プレイステーション
 久遠の絆
 
 俺は、この時を待っていた…。ついに登場したぞ! 「痕」を超える一本!!

1.メーカー名:F・O・G(Full On Games)
2.ジャンル:ビジュアルノベル型ADV
3.ストーリー完成度:極上。SSS
4.H度:プレステだが…うっ……ううっ…、し、っ!
5.オススメ度:久しぶりに、濁りのないAだね。
6.攻略難易度:A。攻略本なしには、完全把握は不可能
7.その他:私・後藤夕貴…久々に、ゲームのキャラに転びました。
高原万葉…あんた、最高過ぎるぜ…。
 
 (ストーリー)
 主人公・御門武(変更可)は、17歳。2年前から、父親の都合で叔母の家に居候していた。
 そこの一人娘…従姉妹であり、幼なじみの少女・斎栞と共に、秋津高校へと通う毎日。そして、また幼なじみであり、親友の有坂汰一も交えて、三人で何の変哲もない、平凡な生活を営んでいた。
 ある日、武と汰一のクラスに転入生がやって来る。高原万葉…高校生らしからぬ美貌と雰囲気を備えた美少女は、転校初日、唐突に武に語りかけた。
あなたは、私が殺すから…
 万葉の不可思議な態度に困惑しながらも、武は彼女の妖艶な魅力に、少しずつ興味を抱き始める。
 しかしそれは、儚くも哀しい、そしてあまりに苦しい運命の輪廻が回り始めた兆候だったのだ。
 おりしも、街で発生した連続“白骨”通り魔殺人事件が、世間を脅かしていた。
 被害者の肉をすべて削ぎ落とし、ただの骨にしてしまうという猟奇事件…武は、昔から自分を悩ませていた“悪夢”で、その事件をはじめとして、それから起こる様々な怪異を幻視する事になる。
 時同じく、武のクラスの担任・常磐沙夜もまた、同じ様な悪夢に悩まされていた。だが、彼等の日常がそれらの怪異に蝕まれる事は無かった。
 とある授業中、沙夜の肩の上に半透明の“餓鬼”の姿を見るまでは…!!
 
 これは、以前から評論対象として扱って欲しいという希望が集中していた、いわくつきのソフト。
 初めてそんな意見を聞いたのが、98年の冬コミ。
 ソフトの発売が同年の12月8日らしいので、その時点での本の掲載は不可能。夏コミは不参加。
 そういった理由から、一年以上経ってからやっとレビュー対象にする事が出来たという次第(注:このレビューは最初は同人誌版「九拾八式HP」に掲載されました)。
 ただここに至るまでにも色々あって、一番の理由が「所詮プレステだしなー」っていう、かなり偏った見方が当方にあった事。
 もう一つに、ソフトそのものが極端な品不足で、全然入手出来なかった事実。
 99年の11月にようやく入手に成功して、なんとか小冊子に間に合わせようとプレイして、そのまま丸三日間…徹底的にハマりまくった。
 そういう事情なんで、待ってた方々、本当にお待たせでした!
 
 前文でも触れた通り、長年“ビジュアルノベル”最高峰の完成度を誇ると言われていた、leafの「」を超える(と、私は断言したい)作品だろう。
 凄まじいまでに描き込まれたストーリー・演出・舞台背景…そして、感情多彩なキャラクター達と、彼等を巡る、本作のテーマとも言える“絆”というものへのこだわり。さらに、素晴らしい完成度を誇るBGM。
 どれを取っても、珠玉の出来と言える。
 他にも様々なサウンドノベル・ビジュアルノベルゲームが存在するが、必ずしも万人が認知する完成度でないにしても、かなりの上位に食い込むレベルである事には変わりない。

