椿色のプリジオーネ


館に隠された真実とは何であろうか

1.メーカー名:ミンク
2.ジャンル:アドベンチャー
3.ストーリー完成度:C
4.H度:C
5.攻略難易度:B
6.オススメ度:C
7.その他:とある雑誌で、珍しく「泣ける」ルートがあると強調された記事を見て、前々から気になっていた本作を、ようやくプレイすることができた。
さて、その評価は正しかったのか?。


(ストーリー)
 主人公・西園寺顕嗣(さいおんじ あきつぐ・名前変更不可)は、莫大な親父の遺産を処分するため五年ぶりに、椿に囲まれた我が家へ帰ってきた。
 本当なら戻ることなく済ませたかったが、遺品の中で唯一つ貸し金庫の鍵が見つからず、やむをえず探しに来たのだ。
 しかし以前と違い、館には新たな主人を迎えるかのように、親父に仕えていた執事の佐伯と四人のメイドが待っていた。
 亡くなる数年前に雇ったと言う親父の真意を量り兼ねたが、一週間後には遺産を処分することを告げるパーティーがあるため、それまでは働いてもらうことにした。

 しかし次の日、メイドの一人が死体となって発見される。

 すぐに警察に知らせることも出来たが、どうせ大騒ぎになる日が決まっている身だし、鍵も探す用もある。
 その間に私が犯人を見つけられるならそれもいいだろうと、彼は館を調べ始めた。
 見えない手掛かり、そして起こる第二の殺人。
 容疑者は減り、顕嗣と犯人の思惑は交錯し、ついに真夜中に二人は向かい合う。
 その開いた口から語られる真実とは…?


 “椿に囲まれた館の中”という限られた空間をひたすら散策する、古典とも言えるタイプのアドベンチャーゲーム。
 プレイヤーは顕嗣となって館の各部屋を回り、情報を集めてゲームを進行させる、解り易いスタイルを採っている。
 そのため、一見すると単純な「総当りして以上」だが、実はこれが落とし穴。
 常に館をぐるぐる回っていると、二日目に三つ、更にそれぞれが二つずつの分岐に分かれることに気がつかず、常に同じ展開にはまってしまう事になる(自分がそうだった)。
 これは、文字で表示される選択肢を極力削り「目的地への移動=選択肢」とした、温故知新から発生した試みの結果だ。
 つまり、限られた空間を生かした表現方法のため、一見簡単そうに見えるだけなのだ。
 パソゲー初期のアドベンチャーがそうだったように、選択肢の文字が無いのは意外なほどに難しい。
 このゲームは文字の入力こそ無いものの、感覚的にはそれに近い。
 ルートが確定すると、移動時のセリフがナビゲーションっぽくなるが、基本的にはクリアへの過程が詰め将棋となる、シナリオ重視タイプ。
 テキストタイプのアドベンチャーが氾濫する今のゲームの中では新鮮味があってとっつき易いが、すんなりクリアとはいかない。
 それぞれのシナリオがあまり長くない分救われているが、ストーリーの脇に散らばるお遊びやバリエーションに乏しいため、改良の余地はまだまだありそう。

 シナリオは顕嗣以外のキャラクター全員に用意されていて、メイドの四人と秘書の三ノ宮、執事の佐伯の計六本ある。
 佐伯シナリオがトゥルーエンドで、これ以外は全て悲話エンドで統一されている。
 これらのシナリオは、ゲーム内の期間・移動できる場所・殺される人数・展開も全て同一のパターンとなっているが、別に手を抜いているわけではなく、各シナリオ毎に顕嗣を取り巻く六人が、一戸の館の中で殺す者・殺される者・陰の薄くなる者・協力する者、それぞれの立場を入れ替えるマルチサイトストーリーなのだ。
 だからシナリオ毎の過程や結果は違っても、クリアする度に、それぞれのキャラの全体像が見えてきて実に面白い。
 一部、矛盾やとんでもない設定はあるが、全体を崩すまでには至っていない。


