「カラフルBOX」 REVIEW
あおきゆいな
更新日:2005年6月26日
 原画に浅葉ゆう氏と南向春風氏を迎え二枚看板で制作された本作は、異なる作風の絵柄の持ち味を活かし、要所要所で笑いを掴んでいる。
 立ち絵を含むメインを担当した浅葉氏に対し、南向氏が担当したカットは数も限られていたのだが、予想以上に局所的な使われ方をされた“白目丸顔キャラ”に何度吹き出したものか…
 購入動機のひとつがまさにコレだったわけで、期待以上で満足のいくものだった。
  1. メーカー名:SoundTail
  2. ジャンル:学園ラブコメAVG
  3. ストーリー完成度:B
  4. H度:C
  5. オススメ度:B
  6. 攻略難易度:C
(ストーリー)
 シスコンを自覚し、いもーといぢめに無上の悦びを感じる杜月鳴海は、今日も今日とて義妹のみなもをからかいすぎて墓穴を掘り、殴られて気を失った。

 放課後になった頃ようやく意識を取り戻した鳴海は、教室に戻るなりクラスメイトに問いただされたが、さすがに屋上でノビていたとは言えず、言葉を濁すしかなかった。
 午後の授業すべてを欠席した自分が悪いとはいえ、LHRで勝手に学園祭の実行委員に選ばれていた事には、さすがに憮然とした態度を示す。
 本来こういったお祭り騒ぎは嫌いではないが、自分の居ない場で決められた事に不満を感じたわけで、そんな鳴海の心情を察したクラスメイトに、他では就けない役を担うのだから楽しまなければと説得され、ようやくやる気を起こした。

 だが、相方を務める女子の実行委員に選ばれたのが、学園最凶と目される“あの山田穂波”と知り、いきなりおよび腰になる。
 危機感から謹んで辞退しようとした鳴海だが、逃げ出す間もなく穂波にがっちりと腕を組まれて、問答無用とばかりに実行委員会の会議に連れて行かれてしまった。

 かくして一ヶ月後に開催される学園祭〜蒼南祭に向かって、状況は慌ただしく動き始めたのだった。



 ゴールデンウィーク明けの蒼南学園を主な舞台として描かれた本作は、その学園祭開催に向けた活動を導線とした恋愛話だ。

 鳴海の従妹兼義妹で、料理音痴で妬きもち焼きな杜月みなも。
 隣家の幼なじみであり、鳴海を好きと公言して憚らない、ひとつ年上の楠木綾音。
 クラスメイトで気兼ねなく話は出来るが、何事にも鉄拳制裁主義が玉にキズな山田穂波。
 同じくクラスメイトで、悪友・悦也の妹である、小心者の“豪腕娘”八重樫芽衣。
 綾音のクラスメイトで、教室にマイポットを標準装備している茶道部部長、そして蒼南祭実行委員長を務める橘棗(たちばな なつめ)。
 みなものクラスメイトで、穂波の幼なじみである天然ほんわか娘の峰澤ゆか。

 ありていに言うと、蒼南祭をきっかけにしてこの6人全員を結びつけてしまい、状況が一変した鳴海の身辺話。
 しかし単に鳴海の一人舞台というわけではなく、破格に個性的なサブキャラクター達が脇を固めていて、ストーリーの大半を占める学園生活に彩りを与え、メインシナリオがより豊かに表現されているのだ。

 また本作は、膝の負傷を理由に柔道部から遠ざかってしまった鳴海の境遇にもスポットが当てられており、これが普段の学園生活と、実行委員としての活動と合わせ、三本の柱となって話の中核を成している。
 社交的で明るく気さくな鳴海の持つ陰り、彼の感じている後ろめたさまで含めて物語は紡がれており、巷にあふれている「根拠も無くなぜかモテる主人公」の浮き世話では終わらせない重さも合わせて持っていた。

 所謂ラブコメ主体のシナリオ構成だが様々なジャンルのパロディが鏤められており、それが登場人物の会話から行動に至るまで幅広く適用され、一見すると無節操に乱発している様にも受け取れる。
 しかし、元ネタを知らない人でも何となく笑ってしまう様な気が配られた軽いタッチでの話の振り方はむしろ好感が持て、友人同士のフランクな会話にみられるような肩肘を張らない日常会話的な雰囲気を演出するに至っている。

 また、シナリオ進行上に配した伏線の張り方も巧妙で、後々の関係図がすべて言動の結果の上に成り立っていた事には、シナリオライターの底力を見せつけられた様な気さえするものだった。


 通常時はコマンド選択で状況分岐するが、平日の放課後だけは更に行動(行き先)選択を求められ、その時間を誰と過ごすかという四択になっている。(注:ヒロインとは限らない)
 6人のヒロインに対して選択対象は4人でしかなく、しかも鳴海の友人である誠や悦也まで加わっている場合があり、ゆえに対象ヒロインが選択出来ない時には、そのヒロインと親密な相手を主に選択する必要がでてくる。
 主にというのもルート確定の要素として、敢えて縁の深い相手の選択を避けなければならない場面もあり、その辺りの見極めはかなり慎重を要するものだった。

 シナリオ開始の5月6日から蒼南祭最終日の6月1日までの27日間、日付スキップ無しで6人分のヒロインシナリオが展開されるため、プレイ時間とそれに伴う情報量は膨大である。
 そんな本作のセーブファイルは5×6頁仕様で、クイックセーブなどは無いため、内容に対して少なめだといえる。

 既読スキップにテキスト履歴、文字・ウインドウ修飾、キャラクター個別音声のON/OFFの他に、音声・音楽・効果音の各ボリュームなど、一通りの機能を取り揃えたシステム設定には、さらにMAPキャラ(放課後行動選択時に表示されるカット)の変更機能などもあった。
 先に述べたふたりの原画師のキャラを、お好みに合わせて切り替えられるというものであり、ちょっとした遊び心といった感じのものだ。

