夜の散歩 Mr.Boo
更新日:2004年2月15日
 それは一週間ほど前に届いていた郵便局からの不在通知が発端であった。

 仕事が忙しくて荷物の受け取りを後回しにしていたのが災いして、預かり期間が後一日となってしまった。
 まずい、中身が判っているだけに、送り主に返送されるわけには行かない。

 翌日の仕事の時間までに郵便局に行けば問題無いが、仕事の前にゆとりを持って行動できるとは残念ながら到底思えない。
 この地域の集配を行う郵便局本局だけが、速達や不在配達時の荷物預かりなどの特殊な用事に対応するために、24時間応対を行っている。
 よって、この夜の内に行動するしかないという選択肢しか残されていなかった…

 自分の住まいからそこまでは自転車で約20分ほどで、いつもならさっさと行って帰ってくるのだが、あいにく自転車はパンクして使えず、やむなく歩いて向かうことにした。
 預かり期間ぎりぎりの上に、さっさと済ませることすら出来ないとはついてない。
 しかし、人間マイナスの方面にばかり思考を向けているとろくなことは無い。

 ここは一つ、開き直って楽しく考えてみようではないか。

 歩くこと自体は嫌いなことではなく、まして夜中の行動などめったにあるものではない。
 そのため、ついついゆっくり歩いてみようかなどという考えが浮かんできてしまった。

 …そう、夜の散歩としゃれ込めばいい。

 不審な深夜の徘徊ではなく、仮におまわりさんに問いただされたとしても目的を答えられるちゃんとした理由があるのだから。


 夜の住宅街を歩く。
 もう深夜だけに、家から聞こえてくる音はほとんど無く、むしろ歩く自分の足音の大きさが家々に迷惑をかけはしないかと思うくらいに大きく聞こえる。
 そこで思わず抜き足差し足忍び足…
 気持ちは周りと一体になり、さながら忍者のごとく隠密行動をとっているようでなんだか楽しくなってくる。

 しばらく歩いた後、二階から音楽が聞こえてくる家を発見。
 聞こえるどころではなく、もはや音の駄々漏れ状態で、近所に迷惑をかけているであろうことは明白だ。

 そこでふと疑問、自分はどうか…?

 仕事の時間の関係で、部屋であれこれ活動するのが深夜であるため、立てる音には一応注意は払っているつもりではある。
 だから外を走る自転車の音や、人の話す音、歩く音すらも聞こえるくらいに静かにしている自信はある。
 しかし、自分が動くときの音というのは結構本人では判らないものであり、困ったことに判ったからと言って簡単に消せるものでもない。
 まして人の耳というのは屁の様に聞こえ易いものから寝返りを打つときの振動、自分では足音を消したつもりでも消しきれない「足元に体重がかかるような、音とは呼べない振動」まで、意外と広範囲にわたって音を捉えている。
 とするならば、自分が何かしらやっている音が誰かに聞こえていてもおかしくないわけで、それを思うとめったなことはできないと考えてしまうのだ。
 そこで、深夜に堂々と外に聞こえる音で音楽を聴いているこの家の二階に住まう住人は、そのことに一体どれほどの注意を払っているかを思わず尋ねてみたくなったりする。
 もちろん、そんなことができるはずも無く、ただうるさいなと思うだけでその家を通り過ぎ、郵便局に向かう夜の散歩は続く。


 郵便局への道のりは、道なりにかなりの距離をまっすぐ進んでから小さい交差点を左へ曲がる。
 つまり、まっすぐに進んできた道はまだその先へと続いているのだ。

 そこでまた疑問。
 まっすぐ進んだらどこまで行くのか…?

 短時間でさっさと目的地へ行こうとすると気にならないことだが、そうした所に意識が向くのはまさに歩きならではといえる。
 郵便局との位置関係は把握しているし、なにかしら失敗しても自転車より自由度は高いためいろいろと融通も利く。

 さあ普段曲がっていた場所だ。

 さらば、今日は左には用は無い。

 そしてあえてまっすぐに進んでみる。
 …しばらくして見えてくる行き止まりらしき影。
 それは行き止まりではなく、散歩道へ入る曲がり角だった。
 一応自転車でも入れないことは無いが、狭い間隔で立てられている二本のポールがそこは歩行者専用だと物語っているようで、歩いてここまでやってきた自分に正解だと告げる看板のように思えた。
 しかしこの道、残念ながら右斜め前に伸びており、左方向へ行かなければならない自分にとって歩くべきところではなかった。
 仕方なく散歩道と最初に交差した車道から左へ折れる。
 短い優越の時であった。


 左に曲がってからほどなく、右の方へ伸びる道へ入る。
 位置的に見れば、斜めに延びていた散歩道と違って、その道はまっすぐ行くと郵便局の前を通る道路と交差する大通りへつながる道の一つだということは判った。

 そこでさらなる冒険心? が浮かぶ。
 場所ははっきりしているんだから大通りまで歩いてみようか…?

