私の祖母が、ついに
ケータイを手に入れた。
私はその話を聞いて、そりゃもう仰天した。
祖母はもともと機械の類が大変苦手で、ビデオ録画もさることながら、留守番電話機能すらマトモに使えないというお方なのである。
余計な機能や、アドレスなど必要無い。
そう言って、祖母は今時珍しい数字と#と*しかついていない、とてもシンプルな固定電話を探し出し、購入したほどである。
もちろん、留守番電話機能や着信履歴、アドレスや電話番号表示などという余計な機能は一切ついていない
シンプルな設置型のやつである。
機能はまさに、黒電話のそれ。
液晶表示も時計も無い!
最初見たときは驚いた。
だってこの固定電話を購入したのって、平成も大分経ってからなんですよ奥さん(誰)。
最初は何かの飾りかと思ったほど、ひっじょーにシンプルな固定電話だった。
ちなみに、私と祖母は別居しているのだが、もともと祖母は外出が多く、上記の理由のため折り返しの電話や留守番メッセージなど期待できない。
祖母の外出スケジュールを、かける側がある程度把握していないと、連絡すら取れない状況だった。
祖母自身はアドレス帳を常に持ち歩き、公衆電話で連絡を済ませていた。
電話が通じない時は、また日を改めるか帰宅と就寝の時間を見計らう……というのが、私達家族のルールだった。
いや、確かに孫としては「留守番機能くらい覚えてくれよ!」と言いたくはなるんだけど。
それでも生活は出来ていたんですよ、私達なりに。
ところが。
最近それで困った事態が起きてしまった。
ケータイの普及によって、街中から公衆電話が激減してしまったのである。
今でも人通りの多い駅前や、一部の古い建物などは公衆電話を置いているが、それでも祖母の行動範囲から公衆電話が減ったのは事実である。
そのため、祖母は非常に生活が不便になってしまった。
というわけで、祖母はケータイを購入することになった。
機種は少し古いが、年配の客にターゲットを絞った使いやすいタイプのケータイである。
きちんとカラーで表示されるし、全体のデザインもなかなかオシャレで、ボタンが大きく押し間違えしにくい。
「電話帳」というボタンを押すと「電話帳に登録する」「電話帳を削除する」「電話帳を整理する」と言った、丁寧な文章がずらりと並ぶ。
難しいカタカナや英語など、一切表示されない。
せいぜい、「メニュー」や「マナー」程度である。
また、「〜〜するためには、このボタンを押してください」と、液晶画面にイラストまで表示されるほどの丁寧さだ。
これなら、機械音痴の祖母でも利用出来る。
…と思ったが、甘かったらしい。
目の前で母が機能や簡単な使い方を説明し、「通話ボタン」や「決定ボタン」等の説明をしても「頭ぐちゃぐちゃで解んないわよ」と祖母は言う。
習うより慣れろ。
母が目の前で自分のケータイを使って、祖母に電話をかけると、祖母のケータイが鳴った。
祖母「ど、どうすれば良いの!?(おろおろ)」
母「お祖母ちゃん、ここ。この通話ってボタンを押すんですよ」
祖母「こ、これね? (ぽち〜〜〜〜) ……出来た! これで良いのね!? 出来たわ! 出来たわ!」
母「お祖母ちゃん! 受話器は耳に当てないと意味がないですよ! そんなしっかりと握り締めないで下さい!」
ケータイが受話器の機能も果たしている、ということを、あまりの喜びで失念してしまったらしい。
……しまった!
うっかり、自分のお祖母ちゃんに萌えてしまったではないか(爆)!
数日後、母は祖母に慣れてもらうために、祖母のケータイに電話をかけてみた。
だが、いつまで経っても祖母はケータイに出る気配が無い。
どうやら、家にケータイを忘れてしまったらしい。
母は何度か電話をかけてからそう結論付けると、またしばらくしてから電話をかけることにした。
数時間後、母のケータイに祖母から電話がかかってきた。
祖母「ね、ねぇ? もしかして、電話してきたりした?」
母「はい、しましたけど。別に急ぎの用事でも無いんですけど、慣れてもらおうと思って。よく解りましたね」
祖母「なんかね、電話がかかってきましたって書いてあったから、どうすれば良いか解らなかったけど、とにかくボタン押したら繋がっちゃったのよ」
母「す、凄い進歩ですよ! 機能解りました?」
祖母「なんとなく解ったんだけど、電話切りたいんだけど、これどうすればいいの? この赤いボタン押せばいいのかしら?(ぶちっ!)」
ツー ツー ツー
母「お祖母ちゃーん!?」
あ、やべ。
私もよくやるんだよな……通話に出るつもりが、ケータイを切っちゃうの。
いえ、さすがに通話中の電話をうっかり切るなんてことは、したことは……ありますけど。
母は少し呆気に取られたが、まぁケータイに不慣れな祖母では仕方の無いことだ。
話はここで終る……と思ったら、数分もしない内に、また祖母から母へと電話がかかってきた。
母「あ、お祖母ちゃん。大丈夫ですか? 何か聞きたいことありますか?」
祖母「なんかね、赤いボタン押しても画面が元に戻らないのよ」
母「……それは多分、通話料金とか通話時間とかの画面ですよ」
祖母「あらそう? 後ね、あんたから電話がかかってきたって画面が、また出たのよ。どうなってるの?」
母「……あ、私が何度もお祖母ちゃんに、電話をかけたからだと思いますよ」
祖母「そうなの? わけ解んなくなっちゃうわ」
祖母がケータイを使いこなす日は、まだまだ大分先のようである。
……そういえば、マイマザー。
そのケータイには勿論、メールなどという余計な機能はついていないんでしょ?
母「契約は済ませてあるから、いつでも使えるわよ」
……ふむ、なるほど。
では、次はメールの使い方を祖母に教えなければなるまい。
はたしてその頃までに、祖母はどれだけケータイを使いこなせるようになっているのだろうか。
母「あ、あとね。お祖母ちゃん、どうしてもボタンを長押しする癖があるから、それは止めるように言ってあるの。電源の切り方は教えてないわ」
マヂですか!?
うーむ、さすが我が祖母と我が母という所か。
確かにあの御仁なら、電源を切って以降、起動を忘れてしまうだろう。
まだ祖母は電源について知らないが、今は着実に経験値を貯めて、ケータイの練習をしているそうだ。
まぁ、まずはケータイに慣れてください、お祖母ちゃん。
……某月某日。
首都圏内、某店スタッフルーム内。
私「じゃ、アドレス交換しようか」
後輩「あ、先輩。赤外線出来るじゃありませんか。通信やりましょうよぅ♪」
私「……ごめん、私まだこのケータイ買ったばっかりで、赤外線とかSMSメールとかロック機能とか意味不明ワケワカメなんだよ」
後輩「貸してみてくださーい」
私「ゲームボーイとか、メール添付とか、ゲーム配線の接続とかなら説明書見なくても、すぐに解るんだけどね」
後輩「あ、先輩、こうするんですよ! ほら、この自分のアドレスを開いて、サブメニュー開いて、赤外線にして……」
私「えっ!?」
後輩「先輩、もうちょっと自分のケータイくらい、使いこなしましょうよ〜」
……け、ケータイなんてっ、多少機能が使いこなせなくたって、生活に支障は無いわい!
唐突に、祖母の気持ちが解ったような気がした。
私もしっかり、祖母の遺伝子を受け継いでいるようである。
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