 遊び心という点では、「おまけ」に組み込まれている「空打(KARABUCHI)」がその最たるものだろう。
 簡素なルールで麻雀が出来ない筆者でも遊べる絵合わせゲーム…いわゆるドン●ャラであり、これは棗ルートクリア後に選択が可能になる。
 わざわざ本作のメインプログラムから切り替えて専用のプログラムを立ち上げる仕様に、作中で幾度となく登場させただけの事はあると、制作者サイドの思い入れの深さに唸らされたものだ。

 この「空打」のストーリーモードは、本編のヒロイン別後日談も兼ねており、 いかにして鳴海優勢の立場でHな展開に持ち込むかという観点のみで描かれたスバラシイものだ(笑)。
 とはいえ、この為に都合よく解釈をねじ曲げることなく、それぞれのヒロインの持ち味や本編における設定、シナリオ終了時点の状況などを踏まえてしっかりと描写されており、鳴海との関係がその後どうなったのかを垣間見せてくれるものだった。
 もっとも、そこから先は脱衣ゲームからHシーン突入なだけであるからして、暇つぶしだけならお手軽なCPU対戦モードもある。

 ただゲーム本編と異なり、セーブをはじめとするシステム関連の機能やテキスト履歴参照など、その一切が使えない仕様なのは残念でならない。
 一番の弊害は音響設定で、BGMに比べて倍ぐらいあるキャラクターヴォイスの音量に合わせ、マスターボリュームやWAVEボリュームを下げてしまうと、今度はBGMが殆ど聞こえなくなるという何ともお粗末な作り…
 そんなに恥ずかしい台詞を大音量で聞かせたいのかと、山の頂から叫びたくなったものだ。


 さてコメディー色濃厚な本作は、蒼南祭開催まで続く共通シナリオを道糸にして、前半に配された伏線を利用しながらヒロイン毎の演出に差別化を図っており、5月23日の最終選択肢を経て以降はルート毎に分岐して進行する。
 分岐後の各ルートで同日に起きる行事や天候などを参照してみると、見事なぐらいほぼ統一されていた。
 「ほぼ」というのは、一部シナリオの都合で発生日を前後させているイベントがあったからだが、これはちゃんとつじつま合わせがなされていた。

 これと同様に、鳴海の立ち回りによって生じた差異で特定のヒロインの行動に変化が起きた時、その結末に関連する他のヒロインが居た場合は、その行動にもつじつま合わせが成され情報の補完が行われており、唐突な展開が殆ど見られなかったのは見事だった。


<杜月 みなも>
 鳴海の従妹兼義妹である。
 両親(鳴海にとっては叔父・叔母にあたる)が事故死して、独り遺されたみなもが杜月家の養女となってから6年、いつも傍にいて守ってくれる義兄の鳴海を「男性として」意識し続けてきた。
 これがスタート時点からある重要な伏線であり、過剰なほどの妬きもちやきな理由が何処にあったのかという結びにもなっていたのだが、当の鳴海は度の過ぎたブラコンだと思い、その本心にはまるで気付いていなかった。

 綾音と共に常に鳴海の隣りに寄り添っていた存在であり、隣家の幼なじみとは正反対の性質を持った…しかしどこか似ているキャラとして描かれているみなも。
 当初から鳴海は「義妹でなければ」と気になる素振りを見せてはいたのだが、両親を亡くしたみなものために「家族」である事に拘り、これまで義兄であり続けていたわけだ。
 それが知らず知らずのうち“自分の心を偽っていた”という流れにみなもルートのシナリオはシフトしていくのだが、それまでの関係図が崩れ「義妹だけど」と鳴海が本心に気付くことで、二人は結ばれる事になる。
 これが他のヒロインルートであった場合は、みなも以外に心を傾ける対象が出来た結果ではあるが、「義妹だ」と線を引き“本当の家族として”接し続けようと務めていた。

 そんな義兄の苦悩を知る由もなく、いつの日にか気持ちを伝えたいとみなもは想いを募らせている。
 この微妙な均衡が崩れるのは、5月23日早朝から25日の夜まで両親が温泉旅行に出かけた時の事。 
 アルバイトの休暇日が振り替えになっていた事を失念し出勤した鳴海が、みなもに告げた予定時刻よりも早く帰宅することになり、誰も居ない事に安心し自室でひとりHに耽っていた義妹の痴態を目にしてしまった。
 「自分以外の誰かを想っての行為」に感情を抑えきれなくなったのだが、実はこれこそ鳴海の早とちりであり、みなもの心が隣家の幼なじみの誠に向けられていると勘違いしての愚行だった。
 その為、“想いが通じた”と嬉し泣きしたみなもの涙の意味を取り違えた鳴海が見当違いな謝罪をしたことで泥沼化してしまうのだが、この辺りの練り込みはなかなかのものだった。

 この場面では特に「みなもの相手と“勘違い”された」綾音の弟・誠が大役を果たし、ふたりの架け橋となっている。
 勘違いとは書いたが他のルートを参照してみると、誠自身口にこそ出さないものの、みなもに対し秘めた想いを抱いているのは明らかだ。
 それにも関わらず、みなもが鳴海を想い続けている事を察し、その気持ちを尊重するように後押しする行動をよく取っていた。
 彼の姉・綾音も鳴海に対して似たような行動を取っており、このあたりはさすがに姉弟だと思えたのだが、みなもルートでみせた誠の行動も、そんな彼自身の美学に則したものではないだろうか。
 また綾音や穂波にしても、憔悴した鳴海の心をそれとなく支え続けた姿は、最高にいい女っぷりだと感じ入ってしまったものだ。

 このイベントは、保護者不在でみなもとふたりきりというシチュエーションが成立した状況に基づいているのだが、実はこの旅行期間は、鳴海とみなもに既成事実を作らせる為だけに用意されたものではない。
 シナリオ開始直後でいきなり語られた事だが、みなもお手製弁当を食して他界しそうになったり、家庭科実習で作ったみなもクッキーを1枚食べただけで、数分間の記憶が飛んだりとシャレにならない。
 つまり味覚音痴で料理下手なみなもに食事を作らせると、命が幾らあっても足りないという危機的状況なのだ。
 ここでみなもルート以外を進行していた場合は、My中華包丁を装備した綾音が夕食を作りに来たり、楠木姉弟と棗を交えて食卓を囲んだりといったイベントが起こり、とにかくみなもに単独で料理をさせない工夫が随所にみられた。

