|
||
更新日:2005年6月12日 | ||
突然だが、貴方は「グルメマンガ」を読んだ事があるだろうか? 料理や調理法に関して様々なウンチクを用意し、それを適度に散りばめながら展開していくマンガジャンル。 代表的なものとしては、「美味しんぼ」「包丁人味平」「一本包丁満太郎」などがある。 また、料理の完成度よりも、調理法そのものや料理に対する姿勢を追及した「クッキングパパ」「味いちもんめ」なんてのもある。 キワモノ系として、「ミスター味っ子」「グルマンくん(&食いだおれ野郎)」「ザ・シェフ(異論出そうだけどね)」「スーパーくいしん坊」なども外せない。 最終回のラストシーンで思わずでチビった、「鉄鍋のジャン」なんてのもあったなあ。 また、近年はラーメンとかパンとか(笑)、限定されたジャンル内での活躍を描く作品も多い。 このジャンルは正統・邪道入り乱れている訳だが、いずれも大変多くの知識を盛り込み、また強い説得力を用いてそれなりに読者を納得させ、満足させる。 中にはとんでもない大嘘ウンチクを書いているものがあるが、それでも、作品内で納得させることが出来たなら、それはそれで勝ちなのだ。 カレーに麻薬が入ろうが、麺がすべて一本に繋がっていようが、おにぎりの中にお茶を入れようが、幽霊が鮎の幽庵焼きを教えてくれようが、油鍋から火の鳥が飛び出そうが、審査員が凍死しかかろうが、死んだネコやミドリガメを使おうが、スパゲティーの麺を一本ずつ半分に切ろうが、説得力があるなら全然構わない。 だが、そんな常識観念をことごとく打ち破った、幻の作品がある。 それが、今回ご紹介する「味覚一平」という作品。 集英社/創美社ジャンプスーパーコミックス、全一巻、1990年10月13日初版発行(多分再販はない)。 原作は遠崎史朗、絵は堀内元。 堀内元は、この他にどんな作品を描いたのか…全然わからない。 まさかこれ一本だけという訳ではないと思うが、検索しても同名別人と思われるデータしか見つからず、足跡がまったく追えない。 原作の遠崎史朗という人は、別名義で里見桂の「ゼロ」などの原作も担当している人なのだが、どうもこの作品に関わった時だけ、何かを受信してしまったかのようだ。 とにかく、このマンガは凄い。 あまりに凄すぎるので、今回は簡単に紹介してみたい所存。 「味覚一平」は、一話完結の読み切り連載タイプ(実際の掲載時はどうか知らん)で、コミックス内には全3話と読み切りマンガが一本掲載されている。 ただし、3話と言っても各話二話分くらいの長さがある。 見た感じ、80年代前半のガキンチョ向けマンガのテイストを引きずっているように感じられる。 90年発行なんだけど。 だから、「某ろけ一番」とか「某ムセンターあらし」とか「ゼロヨン某太」「ファミコンロッ某」などのような、コロコロコミック連載無茶勝負系タイトルに慣れ親しんでいる人なら、雰囲気が掴みやすいかもしれない。 ――もっとも、本作はその域にすらまったく辿り着けていないわけだが。 主人公は、年齢不詳のガキンチョで味覚一平という名前なのだが(あだ名ではなく、本名)、各話ごとに微妙に設定が異なっている。 一話では、流れ包丁人・味覚公平の息子として放浪の旅を続けていたのだが、第二話ではアメリカ本土に300もの店舗を持つ大ステーキチェーンの社長の御曹司になっているし(父親の顔はやはり公平だが)、三話では、いつのまにか日本料理界のドンと呼ばれている味覚巌の孫にされている。 それまでは、とてもじいさんが居るようには思えなかったのに…。 要するに、この作品には一貫した設定やストーリーが存在していないという事になる。 