 なお、メイン批評に入る前に記しておきたい事がある。
 本作をご存じの方のだいたいが感じた事と思うが、本作もそのストーリーの性質上かなり「痕」っぽさを引きずっている。
 事実、音楽や一部の演出、無言の間を示す文章表現などに、かなりの影響は感じられる。
 ただしここでは、これ以降「痕」との比較をしながらの批評を行わない
 これは、近年のこういった“独特の日本感”ともいう雰囲気を持ったゲームのほとんどすべてが、「痕」と比較され続けてきたからだ。
 もちろん、私自身も行ったわけだが(冬〇〇草とか…)、あまりにそれが多くなり始めた気がするので、今回はあえてそれに拘らない方針で見てみたい。
 そういう訳なので、「痕」…この字は、以下はタブーだ!(総評で、少し触れるけどね)
 『久遠の絆』は、“輪廻転生”を基本フォーマットとした物語だ。
 現代に生きる主人公の、前世の前世のそのまた前世にまでさかのぼり、そこから長々と続く因縁と絆を紡いでいくというものだ。
 まず、ここで重要なのが“プレイヤーが、輪廻転生というベースそのものに拒絶反応を示さないか”という事だ。実際、この時点でかなりプレイヤーを選ぶ。
 かくいう私もシークエンス事件で眉を顰めた人間の一人で、正直言って転生物は好きではない。
 そういった要素を持つ人には、現世には本来関係ない筈の、前世での行いや因縁に振り回されるという事柄は、鼻について仕方ないだろう。
 『久遠の絆』の凄い所は、そういった事をちゃんと了承した上で、納得出来るストーリーを構築している事だ。
 主人公・武は…そして、幕末時代での彼…葛城信吾は、「前世に振り回されるなんておかしい!」という信念をシッカリ持っていて、最後まで、その信念をまげる事はない。
 最終的には、自分の因果で輪廻転生に巻き込んでしまった者達への理解と、同情の念は持ち合わせる様になるのだが、メイン舞台となる現代の武は、そういった因果関係を、すべて無に帰そうとして活躍するのだ。
 輪廻モノというジャンルは、どうも輪廻そのものに捕らわれて、かなり怪しい宗教色じみた雰囲気を発するものだが、驚く事に、本作にはそれがあまり感じられない。
 そのため、周りのキャラクターが輪廻輪廻と言葉を繰り返しても(実際は、後述の高原万葉と杵築だけだが…)、それによってイメージが引きずられる事はない。
 メインヒロインの一人・斎栞にしても、前世は関係なく、今の自分の人生を生きればいい…といった内容の言葉を発している。自らが、その輪廻の中でさんざん苦しんできたからこそ、生きる台詞である。
 …そう、この物語は“輪廻転生の因果をうち砕く”というものなのだ。
 私自身が好感を抱けて、かつ同じタイプの人にも勧められるのは、そういう理由からなのである。
 しかしだからといって、輪廻転生という事柄そのものがいい加減な描写なのかというと、そんな事は決してない。
 それどころか、恐ろしい程に作り込まれた重厚なものに仕上がっていて、驚かされる。
 本作は、現代に生きる御門武の前世(幕末時代の、葛城信吾)の、そのまた前世(江戸・元禄時代の、池田真之介)の、さらにまた前世(平安時代の、安倍鷹久…安倍晴明の、架空の実弟)にまで遡る物語だ。
 今までの前世モノは、大概一世代前の前世までしか遡らない。
 これは、あまりにその辺に拘り続けるとナンセンスになってしまうからだ。なので、漫画などではまず行えない。
 しかし、この一見うっとうしいまでに繰り返される転生の物語それぞれに、意味と深みを持たせて描ききっているのには、本当に唸らされる。
 武をはじめとして、七人プラスアルファの人間が転生を繰り返していくのだが、時代によっては、登場しないメインキャラがいたり、いたのだけどすぐに(その時代の過去で)死んでしまっていて、回想でしか出てこない場合があったりと、変化に富んでいる。
 基本として、3人のメインヒロインそれぞれが中心の時代となっていて、平安では万葉、元禄では栞、そして幕末では沙夜が当てられており、それ以外の2人の表現は押さえられる。
 まずだいたいのプレイで、その全ての時代の物語を経験する事になるプレイヤーは、ほぼ完璧なグレードとバランスで描き込まれたヒロイン像に、めぐり会う事になる。
 そのためか、早いうちから攻略ターゲットを絞っておかないと、彼女達の強烈な個性と印象に引きずられてしまい、最終決断の選択肢では、地獄の苦しみを味わう事になるだろう(笑)。
 物語を、ヒロイン攻略別にいちからやり直すのも良いし(これが一番のオススメ)、あえて平均的に各ヒロインのクリア条件を満たしておいて、最重要の選択肢部分でセーブしたデータを使い回して攻略するのも良い。
 そして、このゲームはそれがかなりやりやすくて、実にストレスが溜まらない。
 このゲームは、“E'sリアクションシステム”というものが搭載されている。
 要するに、キャラ別に好感度を稼いでいく事により、物語が分岐していくというものだ。
 あまり他の同タイプゲームと変わらないようだが、対象キャラがその場にいなくても、それに携わる内容の選択肢ならば好感度が加算されたり、減点したりする。
 これはゲーム開始直後からスタートしており、途中経過が大きく変わる可能性があるため、かなり念を入れたチェックを行う必要がある。
 もっとも、私と同様(笑)攻略本に頼るのもテだ。
 しかし、だからといって無理に始めからやり直さなくてもかまわない様に、ある程度の補正が入っている所が、このゲームシステムの凄い所。
 たとえ、どこかで致命的な選択ミスをしていたとしても、その後の選択次第で、目的のエンディングに到達出来る様になっているのだ。
 バッドエンド直行の選択は別だけどね。
 その代わり、かなりのハラハラドキドキを体験させられる羽目になるのだが、これはまぁ、良い意味でのペナルティだろう。
 物語は全3章だが、事実上は全10章と言っても過言ではない。
 その間、様々な人物が様々に絡み合う、濃厚なドラマが展開していく。
 まずはシナリオ別に批評してみたい。 
 