 そんな秀逸さを見る一方で、解りやすいみなもに関する設定に、少々首を捻るものがあった。
 みなもの両親は6年前の雨の日に交通事故で他界しているが、その日自宅で独り留守番をしていたみなもはそれ以来、家に誰も居ない雨の日に何かの拍子で当日の事を思いだし、情緒不安定になる事があるという。
 5月21日に発生したこのイベントによって、鳴海がみなもを放っておけない理由のひとつが明らかにされたのだが、ここに問題があった。
 別ルートの同日ではまったく普段通りに過ごすみなもの姿があり、また日付は異なるが同様に雨の日に独りで家に居る状況が何度かあったが、みなもは情緒不安に陥る事はなかった。
 せめてもう1〜2度ぐらいみなもが取り乱していれば、こんな違和感を覚える事はなかったのかも知れないが、いったい何がきっかけで情緒不安に陥ったのか、それを察する事が出来ない以上、取って付けたようにしか感じられないものだった。

 見た目の可愛さを除けば、先述した破滅的な料理下手なうえに異世界への扉をこじ開けそうなぐらい音痴で、口より先に手が出る(しかもぐ〜)と良いとこ無しのみなも。
 しかしながら、からかっては逃げる鳴海を追いかけ回しているためか、意外と運動神経は良いようで、性格も明るく社交的な方だ。
 みなもが今こうして天真爛漫でいられるのも、両親を亡くし塞ぎ込んでしまっていた彼女を、献身的に支え続けた鳴海のおかげなのだ。
 だからこそ、自分以外の女の子に鼻の下を伸ばす鳴海の姿をみると無性に苛立ち、妬きもちをやいてしまうのだろう。

 本作を解き終わって、もっとも印象に残っているもの…それは間違いなく、
 「おにいちゃんのばか―――――っ」って、みなもの絶叫だろう(笑)。


<楠木綾音>
 隣家の幼なじみである綾音と誠。
 このふたりと鳴海の付き合いは長く、その信頼関係においては、それこそみなもとの絆の比ではない。
 ましてや、綾音は幼少の頃からずっと「鳴海が好き」と公言して憚らない。
 そのベタ惚れっぷりは傍目には公認のカップルに見える様で、更に学園内では義妹のみなもや気の置けない間柄の穂波の存在もあり、鳴海は常に女の子を連れ歩いているという印象を持たれている。
(注:否定はしない)


 よその女の子には気軽に接する事が出来る鳴海だが、みなもと綾音に対しては気恥ずかしさが先に立ち、素直な態度を取れない。
 その意味でも、みなもは立場的に綾音と同位…同居している分だけ優勢の筈だが、過ごした時間の長さの分だけ鳴海と綾音の繋がりは深く強い。

 鳴海よりひとつ年上でありながら、普段は極力それを感じさせないように振る舞っている様な、それともあれが素ならそうとうアホ…全く年齢差を意識していないとしか思えない。
 弟の誠(鳴海と同じ年)には、当然「姉(年上)」として振る舞っているのにも関わらずだ。

 そんな綾音も「ある事」に関しては豹変し、まるでペットを躾るように高圧な態度をみせる。
 それは、綾音の前で他の女の子に見とれる行為であり、この時ばかりは容赦のない折檻が鳴海を襲う。
 謂われのない罪ではあるが、もちろんこれも「鳴海に彼女ができるまで」の事で、特定の女の子に鳴海の想いが向けられた事を知ると、綾音は複雑な心中を押し殺して後押しをしてもくれる。
 綾音が鳴海に抱く想いは、もはや不確かな恋などではなく、何があっても揺るがない愛なのかもしれない。
 そう感じずにはいられないほど、彼女の想いは盲目的であり、そして純粋だった。(言動は不純だらけだけど)

 さて、このルートで明かされた鳴海の“綾音への秘めた想い”と、実はお互いに一目惚れであったことも含め、いつもぶっきらぼうな態度をとる彼の物の考え方が少し理解できたように思える。
 好きだと言ってくれる綾音が、いつか自分を嫌ってしまうのではないか、それを怖れる余りに彼女の好意に答えられずに来たとシナリオは結ばれていた。
 付き合いさえしなければ「別れる可能性」も無く、ゆえに幼なじみとしていつまでも好きでいて貰えると。
 だからこのシナリオを先に解いた場合、鳴海の行動が「半分は綾音との関係を維持するため」だったという真実が先に立ってしまうため、最後に解いた場合に比べるとだいぶ違った印象を受けるかも知れない。


 ソフトボール部に所属する綾音の姿を通じ、柔道から遠ざかってしまった鳴海が自分の立場を見つめ直した、本作における主題のひとつを明確に反映した「ふたつのルート」のうちのひとつだ。
 もうひとつは後述する棗ルートなのだが、綾音ルートの方は蒼南祭での公開試合間際、車に撥ねられかけて捻挫した綾音が、怪我をおして試合に臨み、「無理して悪化したら二度と出来なくなる」という口実で柔道部に復帰せずにいた鳴海の心を揺さぶった。

 綾音という“キャラクターの本質”は、何事も臆さず好きな事に邁進していた昔の鳴海を映した鏡であり、そして現在の彼に対するアンチテーゼでもある。
 復帰しなければ試合で怪我をする事もない、だから柔道が出来なくなる可能性もなく、「やれば出来る」のだと自分に言い訳も出来る。
 ネガティブな思考に染まる鳴海に、好きな事だからこそ…そのひと言だけで、常に一歩先を行きながら振り返っては手を差しのべている綾音は、年上ならではの行動と少女っぽさが同居した、お茶目な性格がとても印象的な魅力あるキャラクターだったと思えた。

