あしたの雪之丞

彼の沈んだ心は立ち直ることができるのか?

1.メーカー名:エルフ
2.ジャンル:アドベンチャー
3.ストーリー完成度:B
4.H度:D
5.攻略難易度:E
6.オススメ度:C
7.その他:タイトルは誰がどう見ても作為的。
エルフという老舗のソフトハウスが送り出しただけに注目度は高かったが、さてその中身はどうだったのか?


(ストーリー)
 左、右、リバー、左が顔面を捉える。
 そして左のフック、右のボディー、右ストレート。
 もう一発右、左のボディーをブロック、すかさず左を返し、続けて右。
 左が来た、左右がクロスして、左のアッパーで勝負は決まった、しかし…。
 たまたま不良達から春日せりなを助ける形となった、雪村雪之丞(主人公・名前変更不可)は、十月にこの鹿島学園に来た転校生だった。
 学園祭が近く、慌ただしい雰囲気の中、せりなやその友人達、そして何人かが声をかけてくる。
 中でも積極的な、せりなの努力の甲斐あって、短期間でそれなりにうちとけることもでき、学園祭も無事済んだ。
 しかし、こんな生活も悪くないと思っていた矢先、彼の前に一人の女の子が現れ、ほぼ時を同じくして彼の転校の理由が暴かれてしまう。
 動揺こそ見せないが、雪之丞は心の内で自らを責め、追い詰めていく。
偶然が重なった練習中の事故、倒れて意識の戻らない親友、耐えきれず逃げ出した場所。
 罪の意識にさいなまれる彼の心は、はたして救われるのだろうか。


 このゲームは、雪之丞が立ち直るまでの過程を描いたアドベンチャーゲーム。
 彼が立ち直った時、傍にいる女の子が変わるマルチエンドゲームでもある。
 学園祭をはさんで大きく前半と後半に分かれ、前半が女の子選び、後半がその子をきっかけとして立ち直るストーリーとなる。
 選択肢も少なく、特に後半はほとんど選んだ女の子と雪之丞との掛け合いが続くだけなので、あまりアドベンチャーゲームをプレイしている実感がない。
 しかしその反面、エンディングの数が攻略できる女の子7人に対して35(しかも、キャラによって3種類から9種類まで差がある)と多く、とにかく簡単な分数多くプレイさせようという考えが見える。
 初プレイでもトゥルーエンドに行き易く、その他のエンドもその過程からの派生なので、何を選択すればいいか予想が立てやすいことや、トゥルーエンドを見る度にタイトル画面に変化があること、セリフのスキップが速いことや選択肢の上でセーブができる(その数も多い)ことも、全ては快適にプレイさせるためのお膳立て。
 引っ掛けらしい部分もないし、とんでもないバッドエンドがあるわけでもないし、隠しキャラもいない。
 そのため、本当に大丈夫か? と心配をしてしまうほど数あるHゲーの中で異彩と言えるぐらいの潔さを持っている。
 これを完クリできない人は、よほど忙しい人か、ゲームをやる気のない人位なものだろう。
 このゲームは、解く事が目的ではなく、ストーリーを追いかけることがメインで、雪之丞が立ち直るまでの展開は、ゲームシステムと同様に複雑さを無くし、どの女の子に対しても実にストレート。
 攻略できる女の子(というより女性と言った方がしっくりくるが)達は、学園祭までに雪之丞と親密になり、キャラが確定したら一度二人の仲を崩して最後に雪之丞の心の枷を外してハッピーエンドとなる。
 後半にもう一人出てくるが、スタイルは同じ。