 (高原万葉=たかはらまよう=シナリオ)
 本作のメインヒロインであり、物語の最重要点に位置する人物。そして、不覚にも私が一気に堕ちたキャラクター(汗)。
 元々、天女の身でありながら武の前世・鷹久との恋愛を貫いてしまい、そのために地上界での任務を放棄。
 結果として、鷹久と共に輪廻地獄を彷徨う罰を与えられる。
 初登場で、いきなり武に殺人予告をかますという、およそ普通には考えられないインパクトを与えた万葉だが、物語が進むにつれて、“不気味で妖艶な女”から“どこか訳アリの美少女”になり、“強い意志と想いを秘めた、哀しい運命の女性”へと、イメージが変化していく。
 彼女の性格と目的が解ってくる度に、本当の万葉という人物像が少しずつ見えてくる…という表現が、異様なまでに巧い。
 万葉のエンディングは、ハッピーエンドその1.であると同時に、トゥルーエンドでもある。
 そのため、スタッフロール画面が唯一異なってたり、エンディング画面が最も多かったり、このシナリオクリアで初めて隠し要素が開いたりする。
 事実上のゴールと言っても良い。
 万葉は、ヒロインで唯一全ての時代に登場する(幕末での栞は、アレは登場したとはいえないでしょ?)。
 しかし、よく見るとすべてにおいて、初登場から退場に至るまでの印象が、万葉のそれと全く同じなのだ。
 つまり、関わりを持てば持つ程に、印象が変化していくという事。
 この辺の統一感は珠玉であり、最大のポイントでもある。
 平安時代編から、様々な伏線を張り巡らせながら、同時に、鷹久との熱い恋愛を繰り広げていく手管(?)も見事で、プレイヤーに様々な想いを刷り込んでくれる。
 驚くべき事に、初代万葉:螢はHシーンが存在している
 プレステソフトなので実に驚きなのだが、「エクソダス・ギルティ」の様な事後場面だけでなく、性交渉中の場面も画面も存在しているのだ! もちろん、要所は隠されてはいるけれどね。
 ただ、この場面が持つ意味は大きく、決して省く事は出来ない物だ。この時に螢の中に宿った新たな生命が、後々、武を窮地から救うのだから。
 意志が強く、あらゆる事柄に流されず、己の使命と信念を貫き通す、美しき麗人が、たった一度だけ、使命に反する行動を取ってしまう妙。
 それが鷹久との愛であり、そもそもの物語の発端となる。
 しかし、誰がこの螢の行動を攻められるのだろう…。
 その天命を果たすため、自らの想いと決別して主上へと更衣入内する事を決めた螢を鷹久が感情のままに罵倒しまくるシーンは、あまりにも切なく、そして洒落にならないほどのリアリティを持つ名場面だ。
 別の男の所へと向かおうとする自分の最愛の女性を、愚行と知りながらも言葉で傷つけ、そして同時に向こうからの愛の言葉を待つという、あまりに矛盾した行動は、現実の男女関係にもありうる事で、似たような経験を持つ人には、決して他人事とは思えない筈。
 このリアリティは、とてもコンシューマーゲームであるという事を忘れさせてしまう程のインパクトがある。
 彼女が、道綱の前で自らの胸を裂き、体内から“神剣”を取り出すという行為も、様々な意味が含まれていて興味深い。
 平安の世に出現した“草薙の剣”は、鷹久と螢の交わした契りによって、剣そのものという形で出現する。
 確かに人知を超えた現象で、エンディング間際にならないと「何でやねん?」と感じてしまうシーンだが、最も大がかりな伏線でもあり、この神剣が、この世界ではとてつもなく重要な“”であるというイメージを刻みつける。
 その後の元禄編と幕末編では、エッセンス的な存在にまで引き下がってしまう螢だが、幕末編での、この世のあらゆる汚れを一身に受ける存在・だけは、また違った強烈なインパクトがある。
 薬によって感情を奪われている彼女が、わずかの間だけ取り戻す自我の中で語る、“鷹久”への想いからは、螢が受けている、現世での罰の重さを再認識させられる。
 螢の時代から募りに募った想いが、言葉になる寸前で断ち切られる無念。
 彼女の、輪廻地獄でもがきあがく姿としても解釈出来て、深みを感じさせる部分だ。
 現世、万葉は天女であるが故に、人間であろうとする武を、懸命に“新たなる神”となる様に勧める。
 その中には、天界人であるがゆえの“勧善懲悪”の理念が明確に存在しており、土蜘蛛一族をも含めて、すべてが共存出来る世界を夢見る武と衝突する。
 しかし、太祖を倒した後、力尽きようとする万葉の口から語られる言葉は、天女らしからぬ、“螢自身としての本音”だった。
 彼女の本当の気持ち…“本当は、世界なんてどうでも良かった。ただ、貴方の側にいられれば、それだけで良かった…”と、壮絶に死を拒みながら、武の手の中で霧散していく場面は、彼女の心情の核を知ったプレイヤーの胸を、激しく打つ事だろう。
 万葉死後の冥界編は賛否が分かれるところではあるが、ようやく幸福を手に入れられたという場面なのだから、許せてしまえる事だろう。
 グランドヒロイン…という表現が、彼女には最も相応しいだろう。
 是非一度このシナリオをプレイして、最近のギャルゲー氾濫で曇ってしまった眼を、洗い覚ましていただきたい。
 …それにしても、ラストの天野先輩乱入イベントは、あまりにカッコ良すぎ!
 汰一にしても、あんな所でオイシイ所を持ってくのだから、本当、このゲーム油断ならないよなぁ…。
 ただ唯一、現代編での主人公の呼び方が統一されていなかったのが…。
 