 そんな綾音の台詞には、一箇所だけどうしても無理が生じている場所があった。
 綾音自身が対象になっている場合も含まれる共通ルート上で、鳴海に対し誰か好きな人が出来たのかと「女の勘」で訊いた時の台詞だ。
 この時点で思い当たる相手はいても、まだ交際してはいないため鳴海は否定しているが、綾音ルート以外では「ふった時の綾音の悲しむ顔が見たくない」という意味で、綾音ルートでは「幼なじみの関係が壊れる」ことへの不安から、言葉を選んでしまったわけだ。

 だが、棗とゆかのルートではその台詞が出る以前に、“怪我をした棗を「お姫様抱っこ」して中庭を走っている姿”や、“ゆかに弁当のおかずを「あーん」して貰っている姿”を目撃した綾音がアヤシイと詰め寄るシーンがある。(行き先選択違いで、鳴海が棗の応急手当をしていた保健室に、綾音が踏み込んだ場合も含まれる)
 一応鳴海自身は否定しているものの、それを踏まえた上でこの台詞はかなり違和感がある。
 「この前はああ言っていたケド」という含みが、たとえ綾音のモノローグであってもひと言追記されていれば、全く無問題だったのだろうが。

 またこのルートでは、鳴海の行動にもやや難があった。
 蒼南祭の間際では、クラス毎の催し物の準備や実行委員会での仕事の為、学園に泊まりこんで作業をしていたのだが、綾音ルートだけは、蒼南祭前日の放課後に帰宅している。
 綾音が前日に足首を捻挫し松葉杖を使っている事から、仲間に事情を話して抜けさせて貰ったのか、準備が捗って泊まる必要も無かったため綾音と帰ったのか、そのあたりの説明は全く無かったため、多少だが違和感があった。
 流れからいえば前者であるだろうと解釈でき、それは普通にプレイしている限りには、そう気になることは無いのかもしれない。


<山田穂波>
 ヒロインという定義からすると、多分ダークホース(笑)。
 まずは友達からとゆースタンダードな展開を、とことんバイオレンス(嘘)でサディスティック(微妙)な味付けをして煮込みましたといった感じ。

 冗談はともかく、元々恋愛対象には程遠いとお互いに思っていた友人関係のふたりが、ふとした事でそれまで知らなかった一面を垣間見る事になり、そうして再認識していく過程で自分の気持ちに気付くといった展開を見せた。
 これは、素直になれない穂波の本音の部分を幼なじみのゆかが見抜いた事で、歩み寄りがなかったふたりの関係が徐々に近くなっていったわけだが、転校してゆく…すなわち穂波の傍に居られなくなるゆかが、“自分の代わりとして”鳴海に穂波を支えて貰いたいと願ったからでもあった。

 事故…と言うよりゆかのドジがきっかけで偶然穂波とキスしてしまった鳴海が、以前から気付かぬまま穂波を異性として意識していたことを自覚して告白する。
 しかし、色恋沙汰で浮かれた姿は自分らしくない、それ以上にゆかが慕っている相手を受け入れられないと、そんな理由で穂波は断ってしまう。
 穂波が自分のイメージに固執する理由が、他人の目をすごく気にする所にあったとこのルートでは示されており、それはクライマックスへの導線にもなっていた。
 幼なじみのゆかにとって、見栄っ張りな穂波の姿は心配の種でしかなかったわけで、奇しくもそれが鳴海との絆を深める結末となった所は、なかなか見応えがあった。

 このルートではゆかのみならず、鳴海に想いを寄せるみなもと綾音も含め、穂波にライバル宣言するという、結構波乱含みな展開を見せる。
 このイベントでゆかの説得のもと一致団結した彼女たちは、強情な穂波を素直にさせる為だけに、目の前で次々と鳴海に告白し玉砕するという、なんとも苦みを伴った行動を取っている。
 状況が状況だけに、一歩間違えば略奪愛になりかねない紙一重の女の友情が、好きな人を困らせたくないと言う互いの思い遣りと拮抗して微妙なバランスを保てたのも、実の所このあからさまなライバル宣言のおかげで、変にギスギスせずに済んだからだ。

 このライバル宣言に、鳴海に思慕をよせる芽衣と棗が参加していないのは、穂波ルートでは鳴海がこのふたりと必要以上に親しくなっていないからだ。
 詳しくは後述するが、ゆかと同じく芽衣も鳴海と直に面識を持つ前から彼に興味を持っていたものの、極端に異性に対する免疫がなく、いくら仲の良い穂波の為とはいえ、秘めた想いを口にする事は性格的に言っても無理だろうし。
 また棗に関しても、年下の鳴海を男性として意識はしていても、彼にアプローチされるまで自分が恋愛の対象として見られているとは、自覚していなかったようなのだ。
 それぞれのルートとの状況差を考えると、メインルートでのイベント配分の妙に唸らされてしまった。


 さて、このルートの見所は、まさに先述したライバル宣言であるのだが、その他にも注目すべき点はある。
 元々見栄っ張りな上、納得しがたい事や度の過ぎた冗談など単純にけんか腰な事以外でも、力による解決を信条として平気で鳴海達を殴りつけてきた武闘派な彼女。
 そんな穂波が素の自分を晒け出す事を躊躇い狼狽える様は、鳴海でなくとも一瞬可愛いとさえ感じてしまったものだ。
 まして、鳴海の想いを受け入れた後も時々妙に恥ずかしがってみせる姿は、前半での強権ぶりがまるで悪夢だったかの様に、しおらしく見える。

 もちろんそんな簡単に性格が変わるはずもなく、鳴海以外の男が被害を被る割合が増えただけという見解もあるにはある(笑)。
 だが鳴海と接するうちに、僅かずつでも本来穂波が持っている気遣いの出来る優しさが表に出て来るようになり、そのためこのルートを解き終わった後は、穂波に対する印象が完全に変わってしまったほどだ。
 そのうえで他のルート…特にみなもとゆかのルートを進めると、意外といい女っぷりをみせている穂波の姿に気付く事だろう。

 鳴海と同じ実行委員として常にリーダーシップを発揮し、アーチ制作班やクラスでの準備に余念がなかった穂波。
 最初、渋った鳴海を説得して実行委員の仕事に参加させたのも穂波であり、無気力に怠惰な生活に身を没していた柔道部現役幽霊部員に転機を与えた彼女の果たした役割は大きい。