(春日せりな)
 このゲームのヒロイン。
 ちゃきちゃきの江戸っ子(娘)で雪之丞に一目惚れしてから何かとちょっかいを出してくる。
 男の幼なじみ二人を持つ彼女は、二人の好意を知りながら、その関係を崩さない様にしていたが、一人で重荷を背負おうとする雪之丞への気持ちがその関係を崩してしまいみんな気まずい雰囲気になってしまう。
 崩れた関係に耐えきれず転校してきた雪之丞をなんとか立ち直らせようとして、自らの三角関係を崩す二重遭難という、それぞれの人間関係を重ね合わせたシナリオは読み応えがある。
 関係が崩れて孤立するせりなはそれまでの態度からは考えられないほど弱々しく、雪之丞を立ち直らせるヒロインの立場として十分にふさわしい。
 なにより、雪之丞が人を殴るシーンがあるのはこのシナリオだけなので、それだけ彼女の重要度は高い。
 他にも多くの役割を持つ彼女の魅力は総評に後述。


(間部由希)
 中学の頃から、せりなと行動を共にしているクラスメイト。
 片想いの人がいたが それを応援してくれる雪之丞の存在がいつのまにか大きくなって…という話。
 雪之丞は由希に好意を感じながらも、彼女の気持ちを尊重しようとするあまり自分勝手な殻の中にはまってしまう。
 しかし感情が耐えきれなくなった時、それをを受け止めてくれたのは応援をしてあげるはずの由希だった。
 好きな人の対象が段々雪之丞に向けられていく様子が上手く描かれている話。
 雪之丞を縛る過去の事より恋愛感情が前面に押し出されていて、弱い部分をさらけ出す彼をいとおしく受け止める由希の母性が光る。

 だが、由希はキャラ的に安定していて個人的な問題が発生しないためか、なんとなくシナリオが小ぢんまりした印象がある。
 なぜなら、彼女は欠点らしい欠点を持っていない。
 強いて言えば、自己主張の強いせりなと一緒なので、目立たないこと位だろう。
 勉強は玲於奈程ではないがかなり優秀で、家事や金銭的感覚にも優れている。
 運動神経はやや鈍いかもしれないが、良家のお嬢様ならそれもアリだ。
 つまり、由希は家庭的にも身体的にも問題が無いため、せりなの三角関係に加わり男二人女二人というバランスをとる役目がなければ、その他大勢として扱われてもおかしくない。
 だからこそ恋愛の話を盛りこみ、攻略できるキャラクターとして成立させた。
 その、崩れることの無い三角関係を相手にした彼女の話は、せりな曰く「ニブチン」の雪之丞でさえ見れば判るほどあからさまな態度に加え、プレゼント選びに始まり看病やけんかなど、先の読めるお約束の展開が続く。
 意外にもそれらは、彼女にせりな達の関係を「見つめているだけで十分」と言う半ば諦めにも似た雰囲気を漂わせ、お互いがそれぞれの気持ちを知りつつ普段通りの生活をおくる様を生々しくさせている。

 話のラストで、恋愛の対象が三角関係とは別に出来た彼女は、それまでの欲求を晴らすかのように雪之丞に甘え、「浮気なんかしちゃいや」とわがままを言う。
 雪之丞と由希が一緒になることは雪之丞だけでなく、由希にとっての救いでもあった。
由希は全キャラの中で一番幸せに見えるが、どのキャラにも問題が発生しなかった(せりなの恋が実らなかったことくらい)のだから当然の結果か。
他のシナリオに比べて安定しているのが、このシナリオの利点といえる。


(杉崎玲於奈)
 家庭の事情から一年遅れて進学した、年上のクラスメイト。
 彼女は才女であることも手伝って周囲と一線を引いており、同じく人を遠ざける雰囲気を持つ雪之丞に共感を覚える。
 雪之丞にちょっかいを出すせりな達一行と付き合っていくうちに、雪之丞とともにだんだん柔らかくなっていく彼女の態度が可愛い。
 学園祭の郷土展で鹿島町に伝わるお姫様の話にときめくところや、雪之丞と下校することを楽しみにしている時の姿は彼女の表情、口調、仕草を次第に豊にさせていき、彼女本来の明るい魅力を引き出す。
 後半、繊細で無力な自分を隠すための壁が崩れ泣き崩れてしまう彼女の姿は、前半の態度との差も手伝って、それだけ無理をしてきた彼女の辛さを想像させてくれる。

