月陽炎 〜つきかげろう〜
朧の如く儚い月の様な、悲しき二人の少女の物語…
1.メーカー名:すたじおみりす
2.ジャンル:ADV
3.ストーリー完成度:B
4.H度:B
5.オススメ度:B
6.攻略難易度:D
7.その他:芋かりんとうを食ってる柚鈴のCGはいいねえ…(笑)。
(ストーリー)
時は大正時代。
主人公・嘉神悠志郎は遠い親戚筋に当たる有馬神社に修行も兼ねて遠路手伝いに行くことになった。
そこの宮司である有馬一哉は体調が思わしくなく、だいぶ前から床に伏せている状態であり、彼以外に男手がない有馬神社での秋の祭りを手伝うためというのが名目だ。
前途は多難。
自分をあまり歓迎してはいないらしい長女・鈴香(すずか)、神社から一歩も外に出たことがない上、極度の対人恐怖症である次女・柚鈴(ゆず)、悠志郎にカタキの如く攻撃を繰り返すお転婆な末娘・美月(みづき)、そしておっとりしすぎの感のある奥方・葉桐(はぎり)…
有馬家の家族達と過ごすのは大変だが、柚鈴の親友である幸野双葉も交え、持ち前の前向きな性格で悠志郎は徐々に有馬神社での生活に慣れ親しんでいく。
一緒に住む以上は仲良くやっていきたかったし、それに何よりここの家族たちが好きだったから…
時はゆっくりと秋祭りに向かって過ぎてゆく…
それは一見何事もなく過ぎてゆくはずの時間のはずだったが…
すごい作品だ。
別段、革新的なアイデアがあるわけではないし、シナリオもちょっとありがちなパターンの話で、特別な目新しさはないものの、とにかく色んな意味で上手にまとまっており、かなりの研究と努力が伺われる良作と言っていい。
さて、まず最初に俺っちが感心したのが、この作品の総合的なバランスの良さだ。
まあ、Hシーンの配分なんかにマイナスがあるのだが(これについては後述)、ゲーム中の会話のテンポの良さ、程良い長さのシナリオ、それほど意地悪ではない難易度、ととにかくプレイしていてストレスを感じない作りになっているのだ。
「夜が来る!」のレビューの時にも書いたことだが、Hゲームというのはある程度の深さとお手軽さが同居していないと、なかなかツラいものである。
プレイするユーザーが18歳以上であることを考えれば、どうしてもある程度限られた時間でプレイする必要が生じてくるからだ。
EDがメインヒロインである柚鈴と美月に4つずつ、後は葉桐に2つ、鈴香と双葉に1つずつだから計11個と、かなり多いような気もするが、既読スキップを使えば、かなりの時間短縮が出来るため、意外とスムーズにED確認もできる。
更にかつてのリーフの「痕」と同じように、ゲームを進めるたびに選択肢が増えていくタイプなので、最初は狭い幅で攻略していき、そこから徐々にシナリオが広がっていく。
これならば、やっていて分かりやすいし、ゲームを進行させる意欲も沸かせるのに一役買っているというものだ。
みっちり書かれたテキストを読むのも悪くはないが、この「月陽炎」の様に、どちらかと言えば会話テンポを重視し、それが苦痛にならない範囲で上手にシナリオを帰着させるその技量は大したものだ。
それでいて、キャラクターの描き方がおろそかかと言えば決してそんなことはなく、ちゃんと個性を一人一人に与えて味を出しているし、そういう展開があるからこそ、後半の悲しい物語がきちんと活きてくる。
また、個人的に注目したのがとにかく演出面が「凝って」いることだ。
会話シーンではキャラクターの立ち絵の場所にテキストが表示されるが、このテキストの色がキャラクターごとに鈴香なら黄色、柚鈴なら薄紫(おそらくは銀色をイメージしているのだろう)、美月なら紫といった様に、全て色分けされており誰が何をしゃべっているのか一目瞭然で分かる。
美月ルートで柚鈴の体を悠志郎が借りた時などは、悠志郎の台詞が全部薄紫になっていたりなど、工夫も見られてなかなかに楽しい。
さりげに変化するタイトル画面も驚いた。
ゲーム開始当初はタイトルの「月陽炎」の文字ともみじの葉をあしらっただけの単純な画面なのだが、シナリオを解き終わるごとに、攻略可能なヒロインの顔が線画で表示され、それらを解けば色が付く。
更にそのバックに流れるBGMが初期状態はオルゴールのみ演奏なのに、シナリオを解いていくごとにベースやコーラスがどんどん追加されていくという、非常にセンスがいいものとなっている。
すべてが解き終われば、タイトル画面&BGMが完全になるという仕組みだ。
