Treating 2U
『入院なんてくだらないゼ! オレの歌を聴けえぇぇぇぇぇっ!!』
歌ですべての常識観念をねじふせる漢・堤伊之助! 今日もギターだ、おぅいえー!
変形する巨大病院! 炸裂するミサイル! そして、戦闘機に変形するロボットに、スピーカー載っけて搭乗した伊之助は、今日も戦いを止めるために、力の限り歌い続けるのだっ!! 行くぜっ、突撃ラブハートっ!!
…………って。
…すみません、全然そんな話じゃありませんでした(笑)。
1.メーカー名:BLUE GALE
2.ジャンル:ADV
3.ストーリー完成度:B
4.H度:D
5.オススメ度:A
6.攻略難易度:D
7.その他:なんと! 主題歌と挿入歌が男性ボーカル!! しかも、めっちゃええ曲や!!
(ストーリー)
インディーズバンド“jacketed bullet”のギター兼ヴォーカル・堤伊之助は、些細な風邪の様な症状を訴えたコトから、友人達に無理矢理病院に連れて行かれてしまい、なぜかそのまま入院を言い渡されてしまった。
風邪(?)もすっかり良くなり、健康を取り戻し、一体何のために入院しているのかわからなくなり始めた頃、伊之助は、病院内の様々な人々を知る事となる。
自分になついている少年・健(たつる)に、長い入院生活をしている霞夜、顔に大きな傷を持つ郁乃、そして通院中の少女・蛍子…通称・ル子。
そして看護婦の愛(まな)、杏奈…
それぞれがこの病院に居る理由を知っていく内に、伊之助の中では、何かが大きく変わり始めようとしていた。
そして伊之助にも、大きな決断が迫られる時がやって来る…。
すげーイイゲーム。
はっきり言って、全体のバランスについてここまで感心させられたのは、近年珍しい。
もう結構発売から時間がたってしまったソフトではあるが、これこそ「九拾八式」で取り上げない訳にはいかないクラスの作品だと、言い切ってしまおう。
当初このゲームの宣伝告知を見た時、主人公の伊之助のデザインに、私はとある連想を抱いた。
ま、それが冒頭の大ボケなんだけど、やっぱりどうしても『マクロス7』の熱気バサラとダブるものがあったのね。
ひょっとして、病院内の、心にトラウマを持っている人達に対して、
「おぅれぇのぅうたをきぃけえばあぁぁぁぁ」なんてやり出すのでは…なんて、いらぬ心配をしていたものだ。
結論として、やはり病院内の登場人物達は、あらかた悩みやトラウマを持ってはいた。
しかし伊之助は、そんな人々に自らの心で接する。
その場限りの言い繕いではなく、その人達を真剣に心配し、代わりに悩み、そして励ましていくのだ。
そして、最後に自らの歌…最高の気持ちを込めた歌『Treating 2U』を捧げるのだ。
その姿は、なんだかめちゃくちゃ格好良い。
少々ビジュアル入った伊之助ではあるが、その外見のイメージに反して芯はとても強く、見ているこちら側に、その人間性に対する疑問を一切抱かせないのだ。
そのため、彼の事を好きになるヒロイン…否、ヒロインだけじゃないんだこのゲームの場合は。それ以外の人達の心の動きも、とても納得できるようになっている。
「惚れられて当然」と、万人に感じさせるキャラクター作り…これはすごい事だ。
果たして今までに、そんなキャラクターがいるゲームがいくつあったというのか?
確かに、ストーリーがこの作品よりも魅力的なものは、多々あった。
各場面の演出効果が、段違いのレベルのものだってあった。
しかし、それでも主人公は、それに匹敵するだけの個性と説得力を持ち得ていただろうか?
作品上の事情から、個性表現を限定されてしまう場合もあるだろうから、あまり大きな事は言えない。
しかし、それを踏まえてもなお、この“堤伊之助”という人物像を越えうる表現をしている作品は少ないのでは? などと思う。
18禁ゲームは、考えてみればいつも妙な付加条件を持っている。
昔から不思議だったのだが、なぜ、エロゲーの主人公達というのは“素直に顔を出さない”のだろうか?
