うどんの恐怖
後藤夕貴
更新日:2005年1月6日
 ――というタイトルだけど、別に「うどんにまつわる怪談」じゃないからね(笑)。

 突然だけど、うどんが好きな方はおられるだろうか?
 ひとことにうどんと言っても、地方によって様々な調理形態があり、評価も色々だ。
 人によっては、××のうどんは好きだけど、○○のうどんは嫌い…って事もあるだろう。
 筆者は昔からのうどん好きで、今もかなりの頻度で食べているのだけど、土地によってはあまり食べる機会のない麺類のようだ。
 というわけで、今回はうどんのお話。


 うどんというと、真っ先に思いつくのが「関東」と「関西」の味の違い。

 以前から不思議に思っているのだけど、よく関東の人は「関西のうどんなんか、色が薄くて味も薄い。食べた気がしない」と言い、関西の人は「あんな醤油どっぷり使こうた真っ黒くて塩辛い汁なんざ、飲む奴の気がようしれんわ」と言うらしい。
 で、その次に出てくるのが、「関西のうどんつゆは意外に塩分が濃くて云々」とか、「関東のうどんは“かえし”を使っているので云々」というフォロー。
 つまり「関東のうどんはそんなに塩気は強くないし、関西のうどんはそんなに薄味ではない」という、一見意外な事実を突きつける事で、お互いの認識を改めようという意図な訳だ。

 ところが、関東人ではない筆者からすると、この論争のそもそもの意味合いが、よくわからない。
 というか、関東うどんがどうこう、関西うどんがどうこう言う以前に、「そもそも調理法が違うんだから、比較したって意味ないだろう」と考えるのだ。
 第一、こういう論争の場合、第三の雄・本場の讃岐うどんが引き合いに出される事はほとんどない。
 これもまた、おかしな話だ。

 関東は、鰹節や鯖節などを基本とした濃厚な魚だしをベースに、じっくり寝かせて熟成させ、味のとげとげしさをなくしたまろやかな「かえし」の味を楽しませる調理法で、黒くなってしまうのはその副産的効果だ。

 関西は、昆布だしをベースに薄口醤油をあわせたもので、さっぱりと「だしの味」を楽しませるもので、色が薄くなっているのも、材料の個性から来る影響に過ぎない。

 ここに、うるめやいりこだし等をベースとした独自の味わいの讃岐うどんを加え、それぞれの良し悪しを語ってこその「うどんの優劣談義」だろうに、このままではただの「叩き」にしかならないだろう。
 …なんていつも思っているわけだ。
 いやまあ、うどん優劣談義のほとんどが、関西叩き・関東叩き目的だという事は、わかっちゃいるんだけどね(笑)。

 ただ、これのおかげで、お互いの土地のうどんがまずいという印象を周囲に与えてしまっているのは、良くない傾向だと思う。
 そもそも関東では、関西ほど、うどんをしょっちゅう食べない。
 「関東は蕎麦文化」なんて表現した人がいたが、まさにその通りで、東京でおいしいうどんが食べられる所をいくつか思い返しても、つゆの黒い関東うどんをメインで出すところは、ちょっと思い当たらない。
 どちらかというと、関西風や讃岐風を売りにしている店ばかりだ。

 これって、どういう事なんだろうか?
 恐らくは、関東の人のうどんに対する考え方が、関西の人のそれとは根本的に違うからなのではないか。

 関東では蕎麦が主体で、そのつゆが重宝されるが、どうもこれをそのままうどんに流用しているような傾向がある。
 その証拠に、そば専門店に行ってもなぜかうどんがメニューにあったり、その内容も「麺がそばか、うどんか」という違いでしかなかったりする。
 つまり関東で和風麺を食べる際、「そば」と「うどん」のどちらを選ぶか、というオプション的な意味合いしかなく、うがった見方をすれば、「まずつゆ(または調理法)ありきで、麺はあくまでサブの位置づけ」と考えられているとも言える。
 ざるうどんなんか、そばつゆ付けて食べるんだもんねー。
 反面、うどん専門店を名乗っている店でそばが出てくる事などは、滅多にない(念のため断言は避けるが)。
 これが、関東でのうどんに対する感覚だ。
 だから関西うどんのように、元々うどん用に調整されたつゆではないから、黒くて当たり前だと。