 (常磐沙夜=ときわさや=シナリオ)
 このゲームのさらに恐ろしい所は、あれだけ濃密に描かれた万葉シナリオ以外の、サブヒロインシナリオですら、容赦なく描き込まれている所。  しかも、ただ単に視点や展開の一部が違うだけでなく、各ヒロインを巡る因縁や確執、心情にいたるまでを丁寧に紡いで、また別なスペシャルストーリーに仕上げてしまっているのだ。
 またそれだけではなく、万葉&栞シナリオではいまいちハッキリ解決していなかった「連続白骨通り魔事件」の真相が、このシナリオ内で語られている。
 沙夜は、元々が土蜘蛛の一族であるため、本来ならば、闇の皇子としての素質に開眼した武の后となるべき巫女であったが、武の真心に触れて、あたかも螢が自らの使命を放棄した時の様に、彼女もまた、土蜘蛛一族の因習を振り切ってしまう。
 沙夜の場合は、人間の姿をした“人に在らざる者”から、人間へと移り変わっていく物語だ。
 多少、オチに強引な部分があるのが難点だが、これもまた、沙夜の過去からの因縁が祓われた幸福のスタートとして、受け止める事が出来る。
 生命を維持するために、人の生き血を必要とする彼女は、そんな自分のカルマに怯え、嘆き続けている。
 平安時代での泰子、幕末時代の観樹それぞれも、同じように血を必要としていたのだが、生まれ変わってもなお、逃れる事の出来ない“吸血の性癖”は、プレイヤーの予想を遙かに上回るレベルで、沙夜を苦しめていた。
 決戦前夜、栞に対して暴走しかけたり、自室で涙にくれている姿は、彼女の苦しみが最もダイレクトに伝わる名シーンである。
 しかし同時に、第二章で吉川絵理が唱えていた“沙夜との契りによる血の覚醒”は、皮肉にもこの時に叶えられてしまっており、それがそのままピンチに繋がる演出の冴えは、かなりのものだ。
 かつては拒んでいた事が、沙夜への愛が蘇った事によって実行されてしまう妙。まさしく絶妙といえるだろう。
 なお、この辺で本当に二人はデキてしまったらしい。しかも、修学旅行中なのに(笑)。
 本当、万葉(螢)の時といい、プレステにしては大胆不敵なソフトである。
 攻略本によると、どうやら制作スタッフは、年齢差のあるカップルというテーマに拘って、このシナリオを作ったらしい。
 平安・現代編では鷹久よりも年上なのに、幕末編ではそれが逆転、突然ロリロリになってしまう観樹(沙夜)が愉快だ。
 沙夜シナリオではこの幕末編が最重要で、物語終盤において武が、年上の、しかも教師である筈の沙夜に対して強い発言力を持つようになるのも、この部分を知っていると充分納得出来る。
 さりげなく、見所が多いキャラだ。彼女メインで進めていなくても、それは充分見て取れる。
 個人的には、泰子と観樹の使う蜘蛛のスタンド・絡新婦が、かっこよくて大好きだ(だって、蜘蛛のダメージが本体にフィードバックするんだもん…)。
 とにかく、オイシイ所で主人公を助けてくれる存在として、他のシナリオでもさりげに大活躍してくれるのがいい。
 そしてその行動のところどころに、主人公への愛が見て取れる。スタイルに拘り抜いた結果、生まれた魅力ある女性であろう。
 でもやっぱり、あのスタイルが突然、貧乳化してしまうとなると、武でなくてもやっぱりガッカリしてしまうんだろうなー(爆笑)!?
 
