ポリッシャー
Mr.Boo
更新日:2004年1月18日
 休みの日に出かけた帰り、電車はもう終電の一歩手前だった。
 そして改札口を通って駅の構内を出て家路につこうという時に、しばらく見かけなかった機械が目に入る。
 メーカーにより形は少し違うのだろうが、液体ワックスの上に円形のブラシ状のマットを置き、その上にブラシを回転させるために載せられたモーターと、それを操るための柄を持つ清掃用具。

 ポリッシャーだ。

 タイル張りの床を持つ建物を清掃するごく当たり前の用具だが、その清掃時間は基本的に月に1〜2回深夜に行われることがほとんどのため、滅多に見かけることは無かったのだが、この時はたまたまタイミングが合ったようで、これから作業に入る所らしい。
 ポリッシャーを扱うのはもちろん清掃会社から派遣された方々数名で、アルバイトもいるだろうが、最低一人は用具の扱いに長けたプロが就いているはずだ。

 と考えつつ、ふと昔のことを思い出す。
 …そう、プロはいるべきだ。
 どこを掃除する時であっても。


 確か高一の頃だったろうか、面倒くさいだけの掃除当番が回ってきたある時の事。
 いつもなら机をよけて箒で掃き、手間をかけるだけの退屈な作業をするはずが、今回はなにやら様子が違う。
 まず、掃除は生徒だけで行うのが当たり前なのに、先生が残っている。
 更に机を全て廊下に出し、バケツに入った白い洗剤が運び込まれ、最後に運び込まれた初めてみるツインテール? のようなフォルムを持つ機械。
 そう、この日はポリッシャーがけの日だった。

 それまでポリッシャーなんて聞いたことも無く、初めて見るそれは、扱う興味をそそられるには十分な代物だった。

 「さあ、じゃ始めようか。」と先生。
 「どうやるの?」と、BOOを含む生徒3人。
 「さあ…?」

 実は誰も解っていなかった。

 一応「床にワックスを撒いて、円盤状のブラシを置き、その上にモーターのある本体を重ねてスイッチを入れれば床との接地面が回転するから、後はくまなく教室中を磨けばいいだけ」という程度のレクチャーはあったらしいが、ちゃんとした操作法は教えてもらっていないらしい。
 後で聞いた話では、他の教室も似たようなものだったという。

 しっかりしてください、先生。

 ま、とにかくやってみようということで、勇敢なクラスメイトAが一人目のチャレンジャーとなって、スイッチON!
 …友よ、なぜ右に行く?


 結局戻ってこられなかった彼を笑いつつ、クラスメイトBが交代してスイッチON!
 …壁に当たったまんま戻ってこねーじゃねーか。

 そしてBOOもやってみる。
 …あやや、本体からブラシがずれてしまって動かないや。

 そんな様子をニヤニヤしながら眺めていた先生が、ポリッシャーを手にしてスイッチON!
 おお、移動している!
 …の割にはえらく両腕を突っ張らせ、窮屈そうな感じ。

 明らかに必死になった顔で腕を突っ張るその姿は、まるで鉄棒やっているように見え、動きもノロノロしてとても操作しているとは言い難い。
 とにかく、ろくに掃除ははかどらず時間ばかりが過ぎていく。
 しばらくすると、みんなが代わる代わるチャレンジし続けて、BOOの順番が次第に回ってこなくなったので、彼らを…というか暴れる機械を眺めつつ、なぜ変な動きになるのかを考えてみた。

 ポリッシャーのブラシは、モーターの力を受けて回転する。
 回転は時計回りのため、円盤が手前に傾くと右に、奥に傾くと左に、まるでタイヤが転がるかのように動き出し制御がきかなくなるのだ。
 しかも、肝心のモーターはブラシに添えられているだけで位置的に浮いて不安定であるため、ふらふらしてバランスが取れない。
 それを無理やり抑え込むからポリッシャーが反発し、みんなを振り回しているのだろう。

 ならば、床に対して水平に安定させてやれば問題無いはず。
 そこで久しぶりに順番を譲ってもらい、柄を60度くらいに傾けて持ってみたら…よっしゃ! その場での回転の維持成功。
 この角度を保ちつづけていれば、自在に動かせることも判明した。

 実は柄を持つのに一番楽な角度のようなのだが、みんなモーターの勢いを気にして力を入れる(柄を垂直にして押さえ込もうとする)あまり、逆に制御できなくなってしまっていたのだ。
 それが解ってからのポリッシャーがけは実にスムーズに進み程なく終了したが、操作できるまでが長かったために、全体的にかかった時間は一時間をゆうに超えてしまっていた
 掃除中に、せめて一人ポリッシャーの出来る人が見回っていたなら、それほど振り回されることは無かったのにと思うと、無駄に時間を費やしたことにもったいなさを感じてしまう。
 まあ、友達や先生と笑いながら出来たことに関しては楽しかったから、それはそれで、いい思い出ではあった。

 ……というところで回想は終わり、掃除の人達とポリッシャーを改めて見直す。
 今にして思えば、指導の重要性と個人の発想が具現化した実感を同時に感じたことは、あの時が初めてだったかもしれない。
 今は仕事に慣れちゃって、そうした実感が沸く機会も少なくなったからなあ。


 あれこれ思考をめぐらせつつ、彼らの傍らを通り過ぎていく。
 おもむろに、ビルに設置されている時計を見て一言「うお、あと20分で『藍より青し〜縁』が始まっちまう」。

 …全ての思考が、そっちのけになる男がここにいる…


 → NEXT COLUM
→「気分屋な記聞」トップページへ