 とはいえ、玲於奈を支えることは雪之丞自身のの心を救うことと同義という自分の内面と向かい合わせた話だが、見た目に判りづらく、玲於奈ばかりが目立ってしまっている。
 もちろん、雪之丞が支えているからこそ彼女が光るのだが、玲於奈の部活の帰りを待つ以外彼は受身のままで、彼女を抱くことで不安を取り除いてあげても、立ち直るのは彼女の意思なので、彼が立ち直っているようには見えない。
 つまり、玲於奈の話としてはショートストーリー的に楽しめるが、「あしたの雪之丞」としては疑問を持たざるを得ない。


(小松原妙子)
 雪之丞のおっかけをする一年生。
 人の意見を無視した彼女の行動は、雪之丞を振り回すが、そのことが彼の心を和らげる。
 転校してきた晶子と仲良くなり、雪之丞と会わせるが、二人の関係を知らなかった妙子は顔見知りであることを知ると、それを隠していたことに裏切られたと二人を激しく非難した。
 しかし、せりなの説得の後晶子のために出かけようとする雪之丞を必死に引きとめる姿は、もう子供ではなかった。
 雪之丞と晶子を会わせた時に二人の様子に気付かない所や、雪之丞の過去をうわべだけで捕らえ、内に込められた意味を考えない所はまさに子供。
 悪意無い態度で“純粋に”責められる晶子が全シナリオ中もっとも可哀相で、下手をすれば嫌われ者bPになりそうな勢いを見せる。
 しかし、真意を理解した後は晶子と和解したり、二人の間で揺れる雪之丞の心が落ち着くまで待つなど、精神的な成長を見せる。
 妙子の子供から大人への成長が、雪之丞の心を癒す。

 妙子はこのシナリオで雪之丞より中心に据えられているため成長著しいが、一方で彼の立ち直りがあまり感じられない話でもある。
 玲於奈でもあまり立ち直りの見られなかった雪之丞はここでも復活したようには見えない。
 何より自分から「こんなおれでも」と認めているため、妙子の急成長ぶりが書きたくて作られた話に見える。
 このゲームは雪之丞の立ち直りが話のベースになっているため、一人で悩む雪之丞を見守る女の子達の精神年齢がかなり高い。
 その中で妙子は唯一精神的に低く、雪之丞が妙子を見守る形になっていた。
 そのため、他のシナリオでは女の子の「大人ではない弱さ」が垣間見えるところに雪之丞の立ち直る隙があったのに、ここでは妙子が急激な成長をしたため彼が置いて行かれた。
 結果として妙子が目立ち、雪之丞はほとんど何も変わらずに終わってしまう。


(新島早苗)
 せりなと親しい、一風変わった三年生。
 彼女は初対面で「キミとは気が合いそうだ」と、玲於奈と同様他人と一線を引く者として雪之丞に興味を持つ。
 雪之丞は自分の夢に向かってひたむきな彼女を応援することで、自分も変われそうだと練習に付き合う様になるが、小さい頃の古傷のため夢を断たれてしまう。
 傷心なのに平静を装う早苗に、雪之丞は自分の心の弱い部分をさらけ出し、泣きたい時は我慢しなくていいと諭す。
 雪之丞は早苗を支えることで精神的立ち直りを見せるが、雪之丞はボクシング、早苗はストリートダンスというそれまで二人ががんばってきたものを共にあきらめて、生きるところに寂しさを感じさせる。
 早苗は、傷のことが明らかになるまで度々自分の夢を雪之丞に、彼と知り合う前はせりなに語ることで、自分を奮い立たせ孤独と闘う糧としていた。
 前半をあらためて見るとそのことがよく判るので、複数回プレイしたい所。
 他のキャラの正面からのポーズと違って右斜め45度で、腰に手を当て少しひねった姿は、意図的にこのキャラクターに力を入れていると思わせるくらい登場時にインパクトがあった。
 期待ほどではないにせよ、雪之丞とともに夢破れたその姿は会話のポーズ時の笑顔がみんなより明るいだけに、その裏に隠されていた彼女の現実がより痛々しく見えて、確かに一線を画しているように見える。
 二人で支えあっていけばこれからの生活で新しい夢も見つかるだろう。
その姿までを描いて欲しかった。