というより、その時その時の思いつきでテキトーに変えられているようにしか見えないが。 しかし、設定だのストーリー云々など、本当はどーでもいい。 このマンガのキモは、料理マンガとして絶対にクリアしなければならないノルマをことごとく否定し、「何が欠けると料理マンガらしくなくなってしまうか」という部分を明確に示した事にある。 本作には、「おいしそう」「食べたい」と思わせる料理が、一つも出てこない!! 普通なら、どんなに変な料理マンガでも、一つか二つくらいは食欲をそそる料理が出るものだが、本作にはそれが完全にない。 というより、食欲など湧きようがないのだ。 そもそも、この堀内元という人、絵が巧くない。 というより、ズバリ言えばヘタクソである。 背景の書き込みもパースも狂いまくりだし、人物の顔の統一感もなければ特殊効果もヘボい。 料理が描かれても、妙に白と黒のコントラストが濃すぎる上にトーンをあまり効果的に使用していないため、全然美味そうに見えない。 それどころか、たちのぼる「料理の匂い」が「ただの腐臭」にしか見えなくて、かなり気持ち悪い。 その上、登場する料理のすべてが「ワケあり」のため、食べてみたいという気が絶対に起きない。 これは本来料理マンガとしては致命的な欠点なのだが、同時に本作の特徴の一つとなっているため、無視出来ないポイントだ。 また本作では、どうした事か調味料が極端に敬遠されている。 これは、「化学調味料」の存在が否定されている、などというありがちなものではない。 なんと、醤油や天然塩などを含めた、あらゆる調味料の使用が認められないのだ! 本作内で、一平が作った料理の中で、調味料を加えたものは一つもない!! 唯一、第二話で作った「カジキマグロのセネターピック」だけは絶妙な塩加減で褒められていたが、これは食材の塩抜きを絶妙に行ったというだけで、調味料を加えたわけではない。 全部で三回行われた料理勝負では、なぜかいずれも調味料の使用がルールとして認められない。 しかも、使用できない理由がよくわからないものばかり。 最後の勝負は、その設定環境上仕方ないような気がするからまだいいが、二回目までは、用意しようと思えばできる環境にも関わらず、審査側が一方的に使用を認めないのだ。 なんか、作者は調味料に恨みでもあるのだろうか。 もちろん、これには一平だけでなく、対戦相手も苦労させられる。 ただでさえ絵の面でマイナス要素がある上、調味料が使用できない(まともに味付けできない)という事をアピールしまくっているものだから、登場する料理に対する「食欲」が益々湧かない。 というか、これ本当に料理マンガなのか?! だが、それ以上にもっととんでもないものがある。 対戦相手の作った料理の方がどう見ても一平のものよりおいしそうに見えるのに、なぜか負けてしまうという問題だ。 普通の料理マンガの勝負の場合、見た目と味わい、そして意外な調理法や知識の盛り込みで勝負が決するパターンが多いが、本作ではそもそも材料や調味料について過激なペナルティが付加されているため、まともなパターン通りにはやっていけない。 だから味覚一平が料理勝負で勝つためには、とんでもない観念が必要とされる。 「口八丁手八丁」 「勢い」 「なりゆき」 料理の腕やアイデアではなく、これだけで、審査員を納得させるのだ。 …こんなもん、もう、料理勝負じゃねぇよ(笑)。 では、それぞれの料理勝負の内容を見てみよう。 第一回目の勝負の材料は、「豆腐」のみ。 道具の使用に制限はないが、材料は豆腐以外一切使用不可能で、調味料すら使えない。 それはもう、豆腐の盛り付け方勝負にしかならないのでは? 巨大ファミリーレストランチェーンの本店シェフである対戦相手は、悩んだ末に豆腐を手で潰して布で絞り、ボールに取った汁を泡立て器で掻き混ぜ、グラスの上にアイスクリームのように盛った料理を製作。 ただの絞り汁を、どうやって固めたのかは不明。 そもそも、豆腐絞ったって白く濁った水しか取れない筈なんだが…。 それでも、見た目はかなり綺麗で普通のアイスクリームのように見える分、まだマシだ。 ▲ んなもんはできません、無理言わんでください。