 ここまでくると自転車ですらめったにこない場所だけに、せっかくだから歩いてみたいと思ってしまう。
 歩かないことにもったいなさを感じてしまうところに、思わずわれながらずいぶんな貧乏性だと自嘲してしまう。
 しかし、思わぬ結果を生むところに無駄をやる甲斐があるというもの。
 道なりに歩いていくと、通り過ぎようとした半分駐車場と化してしまった公園が、実は中学生の頃に一度だけ友達と野球をやりにきた公園であることに気がついた。
 この周辺は駅や学校とは正反対の方向にあり、郵便局に行く道からも離れている。
 また他の公共施設へ行くときにも、少なくとも自分が通ることの無い、いわばエアポケット的な場所だ。
 まして遊んだ友達は特に親しいと言うわけではなく、たまたま遊ぼうということになっただけのごく普通のクラスメイトだった。
 遊びに行ったはいいものの、当時の自分にしてみればかなり遠いところにきたものだと感じたため、その後行くことはなかったのだ。
 多少時間はかかっているものの、こうして歩いて来てしまえることに意外性を感じながらその場を後に、更に道を進む。


 薄暗い住宅街を進み、途中犬の散歩をしている人とすれ違う。
 どちらかというと相手の方が驚いている。
 当たり前だ、相手は犬という判り易い対象物を連れているのに対し、こちらは小さなかばんが一つ。
 しかも足音などに気遣いながらここまで来ているのだから、自分にその気は無くても不審に思われても仕方が無い。

 そんなこんなで、程なく大通りへたどり着く。
 …ショックだ! 車の音がすげーうるせー!!

 この通りは幹線道路なので、深夜であっても道は明るく車の往来もかなり多いため「音無く静かに」という表現からは程遠い場所だった。
 ある程度予想はしていたが、ここで静かな暗闇の散歩は終わりを告げた。
 あとは道なりに交差点まで歩くだけでいい。
 時間もそれなりにかかっているため、気持ち歩くスピードをあげる。

 しかし、何かがおかしい…

 道はあっている、反対に歩いているわけではない。
 どこかに違和感を感じながらもうしばらく歩くと、あることに気がついた。

 …足音が微妙にずれている!

 そしてなんとなく感じるこのプレッシャー。
 そう、いつの間にか人が自分の後ろを歩いていたのだ。
 それとなく後ろを見ると別に幽霊ではない、ただの赤の他人。
 人は一部の感覚が鈍るとそれを補うために他の感覚が鋭敏になるという。
 夜という暗闇が、自分の感覚をアップさせたのか、人がいるのがなんとなく判ってしまったのだ。
 相手にその気は無くても、ストーカーにつけられるのはこんな感じかもしれないと思わず考えてしまう。
 それにF1やマラソンで後ろに付かれる状況や、ガンダムにおけるニュータイプのプレッシャーというのはきっとこんな感じなのだろうと思うと何気に楽しくなってしまった。
 そんな感覚を楽しみながらしばらく歩くとふと目に付いたあるお店。
 もしかしたらと思ってその店を過ぎた後、ちらと後ろを向くと…やはり後ろを歩いていた彼はいなくなっていた。
 なるほど…レンタルビデオショップに行くなら好都合の時間かもしれない。


 多少遠回りはしたが、ようやく郵便局に到着。
 無事に荷物を受け取る。
 帰路は、来るまでに時間がかかりすぎているので、素直に郵便局前の通りに沿って歩き、遊びは無し。


 …がしかし、最後の最後で困った問題が発生した。
 ………トイレが無い………
 コンビニで買ったコーヒーがまずかったか…

 公園にはトイレが無いし、コンビニで借りようにもすでに過ぎた後。
 微妙に脂汗をかきつつも、しばらく道を歩くしか他に手は無く、いざというときはそこらで済ますことも辞さない気持ちで進む。

 …おお! オレンジ色の憎い、いやありがたいやつ。
 吉野家があったっけ。

 しかし、トイレだけを借りるために入るのはプライドが許さない。
 さりげなく食事をするつもりで入り、大盛り(つゆだく)を注文した後、おもむろにトイレに入りどうにか事なきを得る。
 すっきりして食事もする至福の時。
 誰もいない店内は静かで、店員が洗い物をする音だけが聞こえる。
 そんな貸切ライクな雰囲気を味わえるのも夜の散歩の楽しみの一つだ。

 腹も膨れて再び歩き始める。
 もはや家は目の前だ。
 長かった散歩はこれで終わる。
 時間に縛られるつもりはなく、気楽に歩いていたかったため、出るとき以外時間は確認しなかったが、かなりの時間を費やしていたのは確かだ。
 そして時計を見ると、深夜の三時半をゆうに回っていた。
 およそ三時間半の夜の散歩はゆったりとした気持ちと静かな空間での思考が心地よく、実に有意義な時間だったと思う。


 さて、部屋に戻って、もらってきた荷物でもあけるとしよう。

 自分から希望して送ってもらった物だけに、預かり期限が過ぎて荷物が返されてしまうのは、なんとしても避けたい所だったのだ。
 こうして無事に手に入ったことで、安堵したほくほく顔で荷物をあける。

 その中身とは…
 某集英社の雑誌「○○ん(本人の名誉のために雑誌名は伏せてあります)」の全員プレゼントのバッグ…
 これでまた一つ、「種○○○」作品のグッズがマイ・コレクションに加わった。

 いやあ、よかったよかった。


 …きっかけはともかく、結果的に自分の欲しいものが手に入った上に面白い散歩ができたのだから、誰がなんと言おうとこの際気にしてはいけない。


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