迫り来るうどんの恐怖
後藤夕貴
更新日:2006年2月12日
 九月頃、とある事情で再び大阪を訪れた。
 もちろん、メインの目的は「食べ歩き」である。
 筆者が大阪を訪れる理由のほとんどが、これに結び付いている訳だが、ふと考えてみたら、何度か出かけている割にまだ食べていない物が結構ある。
 というわけで、新世界に出かけて「串揚げ」を食べて歓喜し、有名な「づぼらや」へ出向いてふくを食べる。
 都内だったら何万かかるかわからないような料理コースが、たった数千円で楽しめるというのだから、これはもうたまらない。
 他にも色々食べまくったが、やっぱり大阪は素晴らしいと、あらためて実感させられた。
 うん、もう大阪首都にしていいよマジで♪(まて)

 で、そんな事をしている時、ふとある事を思い出した。
 大阪のうどん。
 これまでも何度か食べた事があった筈なのだが、思い返してみると、そんなに多くの種類を食べた記憶がない事に気付かされる。
 そうだ、前にうどんを食べてから結構な時間が経っているわけだし、そろそろまた食べてもいいだろうと考える。
 幸い、宿泊先の近所に立ち食いのうどん屋があったので、ここで「きつねうどん」を食べてみる事にした。

 きつねうどんというと、だいたいの人が「おあげ」の乗ったものを想像するだろう。
 なんでも、たぬきうどんというジャンルは本来存在しないとか、場所によってはたぬきと頼むときつね(おあげの乗った物)が出てきたりするそうだが、大阪でも一応きつねはおあげが乗ったものとされているようだ。

 でも、このおあげが「甘い味付け」になっているという事を、知らない人は多いのではないか?
 かくいう筆者も、以前はその一人だった。

 以前、ある料理関連書籍(グルマンくん/ゆでたまご著)を紐解いた際、関西うどんを指して「ザラメ糖で煮たおあげ」という表現が出てきて「うげっ」と思わされた事があった。
 ザラメ糖で煮るという事は、言うまでもなく、相当甘ったるくなっていることだろう。
 それまで、筆者にとってきつねうどんのおあげというと、「それ自体には特にはっきりとした味付けはなく、おつゆを吸い込んでおいしくなるスポンジのような役割を持つ具材」とか、「ややしょっぱめに味付けされたもの」というイメージがあったため、甘いおあげというものがどんな感じなのか、全然予想が付かなかった。

 予想が付かないなら、食べてみればいいだけの話。
 ここで「うげ、甘い味なんて気持ち悪い」などと食わず嫌いするようでは、わざわざ高い交通費払って大阪入りした意味がない。
 というわけで、筆者は先のお店に入り、きつねうどんを注文してみた。
 もちろん、かやくご飯も一緒に注文する。
 言うまでもないよね♪

 で、実際に食べた「甘いおあげ」のうどんの印象。

 価値感変わりました。
 すげー、おいしい!
 あらまあ、こんなの全然予測できなかったわよ!

 甘辛いタレで煮付けたおあげというのは食べた経験があるが、これはそういう次元ではない。
 かなり甘い筈なのに、全然嫌味になっていない。
 なんというか、だし汁とうまく味が重なり、それまで想像もしなかった美味しさが広がるのだ。
 塩味の中に、ほのかに広がる甘味の妙は、しょっぱいおあげしか知らない人間にとっては、かなりの衝撃になるのではないだろうか?
 これは、多分そこらで普通に売っているグラニュー糖では出せない味なんだろうね。
 ベタベタした甘味になっちゃうだろうから。
 あと、なんとなくだけどかつおだしのつゆだと、なんとなく違和感出そうな気もする…実際試してみたらそんな事ないのかもしれないけど。
 とにかく、関東方面の味付けが基本となっている筆者にとって、このおあげはあまりにも素晴らしい存在としてインプリンティング(笑)されてしまい、以降、うかつにきつねうどんが食べられなくなってしまったのだ!