対して一平は、豆腐を縦長に切り、半分を冷凍庫に入れて凍らせ、半分を網焼きに。焼いている最中、審査員に対して「どうですこの香り。これがほんとの豆腐料理だよ」「でも、まだまだ! できあがりはもっとすばらしいんだよ」などと、何度も声をかける。 焼き上がった豆腐に、なぜか一時間弱程度の短時間でカチカチに凍りついた豆腐を乗せただけ、という料理を仕上げる。 「あっつい焼き豆腐の上の凍った豆腐がジュッ!ととけて、なんともうまそうだろう!!」とかほざいているが、これがまた見事なくらい不自然極まりない。 つーか、これ豆腐じゃなくて、石のブロックにしか見えねえよ!! ▲ こんなにエッジの利いた豆腐、私は頼まれてもたべたくありませんな。
そしてこの勝負、なんと「一平の口車ですっかりその気にさせられた審査員が、彼の料理を美味しかったと錯覚」してしまい、一平の勝利に終わる。当然この決着に納得のいかない相手は、勝負の経過をまったく知らない通りすがりの男の目と鼻と耳を塞ぎ、一平の料理を食べさせてみる。 予想通り、その男は「まったく味がしない」と述べ、対戦相手は「こんな子どものいうことにのせられて、ただうまそうだと思っただけじゃないか」と審査員に反論。 ううむ、まったくその通りだと思う。 それに対し、「失敬な」と言いつつ汗を掻く審査員。 どうやら、自分達がトンデモない審査をしてしまったという自覚は、まったくないようだ! 随分、信用のおけない審査員だなあ。 しかし、そんなクレームも審査員でもなんでもない、一平とその父親の雇い主による 「小手先の技でごまかそうとしたおまえさん(対戦相手)と、素材を生かし食べる人に喜んでもらおうとした一平くんの心の差が料理にあらわれた! というわけさ」 という一喝で無理矢理流されてしまう。 ▲ 開いた口が開かなくなるような、度肝を抜く言い訳っぷりに乾杯。
いや、オッサン。どう見ても、一平は審査員をだまくらかしただけにしか見えないんだけど。 とにかく、審査員の結論が覆される事はなく、対戦相手は屈辱の敗北。 いやあ、これ以上の屈辱はそうそうないでしょうねえ。 結局、ろくに腕を振るえない状況で料理させられた上、口先だけで負かされたわけだから。 ――なんだかこんな勝負なら、筆者でも勝てそうな気がしてきた。 二回目の勝負は、豪華客船内で行われる。 材料は不確定で、いくつか用意された冷蔵庫を選び、その中の材料だけを利用して調理するというもの。 フランス料理の全米チャンピオンなる不気味な肩書きを持つ対戦相手シャルル・ビゼーは、海老と魚(本文ママ。海老と魚の種類の表記なし!)が入った冷蔵庫を得る。 って、筆者は、材料名が「海老」「魚」とだけしか記されていない料理マンガなんて、初めて見ました。 しかもこの海老や魚、すごく適当に描かれているので何の種類か特定できません。 さらに、海老も含めて冷蔵庫内に直置きだし。 一方、一平が選んだものはボウルとタオルが入っているだけの、空っぽの冷蔵庫! どう考えても、中身を確認しないで勝負に使用した主催側のミスなのだが、冷蔵庫の選び直しは許されない(ひでぇ)。 ▲ 左が一平の、右がビゼーの冷蔵庫。
