化石の歌
 
「化石の歌」
 神は、人間を創造した。そして、人間は“人形”を創造する。  …しかし、作り出された“人形”は、我々人間と何処が違うというのか…
 
 近年ウケる要素としてよく多用されるモチーフを複数取り混ぜ、さらにそれをSFにしてしまったという、稀代の怪作!
 だが、最後に心に深く残される、この言い知れぬ悲しみは何か…?
 
1.メーカー名:age(アージュ)
2.ジャンル:近年珍しい、1本道ADV
3.ストーリー完成度:A’
4.H度:B。ただし切なさが残る
5.オススメ度:D
6.攻略難易度:1本道だがAAA
7.その他:「ストーリー把握難易度:AAAA
 
 (ストーリー)
 主人公・エミールは記憶喪失。妹のプリエと共に、とある屋敷に引き取られて生活していた。
 館は、グラーフという大富豪の邸宅。エミールは、そこで“人形の調律師”としての仕事を請け負っていた。
 “人形”とは、いわば人間とほぼ同じ肉体構成によって作られた人造生命体であり、調律師とは、そんな彼等に“ユーザーの願望に沿う反応を与える事が出来る”存在である。
 調律師エミールは、古めかしい屋敷には不似合いなスーパーコンピューター・ミハイルシステムを使用し、仮想空間内で“人形”に性格や人間らしさを“調律”するのだ。
 下僕同然の仕打ちを受ける彼を支えるのは、自分を慕ってくれる妹のプリエと、透き通る様な白い肌を持つ沈着なメイド・マリーツィアの存在だけだった。
 …しかし、何かがおかしい。
 エミールがやがて感じ始める違和感は、この館全体…館に住む人々すべてに大きな関わりを持つ、驚愕の…そして悲劇の前兆であった。
 前兆…?
 否、それはすでに遠い昔のコトだったのではないか……?
 
 地球の文明など、遙か昔に忘れ去られた遠い未来の時代…
 辺境の惑星に辿り着いた惑星開拓団により構築されたこの世界は、あらたなる“崩壊”の危機を、迎えようとしていた……。
 
 
 唐突だけど結論。
 このゲーム、確かに面白い。
 面白いんだけど、人に奨められるか…というと、非常に悩む。
 そのため、先のように非常に不可解な評価を下さざるを得ない。
 これらについては順を追って説明するが、とりあえず今回も予告。
 
 この先、ずばりネタバラシしてますから、まだやってない人はご注意の程を!!
 また、ゲームの性質上かなりの長文になってますから、覚悟決めて読んで下さい。
 
 
 先の通り、「化石の歌」を構成している要素は非常に面白いものばかりだ。
 良くある問答で、いくつかの別々の単語を織り交ぜた話を考えてみよう…というのがあるが、ああいうもので例えるならば、本作はもの凄い単語が羅列する。
 
「館」「メイド」「猫耳娘」「陵辱」「お兄ちゃん」「泣かせ系演出」
 
…と並び、とどめとばかりにこれを「未来SF」というカテゴリーでくくってしまった
 当然、普通こんなムチャクチャな混ぜ合わせ方をすれば、生まれてくるのは「志だけは高い駄作」というレッテルを張られる作品というのがお決まりのパターンだ。
 だが本作は、そういう呪縛から見事に逃れている。
 それだけでも、まず充分に評価出来るものがあるだろう。
   
 「化石の歌」は、いわゆる「幻視混合」がテーマとなっている。
 過去の作品ならばXENON〜魅入られた肢体〜(古い引用だな!)の1本目シナリオ等に非常に良く似ている。
 
 現在の生活は、果たして本当に現実なのか?
 仮想世界として見ている映像の方が、現実なのでは?
 その観念が逆転した時、現実と夢の棲み分けはどうなってしまうのか?
 