 またクラスでの準備においては、他に親しい友達が居ないため独りあぶれてしまう芽衣に関して、出しゃばる事は苦手だが堅実な仕事をする彼女を自分のサポートに任じ、他の女子にその位置づけをはっきりと示したうえで、自分が実行委員の活動で不在の時のフォローを芽衣がしやすくするなど、その気遣いの仕方にはとても好感が持てた。

 そういえばこのルートだけだ、鳴海が相手をひたすら追いかけ回して交際を迫り続けたのは。
 これはゆかの為に鳴海の好意を受け入れられないと、穂波がその本心を隠してしまったためで、鳴海が彼女の本音を聞くまでは引き下がらなかったからだ。
 それにしてもみなもや綾音の前で堂々と穂波への想いを口にするなど、何かが吹っ切れたような鳴海の変身ぶりに、嫉妬の権化たるみなもですら、言葉を失い唖然としていたぐらいである。
 ここまで堂々と行動出来る彼が、なぜ他のルートではあんなにも約2名の追求を恐れたじろいでいたのか、全くもって不思議でしかなかった。


<八重樫芽衣>
 鳴海のクラスメイトで、読書家な彼女は趣味を兼ねて図書委員を務めている。
 引っ込み思案で影が薄い芽衣は、小柄で華奢なため、中学生と間違われることもしばしば。

 兄・悦也の試合を通して、中学時代から他校の生徒であった鳴海の存在を知っていたという芽衣。
 蒼南学園で偶然同じクラスになったわけだが、だからといって最初から鳴海に好意を持っていたわけではない。
 どちらかといえば、兄との試合中に見た鬼のような形相の印象が強く、何かが抜け落ちたような今の鳴海は、まるで別人のようにさえ感じられたのではないだろうか。

 みなもとは違った意味で、恋愛が難しい相手(笑)。
 原因は、鳴海に負けず劣らずシスコンな双子の兄・悦也だったりする。
 二卵性双生児であり、外見からその性格まで見事なぐらい不一致なこの兄妹は、「驚異的な馬鹿力」という特徴を有していた。

 根っからの柔道家であり、体格にも恵まれた悦也が豪腕の持ち主である事は、まさに天の恵みだといえるだろう。
 しかし、人並みより低い身長と華奢な体躯に似つかわしくない、時と場合によっては兄をも凌ぐ怪力を発揮してしまうこの天与の才は、芽衣にとって無用の長物…コンプレックス以外の何でもなかった。
 もっとも、引っ込み思案な性格も、少年マンガ好きな趣味も、足りない身長も、ボリューム不足の胸も、コンプレックスだらけの彼女にしてみれば、せめて人並みに普通の女の子として生まれたかったという、自己嫌悪の象徴でもあったわけだ。

 その腕力が災いし、過失とはいえ鳴海を屋上から突き落としてしまうという、とんでもない事故を引き起こしてしまう。
 幸い中庭の植木のおかげで大事には至らず、また原因を作ったのが自分自身であったこともあり、鳴海は芽衣を咎める気になれなかった。
 こんな強烈な出来事をきっかけとして友達付き合いが始まったわけだが、この馬鹿力は実生活において多少問題があったとしても、芽衣という女の子を奇異の目で見る要素には感じられず、そんな鳴海の考え方が芽衣の心を解きほぐす事になっていく。

 その極端な腕力のおかげで人…特に男と接するのが苦手になったのは、幼少に彼女を散々からかっていたのが殆ど男だったからなのだろうか。
 そんな事もあり異性に対してまったく免疫のない芽衣が、色々あっても気さくな態度を崩さない鳴海に、好意以上の気持ちを持って舞い上がってしまったのも、無理からぬ事かもしれない。
 芽衣の事を理解し、そつなく接してくれる友達が少なく、心配で放っておけないと常々感じていた鳴海は、書庫の整理作業中に脚立から落ちた芽衣を助けようとしてキスしてしまう(というか、前歯のぶつけ合いだが)。
 後日、そのお詫びにと映画に誘われた芽衣は、鳴海と「恋人としてつきあい始めた」と思いこんでしまったわけだ。
 鳴海と芽衣の見解の差がこのルートの肝であり、芽衣に想いを寄せられている事を知りつつも妹のように見ていた(つもりの)鳴海は、彼女の笑顔に惹かれていた自分の本心から目を背けていた〜と話は括られていた。


 このルートでは、姉御肌の穂波がとてもいい役割を果たしていた。
 コンプレックスから友達も作れずにいた芽衣に対し、鳴海同様気さくに接する事が出来た穂波は、時に話し相手として、時に保護者として、芽衣の良き理解者・相談役としての役回りを担っている。
 このためシナリオ全般を通じ、天然ボケな芽衣とツッコミ旺盛な鳴海の間に割り込んで適度な緩衝材の役割も果たし、芽衣では難しい部分での話の牽引役も代行してくれている。
 また、芽衣とは古い馴染みであるが学年の違う棗はあくまでシナリオの側面を支え、校内で最も時間を共有しているクラスメイトの穂波を「自称読書家」にしてまで脇を固めさせた事は大変合理的だった(笑)。

 ただひとつ気になるのは、これほどルートシナリオに深く関わり出番も多い穂波が、転校して行くゆかの事を気にかけている素振りが殆ど見られない点だ。
 確かに、共通シナリオの実行委員会の席で、気まずい雰囲気の演出が一度あるが、ただそれだけなのだ。
 ゆかと穂波のルートを参照すると解るが、必要以上に寂しさを味わうのは嫌だからと、他の人には極力知られないようにゆかが望んだ結果であり、次第に出番が少なくなり疎遠になってゆく演出は見事といえば見事なのだが、ゆかか穂波に思わせぶりな台詞ひとつ言わせてもよかったのではと、そう思えてならない。