対戦相手は、調味料なしの状態で苦戦しつつも、材料そのものの塩加減を絶妙に調整して、ブイヤベースを完成させる。筆者には、この海老がまだ生きてるようにしか見えません。 ただ魚介類を煮ただけでブイヤベースと言い切る、全米チャンピョンの将来が不安。 対する一平は、空の冷蔵庫内に、ほのかにメロンの香りが残っている事に注目。 船の調理場にある巨大な食器乾燥機内に冷蔵庫を放り込み、加熱! ▲ 画面左下、ヒロインの頭部に注目。
冷蔵庫内の香りを無理矢理高め、その中に水を張ったボウルと濡らしたタオル(このタオルは、その手前のシーンで一平とヒロインの頭の上に置かれていたのだが…)を入れて、急速冷凍!これが、下のシーンで使われてるのと同じものです(ゲッ)。 ▲ だ、だからそのタオルは…
たった20分の短時間で、なぜか冷蔵室でカチカチに凍りついたボウルの水をカットし、その上に、タオルの表面についた霜を削り、乗せる!だからそのタオルは、さっきまで頭の上に…!! 結果、ボウルの氷を皮部分に見立てた「メロンシャーベット?!」が完成! ▲ 霜の固まりと、まるで腐ってるかのような「ごった煮」。
「どちらを食べたいかと聞かれたら…」と呟く審査員達の目線は、なぜか一平の料理の方に向けられる。魚の目がエラく怖いんですけど… この不条理な判定に、怒りに身を振るわせつつ平静を保とうとするチャンピョン。 貴方は素晴らしい人です、いやマジで。 ――審査員の皆さん。 貴方達が認めたそれは、ただの霜の塊です。 料理ではありません。 ちゃんと、料理と呼べる方を選んでください。 そんな審査結果では、誰も納得しません。 しかし、今回は誰一人として異論を唱えようとはしない。 嗚呼、なんて可哀想なチャンピョン… 三回目の勝負は、まず最初に一週間もの断食を行い心身を疲労させ、山奥の沼地で、それぞれが小船の上に乗って材料を調達して調理するという特殊なもの。 もちろん、調味料だけでなく、魚を釣る道具なども存在しない。 負けた方は、包丁を捨てなければならない。 対戦相手の修行僧は、長年の苦行の末に身に付けた「気力」を使って、水中に気弾を発射! ▲ 光学兵器搭載の坊さんなんか、
なかなか威力が出ず(おい)苦労させられたが、なんとかナマズをゲット。わたしゃ初めてお目にかかりましたよ、ハイ。 しかし、これは調味料がないとあまり美味く料理できない上、修行僧は一週間の断食のために、味覚に自信が持てない。 やむを得ずこれを刺身にして、素材の持ち味だけに頼ったものに仕上げる。 さすが料理専門の寺の僧(……)だけあって、盛り付けは大変綺麗だ。 一平は、服の一部をほどいて作った糸に、手持ちの高級アクセサリーを組み合わせたルアーを作り、なんと巨大ならい魚(本文ママ)をゲット! なおこの時、一平は「つる楽しみしかなく、しかもフライ以外煮ても焼いても喰えないしろものなのら――っ」と言っているが、雷魚(←こちらの名称が正しい)ってタイやベトナム料理ではポピュラーな素材だし、色々な調理法があって、日本でも東北では塩焼きにするんだけど…暴言じゃないかそれって? そのらい魚の腹の中に、沼のほとりに生えている野草(注:山菜ではない)を入れ、さらに、元々らい魚が食べて腹の中に蓄えていたドジョウも使用して、船の上で無理矢理焼き上げて調理完了。 詰め物のアクを取ろうという考えは、まったくない様子。 それにな、少年。 その腹の中のドジョウは“消化過程にある物体"であって、普通は材料とは言わないと思うんだが。 当然、らい魚はそのまま皿の上に置かれただけという、素直すぎる盛り付け。 ▲ 食べたいと思いますか? ねえ、こんなもの本当に食べたいと思いますか、そこの貴方は?!?!
