辛いのはニガテなんだってば 後藤夕貴
更新日:2004年6月10日
 …という人、身近に必ず一人か二人はいますよね?
 そう、そのレベルを問わず「これはちょっと辛いかもしれないよ」と一言言ったが最後、絶対に口にしようとしないというレベルの人達。

 辛い食べ物って、数も種類も多いくせにやったらと嫌われてしまいますよね。
 中には、ニンニクなども「辛い物」だと認識していて、食べようとしない人までいます。
 ちょっとちょっと、あなたの食べているそのとんこつラーメンにも、たっぷりニンニクが使われているんですけど(笑)。

 もっとも、オクラと青唐辛子の区別がつかず、「オクラもどうせ辛いんでしょ?」と真剣に思っていた人もいたくらいですから。


 思うんですけど、辛い食べ物って煙草の好き嫌いに次ぐくらい、愛好者とそうでない人の境界線がきっちりしていますよね。
 好きな人は好きだけど、嫌いな人は徹底的に嫌い。
 カレーでも、辛口嗜好の人に甘口を出すと不満を漏らしつつも食べてはしまうものの、その逆は絶対と言っていいほどありえない
 なかなかに難しいものです。


 辛い物って言っても色々あります。
 種類を限定したり、物をきちんと選んでいれば良い物に巡り会える事も結構あるものでして。

 例えば、キムチ
 ただ白菜を唐辛子汁に漬けただけのチャチな物はいざしらず、きちんと作られている物なら、実は辛い物苦手という人にも充分オススメできます。
 キムチの場合、実は辛さよりも「甘味」「旨味」が重要でして、いわば辛さはその次から追いかけてくるという程度。
 本場韓国のものを現地で直接食べた事がないので、どんな感じなのかはよくわからないのですが、少なくとも、韓国の方が日本人向けに作っている物などは大変に味わい深いものがあり、時には中毒患者(笑)をも量産する始末。
 筆者も、気まぐれで手を付けたキムチの旨味にハマってしまい、気が付いたら今まで全然ダメだった辛い物が平気になってしまったタイプ。
 辛い物がダメという、うちのスタッフの梨瀬も、ことキムチとなると人格が変わるほどです
 やっぱり、ただ辛いだけでなく、旨味が伴うものなら受け入れられやすいという事なんでしょう。

 個人的には、熟成が進んですっぱ味の出てきたキムチは苦手なのですが、辛いのはダメという人も、騙されたと思って一度試してみてはいかがでしょう?


 で、辛い物に対するイメージが悪化する原因なんかを、自分なりに考えてみた事があります。

 今はそれほど数も多くなくなってきましたが、以前はどこにでもあった「激辛○○」という見出しの食べ物。
 主にラーメンやカレーに多いものですが、あれが良くないように思うんです。

 いえ、食べ物としてそれが存在する事そのものはいいんですけど、辛い物に興味がない人が「激辛」なんて文字を見てしまったら最後、「口にした途端飛び上がる」「しばらくしゃべれなくなる」「味覚が麻痺する」「思わずオルフェノク化」などの悪影響を想像してしまって、思い切り引いてしまうでしょう。
 まして、そういう所の何割かは「ただ辛さだけを追求した味」に留まっていて、美味さはあまり大した事がないケースが多いようで、以前知り合いで「激辛と名のつく物は目に付く限り試した」と豪語する人がいましたが、その人曰く「結局美味いと思ったものにお目にかかれた記憶がほとんどない」と申しておりました。
 確かに、話題作りのためだけに激辛メニューを組み込んでいたという所も多いらしく、そういう傾向も考え物だと思ってしまいます。
 筆者も、以前何回か激辛ラーメンを食べてみた事がありましたが「普段出している豚骨や醤油ラーメンに、そのまま辛味調味料を放りこんだだけ」という所ばかりで、肝心の辛さも全然大した事のないものにしか出会えませんでした。
 辛い物は好きになっても、極端に辛いという物には腰が引けてしまう筆者ですらそうなのです。
 辛い料理を作るなら、それに併せた別な調理法を施す必要があるだろうに…と、思わず思ってしまいました。
 もう昔の話なのかもしれませんが。