 (斎栞=いつきしおり=シナリオ)
 他のヒロインとはかなりコンセプトが異なるキャラクターで、言ってしまえば「To Heart」の神岸あかりを、さらにベタベタ甘々にした感じだ。
 最初の頃は、武の行動を抑制してしまったり、余計なお世話的行動が目立つために“うざったい”存在にしか思えないのだが、彼女の前世の姿を見るにつれ、さらには終盤近く、栞の前世の記憶が復活し始めた辺りから、他の二人に負けない存在感を発揮し始める。
 しかも、どうやらこれもその様に計算された上で、演出された事柄らしい。
 万葉のキャラの立ち方とは完全に逆転しているのが、その証拠だ。
 そう考えると、最初の頃のおバカな性格描写も、あなどれなく感じてしまう。
 ただし、このキャラ描写が的確なものだったか…という事になると、いささか疑問を抱いてしまうのも事実だ。
 やはり、栞というキャラは“前世での主人公との関わり”の方が印象が強烈なためか、そっちにイメージが偏ってしまって、一番前世と現世の一体感に乏しくなっている。これが、唯一残念な事だ。
 一方、ストーリー面としては、これまた綿密な描き込みが行われている。
 天界の人間としての意志と力を振るう万葉、土蜘蛛の力を利用する沙夜に対して、栞は“魂鎮め”の力を持つ。
 ほとんど全編に於いて、武と激しく激突する杵築こと“賀茂光栄”だが(元禄編のみ、主人公の親友として登場する所に、この物語の良い意味での意地悪さを感じる…)、他のシナリオではいずれも無に返されてしまうのに対して、ここでは、栞によって救われ、浄化に成功している。
 これはもの凄く重要なファクターで、光栄の妹である桐子が…今までの輪廻の中で、不本意だったとはいえ光栄に悪用され続けていた彼女自身が、愛情を以て悪鬼と化した兄を浄化するのだ。
 武との愛をあえて強く欲せず、あえて“そばにいたい”という想いだけを抱き続けて転生してきた栞なのに、その心情には、最悪の敵すらも受け容れ、救ってしまえる程の深い博愛心があるのだ。
 これがプレイヤーに理解された瞬間、栞の存在感は異常に大きくなる。
 唯一、万葉の補助無しで太祖を退かせられたのも、違和感なく納得出来る存在にまで膨張するのだ。 静かな想いを抱き続けていた女性として、万葉とはまた異なる魅力が感じられる。
 栞を語る上ではずせないのが、幕末編で、葛城信吾の回想だけに登場する、妹の
 平安では桐子として、その密かな想いを爆発させ、元禄では、熱烈にその感情をアピールしていた彼女が、兄妹という形で…とはいえ、ようやく、“ずっと一緒にいられる”という悲願が叶ったのだ。
 それなのに、鈴は幼くして盗賊に扼殺されてしまう。…なんという、哀しい運命! 鈴は、悲しい想い出の一部としてしか、信吾と共に生きられなかったのだ。
 元禄編での彼女…菊乃も、最期は真之介の腕の中で、想いを語りながらこと切れていくのだ。ここまでの悲恋を見せつけられると、せめて、栞にはうまくいって欲しいと考えてしまうのだ。
 ただ、栞編に至るまでのルートによっては、鈴が登場する、肝心の幕末編がオミットされてしまう事があるのが、かなりイタイ。まぁ、アレはあくまで沙夜か万葉メインなので、チョイ役程度の栞は度外視されても仕方ないだろう。
 しかし、鈴はチョイ役にしては、あまりに重厚な意味を持ちすぎたキャラクターだったのだ!
 最後の最後で、オイシイ所を一気にかっさらっていく、疾風の様な栞。決してウケ線のデザインじゃないし、いわゆる萌え萌え系でもないのだけど、そんなのにうつつをぬかしてるくらいだったら、是非、彼女のシナリオをやっていただきたいと、せつに願う。
 個人的には、菊乃も捨てがたいのだよなぁ…。あのラスト、泣いたよ
 