そしてこの勝負も、なぜか一平の勝ち。らい魚の詰め物焼きの「ほのかな苦味」がアクセントになって、深い味わいになっているそうな。 あの、その苦味、間違いなくただのアクですから。 当然、反論する対戦相手。 そりゃそうでしょ、このまま負けたら、包丁捨てて料理を辞めなきゃならないんだから、必死だろうし。 だが、一平の料理を一口食べた途端に、相手も一発納得(するなよ)! 結局、素直に負けを認めた心が評価され、僧は修行終了の任をいただけたのでめでたしめでたしなのだが、それでいいのか、本当にいいのか?!?! …こうして見ると、本作内には「無理矢理に主役を勝利させるベクトル」が働いているとしか思えない。 仮に、本作内に海原雄山が登場しようとも、グルマンくんが立ち向かおうとも、まず間違いなく一平に負けてしまうことだろう。 それも、ものすごい不条理な理由で。 もっとも、この不条理さが楽しめない限りは、読者の方が負けになってしまうのだろう。 すっげぇ納得できねぇけど(笑)。 本作は、なぜか「その料理が美味い理由」がほとんど説明されない。 大概の料理マンガの場合、完成された料理の材料や調理法が説明され、その上で食べた人の「普通はここまで言わない」というほどの感想が付加されて、やっと読者が納得する。 丼物を食べて味皇が巨大化すれば、見ている側はそれだけ美味いものだと納得するというものだ。 だが本作では、作り手はおろか審査する側の誰も、調理法や味付けの説明に注意を向けず、ただ複雑な顔で「うまい」と呟くだけだ。 料理マンガ独特の過剰表現は、よくマンガ評論の槍玉に挙げられるが、それがないとまったく料理マンガにならないという事が、これでよくわかる。 なんとなく、作者がそこまでのボキャブラリを持っていなかっただけのようにも思えるのだが… こんな場面がある。 コミックス冒頭部、「なめくじ横丁」なる不気味な名前の商店街に流れてきた一平とその父・公平は、たまたま入ったラーメン屋のおばさんの紹介で、外国航路の客船のコック長を三十年やっていたという男の店に出向き、キャベツ1個とイワシ1匹、イリコ、卵1個と調味料だけでフルコースを作ってみろと言われる。 もちろん、客に商品として出せるレベルのものを、という条件付き。 ▲ いじめだろ、これはどう見ても。
しかも、必要経費込みで350円で出せるようにというのだから、ふざけている。牛丼の大盛以下というとんでもない条件で、フルコース。 とても三十年の年期の入ったコックの発言とは思えない。 ▲ よくわからんけど、電気はどうやって「料理につかった分」を
しかもなめくじ横丁では、商売敵のファミレス対策として「どこで何を食べても100円セール」というのをやる事に決まったばかりというシーンが手前にある。算出する気なんだろうかこのオッサンは。 おっさん、いきなり3.5倍の価格帯か。 居るんだよなあ、こういう「商店街の企画に絶対乗ろうとしないひねくれ者」って。 公平は、粉末にしたイリコとキャベツだけを使ってスープを作るが、これがなぜか大絶賛! 「イリコにキャベツのだしだけで、なんでこんなにうまいんだ?」という問いかけに対して、一平はこう答える。 「火かげん、水かげん、キャベツの煮えかげん、 なんといっても塩かげん。料理の基本はこのかげんですよ」 ▲ 日本語が大変不安な会話でございます。
一平、それ、全然説明になってないよ。しかも、自分が作ったわけじゃないのに、妙にわかっている風な口を利くし。 また、公平はイワシをミンチにして、それだけで魚肉ハンバーグを作成。 その上に、いつの間にか作っていたソースをかけて完成。 ソースの材料は、最後まで不明のまま。 元コック長、「フリカデラーとは考えたな」とご満悦だが、正確には「フリカデラ」で、別に魚肉しか使わないハンバーグってわけじゃないんだけどなー。 ここまで読んで、ふと、ある疑問に辿り着く。 スープはまぁいい、フリカデラーも、とりあえず納得しよう。 …フルコースだったよな、この料理。 いつからフルコースから、前菜やデザートが消えたんだろう? その答えは、ついに述べられる事はなかった。 フルコースと言ったはいいが、その内訳をよく知らなかったためにこんな風に…いやいや、そんな事はないだろう、多分。 