(牧野詩織)
 雪之丞のクラスの担任。
 全てを見透かした様な言動は彼の心の枷を取り、信頼を得る。
 しかし彼女の、他の生徒以上に雪之丞に関わる行動は学園側のよしとするところではなく、彼女は謹慎処分になってしまう。
 それに対し、雪之丞を始め彼女と親しい生徒達は反対運動を展開するが、裏目にでて彼女を生徒を守るための辞職へと追いこんでしまう。
 その数ヶ月後、雪之丞はプロボクサーとなって彼女に会いに行くのだった。

 他のキャラと違って、終始雪之丞がリードされていく話。
 彼女は以前に問題を起こした生徒をかばったことがため、生徒に人気があるにもかかわらず学園にはよく思われていないという、生徒キャラより一歩上の設定が活かされている。
 これなら必要以上のアプローチも出来るし、学園の処分に対して雪之丞以下多くのキャラを動かす動機づけ(=話の作り易さ)にもなる。
 彼女の話は大人の都合に対して、子供のあがきは無力という、この手のHゲーとはおよそかけ離れたリアリズムが持ちこまれた。
 従って、雪之丞は大人と正面から向かい合うには自分が一人前にならなければ、とプロテストを受けるのだ。
 そして二人は、先生を辞めた一人の女とプロになった一人前の男になって愛を確かめ合う。
 でも、Hシーンでは経験者と未経験者の差から雪之丞がリードされっぱなしなので、まだまだ彼女の方が一枚上手、というアンバランスさを残しているのが面白い。
 彼女のポーズは少ないが、首を僅かに傾けるだけで崩れることの無い姿勢には「大人」と「知性」を感じさせ、雪之丞の全てを受け止めてくれる安心感さえ感じられる。
 そのためか、雪之丞は全シナリオの中で、一番具体的な成長を見せている。

(久保晶子)
 ゲーム後半に出てくる唯一の女の子で、雪之丞が、意識不明にしてしまった親友の妹であり幼馴染。
 前半では雪之丞の思い出の中にいるだけだったが、後半に彼を追いかける形で転校してくる。
 雪之丞は「許さない」と言う彼女の冷たい態度にショックを受けるが、逃げ場のない彼は、それを甘んじて受け止めるしかなかった。
 しかし繰り返す学園生活は、雪之丞を事ある毎に晶子と遭わせ、彼女へ気を向けさせる。
 そんな雪之丞の元に、晶子を連れ戻そうと以前いた学校の後輩が来る。
 懸命な後輩に勝負を申し込まれた雪之丞は、晶子が好きならこれ以上悲しませないでと彼を諭す女の子を後に、自分が前へ進むための勝負の場へと向かう、そして…。

 全てのキャラから分岐して、過程は微妙に変えつつ最後は同一のトゥルーエンドになるため、保険キャラと言えなくもない。
 もちろん、女の子の方を選べば彼女は必然的にフラれるため、裏を返せば悲劇のヒロインでもある。
 晶子は学園祭の後で女の子と盛り上がる直前で現れ、雪之丞を揺さぶり、相手の女の子と対峙して逃げ出した男でもいいのかと詰め寄る。
 しかし、合間に雪之丞の昔のあだ名をポツリともらす姿や不安げな表情は、各シナリオでの女の子達と重なり合うことで、晶子の全体像を浮かび上がらせる。
 雪之丞を恨んではいるが傍にいて欲しい。
 冷たい態度を装っているが、すぐにでも彼に寄りかかってしまいたい。
 彼女のとる態度は、各キャラのシナリオをこなせばこなすほど、その身を引く姿が悲しく痛々しく見えてくる。
 晶子は控えめな性格も手伝ってくどい部分が無いため、雪之丞が他の女の子の元へ行くのを笑顔で見送る姿は何回でも励ましてあげたくなる。
 彼女は雪之丞と女の子の絆を深めるためだけではなく、プレイヤーが繰り返しこのゲームをプレイするためにも必要な存在だ。

