時代考証のお話
柏木悠里
更新日:2004年1月8日
 当サイトの話題の一つ、『水戸黄門』。
 これが時代劇なのは皆様ご存知の通り。
 さて、皆様は時代劇を見る時、時代考証をどれくらい気にしておられるでしょうか?

 「んなモン、面白ければ何でもアリ! 考証なんて気にしない!」という方から「ちょっとは押さえてくれた方が雰囲気があっていいんだけど」という方。
 また「あまりにも考証がなってない!!」といつも画面に怒りをぶつけておられる方……など様々いらっしゃる事と思います。
 ちなみに私はというと、時代劇は好きでしたが、20代になるまで時代考証なんてさっぱり気にしていませんでした。

 それがある日突然(本当に突然!)、推理小説好きと時代劇好きが頭の中で合体して「そーだ『捕物帳』も読んでみよう」と思い立ちまして、手に取ったのが都築道夫氏の『なめくじ長屋捕物さわぎ』。
 その中には、今では忘れ去られた江戸風俗が丁寧に、かつ魅力的に描かれておりました。 

 それ以来、江戸の風習・風俗を調べるのが面白くなり、TV時代劇を違った視点で見る様に。
 それでも物足りなさを感じる事はあまりなかったのですが、年が経つにつれて、時代劇に出てくる江戸がエドやEDOになっている気がしてきて……。
 ここに至って初めて「けっこう重要なんじゃないのか? 時代考証って?」と考える様になりました。


 ここでいう時代考証とは、素人の一視聴者から見て、主に江戸時代を舞台にしているTV時代劇の中で、当時の風習・風俗を「らしく」描けているか……というレベルのお話です。
 専門的な時代考証云々、となると江戸時代は長〜いので、前期・中期・後期でだいぶ違うため、すべての時代劇がツッコミ所満載になってしまい、時代劇なんて見られるシロモノでは無くなってしまうかもしれません。
 いかに時代劇といえどもフィクションなのだから、時代考証よりエンターティメント性重視。
 「らしく」描く必要はあっても「そのまま」描く必要は無い訳で。
 事実、プロの考証家の方々もあえて目をつぶっている点もけっこうある、と聞いた事があります。
 第一、上手く騙せれば勝ち。
 池波正太郎さんの書く小説中の江戸は、小説の記述どおりに地図を作ると四次元交差しているそうですが(笑)、文章の流れの上手さで気にならないとか。
 それにギャグのつもりでわざと考証を無視している物は面白い事もあるし。

 とはいえ、最近の時代劇は当時風(あくまでもそのままでは無いので〜風)に「らしく」描くのも放棄して、何でもかんでも現代そのままにやっている印象を受けます。
 例えば、ご存知の方も多いでしょうが「麦茶」は当時の江戸では「麦湯」でした。
 これなんかはそのまま使っても話の流れと映像で「ああ、昔はそう言ってたのか」とわかるレベルだからか、少し古い時代劇ではそう言っている物もけっこう多いようです。
 こういうわかりやすい“昔はこうだった”系は上手く使えばかなり江戸情緒を感じさせる粋な時代劇に仕上がるのではないかと思うのですが、当節、そうもいかない事情があるようで……。



 〜時代考証通りにやれないぞ! 助けて首切り朝右衛門!!〜


■その1.今の風俗とはかけ離れすぎていて、解説が必要

 これの代表はお歯黒でしょうか。
 江戸時代、結婚している女性は、眉毛を剃って歯を黒く染めるという習慣がありました。
 ついでに結婚していてもおかしくない年齢の女性が「白いまんまじゃ恥ずかしい」っていうんで、未婚でも染めていた事もあったようです。
 この“歯を黒く染める”事をお歯黒と申します。
 時代小説ではけっこう描かれているお歯黒ですが、文字ならばともかく、画面に出すのは難しいでしょう。
 こういう、薄暗い日本家屋にこそ似合う風俗は今の明るすぎる画面構成では似合いませんし、それに第一、女優さんがやってくれないだろうなあ。


■その2.自分の知らない事=間違っていると思う人が増えた

 昔、杉良太郎氏が自分の主演するTV時代劇で、なるべく時代考証に合わせた小道具を使おうと試みた事があったそうです。
 その結果、提灯の形が今までのTV時代劇では使われていない形になりました。
 で、その放送を見た一視聴者から「あんな形の提灯は長く時代劇を見てきたが見た事が無い。大ファンの杉良太郎さんの時代劇でこんな時代考証ミスは許せない!!」と電話がかかってきたとか。

 この時はその時代劇の時代考証を担当していた方が直接「あれは杉良太郎さんのこだわりの結果で、今回放送した物が当時の提灯の形なんです」とお話して納得させたそうですが、さて、今時のクレーマーはこの説明で引き下がってくれるでしょうか?
 

■その3.その1と2の混合型

 だいぶ前になりますが、マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で特殊刑事課の刑事として“お祭り刑事”というのが出てきた事があります。
 特殊刑事課というのはまあ、変態刑事さん大集合みたいなシロモノなのですが、ここでは問題の本質と関係ないので説明は省きます。
 とりあえず“神輿をかついだ連中が出てきた”訳です。
 それに対して「掛声(の書き文字)が『わっしょい』なのはおかしい。東京なら『ソイヤ』でなくちゃ、江戸っ子らしくない。自分は元住民として情けない」という意見を耳にしました。

 確かに現在の東京のお神輿の掛声には『ソイヤ』というのもございます。
 
 ……でもこれ、関西訛りなんです
 戦前までは『わっしょい』だったんです。

 戦後すぐはお神輿の担ぎ手に疎開や空襲のカラミで地元民が少なく、関西から来た方達が担ぎ手を手伝ってくれた結果、『ソイヤ』が使われるようになったんです。
 場所によっては、最近『わっしょい』に戻した所もあるんです……。
  
 という事は、知ってか知らずか解りませんが、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の作者・秋本治氏は、正しい江戸下町風俗通りに表記した事になります。

 さて、情けないのはどっち?


 ……と、まあ首切り朝右衛門でもどうしようもない事情があるようでございます。

 先述の『なめくじ長屋捕物さわぎ』シリーズでも、新しい作品になればなる程、江戸風俗の描写・解説が増えていくのですが、これも「自分の知らない事=間違っていると思う人が増えた」ため、あえてキッチリ説明しているのだそうです。
  
 しかし、それでももうちょっと何とかしてくれれば面白い物ができそうな気がします。
 事なかれ主義でいくより、一ひねり加えた時代の息吹を感じさせる時代劇を見たいです。
 映像ならば小説よりくどくど説明しなくても、理解しやすそうだし、いざとなればナレーションで説明するという手も使えます。

 例えば、石坂浩二版『水戸黄門』で黄門様がラーメンを食べる所、「日本で初めてラーメンを食べたのは水戸黄門」とナレーションが説明。
 このエピソードなんか、当節流行の“トリビア”風で面白いし、上手い処理だと思うのですが。 

 「時代の息吹を感じる」時代劇が見たいと思う今日この頃です。


  『ラスト・サムライ』を見るかどうか迷っている柏木悠里でした。   


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