これはきっと、話が無駄に長くならないようにするための、省略技法なんだきっと! ――と思ったら、後のシーンでこれがそのまま客に振舞われていた。 ぎゃふん! 不条理展開は、本作のもっとも得意とするところである。 第一話にて、とある事情からレモン勝負なるものを挑まれる公平。 「百万人に一人いるかいないかといわれる舌を使ったレモン勝負」なんだそうで、それを聞いた公平は顔色を変える。 これは、複数の巨大水槽の中から、たった一滴のレモン汁を落としたものを味分けで見つけ出すという過酷なもの。 いや、過酷っつーんじゃなくて、もはや無理、ムチャ。 しかも、この水槽は何メートルもの高さがあり、ハシゴで登らなければならないほどの大きさ。 そんな中になみなみと水が入っているんだから、こりゃ壮絶な無駄遣い…じゃなくて、もし対戦者が落ちて溺れたらどうするんだろう、と思わされる。 さらに、こんな大がかりな仕掛けを翌日の正午までに商店街の中に用意させようというのだから、対戦相手も酷すぎるってもんだ。 ▲ この作品世界の皆さんは、百万人に一人の味覚を持つ存在のために、
こんな勝負を持ちかけた対戦相手も対戦相手だが、さらに念を入れて公平を闇討ちして対戦不能状態に追い込んでしまう。わざわざこんな大がかりな勝負をするんですか。無駄に裕福ですね。 おお、徹底してますね。 でも、そうするんなら最初から勝負を挑む必要がないんじゃ… 用心深い対戦相手は、さらにズルをして、正解の水槽の答えを途中で手に入れちゃう。 いや、相手が参戦できないなら、そこまでやらなくてもいいのに。 懲りすぎだよ。 公平に代わってこの勝負に挑む一平は、コップの水の中にカプセル薬の中身をたった一粒入れたものを感知するほど敏感な味覚を持っており、見事に自力で水槽を当てる。 おお、それはマジですごい! …それはいいのだが、味見の際に、わざわざ包丁の刃に水を乗せて先端部から垂れた滴を舌で受け止めるという、意味不明な事をしている。 そんな敏感な味覚なら、包丁の金属味を感じ取ってしまうのではないか? 対戦相手は普通にスプーン(みたいなもの)で掬っているじゃないか。 普通にやれ! その後、先に説明した豆腐勝負へとシフトしていくのだが…あまりの不条理に、突っ込むのもヤボに感じられてくる。 だが、不条理はまだまだ続く。 第二話、いきなり豪華客船上でカジキを吊り上げた一平(よくあんな装備で釣れたものだ)は、食堂の天井にあるシャンデリアから吊るしたカジキの表皮を剥き、「セネターピック」と呼ばれる部位を取り出して、これを刺身風に調理する。 ▲ へぇー、へぇー、へぇー、へぇー。
これは、ごく普通の料理マンガ風で特におかしな所はない。フランス料理全米チャンピオン・シャルル・ビゼーの説明によると、この部位は「死後一時間で溶けてなくなってしまう軟骨の一種で、幻の珍味」だそうな。 …でも、そんなものどんなに検索しても全然出てこないんだけど。 本当にあるの? 別な名前と勘違いしてない? これを、73%の塩抜きで絶妙な味わいに整え、客に出す一平。 「ただ切ってならべただけの代物ですけど……」というビゼーに対して、一平は 「セネターピックの味付けは、どのくらい塩味を洗いおとすかということ。しかも、それは73%より多くても少なくてもダメという微妙なものれすのら。この塩抜きのテクニックを、ビゼーさんは料理とよばないんれすかー?」 と説明。 そんな微妙すぎる塩抜きを、何の道具も持たずどうやって行ったのか(しかも調理場ではない所で)、是非お伺いしたい。 それに、味付けと言いつつ「塩味を洗い落とす」と言ってのける破綻ぶりも見事。 それ、味を調えただけで「味つけ」とは呼ばないよ一平! そしてこの後、紆余曲折あって冷蔵庫勝負に至るのだが…この紆余曲折の間にも、不条理満載なのは言うまでもない。 ▲ 一平の父の経営する料理店の方針に難癖をつけるビゼー。