これは、DOSゲー氾濫期以前…『天使達の午後』などが跋扈していた時代からの、不変の法則みたいなものだ。
多分に、主人公に明確な個性を与えない事によって、ゲームの内容を「プレイヤーの疑似体験」として楽しませる…というのが目的だったのだろう。
だが、DOSゲームの供給が安定し始める前辺りから、エロゲーの主人公達は結構な自己主張を始めていた。
『カオスエンジェルズ』の主人公しかり、『ドラゴンナイトシリーズ』のタケルしかり、もはやプレイヤーの疑似体験なんか関係なしに暴れ回っていた筈だ。
それなのに、その顔は長い前髪で覆われ、素顔はほとんど見えない。
『EVEbursterror』の天城小次郎なんかも、そう考えると奇妙だ。
同じ主人公の法条まりなが、フルオープンで素顔をさらしているのに、である。
『Treating 2U』は、この法則に真っ向から反発した。
あらゆる宣伝素材に、主人公・伊之助の顔を描き、かえってヒロイン達よりも大きく描いていた。しかし、この作品に限ってはそうでなくてはならなかったのだ。
とにかく、それだけ本作の魅力は、伊之助の魅力とイコールであると言える。
そんな伊之助が出会っていくヒロイン達とエピソードを、恒例の形式で辿ってみよう。
ちなみに、シナリオは「私・後藤のクリア順」になっている。
多少、それ故の印象に引っ張られている部分もあるかもしれないけど、その辺ご容赦を。
竹内蛍子:評価C
おっとびっくりの、小学生(…だよな?)ヒロイン。
当然、エンディングがあると聞いて一番ビビらせてもらった。
だが残念ながら(おい!)、そのテのシーンは一切なかったけどね。
唐突に登場して、いつの間にか伊之助グループの輪の中に入り込んできた娘だが、子供故の一方的で不条理な、だけど可愛らしい恋愛感情というものが、微妙な味付けで表現されており、さほど気にならないのはGOOD。
相手が歳の離れた子供であっても決して適当に扱ったりせず、真剣に接する伊之助の態度も、見ていてなんとなく嬉しい。
蛍子は、どうして病院に通っているのかという描写が特にない。つまり、他の入院キャラの様なヘビーな部分が描かれる事がない。
その分、シナリオのメインイベントが比較的早い時期に発生し、早々に終了してしまう感がある上、エンディングに至っても、伊之助の周囲の人々の変わり様と、帰国した健のイメージで塗りつぶされてしまい、あまりはっきりした印象が残らないのが残念。
…とはいえ、あえて難点をあげれば…レベルの話なんだよね、コレって。
病室の中での小さな結婚式と、10年後に約束を守って再会した時の蛍子は、とっても愛らしい。なんだか、キャラデザの人の愛が感じられる気がする(笑)。
さらには、テリーボガードみたいな髪型になっいた伊之助も、いい感じだったよ。
最後まで激しい哀しみ等もなく、理想的なハッピーエンドで終わったのはいいかもね。
上山郁乃:評価A
顔に大きな火傷の痕があり、それがトラウマとなって他人を拒絶し、入院中のおばあちゃんの所に入り浸っている少女。
事前情報でこういう設定の少女がいるという事を知っていた私は、果たして“顔面に傷痕を持つ少女”というものを、どの様に表現するのか、楽しみにしていた。
そこには、正直な話「さーて、随分とスゴイ設定だけど、ちゃんと消化しきれるのか?」というイジワルな心も、多少混じっていたんだけど。
結果、とんでもない事になっていた。もちろん、良い意味で。
とにかく、人と接する事が恐怖となってしまい、それを隠すためにかたくなに他人を拒絶する様になった郁乃と、あえてそれに真っ正面から向かっていく伊之助の描き込みは、丁寧かつ説得力溢れるものだった。
霞夜の病室でのクリスマスパーティの後日、怒濤の如く始まるハードなドラマの中で、郁乃を受け容れようとしていく伊之助の心の動きは、とても感動的なものがある。
かつての彼氏にあざ笑われ、激しく傷ついた郁乃の傷痕に優しくキスをして、外見なんか関係ないと囁く伊之助…だれもが考えるイージーな展開の筈なのに、それを堂々とやられてしまうと、こちらも思わず恐縮してしまう。
郁乃についても、友人のつかさを絡める事により側面的に傷痕の由来を説明し、さらには傷痕は顔面だけではなかった事を、本人からの自己申告で説明させたりしている。
これは、考えてみれば巧いやり方かもしれない。
伊之助との初対面のやりとりから考えれば、彼女の心が伊之助向かってに動いているという表現で、これ以上のものはない。
胸と左手にまで広がった傷痕をさらけ出した郁乃を優しく包む伊之助…妙に感動するHシーンであった気がする。
難点としては、郁乃に働きかけていたおばあさんの死の描写だろうか。
結構魅力的なキャラクターだったのに、退場劇は奇妙なほどあっさりしすぎていた感がある。全体的に、言葉だけで説明されてしまった印象がぬぐえない。
また、あれだけ大好きだったおばあちゃんの死に対しての、郁乃のコメントもかなり少ない。
家族…それも、一番身近にいた人間の唐突な死を体験してしまったら、1週間程度の期間で気持ちが落ち着くなんて事はないと思うのだが…
ただ、それさえ除けば、全体の中でもトップクラスの完成度を誇るシナリオであったと思う。
…が、あああっ! エンディングで凄い事してるよ!