 各シナリオでは女の子達の心情より具体的に見せるため、全てを主人公の視点と思考のみのテキストで構成せず、ポイントを決めて女の子からの視点を挿入しているところ。
 雪之丞が教室や自室に固定された状況を設けて、その間にシナリオに該当する女の子が行動し他のキャラと会話する。
 要は、現実で我々がよく行う、「当人がいない時にする話」の採用だ。
 これによってプレイヤーは各シナリオ毎に、雪之丞がみんなからどう思われているか、メインとなる女の子は雪之丞の知らない所で何を知ったのか、を把握することができる。
 同時にプレイヤーは雪之丞から離れたことで、「女の子の近くで会話が聞こえたキャラ」となり、ゲーム中の取り巻きキャラと同一の場所に立つことになる。
 一つのシナリオに2、3個所しかないその場所は、女の子が雪之丞に対する気持ちを口にする場面が主なので、キャラを身近なものにさせている。

 テキストをスキップさせると10分とかからずあっさり終るが、もともとそんなに時間もかからないので、それなりに時間をかけてプレイしたい。

 これらのシナリオをより印象付けるため、声にはかなり力が入っている。
 音声データの質か、声優の声によるものかは判らないが、声が実にクリア。
 演技もうまく、キャラと声も合っているので、セリフは聞いてて気持ちいい
 特に詩織先生と晶子(トゥルーエンド以外のシナリオ)は声優の快演が光る。
 自分がプレイしたゲームの中ではダントツかもしれない。
 クリア後のおまけに「各エンディングまで選択肢無しで一気に聞けるモード」を付けて欲しいと思ったほど。
 
 しかし、いろいろ問題がある。
 まずHシーンがつまらないという、Hゲーとして致命的な問題。
 このゲームでのHは、トゥルーエンドで二人が愛を確かめ合うか、陵辱エンドで心の重さに耐えきれなくなった雪之丞が、女の子を無理矢理抱こうとするかの二種類しかない。
 愛する二人のHは定番であり、プレイヤーを置いて二人の世界を構築してしまう悪い面を持っているし、何より全然いやらしくない。
 陵辱は期待が持てるかと思いきや、雪之丞がやり場の無いいらだたしさと、心の逃げ場所を相手の女の子に求め、彼女は哀れみのまなざしでそれを受け止めるという、シナリオの構成上で最も暗いシーンのため興奮すら感じない。
 サブキャラがそうするならまだしも、雪之丞はプレイヤーキャラなのだから、どん底のHを強要しても気分が悪いだけ。
 いっそ彼がキレて女の子や学園を支配してくれた方がましだ。
 Hシーンをいじって移植でもするつもりなのだろうか? そんな程度では済まされない別の問題があるというのに。

 まずプレイスタイルとクリアに関して、簡単なゲームという問題。
 移植されただけですごいと言われた昔と違って、ただ単に別のマシンに移し変えるだけでは認めてはもらえない。
 だから、どのタイトルもキャラクターを増やしたりアニメーションを入れたりして移植前との差を出そうとする。
 しかし、このゲームは差を出すどころか付け加えるものが多すぎる。
 キャラの動きが少ないからアニメーションを入れたいし、タイトルが出るだけのオープニングに歌を付けてみたいし、CGだって多くのシーンを加えてみたい。
 何より、簡単にクリアできてしまうシナリオであってもそこには厚みがあることを感じてもらうためじっくりプレイさせてみたい。
 しかし、そうすると簡単に出来るゲームとしての役割をなくして本末転倒だし、それを無視してそのまま移植すると、それこそ一昔前のPCエンジンで流行したデジコミ程度の完成度しか得られない。
 それどころか、選択肢の数だけ見れば明らかにそれよりも簡単にクリアできることは明白だ。
 ゲームを遊ぶというよりシナリオを読む本作では、手軽である分付け足したい部分も多いが、果たしてそれに見合った結果が得られるかどうか疑問が残る。

