ちょっと不可思議な話
後藤夕貴
更新日:2003年12月21日
 小学生の頃だったと記憶しているが、ものすごく奇妙なものを見た。

 近所に大きな墓場があって、私達はその中でもよく遊んでいた。
 今考えると大変不謹慎なんだが、とにかくその墓場がデカく(3軒くらい連なったお寺の裏がすべて繋がっていて、それが全部お墓!)、かくれんぼや虫取りには持って来いの場所だったのだ。


 …が、実はこの墓場は、今回の話にはあまり関係がない。


 この墓場全体の敷地四辺のうち、二辺をとり囲むように、小さな川が流れている。
 この墓場も川も今なお健在なので現在進行形表現だが、この川は浅くて幅も狭く、子供でも、川底を10歩も歩かないうちに対岸に辿り付く事ができる。水深だって、深い所でも子供の股下くらいまでしかなかった(と思う)。
 もっとも、その当時はほとんど水の量がなく、魚なんか泳ぐ事すら出来なさそうな感じだった。
 川の周辺には、2メートル弱ほどのコンクリの堤防?壁があり、恐らく清掃用と思われる、ところどころに設置された階段を利用する以外川から出られないし、また川に下りる事も出来ない事になっていた。
 実際はぴょんと飛び上がって、堤防壁の上に手を置いて道路側に攀じ登れたのだが。

 まあとにかく、そんなに大きな川ではなく、町内にちょろちょろとまたがっている程度の小さな川なのだ。
 人によっては「ドブ川と対して変わらん」と思うだろうし、汚れきってしまった現在では、そう言われても反論できない(笑)。


 そんな川の中に、昔「馬車」が落ちていた事がある。


 もちろん本物などではなく、遊園地にあるメリーゴーランドのような、簡素なものだと思う。
 なにせ馬ごと落ちていたのだから(笑)。
 子供心に、かなり小さいものであったという記憶があるが、それでもひょっとしたら中に乗れるかもしれないと思わせるだけのサイズはあったと思う。
 ひょっとしたら、そういう形状の何かのディスプレイの一部だったのかもしれないが…。

 馬車は横倒しになっており、深さの割にはあまり多くない川の水にたださらされているだけだった。
 それでも、底の方は濁っていてよく見えないから、そんな中に半身を沈める馬と馬車は、どことなく不気味な印象があったのを記憶している。
 そして我々子供達は、どうしてそんなところに馬車が捨てられていたのか理由を想像する事すら出来なかった。


 その馬車は、結構長い間放置されていたが、ある時忽然となくなっていた。
 もっとも、これ自体は町の青年団などが片付けたのだろうと思われるから、不思議でもなんでもない。
 むしろ無理矢理不思議にこじつけるなら、「どうしてもっと早く片付けなかったの?」という事になるわけだが(笑)。
 また、馬車自体も実際の用途はともかくとして、そういう物がありえて、またこういう風に不法投棄する者がいるという事は、子供心に充分理解は出来ていた。


 ところがそれからしばらく後、あらためてこの事を考えて見ると、いくつか納得できない部分がある事に気がついた。


「この馬車、どうやって川に捨てたんだ?」


 その川は、幅こそ狭いものの全長はものすごく長く、ほぼ市内全域にまたがっている程らしい。
 その全体のうちのごく一部が墓地の周囲二辺と接触していたに過ぎない訳だが、問題の馬車が捨てられていた場所は、対岸が墓場、その反対側は一般住宅のような建物だった。
 墓場側には沢山の墓石と背の高い木が生えており、現場の付近には(墓地の中から)近寄る事はちょっとばかり難しい。
 もちろんまったく近付けないという訳ではないが、大きな荷物を持ったまま近寄るのは困難だったと断言できる(今はどうなっているかわからないが、少なくとも当時はそうだった)。
 また反対側の住宅は、正確には家というよりは小さな作業場みたいな所とくっついている形状の建物で、道路に面した部分にはシャッターがあり、その中には小型トラックが入りこめるような作りだったと記憶している。
 小さな工場みたいなところ…というのが、小さい時の自分の印象だ。
 この建物の向かって左側の側面が、そのまま川の堤防壁と繋がっている。
 もちろん、この壁面に人が立ち入るための足場なんか存在しない。
 川の水の量からして、どこかからここまで流されてくるという事はありえないし、まして馬車は、川上に尻を向けるように横たわっていた(つまり川の流れと向きが一致していたという事)。
 川上の方向には、道路と別の民家を繋ぐ小さな橋があったりで、とても馬車を持ちこめるような環境じゃないし、とにかく馬車そのものが押して行けるようなものではない。また、押していく理由もないのだ。

 馬車を川の中で引きずってその位置に置くためには、どう贔屓目に見ても数メートルはあるソレを川に落とし、一番面積の狭い馬の頭の方を押して馬車の尻を川上に押し込むようにしなくてはならない筈だ。

 クレーンのようなもので捨てるためには、離れた所から振り子のように馬車を振って放り捨てる必要があるだろうが、生憎その川の脇の道路はすごく狭く、小型車と自転車がすれ違うにも困難が伴うほどで、とてもクレーンなんか入れないし、ましてそんな事をする理由もない。

 さらに、その現場は道路が曲がって川との並走が途切れたた先にある。
 ましてや、そんなド派手な不法投棄に、近所住民からのクレームがつかない筈もなく、そんな事があれば町内でかなり有名な話になっていた筈だ(田舎なんてそんなものだもの)。
分解して、そこに捨ててから組み立て…という方法くらいしか、もはや思いつく方法はないが、そこまでする理由がないのは言うに及ばずだし、ただの不法投棄にしてはあまりにも変だし、手がかかりすぎている。


 川の中の馬車は、その異常な環境にも関わらずかなり奥まった場所にあったせいでパッと見はわからず、知る人ぞ知る存在となっていたようだ。
 筆者も、何人か友達を連れていって「な、スゲーだろ」なんて自慢していたような記憶がある。


 この話には、これ以上特別なオチがあるわけではないのだが、とにかく子供の頃から不思議で仕方ない事だった。
 あの水の中の馬のつぶらな瞳は、今でもはっきり思い出せる。


 …なんて、不可解な出来事風に書いてはみたものの、実際その馬車が落ちていた当時は、「変わった物がある」くらいには考えたものの、そんなに不思議にさいなまれたりはしていなかったんだよね。

 故郷を遠く離れて、一人暮しをして、成人して…それからしばらくしてふと思い出し、なんとなく疑問を感じたという程度の話だが、筆者は、なぜか結構そういう物を多く見た記憶があったりする。


 これらについては、またいずれ機会を見てお話させていただきたい。


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