<橘棗>
 柔らかな物腰と清楚さの中に、時折子供っぽさを垣間見る事の出来る棗は、鳴海の立場や視点を把握し良き理解者であろうとする綾音とは、まったくタイプの異なる姉系キャラだ。
 同じ尻に敷かれても、綾音の場合はやや優勢でいられるが、棗が相手ではまったく頭が上がらない鳴海。
 その差が“互いの近さ”であった事は綾音ルートを見てのとおりで、鳴海は本来ならば年上の彼女に対して主導権を握れないキャラクターなのだとよく解るシナリオだった(笑)。

 全く接点がなかった鳴海と棗が、蒼南祭の実行委員になった事で後々の繋がりが出来ていくのだが、このふたりが言葉を交わし合うようきっかけになったのは、廊下を全力疾走していた鳴海に体当たりされそうになった棗が、反射的に投げ飛ばしてしまった事だ。
 そんな痛烈な邂逅と棗の第一印象とのギャップは相当インパクトがあった様で、さらに彼女が悪友・悦也の古い馴染みだった事もあり、心安く話ができる様になった。

 こうして親しくなった後、茶道部の部長を務めているとか、綾音とクラスメイトだったとか、Myポットを教室に持ち込んでいるとか、目を疑うほど空打が強かったりとか、棗に関する様々なエピソードが共通ルートで見られる様になる。
 だが、やはり他のヒロインとの決定的な違いは柔道の道場主の孫娘である事と、辞めたとはいえ彼女自身が柔道を嗜みこよなく愛していた事にあるだろう。

 それが様々な意味で、鳴海との間に共通点を見つける事にもなっていく。
 格闘好きなのは今も変わらないようで、怪我を負って柔道を辞めて以来性格が一変して今のような物腰になった棗だが、かつては悦也さえ裸足で逃げ出すほどの猛者であり、悪ガキだったと聞く。
 ゆえに悦也の記憶にある棗との思い出は、大抵一緒に悪さをしているか巻き込まれて酷い目に遭ってばかりだった為、今でこそ男子生徒に高嶺の花と羨望の眼差しを向けられる美麗な茶道部部長に対して、彼自身は浮ついた気持ちなど一欠片も持ち合わせていない。
 むしろ鳴海を拒む素振りの見えない棗をみて、おもしろ半分にふたりをくっつけようと考えるあたりは、悦也らしいと思うのだが。

 階段から落ちた時に体を張って助けられた事も、怪我の痕を打って痛みで動けなくなった時、治療出来る場所へとなりふりかまわず抱きかかえて走り出した事など、鳴海の力強さと行動力に異性として意識してしまった棗。
 しかし、長らく男勝りに過ごして来たため、年頃になっても異性との距離が詰められず、これまで誰とも付き合った経験がない。
 そのため、無防備すぎる態度から男として意識されていないのかと落胆した鳴海がキスするまで、自分が恋愛対象とみられていると自覚していなかったようなのだ。

 これを境にして交際が始まったわけだが、それまでいつも控えめにしていた棗の心境にも変化があり、日を追う毎に鳴海は彼女に頭が上がらなくなってゆくのだった。
 もっとも、これはいい意味での変化であり、鳴海の弱さもすべて受け入れ、彼の心が二度と挫けないように支え続けたいとする、年上ならではの行動でもあった。
 ゆえに時には叱咤し、時には甘えさせ包み込む優しさは、鳴海と同じペースで歩もうとする綾音とは明らかに異なるものだった。

 進行形でスポーツに情熱を傾けている綾音とは違った意味で、今の鳴海の心情を理解し受け入れる事が出来たのは棗だけだ。
 この棗ルートは、柔道から遠ざかってしまった鳴海が自分の立場を見つめ直した、本作における本題のひとつを明確に反映した「ふたつのルート」のうちのひとつだが、こちらは怪我により再起不能になった棗の姿を通じて、鳴海を改心させている。

 シナリオの終盤で明かされた、3〜4年は経過してなお激しい運動を禁じられている脚の怪我にまつわる話は、思う以上に深刻な状態である事を示唆するものが、それまでに経過した共通シナリオの中にも見て取れた。
 どんなに急いでいても走らない棗を、「見た目通りのおっとりとした性格」なのだろうと微笑ましく感じていた鳴海に、何倍もの衝撃を与えたことだろう。
 鳴海と同じように怪我で柔道を辞めた、同じ辛さを知る者として描かれていた棗は、彼の意思を尊重して復帰を無理強いせず、そっと見守り続けていた。
 彼女自身が選手生命を絶たたれる程の怪我を負った交通事故は、個人的であまり触れられたくない過去の事柄であり、ゆえにこのルートの終盤まで伏せられていた真実だ。
 これにより、いつでも復帰できるという甘えをもった鳴海に対し、過酷なまでの現実を突きつけ、クライマックスを大いに演出してくれたのだ。
 また、後輩に茶道部部長の座を託してから卒業するまでの間、部活に復帰した鳴海を支えるためだけに、柔道部のマネージャーを務めるという異例の行動を取った事からも、彼女の想いの深さを感じ取れるだろう。


 このルートでは、綾音が自主的に「噛ませ犬」として活躍しており、この演出はなかなか面白かったのだが、代わりに後半にさしかかった頃から、みなもの嫉妬が殆ど見られなくなる。
 これはゆかの存在がスケープゴートと化していたためで、「あーん」のシーンを目撃して二人が親密になっていると勘違いしたみなもは、鳴海とゆかが付き合ってないと知って油断していたのだろうか。
 だが最終的に綾音がみなもを説得したのか、或いは棗相手では勝ち目無いと諦めたのだろうが、このあたりはしっかりと描いてほしかったと思える部分ではあった。


<峰澤ゆか>
 みなもと同じく妹系だが、出逢いと別れをセットで織り込んだ、遠距離恋愛予定まぶらぶシナリオだ。
 一学年下〜みなものクラスメイトであり、穂波とは幼なじみ。
 ツインテールの元気印娘で、儚さはないが守ってあげたいタイプとしてはダントツの一位。
 なにせヒロインの中で唯一、鳴海が破壊力で勝る相手だし(笑)。