他にもEDテロップ後のヒントも兼ねたヒロインからのメッセージや、ゲーム中手に入れたアイテムによって見ることが出来るCG・音楽などの鑑賞モードなど、色んなところが「凝って」いる。
だが、その真骨頂は何と言ってもOPにつきるだろう。
最初に出てくる主人公の夢のシーンが、迎えたEDごとに違うのも凝っているが、やはり賽銭箱の前で柚鈴と美月が願をかけるシーンから始まって、OPテーマ「月陽炎」が始まるのは実にいい。
この曲、個人的には2001年HゲームのOPテーマの中では最高峰だと思っているのだが、歌っている方が上手なことと、話をある程度知った状態で再度聴いたときの歌詞のハマリ方が絶妙で、涙腺を直撃しまくる珠玉の完成度だ。
特に曲の途中で柚鈴と美月の台詞が入るところなんかは絶品。
ここまで演出にこだわった作品もホント、珍しいと思う。
シナリオに関しては、とにかく純然たるハッピーエンドが、番外編である双葉シナリオ以外には存在しないことに驚いた。
かわいい絵柄に、美月がらみのドタバタなどかなり楽しげな前半とは裏腹に、後半は悲劇のオンパレードという、ものすごいギャップを感じさせるシリアス系のシナリオである。
実際、双葉シナリオを除けば、どのシナリオに進んでも必ず犠牲者が出るというすさまじさだ。
これはメインヒロインである柚鈴と美月が、お互いに相容れない関係であること、そしてそれがどのシナリオでも一貫していることから起因している。
この「月陽炎」最大のキーワードは葉桐・美月親子が「堕ち神の子」と呼ばれる人間の精気を奪われなければ生きていけない存在だと言うことと、柚鈴と悠志郎がそれを滅ぼそうとする僧・真(しん)の血族だと言うことだ。
もちろん、柚鈴と美月は敵対しているわけではなく、お互い仲の良い姉妹であるから彼女ら二人とも一時的に助かるというシナリオはある。
しかし、最終的には美月の体質が邪魔をするのだ。
美月が神々の呪いによって人からの精気を奪わなければ生きていけない体質である以上、そして美月がそれをよしとしない以上、必ず破局が訪れてしまう。
そして、柚鈴と美月お互いが相手のために最後にはどちらかが犠牲となってしまうのだ。
例えば美月が自分の命が次の朝日とともに消失することを予感し、これ以上自分のために犠牲者を出さないために、柚鈴と悠志郎に自分の未来をも託して消えたり(柚鈴トゥルーエンド)、美月の呪いを解くために柚鈴が自分の体を犠牲にしてしまったり(美月ノーマルエンド)と、とんでもない結末ばかり。
姉妹ともに助かり悠志郎が犠牲になってしまうシナリオ(柚鈴バッドエンド、美月ハッピー&バッドエンド、葉桐エンド)では、美月の体質そのものに何の解決策ももたらされていないため、いずれ問題が浮上してくるはずなのだし…
鈴香エンドなどはもっと悲惨で、何と鈴香と悠志郎以外全滅というすさまじい結末を迎えるのだ。
実際、俺っち自身、今こうやって冷静に分析しているが、前半の部分でのキャラクターの描き方が上手なのも手伝ってかなり感情移入(特に美月に)していたため、プレイしていると実際ホントにかわいそうになってきて、何かこうやり場のない怒りがこみ上げてきた。
しかし、まさにこれがこの作品の根幹だろうとも思う。
要するに「誰が悪いわけでもない悲劇」というヤツだ。そのやるせなさが「月陽炎」のキモとも言える。
あえて言うなら一哉に前妻である沙久耶がいるのを承知で再婚前から通じ、一哉と再婚後に美月という一子をもうけてしまった葉桐がいけなかったのだろうが、それを責めるのはあまりに酷だろう。
現に葉桐は腹違いの美月の姉たちにも分け隔てなく愛情を注いでいるし、最後には自らの死を以てまで償いを果たそうともする。
鈴香シナリオで息絶えた葉桐の胸元から、家族全員が写った写真がこぼれ落ちるシーンは屈指の名場面だ。
まあ、ここらへんが葉桐の強さであり、弱さでもあった訳だが。
かように、この作品はハッピーエンド派には若干ツラい内容であり、万人にはいささかオススメは出来ない。上のオススメ度Bはコレが理由だ。
どちらかと言えば「Air」が好きな人向けとも言えるか。ただし、アレほど深い内容ではないが。
あえて言うならば美月が柚鈴の所有する琥珀のペンダントに封印されるシナリオ(柚鈴ハッピーエンド)が、とりあえず美月の体の件も落着するし、犠牲者も最も少ないのでハッピーエンド派はこれで我慢するしかないのだろう。
もっとも、このシナリオでは美月が永遠に輪廻の輪から外れてしまったことも意味するので、やっぱりハッピーとは言い難いが…
だが俺っちはあえて、この作品はこれで良かったのだと思う。