 (その他のキャラクター)
 シナリオ上、最重要のヒロイン三人を語るだけでは済まないのも、本作の懐の広い所。
 基本的に、CGが用意されているキャラクターはすべて、それなりの描き込みがされていると考えても良く、一見、ほんの脇役にしか感じられない高杉にしたって、栞シナリオでは、悪鬼と化した杵築の無事の帰りをひたすら祈る姿が描写されている。
 有坂汰一…鷹久の兄・安倍晴明の生まれ変わりで、螢に横恋慕していた彼が、幕末と現代において、万葉を巡って繰り広げる愚かな愚行も、決して馬鹿にして見られないものがある。
 まして、前世ではあれだけ激しい衝突がありながらも、最終的には弟・鷹久こと武を窮地から救うために、敵に操られていながらも道綱を道連れに魔界の穴へ飛び込んだり(このシーンも、スゲー燃える!)と、男同士の親族としての愛と、親友としての友情をシッカリと見せつけてくれた。
 決して、口ばかりの男ではないというのが、かなりイカス。
 吉川絵理が死ぬ瞬間、それまで身内以外の者に心を開かなかった汰一が、初めて吉川の告白を受け止め、号泣するシーン。
 これもかなりくる名場面だが、第三章・沙夜編への切り替わり地点での場面で、再びこの件が浮上する。
 武に誰が好きなのかを言わせた後、逆にお前は…? と追求されて、汰一が呟く言葉…
 「もう、いないよ」…。
 さりげない一言に、あらゆるものが凝縮された、さらりとして、それでいてあまりに重い告白だ。
 これを見たのとそうでないのとで、彼の印象はもの凄く違ってくる筈だ。
 敵役・杵築悠利の存在も、とても興味深い。
 単なる汚れ役だけでなく、武と万葉の転生地獄に巻き込まれたとして、悪態をつきながら襲ってくるその姿の中には、自らの因果への悲しみと、妹・桐子こと栞を救いたいという願いがこもっている。
 それが捻れた方向に向いてしまったのが、そもそもの悲劇なのだけど、そんな彼に、救いは訪れないまま終わってしまう。
 唯一、栞の魂鎮めで浄化されるも、杵築という、現代に生まれた一個の存在は、確実に消滅したのだ。
 高杉という、彼を受け容れる存在がありながら、それに気付かないままに。
 ひょっとしたら、万葉以上に不幸なキャラクターだったのかもしれない。
 にくい敵役なのにも関わらず、個人的には大好きなキャラだ。
 輪廻転生の業から、唯一外れている吉川絵理
 汰一に憧れ、とある事からその想いは彼に伝わったのにも関わらず、万葉の方に傾いている事を知った途端、憎悪の化身となった彼女は、ある意味でもっとも感情の動きが見て取れる、面白いキャラだ。
 呪術によってスキルアップを施した代償に、その命を失った彼女は、第二章までの登場でありながらも、強烈すぎるインパクトを与えた。
 死の間際の必死の告白が、かたくなな汰一の心を溶かす場面は、あまりにせつなく、悲しすぎるのだが、彼女は自分以外のキャラクターの存在を浮き彫りにするために、なくてはならないものだったのだ。
 天野先輩は…う…こ、これは、書きたくても書けない…(汗)。
 オチに抵触する話だからね。ただ、とにかくおいし過ぎです。そう、あまりにも…。どこかの、無口なオカルト先輩に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいの、名キャラですなぁ。
 