 で、気に入った食べ物があったら、とりあえず自分で一度作ってみる事にしている筆者は、早速このおあげの味付けの方法を調べてみた。
 が、今ひとつピンと来るものがない。
 しょうがない、以前食べた記憶に頼って、自力でなんとかしてみるしかないか。
 というわけで、とりあえず材料を調達してみることにした。

 まず、油揚げを買ってくる。
 これを、お米のとぎ汁で煮て油抜きしておく。
 次に、新宿にある食材専門店までバイクを飛ばし、薄口醤油を調達。
 ついでに白ざらめ糖を揃える。
 ここまでは、いい。

 問題は、これにあわせる「だし汁」を何で作るか、だ。
 ここで筆者は、大きな壁にぶつかってしまった。

 筆者は、普段料理をするとき、濃口醤油と酒・みりん・鰹節・昆布を長時間煮詰めて作った専用のタレを使用するのだが、これは濃縮されたものなので使用すると味が強くなりすぎてしまう欠点がある。
 そのため、一からだしを取り直さないといけない(だしの素? 生憎今まで一度たりとも使った事ないので)。
 さて、では何でだしを取るべきなのだろう?
 だし汁というか、うどんのスープは、昆布をベースにいりこ、鯖、鯵、鰹節をブレンドして作る。
 感覚的には、いりこ、鯖、鯵のブレンド節>鰹節という比率で使用するわけだが、これだと日常的に食べる前提で材料を買わない限り、結構高くつく。
 また、これらのだしがそのままおあげを煮るのに使えるのかどうかという疑問もある。
 うーむ、幸い、良い生うどんを売っている店も、乾物専門店も知っているので、今度材料を集めてみよう。
 というわけで、とりあえずおあげだけでも手探りで作ってみよう…と思い立ったのだが、そんな時、ふとあるお店を見つけてしまった。

 場所は、東京杉並・高円寺。
 ある商店街の一角にポツンと存在している、ものすごく小さなうどん屋。
 カウンター席のみで、たった5席しかない。
 看板には手打ちの讃岐うどんの店、とある。
 値段も500円前後という、なかなか面白そうな店だ。

 都内の「讃岐うどん」と名の付く店をかなりの数食べ歩いた筆者は、実はこのテの名義を掲げている店舗に相当な偏見があったりする。
 というのも、こういう店はだいたい「うどんに乗せる具を自由に選べる」という部分しか、讃岐うどんのスタイルを継承していないのだ。
 それ以外は、ごく普通の関東うどんであり、しかもかなりぞんざいに作られていて、マズイところばかり。
 某チェーン店や、JR某駅内にある店は特に酷く、過去何度泣かされたかわからない。
 ところが、この店はチェーンではなく、どう見ても個人経営店。
 ならば、ひょっとして…という期待感が生まれる。
 ひとまず、スタンダードにきつねうどんを頼んでみた。

 結果。
 なんと、実に本格的な関西系のうどんだった。
 否、関西というより、その名の如くバリバリの讃岐うどんだった。

 だし汁はいりこだしの味が濃厚で、しかもさっぱりしていて関東で出されるうどんとてはまったく異質のものだ。
 また、おあげも上品な甘さを持っていて、だし汁にほのかな甘味が染みると、えもいわれぬ美味になる。
 しかも、名ばかりの手打ちうどんではなく、本当の手打ちだった。
 手打ち麺独特のねじれや歪みが見て取れる形状で、しかも腰が強いから、汁でふやけて太る事もない。
 冷たく締めていなくても、しっかりした腰が楽しめる、素晴らしい味わいだった。
 これ、ヘタしたら大阪で食べたうどんよりおいしいかも!

 参った。
 行動範囲から外れた所とはいえ、そんなすごいお店を見つけてしまった以上、わざわざ高い材料費を払って自作する必要性はないではないか!
 うーむ、残念なような、嬉しいような、複雑な心境…
 だけど、やっぱりありがたいものはありがたいのである。
 都内で、まさかこんなに本格的なうどんが手軽に食べられるとは思わなかった。

 というわけで、筆者は複雑なレシピ構築計画を放り出し、そのお店に入り浸るようになったのである。
 やっぱり、慣れない事やろうとして難しく考えるよりは、この方が自然だね、と。

 それにしても、やっぱりうどんというのは恐ろしい。
 ふと気が付いてみたら、筆者はとんでもなく手間のかかる事をしようとしていたのだ。
 そんな事をさせようとしてしまうほどの魅力(魔力)を秘めた「うどん」…まだまだ奥が深そうである。

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