トースト登校っ!! うわぁ、オレ、「新世紀エヴァンゲリオン」以来久しぶりに見たよっ。(^^)
藤倉誠美:評価C
このゲーム、一見そうは見えないが20代後半のキャラクターが結構多い。
看護婦の愛と杏奈、そしてこの誠美がそうである。
健の母親であり、2年前に夫を亡くした未亡人…という段階で、やはりベタな設定を持ってきたな…と、正直かなりタカをくくって挑んだシナリオだった。
だが、またもやられた。
このゲームでエンディングを持っているキャラクターは、それぞれ一つとんでもなくヘビーなものを抱えている。
誠美の場合は、息子の健の心臓疾患による悩みだ。当然物語のウェイトはこちらに移行しており、仕舞には未亡人だの子持ちだのという設定は、どうでも良くなってきてしまう。
健が心臓移植手術のために、渡米しなくてはならなくなるという設定が、すべてのシナリオで変更される事なく描かれているのは秀逸なのだが、実はもう一つ注目したいポイントがある。
それは、健の臓器提供者が見つかった事に、複雑な想いをはせる誠美の表現だ。
大人の心臓を移植するわけにはいかないから、ドナーは必然的に子供となる。
という事は、現在の健以上に苦しんでいる子供の心臓を待ち望まねばならないという、ある意味残酷な期待をしなければならなくなるのだ。
その背徳的ともいえる思考に戸惑いを覚え、さらには日々悪化していく健の症状への不安に潰れていく誠美の描写は、見ていて胸を締め付けるものがある。
伊之助自身も、一番親しく接していた健の症状に不安を覚えていくが、それを表には出さずに、崩れていく誠美を支える事に徹している。
多少唐突な感情変化に感じはするが、ここでも、懸命に他人の心を補完しようと無意識につとめてしまう伊之助の魅力が覗いている。
個人的に大きく評価したいところは、渡米する誠美と健がちゃんと身辺の片付けを行っている描写がある事と、伊之助もアメリカについていくなどという、安直な展開にしなかった事だ。
退院する健が、病院内の売店で一生懸命になって集めたガムのオマケを皆に配って回るシーンは、本当に目頭が熱くなる。…あ、このシーンは共通だったか。
唯一残念だったのが、健の退院にまつわる経緯が、全編通じてほとんど変化のない共通イベントとなってしまっていたところか。
そのためか、誠美編独自の展開の印象が、多少薄ぼけてしまった感がぬぐえない。
エンディングに関しては、やっぱり…というか、期待通りの行動に出た伊之助を、笑顔で認めてやりたい所。
それにしても、随分ド派手なビジュアル系になったものよのぉ。
桧浦霞夜:評価D
あまりに突っ込む部分が多すぎるため、せっかくの良質なシーンの印象が滲んでしまった、本編中もっとも残念なシナリオ。
とはいえ、決して捨てきれるものではないのだけどね。
まず、霞夜が入院している理由…病名が明かされないため、夜間に彼女を連れだした伊之助の後悔の念や、場面場面で突然具合が悪くなる展開に、いまひとつ説得力が感じられない。
せっかくのシーンが、空回りしてしまっている。
ある程度の病状…せめて、身体の何処が悪いのかくらいは表現すべきだったのではと思うのだが。
そうでなければ、成功率20%の手術に挑む事を誓う霞夜や、それに対する伊之助や志摩先生の心の動きが、充分に活きてこない。
また術後3年間も眠り続けていた霞夜が、ろくな環境設備もなく、集中治療室にすら入っていないというのも、ちょっと困りものである。
確かに、枕元で歌う伊之助の声で目覚めるという展開には必要な事なのだけど、それにしてはあまりに無茶。
意識回復も見込めないまま、眠り続ける患者の脇にいる事の重圧感が、理解されていないとしか言えない。
基本的にハッピーエンドを迎える本作にとって、彼女の回復は最大項とも言える要素の一つだった。
そのための展開なんだろうけど、もう少しだけ捻ってもらえれば嬉しかったのだ。
多少型はまりの感はあるが、霞夜のキャラクター性は非常に魅力あるものであった。