 また、始終からかわれているためつんけんとした台詞が多いみなもに比べ、舌足らずな甘え口調が多いのも、ゆかの特徴。
 これに声優さんの甘ったるい声色が相まって、「妹萌え」な殿方をうっは〜と叫ばせたことは想像に難くない。
 天然のボケ役でありツッコミ担当の穂波と良い意味で対を成しているが、ゆか特有のほのぼの感はクライマックスでの離別の悲しみを何倍にも引き立てている要素でもあった。


 さて、穂波ルートを参照すると解りやすいが、ゆかは入学以前から幼なじみの穂波から鳴海の事を聞いており、その当人と出逢い人柄に触れるうちにどんどん惹かれていったようで、他のルートでは「憧れの先輩」で終わりはするが、その好意は成就されなくても確かな形を成していた。

 親の離婚から転校する事になってしまったゆかは、日ごとに険悪になり冷めていった両親の不仲を嘆き、永遠に変わることのない確かな想いを求めていた。
 このことはゆかと深く関わらなければ知り得ない、彼女が心の中に閉じこめていた悲しみであり、ゆかシナリオを進める上で重要な鍵でもあった。
 本ルートシナリオでは、鳴海がゆかの支えになりたいと願った事で、人知れず去りゆくだけの時間が、掛け替えのない想い出の数々に満たされた充実した日々に変わったわけだ。

 ゆかは、家庭の不和や去りゆく寂しさを表に出すことなく努めて明るく振る舞っていたが、ゆかと穂波のルートではその位置付けから否応なしにゆかとの別れに直面することになる。
 対して他の4ルートでは、ゆかが転校する事を知る事もなく、蒼南祭後に穂波から事情を聞いて、がっくりと項垂れたのだろうか。
 それぐらい、ゆかの立ち振る舞いは見事だったといえるのだが、裏を返せば仲のいい穂波やみなも、そして鳴海達に僅かばかりの元気を貰い、寂しさを振り切って旅立っていったのではと思えてならない。

 クライマックスの離別は見ていて辛くなるばかりだったが、決してそれだけでないのだとここまでの経緯で示す通り、筆者も下世話に、手を取り合ったふたりの恋路に幸あらん事を願うばかりだった。


 ところでこのルートでは、珍しく綾音が嫉妬から癇癪起こしてしまうシーンがあったのだが、他のルートを参照しても過度に嫉妬する事はあっても、これほど荒れる事はなかった。
 これは交際前に鳴海がゆかと睦まじく過ごしていた事を綾音に指摘され、それを反射的に誤魔化そうとしたためで、その態度が気に障って怒ったわけだ。

 綾音が鳴海に向ける好意は、たとえ報われなくても揺らぐ事のない10年越しの成熟した想いであって、そのことを彼女自身が自負しているからこそ、他の女の子に靡いてしまった結末でも、最大限に鳴海の後押しをしようとしていた。
 その気持ちの裏返しがあの行動かと思うと、なんだか綾音が哀れに思え、ゆかとの別れと併せて切なさばかりが後をひく、そんなシナリオだった。


(総評)
 どのヒロインルートにも確定しなかった場合に迎える共通エンドは、鳴海が柔道部に復帰した事を除けば、それまでと変わり映えのない日常といえる。
 それ以上の関係に発展しなかった為に交際した相手がいない結末だが、ゆえにみなもと綾音にだけは相変わらず想いを寄せられている。
 その後、ふたりと鳴海の関係にどのような進展があったのか、長年の片想いが実を結んだかどうかについては触れられていない。
 ただ、変わることのない日常がそこにあり、それが幸せなのだと気付かせてくれる、そんな幕引きにも思えた。


 そんなゆるゆるとした雰囲気を持つシナリオ全体を通してみると、本作はHシーン及びそれを示唆する要素を廃しても充分に通用する作りであり、コンシューマ機などで全年齢版が出されたとしても、それなりに受け入れられるのではと思えた。
 逆に言えば、本作におけるHシーンには必然性があまり感じられない。
 エロゲーでHシーンの存在に異議を唱えるのは本末転倒な話だが、どうも販売促進の付加要素として組み込まれただけのよう感じられてならないのだ。

 無論、本作内でのHシーンの在り方すべてを、否定的に考えているわけではない。
 素直にならない鳴海に対して、始終豊満な胸を押し当てて誘惑していた綾音の行動だとか、子供扱いばかりする鳴海に、一人の女として受け入れて欲しかったみなもの想いだとか、視点を変えれば肯定的な要素も見えてくる。
 だが、これらはもっと精神的なものに置き換えてもなんら不都合のない事ばかりで、もし本作がプラトニック・ラブばかりだったとしても、違和感が無かったのではないだろうか。

 空打での後日談におけるHシーンは、その状況に持ち込むためだけに進行している事からも必然性があり、「空打で勝つ事=願望達成」「負ければそれなりにペナルティー」という解りやすい図式で説得力もあった。(もっとも、ペナルティーの方はオミットされ、ゲームオーバー扱いになっている)
 そこから考えても見ると、本編でのHシーン突入に際して、それまでの経緯から「どうあってもこのシーンは外せない」という決め手に欠ける、それが気持ち的には絶賛していながらも『ストーリー完成度』をひとつ下げてBとした理由だ。

 また、鳴海の柔道部復帰については、主題のひとつとして持ち出されていながら、その結末がルートによって曖昧だったため、これも評価を下げる原因になった。
 みなもルートはきっぱり下心であり、「お兄ちゃんのかっこいい所が見たい」とのひと言から。
 綾音ルートは、努力を惜しまない姿に感化され、自分の不甲斐なさを悔い、自らの意思で復帰した。
 芽衣ルートは空打後日談で、彼女との交際条件のひとつとして悦也に言い渡されたとあった。
 棗ルートは、自分の心の弱さからの脱却を望み、棗の後押しがあって復帰に至る。
 穂波ルートでは復帰したという話は全くなく、後日談でも語られていない。
 ゆかルートも復帰していないと思われる。