 しかし、単純に「辛い」と言っても、ワサビの辛さはまた別なインパクトがありますね。
 鼻に抜けますし。
 あれは、辛い物好きな人間にもつらい時があります。
 ヘタすると咳込んでしまったり。
 でも、わさび醤油の美味さを知っちゃうと、やっぱりやめられなくなるんですよね〜。

 「美味しんぼ」で紹介されてから、いわゆる「醤油にワサビを溶いて食べるのは邪道」という意識が多少広まりました。
 確かに、刺身の上にワサビを置いてから醤油につけて食べるのが正しい訳ですが、あれって「鼻に抜ける辛味がダメな人」には辛いだけなんですよね。
 食べ方をしくじると、身の味より先にワサビの辛味が突き抜けてしまいますし。
 そういう人は、きちんとした場でない限りは、別に醤油で溶いたっていいと思うんです。
 もちろん美味さは半減しますがね。
 でも、物によってはこちらの方が美味い食べ方なんじゃないかなという食材がありまして。


 それは「アボガド」。


 最近は「アボド」というのが正しいらしいですが、売り出された最初の頃は濁点で呼称していたんだから、責任は取りましょう。
 「マスタング」ではなく「ムスタング」と呼ぶが如くに(笑)。

 果物のくせに植物性油が豊富で、なんとなくトロにも通じるような味わいがあるのですが、これはワサビ醤油とめちゃくちゃ合う物でもありまして、良く熟れたものを簡単に薄切りにして刺身のように食べると絶品です。
 だけど、醤油だけだとイマイチ物足りない事もありまして、そんな時はワサビ溶き醤油を使うと丁度良い感じになります。
 もちろん、これは辛い物が苦手な人でも絶対に大丈夫。
 鼻に抜けなくなるので、本当に辛くなくなります。
 だけど、ワサビのちょっとした刺激だけが丁度良く残って、大変おいしくいただけます。

 でも、熟れていないのを買っちゃうと、結構食べ辛いし醤油とも合わなくて困っちゃうんですよね。
 とろけかけているくらいが丁度いいのですが、もし固いの買ってしまったら、しばらく冷蔵庫で熟成させるといいでしょうね。 

 そういえば、「世界最強の辛さを誇る唐辛子ハバネロ」を原料に使用したという売り込みで、いきなり辛い物ニガテな人を突き放してしまっている「暴君ハバネロ」というスナックがありますが……あれ、全然辛くないです。
 というか、おいしいです!
 確かに後から辛みが攻めてきますけど、最強に辛いスナックではないでしょう。
 パッケージにインパクトはありますが、気軽にパクパク食べられるもので、お酒のつまみにもいいです。
 個人的には「細切りタイプのカラムーチョの方がまだ辛いんじゃない?」とも思えるんですが、これを言うと色々な人から「絶対そんな事はない!」と断言されるんですよね。
 う〜ん…


 さて、辛い物がそこそこ食べられる筆者も、かつて何度かヒドイ目に遭わされた経験がありました。

 以前、九拾八式シリーズのCD-ROMを作成するために鷹羽氏宅を訪れていた時、氏は近所のとある飯屋に連れていってくれました。
 ほんと、田舎ならどこにでもあるようなごく平均的な飯屋なんですが、そこにはなぜか「チキンカレー 辛さ×1〜5」と書かれたメニューがありました。
 お店の雰囲気に似合わず、ちゃんとスパイスを使って鶏肉にもきちんと下ごしらえを施したなかなかの出来のものだったんですが、辛さが気になります。
 筆者は、とりあえず様子見という事で、今回は2倍を頼んでみました。
 
 丁度その頃、だいたいの辛い物に耐性をつけたと自負していた筆者は、「本当なら4倍くらいは平気なんだろうけどね。フフン」と、随分気軽に考えていたものです。


 結果。
 ――猛省。


「な、なんぢゃあこりゃあああああ?!?!
 ひいいいぃぃいいぃぃぃいいい――――!!!」



 とてもじゃないですが、太刀打ちできるレベルの辛さではありませんでした。
 水を飲んでも辛さは消えず、むしろ痛みを伴うレベルになり、ご飯の味がしません。
 肉も良く煮込まれてすごくおいしそうなのに、美味さどころか味が感じられません。
 水で腹だけが膨らんでいき、スプーンが進みません。
 一気に口の中に入れてしまおうとしても、本能がそれを拒絶します

 たった2倍なのに、全然歯が立ちません!

