大人になっても忘れない

鷹羽飛鳥

更新日:2006年9月10日

 「魔法のみかんと思うかな? 何しろ蝶が化けたんだから」

 これは、アニメ『カードキャプターさくら』の1話Aパートで、主人公さくらが読んでいる国語の教科書の一節です。
 
 魔法を扱うアニメの冒頭で「魔法のみかん」という言葉が出るのは暗示的ですが、実はこの文章、実在の作品(の一部)だったりします。
 今はどうか分かりませんが、鷹羽が小学生のころ、本当に国語の教科書に載っていました。
 『くるまのいろはそらのいろ』(あまんきみこ作)という小学校低学年向けの本で、読書感想文の課題図書になっていたこともあったと思います。
 空色のタクシーの運転手:松井さんを主人公とするいくつかの短編からなっており、この短編は、『白いぼうし』というタイトルです。
 松井さんは、実家から送られてきた夏みかんをタクシーの中に置いていたのですが、客を降ろして休憩しているとき、道路に落ちていた麦わら帽子を拾うと、中から蝶が逃げてしまいます。
 実は、その帽子は、蝶を掴まえた男の子がお母さんを連れてくるまでの間、逃げられないようにかぶせておいたものだったんですね。
 松井さんは、お詫びに夏みかんを麦わら帽子の下に入れ、“帽子を取ったら夏みかんが出てきて、男の子はどんな顔をするだろう?”と思いながら車に戻るのですが、冒頭の文はその際の独白です。
 その後、松井さんが車に戻ると、白い服を着た女の子が乗っています。
 そして、女の子の言う目的地に到着して後部座席を見ると、女の子の姿が消えており、窓の外には白い蝶が数匹飛んでいて「よかったね」「よかったよ」という声が聞こえてくるのです。
 
 いつ買ってもらったのかは分かりませんが、鷹羽が幼いころ、家にこの本があって読んでいたので、後で教科書に載っているのを見付けたときには、なんだか嬉しく感じました。

 同じように教科書に載っていた作品に、『おばあさんの飛行機』(さとうさとる作)があります。
 編み物好きのお婆さんが変わった編み方をしたら、編み物が浮き上がる力を持ってしまい、ロッキングチェアの両脇にそれを付けて羽にして、羽の生えた椅子で飛行機のように空を飛ぶという物語です。
 最後は、降り方に困ったお婆さんが羽の編み物を少しずつほどいて浮く力を弱めながら着陸したものの、編み方を忘れてしまって二度と飛べなかったというオチでした。
 この話も、NHKの朝ドラ『天うらら』で、桜井幸子氏演じる声優がカセット文庫か何かのアフレコをしているシーンで使われていました。
 
 テレビで使うとなると、著作権など色々問題があるので一概に言えませんが、もしかしたら、スタッフの中に、これらが載った教科書を使っていた人がいるのかもしれません。

 鷹羽の場合、『くるまのいろは〜』は6才のとき、『おばあさんの〜』は8才のときに初めて読みました。
 最後に読んだのがいつかは覚えていませんが、『おばあさんの〜』を読んだのは小学生のころですから20年以上前、『くるまのいろは〜』は10年前に引っ越して以来行方不明ですから10年以上前ということになります。
 それなのに、ちょっと台詞を聞いただけで気が付いたのですから、よほど印象が強かったのでしょう。
 もちろん、何度も読んだということも理由の1つです。

 ところで、『おばあさんの飛行機』の作者のさとうさとるという人は、かなり古株の童話作家で、全集も数種類出ていますが、絶版になっているものが多く、最近では書店でも取り寄せがきかないようです。
 鷹羽が住んでいた新発田市の市立図書館には、さとうさとる全集がかなり揃っていたため、小学生のころ随分読んだものでした。
 
 それら作品群の中で一番メジャーなのは、多分『コロボックル物語』でしょう。
 身長3cmほどの小人:コロボックル達と人間との関わりを描いた物語で、長編5部作のほか、いくつかの短編があります。
 
 1冊目である『だれも知らないちいさな国』は、作者のデビュー作でもあります。
 通称「鬼門山」という小山にひっそり隠れ住んでいたコロボックル達が、人間に忘れられはじめた自分達の未来のため、人間の中に自分たちの“味方”を作ろうと考え、見込んだ人間の少年の前に姿を見せます。
 十数年後、そのことを忘れなかった少年は成人して「せいたかさん」という“味方”になり、同じく“味方”となった「おちびさん」と力を合わせ、鬼門山を買い取って他人の手の及ばない安住の地とし、コロボックル小国を作るという物語です。
 「おちびさん」は、2作目『豆つぶほどの小さな犬』では、せいたかさんの奥さんになっており、女の子が産まれています。
 この女の子「オチャメさん」は、3作目の『星から落ちた小さな人』では、まだコロボックルの存在を知らされていないまま、事故で少年「おチャ公」に捕まったコロボックル「風の子」を救うキーパーソンになりました。
 そして、5作目『小さな国のつづきの話』では、成長したオチャメさんが、主人公:杉岡正子の友人「チャムちゃん」として登場しますが、風の子と友達になっていたおチャ公も青年となって再登場しており、やがておチャ公と正子が結婚するという大河ドラマ的な繋がりを見せています。

 さとうさとる作品には、このようなシリーズ物以外でも、いくつかの作品中でキャラクター相関があり、全集を読んでいると「あ、このキャラはあの作品の…」と気が付くことがあります。
 なお、3作目までは、固有名詞はほとんど出さない型式を取っており、「せいたかさん」達の名前も、住んでいる町の名も出てきません。
 これは、この物語が“本当の話を書いている”というスタンスで書かれているからで、場所や人物を特定できる単語は排除されているのです。

 4作目『ふしぎな目をした男の子』以降は、キャラクターの名前が出るようになりますが、これは、当初3部作のつもりで発表されていたのが、続編を強く求められた作者が、短編として発表済だった作品を長編に直しているためと思われます。
 短編では、キャラクターの名前を出していたので、今更伏せるのは変だと考えたのでしょう。
 ただし、「オチャメさん」が「チャムちゃん」となって登場しているように、「せいたかさん」一家については相変わらず本名を出していません。
 短編で名前が出るのは、その舞台となっている場所が、鬼門山がある町からかなり離れていて、鬼門山の位置を特定できないからということになっています。
 
 ところで、『だれも知らないちいさな国』は、一応、アニメ『冒険コロボックル』の原作ですが、このアニメはかなりマイナーですので、知ってる人はあまりいないのではないでしょうか。
 鷹羽は、あのアニメのED曲が結構気に入っています。

 鷹羽の家には、現在、古本屋で買い集めたコロボックル物語5部作が揃っています。
 3年前、最後の1冊『小さな国のつづきの話』をようやく手に入れました。
 どうしても欲しくて、古本屋を随分回ったものです。
 小さなころに出会った良質な物語は、大人になっても忘れないはず。
 時代背景等が多少古ぼけてしまったとしても、いいものはやはりいいですよね。
 
 せっかく揃えたこの5冊、いつか自分の子供にも読ませて感想を語り合ってみたい…鷹羽のささやかな野望の1つです。

→ NEXT COLUM