ちょっとした怪談 後藤夕貴
更新日:2004年4月29日
 ゴールデンウィーク初日からいきなりですけど、今回は、ちょっぴり怪談風味なお話なんかを。


 どこにでも、学校には一つ二つくらい怖い話があったりする。

 特定の場所に誰かが立っていたりとか、亡くなった先生を見かけたとか、封印されている筈の教室の窓から誰かが覗いていたとか…
 日本全国の学校のそういった話を集めたとしたら、それだけでいったい何千何万種類の怪談が集まるだろう? なんて思う事がある。

 そんな話の中に、「トイレの花子さんパターン」というものがある。

 色々種類はあるようだが、例えば「誰もいない筈の個室トイレの内側からノックが返って来る」とか「返事が返って来る」とかいうタイプ。
 まあ、こういうのは大昔からあるもので、「単純だけど子供を脅かすには充分な、大変よく出来た話」程度に考えていたものだ。


 それを実際に体験する、小学校4年生の時までは、だが……


 自分が当時通っていた小学校(校舎自体はもうとっくになくなっている木造のもの)は、2学年のクラスごとに校舎が分割されていて、それぞれを本校舎部分が繋いでいるという形状だった。
 で、1、3年が1階に、2、4年が2階と、それぞれの校舎ごとに分けられており、トイレは2学年ごとに共通。
 各学年5クラスで、5番目の教室のさらに奥にあったのだが、その手前には2階への階段がある。
 つまり偶数学年の生徒が階段を降りると、すぐ目の前にトイレがあるという形になる。


 ある日、3、4年共同の女子トイレの中で、騒ぎが発生していた。
 生徒の誰かが、「個室をノックしたら、誰もいない筈なのに音が返ってきた」というのだ。


 こういう話を聞いてしまうと小学生の好奇心は燃えるもので、ある授業の間の休憩時間中、問題のトイレに大勢の生徒が集中した。
 もちろん男女問わずであり、問題の「音の返る個室」を皆で取り囲む。
 もはやこの時間、ここを普通の用途に用いる事は完全に不可能な状態となってしまうほど大勢の生徒が詰めかけており、男子生徒も構わず中に入っていた。
 ただ単純に、女子トイレに足を踏み入れたという背徳感よりも、この出来事に対する好奇心の方が強かっただけなのだが。
 
 そもそもなぜこんなに大勢生徒が集まったかというと、どうもその「音が返ってきた」というのは、ほんのついさっき…つまり、授業を間に一つはさんだ休憩時間に発生した事だったからだ。
 恐らく、事態発生から50分経ったか経ってないかというくらいだ。
 こういう事なら、その話に興味のある奴も、その手の話を信じずに疑っている奴も集まってくる。
 それで、いよいよ「実際に個室をノックしてみよう」という展開になったのだ。


 今となっては確認もしようがないが、小さいトイレとはいえ、間違いなく30人以上は集まっていたはずだ。
 トイレに入りきらず、外から様子を窺う者もいる。
 それぞれが様々な憶測を語り合っていて、かなり…否、相当うるさい。
 こんなんでは、仮にノックが聞こえたとしても、それが耳に届かないのではないか? とも思うが、同じ事を考えた奴らがそれを話題にまた話すので、益々うるさくなる。

 そんな環境の中で、代表の(単に個室のドアの傍にいた生徒)がドアを開け、中に誰もいない事を確認した。
 そして、あらためてドアをノックした…らしい。
 しかし、当然というか、周りがうるさくてあんまりそれがよくわからない。


「ねえ、今、音しなかった?」
「ううん、聞こえないよ?」

 …みたいな会話でもあったんだろう、多分。

 どうもうまくいかなかったみたいなので、もう一度ノックする事になったらしい。
 だが、1発目から不発…というか、予想通りノックらしい音は何も聞こえては来なかった。
 もちろん、二回目のノックにも応答がある筈はなく、さすがに全員の間に「気のせいだったんじゃない?」「誰かのイタズラだったんだよ」「うそつき」といった声が漏れはじめる。
 休憩時間も終わりかけていた事もあったので、皆トイレから出ようと踵を返そうとしていた。


 まあ、何か…たまたまだったのだろう。

 これだけ大勢の連中がいるのに、たまたまほんの一瞬、全員の会話が途切れて静寂が訪れた。
 いわゆる「天使が通った」だのと言われている、アレだと思う。

 それが起こった瞬間……



 ドン、ドン!



