスター(実際のサイズはミニバンより一回り大きいくらい)や、“世界109ヶ国から集結した総勢38,000名=史上最強の緊急機動軍団!(劇中じゃメンバーはどう見ても100人に満たない)”“興奮の6180秒―あなたは「ひとりの戦士」になる!”の仰々しいキャッチコピーも、本編のあまりの情けなさの前にはひたすら空しいだけ。
 結果、大した動員数も記録できないまま、ひっそりと公開終了しました。
 なお、当時の本部長は小学校高学年でしたが、友人がこのポスターを見てすぐに「6180秒って、要するに93分じゃん」と身も蓋もないことを言ってたのを覚えてます。
 彼には、東宝東和宣伝部の熱い思いは伝わらなかったようです。
 まあ、今では「派手な宣伝文句と内容の温度差が極端に激しい映画」として、一部のマニアの方に珍重されてるのは、当時の宣伝の影響力のおかげもありますが。
本部長もDVD持ってるし

 さすがに最近では、こういった荒唐無稽な宣伝方法はなりを潜めてきました。
 誇大広告として訴えられる…というより、既に配給会社からの情報に頼らずともネットで事前情報が簡単に手に入る時代では、オーバーな煽り文句に騙される人も少なくなった、という事でしょう。

 最後に、本部長が観たTVの映像予告で、ハッタリ及び宣伝効果では最高傑作と信じて疑わない、なおかついまだに人を騙し続けている作品を紹介しましょう。

『食人族(1981年イタリア。83年日本公開)』
 タイトル通りの内容なんですが、じつはこれ本編95分のうち、お楽しみ(?)の食人シーンはわずか5分足らず。
 しかも、リアリティーを演出するため(というより、雑な特殊メイクをごまかすため)に故意にカメラブレを起こしてるおかげで、期待してるような(?)描写ははっきり写ってません。
 いかにも残酷描写がウリなような映画なのに、肝心の食人シーンに全く魅力がなく、かといって(当然ですが)ストーリーで魅せる様な作品でもない、完全なハズレ映画です。
 …が。
 当時の宣伝スタッフ(ちなみに配給会社はFOX)は、その不安材料を逆手に取りました。
 まず、「食人シーンは実際に現地で撮影されたホンモノの映像を使った、ドキュメンタリー映画」として扱い、スタッフ&キャストの発表は一切行わず。
 実際にはこの映画、あくまで劇中ドキュメンタリーであり完全なフィクションなんですが。
 そして、予告編の映像を「5分足らずの残酷シーン」のカットをフラッシュバックにして作成。
 TVCMは30秒そこら、「あなた、食べる…食べ、られる…」の名ナレーション(文で書くと分かりにくいですが、少したどたどしい日本語で喋ってるのがミソなんです)が流れる中、中々写ってそうで写っていない人喰い描写が続いたあと…
 突然、「これ以上はテレビでは放送できません」というテロップが。
 要するに、元々大した事のない「目玉シーン」を「ホンモノの映像」と謳い、映像を小出しにしてじらした挙句、思わせぶりなテロップで「この後、残酷な描写が待ってますよ」なんて期待を煽ったわけです。
 そして、この目論見は見事に大成功。
 東京では正月の超大作映画の上映がほぼ終わった後の1月中旬の公開となったのですが、これ実は条件的にはあまりおいしくない時期なんです。
 というのも、1月中旬〜2月に公開される映画は、正月と春休みの大作映画の公開時期に挟まれエアポケットになってしまうため、興行的には充分な数字を残せないことが多いのです。
 今年4作目が製作されたあの『ダイ・ハード(1作目)』も、最初の公開は1月末でしたが、実は興行的には惨敗。
 劇場で観た人自体が少なかったので、口コミで評判が広がる頃にはとっくに上映期間が終わってたのです。
 こんな不利な時期の上映でしたが、いざ蓋を開けてみればCMを観て期待感を高められまくった人達が映画館に殺到、結果2ヶ月を越すロングラン上映に。
 この手の映画は権利の買い取り額もさほど高くないはずなので、かなりの利益をもたらしたことでしょう。
 ちなみに3年ほど前、本部長が知人の夫婦(どちらも本部長より年上)と一緒にレンタルビデオに行った際、この作品のパッケージを発見したのですが、その際に連れの夫婦が揃って「あ、これってホントに人を食べちゃう映画でしょ?」と言い出して、思わずフリーズさせられたことがあります。
 21世紀も数年過ぎた今の時代に、まだこの映画をホンモノと思ってた人がいたなんて…。 

まあ、色々書いてきましたが、基本的には大抵の映画は「夢物語」であり、架空の世界の作り話です。
 だからこそ夢があるのかもしれませんし、こうやって考えるとそれらを宣伝する素材にも、このように嘘やハッタリがあってもいいじゃないか、なんて気もします。
 …いや、全然本気で言ってないけどさ。 

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