 そして、後述してある「パクリ」の問題。
 パソコンでは許される部分も、コンシューマーではそうはいかない。
 セリフの中で名前や言葉をもじって使う程度ならよくあるが、タイトルをはじめあちこちにそのまんま流用しているこのゲームではまずOKを出せない。
 舞台はコントローラの形一つ、本決まりにもなってないタイトルにすら権利を求めるような厳しい世界で、このおかげで泣いたメーカーも多い。
 タイトーの「レイフォース」なんていい例で、中身はそのままなのに同名のタイトルがすでに申請されていたため、名前を「レイヤーセクション」にしなければならなかった。
 そのため「雪之丞」の移植には大幅な変更を強いられるはずで、それはゲームの持ち味を大きく左右しかねない。
 固有名詞は全て変更、流用したセリフは差し替え、もしかしたらタイトルを変更することになるかもしれない。
 パクリは問題ありだが、それをオブラートに包むような表現をされても変わらない面白さが得られるとは思えない。
 もしいい方向に変化したなら、それはそれでオリジナルを作った時点でよしとしたスタッフへの皮肉となるだろう。
 付け足しに変更でゲームのスタンスが変わってしまうおそれがあるなら、いっそ新作を以ってコンシューマーに参入した方が楽。
やる気があるとか望まれているかは別として、移植のためのハードルは高い。

 そしてCG。
 出来そのもには問題無いが、枚数が実に少ない。
 おまけモードには一キャラあたり30枚強あるはずなのに、画面に見えるのは10枚前後。
 まさかと思ったら、服が一枚無くなるとCG一枚、目を瞑ってCG一枚。
 これではまるで、私が昔プレイした「学園ソドム」のようだ。
 当時総CG数256枚を誇ったこのゲームは、鞭の痕一つ、ローソク一滴がそれぞれ一枚扱いになっていた(ウインドウズ版が出ているはずだが、どう訂正されているかは未確認)。
 今にして思えば、1.2メガのフロッピー五枚という世界の容量では仕方ないと思えるが、この「あしたの雪之丞」は1.2ギガがどこに消えたのか? と思わざるを得ないほど少なく感じてしまう。
 CGや、音声(本作はこの比重が特に高い)のデータ量が多いのは判るが、それでも何とかして欲しかった。

 さらに「あそこアップシステム」の意味の無さ
 “気になる部分をアップで見よう”とつけられたこのシステムはCG一枚の密度を濃くしておいて、あらゆる所を拡大できると思っていたら、胸と腰(あそこかパンティ)周辺の二箇所しかできない。
 プレイヤーは胸フェチや腰フェチばかりではない。
 感じている表情を見たい人がいるかもしれないし、乱れる服の周辺が好きな人もいるかもしれない。
 何よりアップになった胸は女の子の顔辺りに来るため、オッパイ顔の子とHしている様に見えて変。
 したがって、その部分だけ大きくしても無意味。
 そのアイデアと、細かな描き込みは認めるが、残念ながらCGの枚数を増やした方がマシだった。
 そして、タイトルをパクッたなら、通してそれを徹底すべきだということ。
 たぶん誰が見ても元ネタは「あしたのジョー」と解る。
 雪之丞がボクシングで事故を起こしたことも、それによって人を殴れなくなってしまうことも然り。
 それなら最後は、人を殴れるようになってボクシングの世界へ戻るというのが正しい終わり方のはず。
 本家「ジョー」は、矢吹がカーロスによって力石のショックから立ち直り、本作では雪之丞が女の子によって立ち直る。
 しかし、立ち直ったといっても、必ず人を殴れるようになる訳でもなければ、ボクシングに戻ることも無い。
 女の子のために人を殴るのは、せりなシナリオの終盤で彼女を暴漢から助けた時だし、ボクシングに戻るのは詩織先生と晶子の時だけ。
 しかも晶子の場合は、後輩との勝負で試合中の描写が無いため実感が無い上に、どの女の子からアプローチしたかによって、その後ボクシングを続けるかどうかがまちまち。
 殴れないままで終わるエンディングの方が多いのでは、いくら精神的立ち直りを主張しても、「あしたのジョー」を取り上げる理由として希薄だ。
 何をもって彼が“立ち直った”とするかは作り手の自由だが、プレイヤーを納得させられなければ意味は無い。
 精神的に立ち直るだけなら、事の起こりはただのケンカだっていいはずだ。
 タイトルのインパクトで注目を浴びたかったのか、別のタイトルで発売して「あしたのジョー」の半端なパクり、と言われるのが嫌だったのか。
 スタッフの真意は判らないが、オープニングとエンディングを見比べる限り、作品の出来とは別問題として中途半端なパクりをしているとしか言えない。