 対して関西だと、うどん用に調整したつゆを用いる。
 結果的に、うどんにもっとも相応しいスタイルを導き出し、あの薄い色のつゆが生まれ、うどんに対するこだわりが生まれるのだろう。
 こだわっている人が、そうでない人に対して文句を言いたくなる気持ちもわかる。
 で、それに対して、なんとなく言い返したくなる気持ちもわからなくはない。
 東西うどん論争なんか、結局はそんな程度のものなんじゃないかな、と勝手に思ってたりする。


 で、筆者はというと…正直な事を言えば、関東に住みながらも関西系の味付けが大好きだったりする。
 ただ、さらに突き詰めると、全体としては讃岐うどんが理想。
 香川県に是非渡って、車で各所を巡りつつうどんを食いまくるのが、生涯の夢の一つだ。
 というのも、筆者はつゆ云々以前に「腰の強いうどん」が大好きなのだ。
 つゆの良し悪しは、あくまでその後を付いてくるという感じである。
 かと思うと、関東風の「うどんを、そばのようにつゆにつけて食べる」のも好きだったりする。
 これは、筆者が基本的に「冷たい麺を好む」ためなんだけど。

 筆者の近所には、ちょっと有名な製麺店がある。
 ここでは、色々な種類の生麺が売られている。
 ここのうどんを300グラムくらい買い込み、5リットルくらいのお湯で茹で上げる。
 もちろん、湯に天然塩を入れておくのも忘れない。
 ここに、打ち粉を払ったうどんをほぐしながら入れ、じっくり茹でる。
 湯の中で固まらないよう、ゆっくり躍らせるように茹でる。
 沸騰後に差し水を加え、むらしはせず、すぐにざるに開け、冷水を「これでもか!」というくらいかけてぬめりと暖かみを取る、取る、さらに取る。
 夏場は、その仕上げ専用に冷水を確保しておくのだ。
 これを、どんぶりの中に盛って、その上からつゆをかける。
 つゆはその時次第で色々変えるが、一番てっとり早いのは「東丸」という関西風スープの粉末。
 これを、キリキリに冷やした冷水で溶かして、麺にぶちまける。
 だしつゆを使う時は、薄めたものをせいぜいおたま一杯弱程度ひっかけて食べる。
 場合によっては、生醤油をさらりとかけただけ。
 薬味はいらない。
 あったとしても、せいぜい七味唐辛子だけ。
 コクが欲しければ、生卵を足す。
 揚げ玉を少しパラリとのせるのも、わるくない。
 これを、季節問わずに食べる。
 たとえ外の気温がマイナスになっていて、室内にまで寒気が忍び込んで来ていても、構わないで食べる。
 寒いから冷たい麺なんかいらない?
 そんな事ではいけません。
 究極の寒がりの筆者ですらこうなのだ。
 あなたに出来ない筈はない(笑)!

 こうして食べる冷やしうどんは、もはや至福の味♪

 信じられないほどの強烈な腰、麺にほんの少ししか絡まないつゆ、これが渾然一体となって襲い掛かる。
 いやもう、200グラムも食べると、顎がガクガクになるくらいに強い腰なのだ!
 かといって、ゴムみたいに噛み切れないというわけではない。
 歯ごたえが尋常ではないのだ。

 この破壊力は、釜揚げうどんなどからは絶対に想像などできはしない。

 人が殺せそうなくらい凶悪な腰を堪能する。
 もちろん、このうどんは暖かくして食べても絶品なのだが、腰の強さを求めるならば、絶対に冷たくして食べるべきだ。
 そのためなら、気温なんか関係ない。
 たとえマイナスになっても、筆者は冷たいうどんを食べ続けてみせよう!

 これが、筆者の求める「うどん」である。
 もちろん、これ以外の食べ方が嫌いという事ではないし、また否定したりはしない。
 ただ、筆者にとっては「まず腰ありき」なので、つゆに関しては「必要最低限の量があり、旨ければいい」という程度のものでしかない。
 かなり極端だけど、こういう麺類愛好家も関東には居るのである。

 …などと書いているが、実はこの店、うどんをさらに上回る腰の強さを持つ麺を売っていたりする。
 それは「ほうとう」。
 そう、山梨名物のアレだ。
 あの、ぶっとくて平たい麺を、本来とは違う調理法で無理矢理冷やして食べる!