 ゆかに関しては空打後日談で解る事だが、この後の遠距離恋愛は交通費折半としたため、否応なしに鳴海はバイトに精を出さなければならないのだから、部活に時間を割く事が出来ないのだろう。
 このように、復帰する事そのものは鳴海の自由意思であるとはいえ、それまで逃げ口上にしてきた膝の負傷を含め、最終的に鳴海がどうしたのかが、語られずに終わっているルートがある事はとても残念だった。

 これと同じ事がヒロイン達の部活動でも言えるのだが、やはりルートによって活かし切れていない点が多くあり、単純にイベント配置の都合上だったとは思えないものもある。
 天文部に入っているみなもを例にあげると、ただ一度夜間観測のため日が暮れてから学園へ出かけ直したイベントがあったが、それ以降観測に出かけた話は聞かれないし、部活動に参加している姿が出た事もない。
 まさか、いつの間にか退部していたわけでもあるまいし、そもそもみなもシナリオで部活動を重要視していないなら、最初から帰宅部にすればよかったのだ。
 「見えちゃいけない星が見えるとか?」というオイシイネタを振るためだけなら、他にいくらでもやりようはあるだろう。
 こういった部分も、評価をBにした理由なのだ。


 だが、“作品”としては、かなり良いものを持っていると感じられた。
 学園行事であり、たとえ避けて通ったとしても必ず実施される「蒼南祭」に向けて動き出した時間をまず演出した事で、主人公自身が特別何かをしなければ話に起伏がつかないという停滞感は無くなった。(いやぁ、某きっちゃ店のマスターなんて、涙ものでしたし)
 そのため前半での鳴海はスケジュール的に余裕があり、アルバイトと実行委員として拘束される時間以外は、殆ど行動制限が無く自由に立ちふるまえる。
 ここで「放課後の4択」が活きてくるわけだが、特定のヒロインと恋人関係が成立すると、4択で使われていた余暇は彼女と過ごす時間になって、終盤では蒼南祭準備の追い込みが加算されて、鳴海は目一杯忙殺されている。

 重要なのは“鳴海の目的意識”であって、それが明確化していくほど、怠惰に過ごす時間が無くなっている。
 この配分の仕方…設計思想には、ちょっと感動してしまった。
 更には開催日までがカウントダウンされているような状況であり、特に最後の3日を切った辺りからは、学園内の至る所で目まぐるしく変化している事が感じられ、実行委員として活動する鳴海達の多忙ぶりに拍車をかけた演出になっていた。
 「見せ方」という意味で、文句なしに高い評価をだせた理由がここにある。


 では登場人物についてはどうだろうか。
 6人のヒロインがいて、それぞれの立場から鳴海との関係を築き、彼に様々な感情を抱いている様が描かれたシナリオだが、同じ学園内の生徒同士とはいえ、その人間関係〜構図は結構複雑である。
 本作のヒロインたちは必ず「6人の内の誰かと友人関係」という立場にあったため、誰が鳴海を射止めようとも、親しい知人に辛い思いをさせる事になる。
 楽しい学園生活を謳い文句としている都合上、主人公だけが幸福な結末では作品として成り立たない。
 だからこそ、ハッピーエンドと言えない終演であっても、失恋した女の子達が納得して身を引ける状況を作る必然があった。

 そういった意味でも、二股がけなどの要素を廃した純愛路線の本作は、ルート確定までのイベントにHゲームのシナリオでは本来なら重要視されないキャラ同士の交流などが数多く描かれており、友情と愛情の天秤が「誰を基準にしているのか」をはっきりと示されている。
 みなもは自分の中にある譲れない想いを持ち、形こそ違えどゆかと芽衣の基準も自分の中にあった。
 綾音は言うまでもなく鳴海の心を何より大切にしており、やりかたは異なるが棗も同様だ。
 面白いのが穂波の場合で、彼女の基準はゆかへの友情に大きく偏っていたわけだ。
 これに彼女たち自身の性格を兼ね合わせ、各シナリオに変化をもたらし、差別化に成功していた。

 その差別化の下地となる、基本的な舞台設定やキャラクター像だが、本作はシナリオ開始から程なくしてしっかりと掴むことができ、また鳴海ひとりに都合のいいような関係図にせず、針の筵に座らせる状況を演出するなど、そうそうオイシイ役所ばかりでない事を示している。

 元々女の子限定だが優しく、知人だと三割り増しというぐらい面倒見の良い気のいいヤツであるため、プレイヤー側からの印象としても良い鳴海。
 設定上「悪くない」「結構人気がある」とされる彼が人並み以上に男前であるかどうかはこの際言及しないが、少なくともそう思わせるぐらいの度量と、機転の利いた行動力を持つのは確かだった。

 そんな鳴海と想いを通ずることとなるヒロインたちは、シナリオの本筋とは別の意味合いでキャラクターを印象づけたものもあった。
 たとえば衣装。
 「制服プレイ」は殆どみなもだったが、綾音は空打で部活のユニフォーム姿だった。
 同じく棗も部活のだが、彼女の場合は茶道部であるから、当然のように和装プレイがでた。
 童顔な上にロリ体型の芽衣は、どういうわけかブルマフェチ御用達で、穂波とゆかは家庭科部の催し物だった「メイド喫茶」のエプロンドレス。

 全部Hシーンだというツッコミは置いといて、死人が出そうなほどの料理下手で音痴だとか、ゲームマニアで魔の中華包丁使いだとか、隠れカワイイ物好きの女組長の天国直行片道切符な抱擁とか、多分彼氏よりお茶が大切な格闘マニアとか、ドジっ子モード標準装備のツインテールとか、個性的というにはあまりにも………特徴抜きしていたつもりが、書いててだんだん何だか解らなくなってきたぞ(笑)。


 各ルートの終演を合わせてみても、「交際することにしました」以外、これといって変わり映えがあるわけでもなく、むやみに劇的な未来に向かって突き進んでいるわけでもない。
 ほのぼのとした学生の日常を切り取った恋物語としてはじまり、そして終わってしまった。

 だからといってこれを不満に感じることは無く、満足度としてはむしろ高かったのではないだろうか。
 全体を通して振り返ってみるとけっこう満たされた感じであり、たとえ成就しなくても、恋することはその課程を含め楽しいものだと、再認識させられた作品だった。


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