 シナリオを読ませ、声で聞かせてくれる割には、どこか釈然としない部分を持つ、“もったいない”という一言が付いてまわる作品だ。


(総評)
 「人という字は人と人が支えあって〜」という言葉は、このゲームをプレイするとよーく実感できる。
 本作はかつて、「ドラゴンナイト」シリーズや「同級生」シリーズなど、手応えのある作品を出しつづけた歴史あるHゲーメーカー、エルフの新作だ。
 隠れた良作を探し出すことがサークルの趣旨(その割に、梨世成氏から「有名ゲーばかりやってない?」と突っ込まれているが)なので、私はエルフのゲームを批評どころか、プレイする事自体初めて。
 今回は多くのゲームを吟味する時間も金銭的余裕もなかったので、結局手に入れ易かったこれを取り上げてしまった。
 しかし、それまでのエルフのイメージから、手ごわそうだと構えて始めたけど、正直な感想としてこんなに簡単とは思わなかった。
 アニメの無いデジコミ(もはや死語か?)と言ってもいいほどで、特に声優選びは、さすが名作を生み出した老舗メーカーだけのことはある。
 普段、「Hゲーにほとんど声はいらない」と思っている私だが、雪之丞の声が無いのが残念と思うくらいこのゲームは声がいいので、プレイするときは時間はかかってもキャラが話し続けるオートモードで遊んで欲しい。

 この作品でポイントとなるのは、ヒロインの春日せりな。
 といっても、メインヒロインだからではない。
 彼女はオープニングで雪之丞に一目惚れをして、その持ち前の明るさを武器に、人を遠ざける彼の事情を知らないうちから強引に友達の輪の中に引き込み、和ませる。
 竹を割ったような性格は気持ちよく、得意科目は歴史(おそらく体育も)だけ、祭りごとが大好きで、事件があるとすぐに首を突っ込み、怒ると顔を真っ赤にして鼻息まで吹き出すのに、自分を「このゲームのヒロイン」と言ってはばからない。
 その反面崩れると脆く頼りなげで、落ち込むと日が消えた様に暗くなる。
 動き回らないのが残念なくらい活動的で、およそヒロインらしからぬそれらの仕草は、まさしく「ゲームを引き立てる第三者」の鑑。
 各キャラのシナリオで、彼女はその役割を持って雪之丞にアタックをかけつつ女の子との間を動き回る。
 しかし雪之丞が見ているのは自分ではないと判ると、目的の彼女に彼を預け、相談・説得役に回り、中のいい友達の一人としてその身を引く。
 雪之丞に“らしい告白”をしていない彼女は、席が隣の彼の前で普段通りに接し続け、しかし簡単に割り切れない心は、人知れず自分の家のベランダで泣くことで整理をつける(このシーンはせりなから晶子シナリオへ入るときに出てくる)いい女の子だ。
 他の女の子達もそれぞれのシナリオ以外で全員登場するが、自分以外のシナリオでせりなほど雪之丞に接する人はいない。
 まして、全てのキャラから雪之丞を奪っていく晶子のシナリオに対して他の女の子に譲った上で、さらに晶子に奪われるという二重の打撃を受ける過酷な結果が待っているのは、せりな一人。
 晶子は誰が見ても悲劇のヒロインだが、実はヒロインであるはずのせりなの方が、さらなる悲劇のヒロインでもあった。
 ヒロイン、第三者、悲劇のヒロイン…すべての役柄を一人でこなす彼女無くして、このゲームは成立しなかっただろう。
 せりなには作り手の並ならぬ思いが込められているのだ。

