わざわざそういうラスト


 『道尾幸司物語U 〜勇者達の道程〜』という作品を挙げたい。

 月刊少年ジャンプに連載されていたあろひろし作『優&魅衣』という作品がある。
 ド田舎から高校に通うため引っ越してきた相夢優(あいむ・ゆう)が、矢荷成荘(やになりそう)というアパートで、その部屋に取り憑いている魅衣(みい)やほかの下宿人・大家達と騒動を巻き起こすというギャグ漫画なのだが、この『道尾幸司物語』は、それに登場する道尾幸司(みちお・こうじ)というキャラクターが主役となった番外編だ。
 最初に断っておくと、道尾幸司は、場面転換用の一発ギャグ要員であり、主人公である優らとは全く関係ない存在だ。

 
 道尾の登場パターンというのは、以下のような形だ。
 優達の騒動による爆発などが起きると、道夫がその騒ぎを聞きつけて「むっ、事件か!? 私の出番だ!」と叫び、クラーク・ケントよろしく物陰に入って着替えを始める。
 この際
  彼の名は道尾幸司。普段は平凡な市民だが、ひとたび事件が起きると
というナレーションが入り、ドカヘル姿の作業員姿になって現れた道尾が、「ワハハハハハ」と高笑いを上げながらアスファルト路面を砕いていくのだ。
 そして、そのシーンに被って
  道路工事を始める変態である
とナレーションが入る。
 要するに、1つの騒ぎの後に、閑話休題といった趣のワンクッションとして騒ぎを起こすためにいる便利キャラだ。
 だが、どうやら作者のお気に入りになったらしく、彼は数か月にわたって登場し続け、やがて本編とは全く関係ないところで、彼独自の物語が始まってしまった。
 彼の前に宿敵「マンホールの蓋」が登場したのだ。
 一応断っておくが、これは擬人化された何かではなく、何の変哲もない金属板であり、ライバル意識を持っているのは道尾だけという独り相撲だ。
 そして、この強敵の前に何本ものツルハシが折れたという過去が語られ、負けるわけにはいかないと、道尾は根比べに入る。
 「先に動いた方が負ける」…はっきり言って、マンホールの蓋が動くわけはなく、3日3晩の睨み合いの末に道尾が敗れて終わるのだが、その後、道尾は宿敵に雪辱を果たすべく山に籠もる。
 この辺りの事情が描かれるのが『優&魅衣』番外編『道尾幸司物語』だ。
 
 この物語で、道尾は一刀彫の名人が彫った名刺を持つ保険勧誘員や、まな板を持つ夜泣きソバ屋の親父と出会い、自らも名人にツルハシを作ってもらうことになる。
 ちなみに、その後、この夜泣きソバ屋の親父は『幻の夜泣きソバ』、勧誘員は『姿なき保険屋』となっていくことが語られる。
 ソニックブームとドップラー効果のかかったチャルメラを残し、客に呼び止められることなく去っていく夜泣きソバ屋や、相手に姿を見せることなく契約を結んでいく保険屋という、自らのアイデンティティーに矛盾する設定を持つバイプレーヤーや、一刀彫で作られた(木製の)まな板(これはまぁいい)、名刺、ツルハシという不条理な道具がメインとなった短編で、道尾は名ツルハシ玉金(たまかね)を手に入れ、再戦を期して町に帰って来る。
 そして、遂にマンホールの蓋を破り、喜び勇んで前に進み…マンホールに落ちる。
 這い上がってきた道尾は、「知らなかった。マンホールの蓋の下には、穴があったのか」とショックを受け、荒れた生活を送るようになるが、弟:清治(せいち)に渡されたアメリカで道路開拓をしている父:発太(ほった)からの手紙を見て、再び山に籠もり、「敵と共存すればいい」という悟りを開き、マンホールから落ちた後も下水道を掘り進むという一歩進んだ変態になる。
 もちろん、弟は、事件が起きると道を埋める(整地する)変態であり、父は道を掘る変態だ。
 また、母:ローラも登場し、ロードローラーで道をならす変態であることが語られている。
 