 …そういった強迫観念が、ジワリジワリとエミールを追いつめていく過程は、非常に濃厚で素晴らしいものがある。
 記憶喪失の主人公にランダムに与えられる情報が、すべて本当のコトなのにも関わらず1本のラインで繋がっているわけではない…そのため、主人公は情報を整理&分析または推理して、自分なりの結論を出して行動しなくてはならない。
 またプレイヤーが感じるそういった感覚は、ほぼリアルタイムでエミール自身も感じており、彼の中の断片的な記憶が、さらに探求心を煽る仕組みになっている。
 こういうスタンスが確立しているため、主人公=プレイヤーが得る疑問や違和感に、独特の説得力が生まれる。
 プレイヤーが食いついていくだけの、魅力ある謎解きとでも言えばいいのか、ある程度の推理を許容するゆとりが含まれた魅力有る“謎”…
 独自の、廃退的とも言える世界観の中で生きるそれは、プレイヤーの探求心を駆り立ててくれるだろう。
 近年非常に増えてきた“記憶喪失の主人公”という設定だが、それをこれほどまでに切なく悲しい演出に活かした手腕は、絶賛すべきだろう。
 思い出したいのに、思い出せない苦悩…というだけでなく、自分以外のものが記憶を失ってしまった時の悲しみも、十二分にアピールしている。
 また、ようやく取り戻した記憶から、かつてこの「館」が現実に存在していた頃の思い出が断片的に紹介されるのは、かなり…悲しい。
 ミハイルが作った“機械仕掛けの鳥”と、本当の猫だった時のクルルの思い出は、かなり胸に切ないものが残ったものだ…。
 
 ともあれ、よくまぁこんな世界観を構築したもんだ。
 バロック調のBGMに彩られた、「館」という名の閉鎖空間の中で繰り広げられる従属生活と、その裏に隠された悲しい事実の符合はとてもいい感じだ。
 こういう「後ろ向き」な感覚って、私自身はとても魅力を感じる…のだが、果たして他の人にとってはどうだろう?
 
 これが、本作をプレイしていて思った第一の感想。
 そして、本作にいくつも点在する“どうしようもない欠点”の中の一つである。
 
 「化石の歌」のストーリー運びは、ほぼすべて「後から説明が付加される」形式を取っている。
 つまりそれは、いきなり現状描写から始まり、しばらくしてから「なぜそうなったのか」という理由を説明するという事だ。
 そのため、スタート直後は状況判断が容易ではない。
 “人形調律”“独自の仕事を与えられた従属生活”“拾われ者”“本当の妹ではないとわかっているプリエの存在”“ミハイル・システム”等、それぞれに丁寧な説明を要する特殊なものが、一気に登場してしまうために起こる問題だ。
 綿密な設定があるのはいいのだが、その提供の仕方が悪いために起こる事なのだ。
 しかし、これは本作にとって“副産物”的なものといえるかもしれない。
 とはいえ、その一言だけでは収まらないものもある。
 肝心要のミハイル・システムの素性説明がラストまで引っ張られるのはいいとして、そのシステム自体の説明が不充分または不明確なので、いまいちプレイヤーへの浸透度が薄い。
 結局、エミール=セルティが仮想世界で行っていた“調律という名の疑似体験”が、どうして“人形”の性格設定に繋がるのかが、解りにくい事この上ないのだ。
 どうやら、ミハイル・システムというのは(その真の目的はあえて置いといて)“人形”という精神的素体に「王女」「巫女」等の役柄を与え、それに様々な影響を与える存在として、調律師エミール(=セルティ)を配しているらしい。
 調律師の行動が、その仮想世界での王女や巫女達の性質を決定していくにしては、あまりにそのやり方に疑問が感じられる。
 
 まず第一に、それぞれの仮想世界に設定された環境に、あまりに二人が縛られ過ぎているという点。
 崩壊を目前とした王国の、王女の最終決断のうんぬんには、もはやセルティの介入する余地は残されていない。状況要素が強すぎるため、そこにいたるまでにセルティが行った事の影響力が、見えてこない(エレディア王女が2タイプの成長をするものの、結論としてはさほどかわらないというのも問題か)。
 イスファーナにしても、同様の事が言える。
 彼女の場合、調律段階でバッドエンドへ直行の可能性があるというのは、理屈は解るにしても納得がいかない。
 また、敵将軍がイスファーナを狙って襲撃を掛けてくる展開も、「調律上そんな展開が必要だったのか?」「人形達に影響があるのか?」という疑問が沸いてくる。
 バッドエンドのイスファーナやアスターナの場合は、環境に流されただけであって、決して調律の失敗という訳ではないと思うのだが…
 エピソードが断片的にしか語られないというのも、それを助長している要素だ。
 まぁ、あくまで仮想世界のやりとりはエミール自身にとってさほど重要じゃないのはわかっているんだけど…
 第二に、その“調律済み”の性格を現実の人形素体にインプットする行程が、画面内に一切出てこない事。
 物語上では、諸事情からエミールにその権限が与えられていない事になっている。
 どうやら、その役目は館の主ヴェールカが行っているらしいのだが、そういう設定のため、調律という行為と人形が完成するという現実が結びつかない。
 まるで、全然関係ない事をやっているのではないか? とも錯覚してしまう。
 せめて、エミールが“調律済みの性格”とやらを“人形の素体”にインプットする行程を覗き見させればよかったのだ。
 現実の世界で、エルディアやイスファーナ、アスターナが登場したなら、それはそれで面白い事になっただろう。
 もちろん、この場合彼女達が仮想世界通りの性質を持っている必要性はないが。
 