相反する柚鈴と美月、二人をヒロインに据えた以上、この悲劇は避けられない。
無理にご都合設定を出して、ムリヤリハッピーエンドを迎える作品よりは全然マシだし、こういうシナリオへの徹底が、悲しいながらも余韻のある内容を残してくれたのだと、俺っちは思っている。
さて、最後に若干欠点にも触れてみよう。
前にも少し触れているが、この作品の頭痛い要素の一つに「Hシーン」が挙げられる。
はっきり言うと、かなりしつこいのだ。
18禁ゲームである以上、これが絡まない作品というのはアイデンティティに関わるので、Hシーン自体があるのには問題はない。
だが、メインである柚鈴と美月と恋仲になるのが中盤。
ちょうど話がドタバタからシリアスに移行する中間あたりにHシーンは発生するのだが、もうトコロ構わず短期間に連続4回もHをかましてしまうのには正直かなりずっこけた。
もちろん、まるっきり納得出来ないわけではない。
柚鈴と悠志郎はもともと、一つの存在だったが故にお互いが引き合っているのだろうし、美月は堕ち神の一族の末裔故の淫性を持っていたとしても不思議ではない。
だが、仮にも神職に能っている者が賽銭箱の上でHするのはいかがなものか…
いくらヒロイン達が巫女服で神社が舞台の作品とはいえ、これはちょっと行き過ぎのように思う。
Hシーンが4回あるぐらいの作品は他にもいくらでも存在するだろうが、シナリオ主導型である作品で、一定時期に一気に連続4回なんていうのは、今回が初めてだった。
もうちょっと、ちりばめるぐらいの工夫は欲しかったかな。
またストーリーに若干説明不足な部分があるのもマイナス。
まず真、柚鈴、悠志郎の関係が挙げられるだろう。
全てのシナリオを紐解けば、柚鈴が生まれた直後に真にさらわれて、しばらく後に神社に返されていた事(鈴香シナリオ)、悠志郎が柚鈴と真自身の外法を利用して作られた存在である事(葉桐シナリオ)などが分かるが、具体的にどういう方法で悠志郎が生まれたのかは、一切不明。
個人的には小説「聖刻1092シリーズ」の風の門(フェンレイ)・ゾマの様なイメージを受けているが…
実際、悠志郎が柚鈴に取り込まれてしまうEDも存在するほど、この設定は重要なため、出来ればもうちょっと突っ込んだ内容が欲しかったところだ。
あと、神隠し事件の犯人が葉桐だったにも関わらず、前半のパートで葉桐が一切怪しい行動をしていない様に見えるのもおかしい。
いくら葉桐が堕ち神の末裔だとしても、4人もの家族+悠志郎がいる状況で、ばれずに美月に贄を与えることが出来たとは考えにくいのだが、この点に関しての描写は一切無いのがちょっと気がかりだ。
もっとも、一哉は葉桐と美月の体の事を知っているし、美月自身は当事者なのだから、実質は鈴香、柚鈴、悠志郎の3人の目を欺けば良かったわけだが…
あと、これはもはや言いがかりレベルかもしれないが、主人公の口調がおっとりですます調(「〜ですねえ」とか)であるのに、情景描写などが普通の「だ、である」調なのには、かなりの違和感を感じた。
時代が大正時代という設定のため、雰囲気を出したかったのかも知れないが、ここがちょっと鼻についたぐらいか。
だがこうした部分は、長所が補ってあまりあるので、俺っちは大して気にしていないのも事実なのだが。
(総評)
発売は2001年の秋。
購入はしていたものの、その頃の身辺の異常なまでの忙しさと、年末にかけて他のゲームに精を出してしまったため、結局年をまたいだ挙げ句ようやくここにまとめることが出来た。
はっきり言うと、非常にレベルが高い。
絵は俗に言う「萌え」系で可愛いし、ストーリーもちゃんとまとまっているし、文章力も高い。システム面も申し分なく、BGMも高レベル。
既存の作品の短所をこれでもか、というレベルで削り取っていって長所をふんだんに取り入れた、理想の作品だと言える。
ただ、それだけに毒が足りない故の新鮮味のなさがどうしても鼻についてしまうのだが、それはゼイタクというものだろうか。
ただ前述しているが、ここのスタッフは相当Hゲームを研究しているようだ。
ストレスのないゲーム内容は、研究しているからこその「かゆいところに手が届く」ものだし、意気込みを十分に感じられるものだ。
デビュー作である「いただきじゃんがりあん」がすさまじいバグソフトだったため、これだけで相当株を落としたすたじおみりすだが、これは起死回生の一発だと言っていいと思う。
今のところ致命的なバグもないようだし、次回作にも期待していようかと思う。
(梨瀬成)