 (おまけシナリオ
 万葉エンディング達成後に見られる、2つの追加ギャグシナリオ。
 これについては、もう見て笑って貰うしかないでしょ! 個人的には、宝箱争奪戦編が最高。やっぱり、このシナリオ専用に描き起こされた新CGでしょ!!
 幻星戦隊・ブレザースリー!!!!  万葉の変身(!?)ミラージュ・ニース…これで、私はさらに堕ちました(爆)。
 …天野先輩…か、可愛いぞ…。
 
 (総評)
 先にも触れた事だが、この『久遠の絆』の所々に、leaf作品の影響が見え隠れしている。
 ただ、プレイしている最中ずっと私の頭から離れなかった考えがある。それは、“これを作ったスタッフは、(影響の元となった)leaf作品の完成度に、満足できなかったのではないか?”というもの。
 事実、そう思わせるポイントがいくつもある。
「痕」の他にも、「To Heart」に対するアンチテーゼみたいなものが感じられる。
 オカルト研究部の存在と、彼女達の、あまりにマニアックすぎる(それでいて、全然嫌味じゃない)知識と行動、輪廻転生という、使い古された設定ベースを適当には扱わず、かつてないほどに拘り抜いた描写を加え、さらには、それを破壊する物語。
 そして、あらゆる因縁の結果に生まれる至高の愛。
 それも、決して一人に偏らないで、ヒロインそれぞれのセールスポイントを十二分に生かし切って作られている。 
 おやこれは、よく見ればどれも、leaf作品で過去に扱ったのと、全く同じテーマではないか!
 それだけではない。和式呪術・陰陽道の描写と、その元になる知識、さらには、前世の舞台それぞれの世界観の造詣の深さ、史実とフィクションを絶妙に絡ませた演出(沖田総司の三段突きとか!)、それらの要素を、単なる味付け程度の表現にせずに、しっかりと取り込んで物語に活かしている手法は、眼を見張るものがあるのだ!
 こうやって見てみると、どうした事なのか「痕」や「To Heart」単体プレイ時は気付かなかった欠点が見えてくる。
 もっとも、leaf作品はどちらかというと“単純なストーリーに、非凡な演出”というスタイルなので、本来は比較出来ない物なのかも知れない。ただ、とにかく無関係ではないと、断言してかまわないだろうとは思うのだ。
 過去に存在した名作と同ジャンルにあえて突っ込み、さらに完成度を上げる努力を施し、そこにあふれんばかりのオリジナルエッセンスを加え、絶妙なバランスで調合したのが、本作『久遠の絆』だったのではないか?
 私は、そう考える。
 さて、散々誉めてきた本作だが、欠点は当然存在する。
 まず第一に、セーブポイントの数の少なさ
 メモリーカードの空きプロックに関係なく、三カ所までしかセーブ出来ない不便さは、かなり問題だ。
 このゲーム、実はかなり難易度が高い。先の“E'sリアクションシステム”の存在にしても、攻略本を見なければ実際の意義は理解出来ない。「WITH YOU」の宝玉発光みたいな目印があれば良かったのだが、それがないため、いくらシナリオ展開上の補正があるとはいえ、意味がない。
 そのため、いくつもセーブデータを用意して、保険を掛けながら進行するプレイが、どうしても重要になってくる。
 しかしこれでは、ページ切り替え式のメモリーカードを使用するか、セーブ機能のある改造ツール等を使用するしか、データの有効利用の方法はない。
 つくづく、PS版「To Heart」のセーブシステムは秀逸だったんだな…と、思い知らされた。
 また、テキストをすっ飛ばすスキップ機能も、かなり使いづらい。
 固定演出やCGの切り替わりはノーマルのままで、単に文章の表示速度が変わるだけだから、大したプラスにならない。
 どうして、演出すっ飛ばし・文章一括表示にできなかったのか。
 さらに、ルートが異なるとはいえ、同じ時間軸・同じ場面・同じ文章なのにスキップ出来ないため、えらくイライラさせられるという問題もある。
 コンフィグにしても、セーブとロード、振動の有無切り替えだけしかない。もう少し、使いやすい機能を盛り込んでいただきたかった所だ。
 本作は、全三章の物語で、恐らく平均的なプレイ時間は、15時間から20時間を超えるだろう。
 ただし、そのうち一回のプレイで、13時間オーバーというのは、マルチエンディングのゲームとしては、あまりにも厳しい。
 確かに、作り込まれた物語と演出の結果、長くなるのは仕方ないかもしれないのだが、それでも、これはかなりキツイ。
 かつて「ビ・ヨンド〜黒大将に見られてる〜」というパソコンソフトがあったが(「続々・九拾八式」参照)、あれと同じストレスが発生するのだ。
 どうしても物語の短縮が出来ないとあれば、それこそ、もっと積極的に使えるスキップ機能が必要だと思うが。
 あとは、どうでもいいかもしれないが“効果音”かな。
 まるで、NHKのど自慢大会の判定の鐘みたいな学校のチャイムとか、どうひいきめに聞いても、蝉の鳴き声には聞こえない蝉時雨など、もうちょっとなんとかならなかったのかという点が目立つ。
 特に学校のチャイムなんぞは、シリアスなシーンで鳴ると、「失格!」と突然言われたみたいで(笑)、興ざめしてしまうのだ。
 本作は、文章を読ませる事に重点を置いて制作され、それについては充分に目的に達していると思うのだけど、だからといって、サウンドはおざなりというのは困りものだ。
 せっかく、BGMは超・珠玉の完成度で、使い方も絶妙なのに…。惜しかったなぁ。