 本作のキャラクターは、皆とても良い存在感を出している。
 それぞれに重要な役どころがあり(憎まれ役も含む)、ちゃんと個性もあるため人物像把握が容易である。
 なぜかロシア系のネーミングで統一されているため、ちょっと名前を覚えるのに一苦労するといった問題もない訳ではないが、それは些細な事でしかない。
 一切喋らず、YES,NOだけでしか反応しないセリユ一人とっても、存在感や居る事に対しての重要性は高いし、グラーフなど、まともに出てくるのはたった1回きりなのにも関わらず、もの凄い存在感を持っている(記憶映像の中ではちょっと出演するけど)。あのデザインじゃ、嫌でも忘れられない気もするけど…
 特に本作のメインヒロイン・マリーツィア(…ヤバい、また堕ちたか?)の存在の重要性はもの凄い。
 途中までは、ただ「エミールにとって気になる存在」に過ぎなかった彼女が、少しずつエミールの心の中を浸食していく。
 結局、人形であったために何度も殺され、その度に復活させられていたエリーツィアが、その永遠の呪縛の苦しみを少ない言葉で訴えていく所は、あまりに切なく、息苦しささえ感じられる程だ。
 反面、メーカー側にとってのメインヒロイン・プリエの存在は希薄となってしまった。
 もちろん、全然存在感がないとかそういう事ではないが、メインという言い方をしてしまえばマリーツィアの方が正解だろう。
 付属のキャラクター解説で、プリエに“メインヒロイン”と書いてあったのを見て「違うだろ!」と呟いてしまったほどだ。
 
 自分が人形である事を途中で主人公に気付かせ、かつそれに明確な答えを与えずにじらす方法も見事だが、“誰の人形なのか”までわからない事を巧みに利用して、主人公=ミハイルではないか、と錯覚させていく演出には舌を巻く。
 ここでの演出がしっかりしているから、ラストになって発覚するミハイルの奇行、本体のエミールが殺された際の件のエピソードが生きてくるのだ。
 こういう細かい所までしっかりしているというのが、本作の強みなのだ。
 
 だが、ここにも残念ながら問題がある。
 人物関連設定を、すべて完全に把握出来たプレイヤーはあまりいないのではないだろうか?
 ミハイル・システムの本来の目的が表面化する辺りから、だんだんときな臭い雰囲気が漂い始める。
 先の「幻視混合」が表面化する事によって、それまで不明瞭だった部分がすべて複雑化する。
 システムの目的「再創造計画」、さらに、外部から侵入してくる別システム・シオングローブが派遣したプリエが、実はマリーツィアとエミールの子供だとか……
 もう、どうしてそうなるのか全然解らない。
 否、解っているんだけど、それについてプレイヤーたる自分が自信を持てないのだ。
 こういう所は結構多く、かなり複雑である。
 ゲーム中に出てくる用語を片っ端からメモし、関連図を作成でもしなければ、把握は難しいのではないだろうか?
 これが、“ストーリー完成度評価は高いのに、オススメ度が低い理由”でもあるのだ。
 私は、2回目のブレイでようやく全体像が把握できた…と、思っている。
 
 ゲームシステムに、視点を移してみよう。
 本作は、「猟奇の檻」などで採用されていた“訪問型イベント発生”タイプである。
 7日間、3階層構成の館の各所を巡り、それぞれのポイントで条件を整えて行き、唯一のハッピー(……抵抗があるが)エンドへと向かっていく。
 その時点での展開によって、行ける所だけが表示されるという親切設計、さらには本来の展開に問題なく進んでいる場合は、ホールに設置された「動かない柱時計」が僅かに動いて、ポイント通過を教えてくれる。
 結構、進行には問題ない様に感じられるところだが、実はそうでもない。
 ここに、場面場面の選択肢が入ってくるため、一気に攻略難易度が上昇するのだ
 先で、本作は一本道ADVだと称したが、厳密には違う。
 エンディングが1つだけであり、バッドエンドはそれこれ無数に存在しているのだ。
 このバッドエンド分岐があまりに多く、また見極めが難しいため、このゲームはエンディング数1つの割に、異常な難易度を形成してしまった。
 特に、ラスト間際の選択肢の嵐は閉口する。
 ミハイル・システム内でエミール自身の“過去の記憶”と話す場面がそれだ。
 あと僅かの地点にいながら、平均3つの選択肢が連続で羅列するため、かなりえげつない事になる。
 私自身すべての組み合わせを試したわけではないが(さすがに)、ほとんどバッドエンド行きになった事は言うまでもない。
 また、そこを抜けて書斎での最重要イベントを終えた後も、いきなり「さあ、どこかへイケ」状態で放り出されるため、路頭に迷う。
 もちろんこの場合、CG回収の意味もあるから多少はかまわないだろうが、先の連続選択肢地獄を抜けた後だけに、結構ウンザリさせられてしまう。
 1本道という事は、正しいルート以外はすべてハズレという可能性が高い事に繋がる。
 時には、こういうシステムが一番始末に負えないという事に、改めて気付かされた。
 バッドエンド後にはヒントも出るんだけど、あまりに抽象的すぎて全然ヒントになっていないというのも困りものだが。
 