 『優&魅衣』本編には、玉金で宿敵マンホールの蓋を叩き割るくだりだけがフィードバックされており、道尾はこれ以降本編には登場しなくなる。 

 その後に続く物語が、この『道尾幸司物語U 〜勇者達の道程〜』だ。
 ヨーロッパを牛耳る道路工事業者アスファルト伯爵が、日本に眠るという工事力(こうじりょく)を狙って攻めてくるという物語だ。
 発太がアスファルト伯爵に倒され、伯爵に追われる金髪の少女ジョスイが幸司を訪ねてくるところから物語が始まる。
 このジョスイ、本人以外の全員からジョシーまたはジェシーと呼ばれており、その度に「私の名前はジョスイよ」と訂正するのだが、さらわれそうになったときも「くるんだジョシー!」と腕を掴まれ、「キャアッ 私はジョスイよ!」と訂正する律儀者だ。
 ともあれ、ジョスイを守るため、そして日本の道路を守るために立ち上がった幸司だが、なす術もなく破れる。
 勝つには、工事力を身につけるしかない。
 そこで再び山籠もりすることになった幸司の時間稼ぎとして、前作登場の『幻の夜泣きソバ』と『姿なき保険屋』が敵をくい止めることになった。
 いつの間にか保険契約を結んで敵の資金を削り、ソニックブームで敵を吹き飛ばして戦う2人を残し、幸司は工事力研修所で瞑想する。
 そして、”工事とはひとり掘るものにあらず。掘る者がいて、配管する者がいる。それを埋めてゆく者がいて、後にならす者がいる! この全てが揃って初めて工事と呼ぶ“と悟った幸司は、戻ってくる。
 唯一の問題点だった『代々続く配管工』も、ジョスイがそうだった(そのために狙われていた)ことが分かり、遂に工事力を手にすることができた。
 ジョスイのフルネームはジョスイ・ド・カーン、つまり「上水道管」というネーミングのシャレであり、彼女がさんざん「私の名前はジョスイよ」と言い続けてきた伏線がここで見事に結実する。
 戦いの場へと戻り、工事力アタックで工作獣を倒した幸司の前には、力つきた保険屋の姿と、今正に倒れんとするソバ屋の親父の姿が…。
 「遅かったじゃねえか。もう…ソバが…冷めちまったぜ」と言い残して息絶えた親父に礼を言い、幸司は決意も新たに、迫り来る敵要塞に立ち向かう。
 そして、幸司一家とジョスイが、その全力をもって敵要塞を迎え撃とうとするシーンに、いつものナレーションのバージョンアップである
  彼の名は道尾幸司! 彼女の名はジョスイ・ド・カーン! 彼の名は道尾清治! 彼女の名は道尾ローラ! 普段は平凡な市民だが、ひとたび事件が起きると道路工事を始める…代々続いた変態である!
が被り、物語は終わる。

 この物語は、幸司達とアスファルト伯爵の最終決戦を描こうとはしない。
 光子力に引っかけた工事力、光子力研究所をもじった工事力研修所、機械獣ガラダK7とダブラスM2そっくりな工作獣ツルハーC5とショベL2、ミケーネの万能要塞ミケロスそっくりな機動建設要塞ハンバーといった、恐らく「道尾幸司」と「兜甲児」から連想したと思われるパロディをスパイスにしつつ、ゲストキャラであるジョスイの名前の秘密、前作で登場した友人達の奮戦と「ソバが冷めちまったぜ」というそば屋のセリフといった細かいネタの数々を散りばめながら、幸司の家族の名前・性質を絡めて物語を展開しつつ、ルーチンギャグとして使われてきたナレーションで締めるという、実に計算され尽くした構成になっているからだ。
 はっきり言って、それ以後の戦い、つまり、敵要塞を叩き崩していく様を描いても蛇足にしかならない。
 突撃で終わる形ながら、後に述べる「綺麗に終わる」を見事に体現した傑作読切だと思う。



いまだかつて誰一人食ったことのない夜泣きソバ!