孤独というものに対する怯えと、新しい友達を大切にするという気持ちは、痛いほど伝わってくる。
病院を出ていく人達に、素直に悲しみの思いを表現出来るのは、彼女だけなのだ。
そんな彼女が、手術を決意するまでの描き込みは素晴らしい。
長すぎた入院生活と、治る見込みのないという思いこみに支配されてしまった彼女を懸命に励ます伊之助の、飾りがない素直な思いからくる言葉は、とても場面を盛り上げてくれた。
ただ、手術前日のHは…やめた方がいいと思うんだけど。
そういえば、以前どこかのレビューを読んだ際「他の女の子のエンディングになると、伊之助が霞夜に手術を受ける様説得するシーンがなくなるから、結局彼女はしばらく後に死んでしまう事になる。そんなのは嫌だから変更して欲しかった」という意見があったが、一言だけ言わせてほしい。
全部ではないが、他の女の子のシナリオでも、霞夜は自らの意志で手術を受ける事を決意している場面がちゃんとある。それも複数箇所。
伊之助という人物を知り、またその周辺の人々との関わりを知った霞夜は、無意識に「またどこかで会おう」という皆との約束に賛同する形になっているだろう。
そんな彼女が手術を拒否し続ける展開とするよりは、こちらのほうがよほど納得できると思うのだが、どうだろう?
河村愛:評価A
物語も終盤に近付いた頃、突然浮上してくるエピソードのため、多少戸惑いはあったが、実に良質なシナリオだった。
彼女が背負っているトラウマは、「以前別れた男との間に出来た子供を流産している」「志摩先生との恋愛事情からくるストレスで、味覚がマヒしてしまっている」というもの。いきなり2重苦である。
そんな彼女が、病に苦しむ人々を励まし、元気づけているのかと思うと、実に複雑な思いになる。
味覚がないのに杏奈や伊之助と酒を飲み、「酔客」のおやじさんに「おいしい」と言う健気さも、愛の魅力だ。
彼女が抱えている無限の寂しさは、志摩先生とのつき合いでは癒されなかった。自分自身がそれをどこかで否定しているのだから当然なのだが…。
しかし、それ自体がストレスとなって、感覚に障害を来すほどになっているのだ。
こんな複雑な心境を持つキャラクターを、終盤間際の短い範囲でよくぞ描ききったと、まずは誉めておきたい。
前半と後半であまりに印象が異なってしまうところがあるが、前半部分はほとんどすべての展開で共通なのだから仕方ないだろう。
このシナリオと、後述の杏奈シナリオは、実はこれといった目立った欠点が見当たらない。否、仮にあったとしても、それをぬぐいさるだけの説得力がシナリオにあるという事だ。
Hシーンの後の伊之助の差し出したコーヒーで、愛が「苦い」と言った時、思わずホロリとキてしまった…。
エンディングで、「子供が出来ない筈の愛に、伊之助の子供が産まれている」という場面があるが、私はこれがベスト3に入るくらいに大好きなシーンだ。
ここでの伊之助は、オールバックにヒゲ面になっている。
沢田杏奈:評価B 堤伊之助:評価C’
杏奈のシナリオも、物語構成上終盤に浮上してくるものだ。
彼女の場合、ここまでの人生で引きずってきたトラウマの類はない。
その代わり、“自らの看護婦としての未熟さに悩む”という要素を持ってきており、これを徹底描写している。
顔の半分が腫れ上がった、死を待つだけの少女との関わりは、杏奈というキャラクターを短いやりとりだけで語り尽くしている名シーンだ。
しょっちゅうやってしまうドジな行動と、いざという時の頼りがいのある行動力と判断力のギャップも、本人が自覚していない“高い能力”の一端として描かれており、説得力も充分。だから、「看護婦として役に立たないからやめたい」と泣き言を呟いた際の、伊之助の叱咤が光ってくるのだ。
杏奈シナリオだけは、伊之助自身のシナリオと大きくリンクしている。