 『久遠の絆』は、本当に隙のない完成度を誇るゲームだ。
 どうやら、出荷数が他のソフトに比べて極端に少なかったらしく、また宣伝もほとんどなかったため、その存在に気付いていない人も多いだろう。
 そう考えると、ほとんど口コミで広がった人気なのかも知れない。ちょっと怖いな、それって…。
 はたして次回作というのが発表されるのかどうか、心配ではあるのだけど(「YOUR FIRST JOURNEY」だって!)、メガトン級の期待をして待っていたいと思う。
 これを読んだ人で、まだ本作をプレイしていない人、損は絶対しないから、見かけたら速攻でゲットするべし!
 「バイオハザード3」や「ジョジョの奇妙な冒険」とかよりも、はるかにありがたいよ。
 最後になるが、『久遠の絆』の絵は、正直言ってウケ線の絵ではない。
 だから、これまでのギャルゲーなどで慣れてきた人達には、あるいはこの古い絵柄を受け容れられないかもしれない。
 しかし、ここで私は、声を大にして言いたい。
 「」という言葉がある。
 はたして、現在この言葉の意味を理解出来るプレイヤーが、どれほどいるのだろう…?
 昨今のギャルゲーの絵柄が、「可愛らしさ」や「エッチっぽさ」という部分に重心を置いているのだとすれば、本作の絵から感じられるものは、そのどちらでもない「」なのだ。
 ほのかに香る、女の色香というか、決してフェロモン的なものではない、情緒や風情すら感じさせる、自然と調和したかのような色気…。
 そういったものが、この絵柄には込められている気がする。
 もちろんそれは、単に一人一人のキャラクターデザインだけでまかなえるものではない。背景美術や、文章表現なども手伝って、ようやく完成するものなのだ。
 特に、万葉にその傾向が強く出ている。
 彼女がもっとも感じさせる魅力は、明らかに「」だ。
 そして、形が違えどそれは、栞や沙夜にも感じられるのだ。
 ひょっとしたら、大人の嗜好に近いものなのかもしれないが、この良さは、是非とも一度味わっていただきたいのだ。
 もちろん、女性キャラだけでなく男性キャラの絵の描き込みもシッカリしているので、一方的な偏りは感じない(背景のデッサンの狂いが目立つのが難点だが…)。
 某批評雑誌では、どうやら絵についてボロクソ書いていたらしいが、どうやらそのライターさんは、汲むべきポイントを理解するのにはまだまだ感性が子供だった様だ
 同じ絵描きとしての一面も持つ私にとって、非常にインパクトのある出会いだったと感じている。
 是非とも、この「」については私も学びたいところだ。
 もしも、今までにない新たな感覚のソフトに触れたいと考えるならば、もしくは、最近のジャンル傾向の偏りにウンザリしたギャルゲーマーの方は、是非とも本作に触れていただきたい。
 私・後藤夕貴にとって、今まで扱ってきた全ソフトの中の、トップ3に入るレベルのものだと、保証しますから…!!
    
(後藤夕貴)
 
 
戻りマース