 セブンイレブンのちくわぶ一個に、辛子を二袋分付けて食べてしまう筆者でも、全然かないません!
 うわ、小さい時の思い出が…って、走馬灯まで出てくるかよ!
 まさか、辛さに阻まれて食欲が途絶してしまうなどという事がありうるなんて、思ってもみませんでした!

 店のおばちゃんは「5倍はこんなものではない」という事ですが、そんなん食べたら銀歯溶けるんちゃうの?
 …というか、大昔の渋谷には、本当に銀歯を溶かしてしまうほどの破壊力のあるカレーがあったそうです。
 そこのお店は、1倍はごく普通なのに、2倍から突如辛さがホーリーアップするという物だったらしく、「それじゃ倍数表記の意味ないやん」と、筆者は涙に咽びました。
 きっと、ここの5倍も平気な顔して食べる人がいるんだろうなあ…などと思うと、人間の未知の可能性の凄さを、あらためて痛感させられた気がしました。

 鷹羽氏、ありがとう。
 いつぞやのコラムで書いた幽霊騒ぎといいこの時といい、とても素敵な体験が出来たと思っています(怒)。


 中学時代。

 中間や期末テストの合計点がある程度以上に至らなかった仲間に対する罰ゲームで、「近所のレストランで30倍カレーを食う」というものがありましたが…
 みんな、ごめんな。
 こんな辛い思いをしていたんだね。

 まさか十数年後に、鷹羽氏によって仇討ちされてしまうとは思ってもみなかったけどさ(笑)。


 でもね、この話を思い出す度に、一緒に思い返すものがあるんです。
 牛次郎&ビッグ錠の「包丁人味平」で、もっとも有名なエピソードとなった「カレー戦争編」。
 これのラストに登場する「麻薬入りブラックカレー」はものすごく有名ですけど、実はこの時味平側が作った「新・味平カレー」も、なかなかぶっ飛んでいるんです。

 変な材料は使っていないんですが、せっかく皆に受け始めたカレーを取り止めてしまい、突然「めちゃくちゃ辛いカレー」に切り替えてしまいます。

 しかもそれは、食べた人間が第一声に必ず叫び声を上げるほどのレベル
 しかし、一緒に出された水が絶妙の温度に整えられていて、これを一口飲むとカレーの辛さが綺麗に消え、口の中に旨味だけが残るという理屈になってまして、みんな辛い辛いと言いながらも全部食べてしまうという驚きの展開になってしまいました。
 さらに、リピーターまで続出するという展開になり、味平いわく「カレーは辛いからこそおいしいんだ!」と来ました。

 …おいおい、ホントにそんな事あるものかい!
 先に述べた「辛い物嫌いな人は、絶対に辛口は食べてくれない」という理屈も、実は味平からの受け売りだったりするんです。
 そこまでわかっていれば、たとえどんなにおいしいカレーだったとしても「でも辛い」という情報が広まった時点で、敬遠する人は続出する筈。
 それなのに客まで「当たり前よ! カリーは辛いからこそうめえんだ」なんてのたまう始末。
 まして元々は、設備の関係で1種類の辛さしか作れないのに、すべての人の好みに合わせるための苦肉の策だった筈だったんだけど…。
 ホントは、こっちにも麻薬が入っていたんじゃないかと思わされるような力技の展開でした。

 「辛いからこそおいしい」は、カレーに限らず色々な食べ物に当てはまる言葉でしょう。
 だけど、それにしたって限度はあるんです。
 美味さが伝わる前に挫折してしまう辛さってのは、困っちゃうもので。


 皆さん、辛味調味料のドバ掛けはほどほどに(笑)。


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