自らの病気が“悪性声帯ポリープ”だと知り、声と生命どちらを取るかの選択を迫られ、やさぐれてしまった伊之助と、それを慰めようと病室を訪ね、伊之助に犯される杏奈の描写は、これまでの展開で知る彼等とは大きく異なる姿であり、言い知れぬ悲壮感を与えてくる。
自暴自棄になり、杏奈に襲いかかる伊之助の心情は良い。しかし、さらにその上を行くのは、処女を強引に奪われたのにも関わらず、苦痛の声一つ上げずに、あろうことか犯されながらも、伊之助の頬に流れる涙をぬぐい取る杏奈の仕草だ。
はじめから、伊之助の心を救えるのならばどうなっても良いと思っていたという、彼女の暖かさ、優しさは、プレイヤーである我々の考えを遙かに越える大きなものだったのだ。
その心情は、このたった一場面だけに集束されているのだ。
その杏奈にしても、以前のままだったなら、ここまで出来なかっただろう事は想像に難くない。
希望を見失った際の伊之助からの叱咤、そして担当だった少女との死別が、これまでの彼女を大きく昇華させた原動力になっているというのが、はっきりと伝わってくる。
全体的に非常に良質のシナリオなのだが、これ以外のシナリオでは結局無事に退院出来た伊之助に、死の影が迫っているという事実が突然浮上してくる流れは、唐突な感が否めない。
ある程度、他のシナリオでもそれっぽい雰囲気を漂わせても良かったのではなかろうか?
基本的に、シナリオが代わってもベースの設定は大きく変化しない本作の、唯一と言って良い例外事項だろう。
ここで、「声をなくしても生きることを望む」を選択すると杏奈と生きるエンディングとなり、「短い人生を歌いきる」を選ぶ事により、伊之助死亡というエンディングに移行する。
杏奈エンドは、声を無くした代わりに杏奈との生活と、仲間との新たな結束が生まれたという事で、ある意味ベストエンディングというべき内容に落ち着いている。
しかし、たった一度聴いただけの『Treating
2U』をソラで歌えてしまえる杏奈の記憶力には驚かされる。
うーん、やっぱり歌はプロトカルチャーなのな(意味不明)!
ただ、残念だったのが伊之助シナリオのエンディングだ。
凄絶な人生を歩んだ筈の、その後の彼を追う事もなく、ただいきなり墓標を見せられても…ねぇ。
しかも、墓参りに来ているのが杏奈一人だけというのも、なんか寂しいものがある。
これだけ大きなウェイトを占めている主人公なのだから、思い切って他のヒロインのエンディングよりも大々的にした方が良かったのではないだろうか…などと、真剣に考える。
最後の最後になって、普通のエロゲー的な扱いになってしまったのは、本当に残念だった。
全体を通して感じる事は、全体的に密度の濃いエピソードと設定をちりばめ、それらをちゃんと丁寧に消化し、魅力ある世界感を構築し切った事だろう。
周囲のキャラクター達も、あなどれない魅力を豊富に含んでおり、どこを取っても味がある。これは本当に凄い事だ。
“jacketed bullet”のメンバー、「伊之助は贅沢だよ」が口癖のベース担当・紅葉や、女顔で“さんぜんねん”と言うとキレるドラム担当・三千年(みちとし)も、伊之助との会話や、一足早い一人だけのプロデビューへの悩みなどのイベントを配する事で、その存在感を確立させている。
イヤ本当、隙がない。
特に、紅葉との会話や病院の情報屋(笑)下小路二三(ふみ)ばぁさんや、“神懸り的美貌の持ち主”の割にどこか間抜けな志摩先生との掛け合いなどは、純粋に楽しめるものがある。
反して、基本的に押さえて置かなくてはならない部分の造詣が浅く、ところどころに疑問符が浮上する部分もある。
その一例が、先にも多少触れた“病院が舞台の割には、病気や入院に関しての知識が足りない”というもの。
霞夜の病室の件だけでなく、終盤までの伊之助の扱い(仮にも入院患者なのだから、ある程度病種を想像させるだけの演出は必要では?)や、患者達の健康管理表現に、少々の疑問がある。