 しかし、力が入っている部分が見られる作品なのに、どうしても納得できないことがある。
 これは先にも触れたが、面白かった表現の流用…悪く言えば“パクり”だ。

 例えばこれら。

・(バンソーコーだらけの雪之丞にむかってせりなが)「いくわよ、カーロス」。
・ 素振り千本だっていけるわよ。
・ 喫茶店の中に40トンもある戦車を持ちこんだらしいぜ。


 何の事だか解るだろうか? これらはどれもゲーム中に出てくる、元ネタがあるセリフの一部だ。
 上から順に、「あしたのジョー」でロバートが飛行機に搭乗する時にカーロス・リベラに向かって言う言葉、「六三四の剣」で父が死んだときに彼がやったこと、「劇場版うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」で、あたるのクラスに持ち込んだ面堂終太郎の戦車・レオパルドのことだ(「オプションを外して軽減してあるとはいえ、このレオパルド! 空重量で約40トン! 床が抜けても責任は持ちかねますので」…が元ネタですね。:編注…)。
 このゲームには、こんなパクりが非常に数多く使われている。
 特に前半はお祭り前の喧騒で、いろんなネタが飛び交う。
 ゲームのタイトル自体があからさま、というのは最初に挙げたが、正直ここまで色々使っているとは思わなかった。
 しかもとんでもないことに、上記の「うる星〜」のネタは、ゲーム中の「去年の学園祭であった出来事」として使われていた。
 「ジョー」のネタなら使ってるだろうと想像はしていたが、その他のネタはいかがなものか?
 確かにキャラの会話には、実際我々が普段何気なく小ネタを使いながら話す様な、妙なリアリティを生み出すことに成功している。
 どこかで聞いた言葉をちりばめることによって、タイトルイメージと共にその効果を狙ったのだろう。
 しかし、そこにある面白さは“元ネタが持つ面白さ”であってこのゲームのものではない。
 まして、このゲームは個人レベルが自由に作る同人ソフトではなく、商業ベースに乗っ取った商品だ。
 固有名詞や引用など、おいそれと使っていい立場ではないはず。
 たぶん自社ネタもあるだろうが、「カラータイマー」「メトロン星人」「ジェットストリームアタック」「この眉間の三日月、天下御免の向う傷」等など、よくシナリオをアップしたときにOKが出たものだと不思議でならない。
 プレイして、いい感じでテキストを追いかけてのめり込もうという時に、違うネタ。
 シナリオ毎の話は嫌いじゃないだけに、関係無いネタに茶々を入れられた様で気分が萎える。
 ネタだと知らなければ“楽しい会話”で済むが、この手のゲームを遊ぶプレイヤーにそんな奇特な人がいるとは思えない。
 元ネタとゲームとに分割されて面白さも二分割ではゲームの方が可哀相だ。
 これらを語る大半が、キャラとして一番力が注がれているはずのせりなによって占められているのは、皮肉としか思えない矛盾を感じる。
 次の作品ではもっと独自のネタで勝負してくれることに期待したい。

 かつて「ザナドゥ」「ロマンシア」から「イース」へ方向を変えたファルコムの様に、「難解から簡潔」への方向転換を狙ったともとれる本作は、俄に成功とは言い難いが、目先を変えようとする試みは評価したい。
 もともと地力のあるメーカーだけに、次回はどんな作品を送り出してくるか楽しみだ。
 できるなら、それは他の力を借りたもので無いことを願う。


(Mr.BOO)


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