そういえばよく見ると、一平といいビゼーといい、どのシーンでもまともな包丁の持ち方をしていないのが気にかかる。いいじゃんか、好きにさせとけよそれくらい(笑)。 それに、包丁の刃渡りも小さすぎるし、第一さばく材料に対して相応しい包丁を選ぶという、当然の行程も踏んでいない。 こいつら、本当に料理人か?! ▲ 包丁の持ち方は滅茶苦茶、無駄に大振りな動作、沿えてる左手の形もでたらめ。
なんだ、全然大したことないな、全米ちゃんぴょんなんて。 第三回。 紀伊半島の樹海の奥にある料理の修行寺に、審査員として派遣された一平は、寺に辿り着くまでにある老人と出会う。 実はこの老人、寺の住職で「包神」と呼ばれる階級の最高権力者なのだが、素性を隠し、一平が「審査員として相応しいかどうか」をテストしようとしていたのだ。 いくつかの苦難(テスト)を乗り越え、もう少しで寺に着くという所で、老人は「道に迷った」と言う。 困った一平は、寺から匂って来る塩の匂いを辿って道を探る事にする。 寺では常に料理が作られているから、そこから塩の匂いが漂ってくる筈だという理屈。 その前に、調理している材料そのものの匂いがするだろうが。…などという突っ込みは、まだ早い。 一平は、一度は塩の匂いを嗅ぎ当てるものの、すぐにそれが「天然塩ではなく、化学合成された塩の匂い」である事を悟り、本物の塩の匂いの方を見定める。 ▲ 塩だけを煮詰めていた臭いが漂ってきたのかな。
いや、だから、あの…塩の匂い以前に料理の…って、そもそもどこが化学合成塩の匂いを立てていたんだよ?!普通は別な材料の臭いの方が強いと思うんだが。すごいなあ。 わざとか、引っかけるためにわざとやっているのか?! そりゃまあ、混じり物の多い塩を湯に入れると、匂いは変わるかもしんないけど、ねえ… それ以前に、その場所は森の中。 そんなに嗅覚が敏感なら、塩の匂い以前に森の各所から漂う別の自然臭が邪魔するだろうと思うんだけど。 なんとか匂いを嗅ぎ分けて寺に辿り着いた一平は、その後、下界に修行の旅に出ていた僧を迎え、彼の修行の成果を目の当たりにする。 木の葉を包丁で真っ二つにして、それを再びくっ付ける! ▲ それ、絶対、包丁の腕じゃない…絶対ちゃう…
切り跡も残さずピッタリ完璧に元に戻る木の葉。ブラックジャックのメスを使っても、こうはなるまい。 というか、場面だけ見てると、切る技術より「くっ付ける技術」であるかのように見える。 手の中に握った米を、気力だけで炊く! ▲ そ、その湯気はどこから来た!!
誰が食うんだそんな飯!何が湯気に変わってるんだ、オイ!! それ以前に、何を水代わりにして炊いたんだよ!! うわっ、考えたくねぇ!! 当初は百人を越える数だった修行僧は、彼一人残して皆挫折したらしいが、こんなアヤシイ技能を身に付けるための修行なら、そりゃあ挫折もするべさ。 そしてこの僧が、先に述べた通り「気弾でナマズを仕留める」のである。 自称・元屋台ラーメン屋のこせがれだったらしいこの僧は、いったい何のためにこんな修行をしたのだろう。 筆者には、とても料理に関係する技能とは思えないのだが。 ▲ 私が審査員だったら、手の中で米炊くようなアヤシイ坊主になんか、
絶対勝たせませんがね〜。 以上、全体の内容をさらってみたが、いかにトンデモない作品なのか、おわかりいただけただろうか? 本作は、以前とある書籍に紹介され、筆者もそれで初めて知ったのだが、実際に現物を入手するのに約八年もかかってしまった。 単にめぐり合わせが悪かっただけだろうけど。 ちなみに、プレミア価格らしきものはほとんど付いていないので、決して高額ゆえの入手難だったわけではない。 だから、ひょっとしたら場末の古本屋などで、突然めぐり合う事もあるかもしれない。 興味を持った人は、是非探してみていただきたい。 多分、本作の不条理さ・無茶苦茶さは、このコラムで感じる以上のものがあるはずだ。 どうでもいいが、この作者…原作も作画もだけど、料理に対する興味も知識欲もほとんどなかったんじゃないのかなあ。 なんか、無関心な人が無理して料理ネタを使っただけのような気がしなくもない。 もっとも、そのおかげでこんなとんでもない怪作になれたわけだけど。 → NEXT COLUM ※このページは、集英社/創美社発売・発行JSC「味覚一平」より画像を引用掲載させていただきました。 |
→「気分屋な記聞」トップページへ |