時間軸柔軟性説

 通常、SF世界での時間旅行においては、過去の物になんらかの影響を与えることは厳しく禁じられている。
 端的に言うと、過去で誰かを殺した場合、その人の子孫が存在し得なくなるためだ。
 例として、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が挙げられる。
 過去に戻り、自分の母親のハートを射止めてしまった主人公マーティが、その故に自分の存在を消しかけてしまうという展開を見せる。
 要するに、両親の結婚を邪魔する行動をしてしまったために、子供が産まれなくなる未来を生み出しかけたのだ。

 これがもっと進むと、訳の分からないことになる。
 いい例が映画『ターミネーター』だ。
 未来世界を支配するコンピュータ:スカイネットは、未来でのレジスタンスのリーダー:ジョン・コナーを抹殺するための方策として、生まれる前に母親を殺すという手段を選んだ。
 これは、結局のところ、その計画を阻止するためにジョンが送り込んだエージェント:カイルがジョンの父親となることで、“そのこと自体がジョンを生み出す”という自己矛盾的な歴史の必然にまで昇華されてしまった。
 “卵が先か鶏が先か”という、面倒なところまで行ってしまった例だ。
 このように、SF世界では、タイムパラドックスを扱うと、大変な面倒を背負い込むことになる。
 ちなみに、続編『ターミネーター2』では、『ターミネーター』で現代に残されたターミネーターの腕の回路の研究を基にスカイネットが作られたことが語られ、ジョンとサラの活躍で前作での腕は破壊したものの、今作でジョンが送り込んだターミネーターの腕がまた残ってしまい、結局元の木阿弥というネタになっている。

 そこでドラえもんについて考えてみよう。
 最初に、ここでは映画『2112年ドラえもん誕生』での変更以前の設定に基づく説明となることを断っておく。
 ドラえもんは、あんなオマヌケなヤツだが、22世紀から来たスーパーテクノロジーの塊だ。
 実際、ドラえもんのポケットから出てくる道具を使えば、世界征服だろうが商業的大成功だろうが思いのままだ。
 そして、ドラえもんの世界にはタイムパトロールなるものが存在していて、航時法の下、時間犯罪者を何人も捕まえている。
 にもかかわらず、20世紀の平凡な家庭に住みついた超科学の結晶が何かやらかしても、ほとんど干渉してこない。
 たまに干渉してきても、ドラえもんやのび太を捕まえようという気配すらない。
 それは何故か。

 その理由は、“ドラえもんがきちんと政府の許可を取ってのび太の家にやってきて、その許可の範囲内で行動しているから”だ。
 実際、未来で法律が変わったりして、ドラえもんが未来に帰らなければならない話がちゃんとある。

 確か、30年ほども前に『コロコロコミック』で読んだ設定だと記憶しているが、22世紀から過去の世界に移住する場合は、政府の審査を受けることになっている。
 審査機関では、過去に行く者が歴史を変えるほどの能力の持ち主であるか否か、また、過去で接触する予定の者が未来の道具を利用して歴史を狂わせるほどの頭脳の持ち主か否かを審査した上、そんな頭を持っていない、平たく言えば無能な者同士の組み合わせである場合にのみ、過去に住むことが許可されるのだ。
 しかし、前述のとおり、厳密に言えば、蟻1匹踏みつぶしても未来が変わる恐れがある。
 そもそもドラえもんは、のび太の子孫であるセワシの命令で、後にのび太が多額の借金を残すのを未然に防ぐために、のび太を静香と結婚させるためにのび太の家にやってきた。
 本来、のび太の妻になるのは、ジャイアンの妹のジャイ子のはずだったから、これは未来を変えるという目的にほかならない。
 それなのにどうして許可されたのか?
 その鍵となるのが「時間軸柔軟性説」だ。

 のび太は、セワシから静香と結婚するよう言われた時、結婚相手が変わったらセワシが生まれないのではないかと聞き返している。
 おお、意外に頭いいじゃん。
 それに対するセワシの答は“例えば東京から大阪に行くのに、飛行機に乗っても新幹線に乗っても、結局たどり着けることには変わりない”というものだった。
 …到着するのに掛かる時間も金額も違うとは思うが、ある程度時間が経った一時点で大阪にいるという事実は存在する。
 つまり、多少途中経過に変動があっても、時間の流れ自体がある程度の柔軟性を持っているために、ある時点までに同じ結果に到達できるということだ。

 恐らくタイムパトロールがしゃしゃり出てくるのは、それが出来ない事態に至った時なのだろう。
 でないと、タイムマシンなどという危険きわまりないシロモノが市販されているわけがない。
 要は、ジャイ子とだろうが静香とだろうが、のび太に子供さえ産まれれば、子孫たるセワシは存在できるのだ。
 これを「時間軸柔軟性説」という。
 つまりドラえもんとのび太のコンビなら、未来の超アイテムを利用して何をしたとしても、歴史に重大な危機をもたらすような事件は起こせっこないという判断の下、許可が下りているわけだ。
 こうして、のび太が静香と結婚するという改変は無事行われ、それを前提にした未来でもドラえもんがのび太のところにやってきたという事実は変わらない。

 『ドラえもん』の中にも、ドラえもんによってもたらされた歴史どおりの事実というネタは存在する。
 歴史上、ツチノコを発見したのはジャイアンとなっているが、のび太は自分が発見者として名を残すためにドラえもんに頼んでツチノコを用意する。
 そしてマスコミを呼ぶが、ツチノコが逃げてしまい、結局それを捕まえたジャイアンが発見者になってしまうのだ。
 この時、のび太とドラえもんの行動がなければ、ジャイアンはツチノコを発見できなかったことになる。

 前述の『ターミネーター』にしても未来からの干渉で現代が多少変わっても、それにより未来が大きく変動することはないという構造になっており、時間軸柔軟性説を採用していると言えるだろう。
 『タイムレンジャー』も、30世紀から来たギエンとブイレックスによって発生する「21世紀の大消滅」が前提となった30世紀があるという点で、時間軸柔軟性説を採っていると思われる。

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