 (総評)
 それにしても、私的には予想外の傑作であった。
 細かい問題点はあるにはあるが、総合的には及第点どころか、かなりの高得点だ。
 ただし、これはハッキリとプレイヤーを選ぶ。
 そのため、恐らく酷評を呈する人も多くいるだろう事は予想出来る…。
 
 本作の根底には、多分に「TRIGUN」の影響が見え隠れする。
 辺境惑星に移住した人間達、ロストテクノロジー、時代がかった環境設定…“人形”も、レオノフ・ザ・パペットマスターを思い出せば何となく納得する。
 しかし、例え本当に「TRIGUN」を参考にしていたとしても、そのままベタに設定を流用せず、練りに練って立派なオリジナルとして昇華させている。 
 近年、やたらと安易な流用やパクりが多いものだが、こういうものならばむしろ歓迎されるべきものだ。
 
「化石の歌」の舞台は、すでに“終わってしまった物語”の上に形成された世界である。
 言ってしまえば、主人公を含めたほぼ全員が、すでに“死んでしまった人達”である。
 ミハイル・システムのインターフェイスとして登場する疑似人格・カルムとシエルや、一応クルルにしてもそうなんだから、これには驚かされる。
 記憶を失ったエミールは、欠如した記憶をミハイル・システム内に保存してあり、それが自身と結びつく事により、それまで現実世界だとばかり思われていた「館」という仮想世界を打破する原動力となるのだ。
 
 もともとは、病死したマリーツィアのために…システムにメモリーされた“彼女の記憶”のために構築された、本来は幸福な生活の場となるべき「館」。
 それが、科学兵器の残留汚染によって狂ってしまった実母・ヴェールカの歪んだ願望によって変質してしまう。
 …自らの命を犠牲にしてまでマリーツィアを救おうとした聖母が、仮想世界では実娘マリーツィアを陵辱し、何度となく“死”を与えていく悲劇…!!
 彼女達の心を救うためには、彼女達が“生きるために残された記憶”を殺さなくてはならないという矛盾…永遠の別れを迎える事でしか、救いを与えられない皮肉…
 
 ラストに集束する展開は、激しくプレイヤーの心を打つ。
 
 燃え尽きゆく館の中、炎に包まれながらも微笑むマリーツィア。
 そして、死に際にようやく本来の心を取り戻したヴェールカ…
 …あまりにも悲しい、悲しすぎる結末である。
 そして、システムに明かされる本当の悲劇…生前のマリーツィアに宿っていた“新たな命”…エミールとの愛の結晶が存在していたという事実。
 
 「どうして、なぜに彼女達はここまでの悲劇を受け容れなければならなかったんだ!」と、大声で叫び出したくなる程の悲しみ。
 
 少なくとも、これで私の心の中からは、マリーツィアとそれを巡る物語は当分消えそうにない…。
 
 しかし、そんな悲劇に本当の結末を導くエミール自身も、すでに“死人”なのである。
 唯一の希望として、本当の現実世界に生き残ったプリエの姿を見ながら、静かに息絶えるエミール…
 彼等が、この辺境惑星に刻みつけて行ったものは、果たして何だったのだろうか?
 人として生きるために、人間らしくあろうとしたために試みた事が、すべて裏目に出てしまった“成るべくして成った悲劇”…
 一人残されたプリエは、ミハイルやエミールら研究者達が望んでいた事に、どこまで貢献していけるのだろうか…?
 
 近年稀にみる、名作中の名作悲劇といえるだろう。
 最後に、音楽は近年最大級の名曲揃いと思っている。
 是非、サントラ化を求む…!!
     
(後藤夕貴)


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