具体的な病名を、いちいち各キャラに設定しろとはいわないが、どうも「いつ発作が出るかわからないけれど、それ以外は至って元気」という人間しかいない印象がある。
伊之助はしょうがないとしても、特に健や霞夜などは、もう少し病気についてのエピソードを付加しても良かったと考えてしまう。
この辺は印象論も多少入ってくるので、人によって感じ方は違うかもしれない。
ただ、私としては少々鼻についた。
少々ね。
このゲームで最も驚かされる要素として、「主題歌・挿入歌が男性ボーカル」というものがある。
まぁゲームの性質上、女性ヴォーカルでは困るのだが、ここにもちょっとしたこだわりが感じられてポイントが高い。
また、それぞれのシナリオの中で、それぞれの理由から形作られるメインテーマ『Treating
2u』は、その絶妙な使用タイミングと併せて、至高の名曲となっている。
なにせ、インディーズ系に食傷気味になって離脱した私をも引きつけるものがあるのだから…なんて。
18禁ゲーム界に一石を投じる可能性を持つものとして、一度拝聴してみるのもいいかもしれない。
どの場面でも素晴らしい使い方をしているのだが、やはり最高の場面は、杏奈シナリオでの“本当に最後の歌”として歌うシーンだ。
夜空の病院屋上を背景に歌う伊之助は、信じられないくらいに格好良い。
(総評)
実はこのゲーム、個人的にはあまり目を掛けていなかった。
「選ばれなかったソフト集結」コーナー行きになるのでは…とタカをくくり(じゃあなんで買うかな…)、かなり長い間放置していた作品だった。
結局、「選ばれない〜」行きにしていたら猛烈な後悔に襲われていただろう。
本作は、すなわちそういう作品だったのだ。
全体的に欠点も少なく、どのシナリオも安定した満足感を与えてくれる本作に、あえて苦言を呈するならば「平均的になりすぎて、起伏が少ない」というところか。
過去に名作として殿堂入りした作品群は、言ってしまえばかなりムラのあるものばかりだった。
全体的に良い評価のものでも、各エピソードをかみ分けてみれば、それなりの差があった。
本作『Treating 2U』にもそれはあるのだが、物語の前半…というか60%ほどがすべて共通の展開になっているため、終盤の怒濤の展開があったとしても、いまいち平坦なイメージを抱いてしまうのだ。
早いうちからシナリオ区分のポイントを設置して、シナリオが移り変わっているという事をプレイヤーに自覚させてもいいのでは…などとも考えてしまう。
しかし、システムを見ていると、どうやらこういう構成にしたのも確信犯的なものらしい。
あまりにも簡単なのだ、ゲーム自体は。
選択肢から選択肢までの時間が長いため気にならなかった人もいただろうが、実はこのゲーム、全部で20カ所の選択肢を越えればクリアになってしまう。
そのうち、シナリオ区分に該当するものは4カ所だけだ。
しかもシステム設定で、一気に次の選択肢までワープしてしまうというオプションまである(今回、コレにえらくお世話になった…)。
選択肢の組み合わせで見たいエンディングも見れずに右往左往するよりも、単純なシステムで簡単に行くべき所に辿り着いてもらい、その代わり文章を読ませる事に徹したのではないか? 私は、そう分析する。
そういう意味からも、先の苦言は“あえて言うならば…”の粋を出ない。
だって、個人的に言わせて貰えるならば、ほとんど文句らしい文句がないんだもんね。
確かに、バンドマンが入院した事により、ハチャメチャな事になる病院内の展開…という(当初の勝手な妄想による)ものも面白かったかもしれないけど、第一印象に反して、ここまでしっとりと上品に仕上げてくれた構成に、惜しみない拍手を送りたい。
近年非常に増え始めたエロゲーメーカー群だが、こういう意味で反骨精神旺盛なのは大歓迎だ。
こういうメーカーさんが登場してくるだけの土壌が整ったという事で、私は満足したいと思う。
……でも……
やっぱり歌で、山を動かして欲しかったなぁ……(笑) <まだ言うか!
(後藤夕貴)