 その場にいたほぼ全員が、音を聞いた。
 すでに誰も、トイレの傍に立っていない。
 それどころか、トイレの敷地内で、ドアを叩ける位置には誰もいないのだ。
 問題のドアの向こうから、2回、ちょっと強めに叩く音が、はっきりと聞こえてきた…!


 3、4年校舎に、とてつもない悲鳴が響いたのはその直後の事。
 なにせ、全員が「噂だとばかり思っていた音」を聞いてしまったのだ。
 集団恐慌状態に陥った連中は、大声を出して校舎内を駆け巡り、次の授業の準備をしていた先生の存在も無視して大騒ぎしていた。
 パニックというのは、まさにこういう事なんだろうと思った。

 もちろん全員が全員恐慌状態だったわけではなく、なんだか知らないけど気味悪くて逃げてしまった程度の奴もいたし、自分もその一人だった…が、さすがにもう誰も、さらなる事実確認をする勇気はなかったようだ。

 
 後から考えると、誰かが問題のドアとは別のところを、誰にも気付かれないように叩いたという可能性もあるし、状況的に、それがバレなかったとしても納得は出来る。
 なにせ年季の入った木造校舎だ。
 そこらの壁を叩いたって、結構な音は出せるだろう……とは思う。
 音の方向の違いなどでバレそうな気もしなくはないが…


 その後、何か後日談などがあったわけではないのだが、やたらと校内各所で「ここには〜が出る」という類の話を聞くようになった。
 そのうちのほとんどは、「おいおい今までそんなの聞いた事もねーよ」的なものだったのだが、問題のトイレについてはいつのまにか、昔この裏側で心中した男女がいたらしい…などというキャプションが付けられていた。
 ちなみにそのトイレの裏、一車線ぎりぎりの狭い道路をはさんですぐ大きな住宅街があるという、妙に生活感溢れる環境だったりもするのだが。
 こんな所で心中するなんて、こりゃまた別な意味での気合いがいりそうだ。

 
 ただ、筆者的にちょっと考える事があったのもまた事実だ。
 というのも、この事件そのものに怪奇性はさほど感じていないのだが、幼稚園時代にもう一つ、不可解な経験をしており、なんとなくそれと似た匂いみたいなものを感じたのだ。


 自宅の近所のお寺が経営している幼稚園に通っていたのだが、そこでいわゆる「お泊まり会」というのがあり、夜には保母さん等が皆を集めて、怖い話をしてくれた。
 もちろん、怖い話といっても他愛ない程度のもので、なぜか当時からすでに大人向けのヘビーな怪談本を読み漁っていた私は、「あ、それあの本で読んだ」などと妙に冷静に構えていた事を記憶している(かわいくねー)。

 が、その話の最中、幼稚園の保父さんが頭から布を被り、“作り物の”オバケとなって現れた。
 もちろん、園児達をちょっと怖がらせて盛り上げようという趣向の他愛ないものだ。
 だが、突然の事に恐慌状態になった園児達が泣き叫び、逃げようとした瞬間、なんと遊戯場から各教室(?)へと続く廊下の窓ガラスが次々に割れ始めたのだ!
 しかも、割れた枚数は10枚やそこらではなかった筈。
 複数の教室の、通路に面した部分がほぼすべて割れてしまったのだ。

 もちろん、園児達の逃げる時の振動の影響や、誰かが割りながら逃げたなどという原因ではないだろう。
 そもそも、そんな程度で割れるような危なつかしいものを園内に設置しておく事など、どう考えてもありえない。
 つーか、筆者自身が、誰も触っていないのに次々にバリンバリンと割れていくガラスを目の当たりにしてしまったのだ。
 その光景は、まるで誰か姿の見えない存在が、逃げる園児達の前を駆け抜けつつ、片っ端からガラスをブチ抜いていったかのようだった。
 もっとも、それもありえない事なんだけど。
 だってガラスは、廊下側に落ちてきたのだから。
 後から考えれば、よく怪我人が出なかったものだと本当に思う。

 その後、保母さん達はえらい迷惑顔で後片付けをしていたものだが、とにかく自分はそのガラス割れの方が怖かった。
 当然、うちの親はそんな状況説明を信じてくれる筈もなかったが(笑)。


 よくわからんが、集団心理みたいなのがおかしな方向に集中すると、このようなよくわからない事が起こるのかなあ? …と、この2つの件を思い返す度に考えてしまう。
 でも、もしそうだとすると、ヘタに何か出てくるよりよっぽと怖いような気さえする(笑)。


 単なる偶然なのかもしれないが、ちょっぴり不思議だったお話という事で。

 
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