 歯が死にそう。
 顎が砕け散る。
 口周辺の筋力すべてが緩和してしまいそう。
 ケテスタジャイアン。

 まさにQ極の腰の強さである。
 こういうものが手に入るお店が、歩いてすぐの所にあるという事は、筆者にとってこの上ない幸福なのだ。
 

 うどんの店にも、よく行く。
 築地の「うどん屋大将」には、一度行くと必ず二杯は食べて帰ってくる。
 自分が知る中で、都内で讃岐風を名乗っている店の中では、もっとも雰囲気を出していて、そして麺もつゆも(その他も)おいしい店だ。
 開店時間が特殊なので、土日などの休みに通いづらいというのが難点だが、とにかく旨い。
 ここに来れば、某「鼻丸」など、二度と行く気になりはしないだろう。

 その他「ふるさと」という、讃岐うどんのチェーン店がある。
 ここは、鰹だしを用いながらも透明な薄いつゆをベースとして、麺とつゆの旨味が安価で楽しめるうれしい店だ。
 500円も出せば、かなりお腹一杯食べられる。
 筆者も、ここを見つけた当時は一度に何杯も注文し、すべてのメニューを食い漁った(そんなに種類はないんだけどね)。
 以前はちょっと麺の腰が弱い気がしたが、今はかなり強くなっていて嬉しい。
 ここではざるよりも、「ぶっかけ」という冷たいうどんを頼みたい。
 色々食べたけど、これが一番、麺とつゆの旨味を堪能できるメニューと見た(あくまで主観だけど)。
 これに塩おにぎりを付けると、もうそれだけで身もだえ物の嬉しさである。

 ここのある店に筆者が行くと、自動的にメニューが決定するのは、ここだけの秘密だ(笑)。
 この他にも、色々巡っているのだけど、挙げ始めるときりがないのでこの辺で。


 近年、「恐るべき讃岐うどん」という書籍の影響なのか、都内でもやたらとうどん屋が増えた。
 某「鼻丸」系のうどん屋も増え、その良し悪しも色々あるが、そういう店が増えた事自体は大変嬉しく思っている。
 おかげで、思い切って遠出しなくても、いつでもうどんを楽しめるようになった。
 で、こういうお店は、それなりに関東圏に受け入れられ、繁盛しているという。
 なんだ、結局、関西方面系のうどんの良さ認めてるんじゃん(笑)。
 今こそ、「争うだけ馬鹿馬鹿しいよね」と強く言えそうな気がする。


 ちなみに、いまだに「インスタント麺も、関東と関西で味が違う」という事実を認めない人が居るそうな。
 いや、ただ知らないってだけかもしれないけど。

 以前、大阪に仕事に出ていた時、もっとも喜ばれたお土産が「関西方面販売版どん兵衛」だった。
 そう、あのカップ麺のアレ。
 あれも味が違うんです。
 そもそも、粉スープの袋の色からして違うし(スープそのものも色が違う)。
 パッケージの側面部、成分表示の右下部分をよく見ると、「E」とか「W」というアルファベットが書かれているのだが、実はこれがバージョン違いを示している。

 Eが関東版、Wが関西版だ。
 嘘だと思ったら、お手元のどん兵衛を見てみよう♪

 もちろん、どん兵衛だけでなく、「赤いきつね」もバージョン違いがあるし、その他の商品でもこういった区別が存在する。
 全国どこでも味なんか変わらないだろう…と思ったら、大間違いなのだ。
 どうも、関東人はそう思い込みやすい傾向があるようで、以前、実物を提示してなお「どん兵衛の関西版」を信用しない人と複数遭った事がある。


 「でも、関東のうどんってやっぱりまずいよ。まちがいなく塩辛いもの」という意見も、よく聞く。
 でも、これはもう「慣れた味か否か」という問題のような気がする。


 筆者は、関西風の方がおいしいと思っているタイプだが、それは「究極的においしい関東風うどん」を食べた事がないためであり、もしそういったものを経験していたとしたら、ちょっと評価が揺らいでいたかもしれない。
 関西方面の方は、うどんに適した調理を施されたものを長年食べているわけだから、やっぱり基準がハイレベルなのだろうと思う。
 関東にとってのうどんは、そこまでの地位はないのだし。
 「お笑い」の概念が関東と関西でまったく違うのと同様、これも文化の違いなのだと、笑って済ませればいいように考える。
 決して、どちらも味オンチというわけじゃないのだし。
 これがおいしいラーメンだったら、どちらも文句言わず、同じ物を食べられるのだから♪

 
 などと、食文化論争に対してテキトーな事を述べて、筆者は今日も、うどんを茹でるのであった。


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