(琴美シナリオ)
 メイドその1.。
 以前に恩を受けたことから、顕嗣の父を慕っている。
 父に面影が似ている顕嗣に好意を抱き、誰にも渡すまいとして殺人を重ねるが、殺人を犯した罪の意識と彼の父への操を理由に、最後に自殺。
 一番オーソドックスかつ当たり障りの無い話。
 そのためか、総当りをすると大抵はこの話か、小夜の話になるはず。
 このシナリオでは、鞠を除く三人が顕嗣を慕っていて、彼を殺してでも自分のものにしようとする琴美に「私の命をあげるから、あの人は殺さないで」と懇願して死んで行く茜と小夜の姿が哀愁を誘う。
 顕嗣の死体を手にしても無駄と知りつつも、そうまでして顕嗣を…というより父の面影を追いつづける琴美は、生者ではなく亡者に対しての思いに捕われる姿が悲しい。
 椿の館に深入りし、短い生涯を終える姿は、献身・犠牲・叶わぬ思い、と定番でまとめられていても、十分に少女の悲しさが伝わってくる。
 なぜそこまで父を慕うのか? と顕嗣が悩むこの話は、嫌悪の対象でしかないはずの彼の父に対する疑問符をプレイヤーに投げかけるために用意された。
 だから意図的に分岐し易く、そして定番にしたのだと思われる。
 プレイヤーは繰り返しこのシナリオに入っても腐らずに、このゲームの導入部だと思って琴美の生き様を看取って欲しい。


(小夜シナリオ)
 メイドその2.。
 顕嗣の父の系列会社の社長令嬢だったが<落ちぶれる。
 今の生活に我慢できない彼女は玉の輿を狙い犯行を重ねるが、最後に精神崩壊してしまう。
 執念と狂気を前面に出した話。
 彼女は二重人格なのだが、短めなシナリオのこのゲームでは、それが今一つ生かしきれてない感じ。
 琴美シナリオではけなげな姿を見せた小夜が一転、権力欲に捕われた鬼と化し、顕嗣に好意を持つ茜と、事ある毎に喧嘩していた鞠を殺害する。
 独り身になった時点から、精神が不安定だった小夜は苦労を知らなかった頃の自分を別人格として作り出し、心のバランスを保っていた。
しかし、その事実を顕嗣以外は誰も知らないため、小夜が社長令嬢として見送られながら警官の元へ向かう、ラストシーンに対する悲哀の感動が希薄。
 琴美の「可哀相な人」の一言にかろうじて救われている微妙な話。
 事の発端は父の戯言だが、それに対する顕嗣の疑問はない。
 もしかしたら、父が小夜に奉仕させるために口にした甘言かもしれない。
 そうでなくても、そんな言葉に振り回された、そんな言葉にすがるしかなかった小夜が哀れでならない。
 二重人格はどれほどの精神的苦痛が生み出したものか、その内容が小夜のセリフの端々に散らばっていたならもっと引き締まったはず。
 琴美と小夜は同じシナリオから分岐するため、このシナリオも父の影響を見せている。
琴美と異なる展開は琴美のシナリオだけで父の印象を決定付けないための、スタッフの策だろう。


(鞠シナリオ)
 メイドその3.。
 佐伯のなじみの店から、訳あって彼が顕嗣の父に頼み雇い入れた。
 精神的に子供で裏に残虐な一面を持つ彼女は遺書を偽造し遺産を乗っ取るため犯行を重ねるが、顕嗣に諭され反省し、最後に焼身自殺。
 荒んだ過去が原因とはいえ、子供じみた考えによって殺人が繰り返されるこの話は、無邪気さと残忍さをよく表現していて一番現実味を帯びている。
 琴美は顕嗣を後追い自殺にするための動機として殺され、茜は計画を見てしまい、口封じのため殺される。
 彼女にとって、最終目的=顕嗣の殺害が達成できれば、その間の犠牲は些細なことだった。
 それなのに、小さい頃に塀の外から眺めていた顕嗣に情が移ったのか、説得されて自分が死ぬとはなんと皮肉な話か。
 しかし、トラウマはそう簡単に癒せるものだろうか?
 彼女は幼い頃に犯した惨劇を胸のうちに抱えたまま年齢を重ねてきたから、普段子供っぽいのに時々ひどく冷めた年相応のそぶりを見せるのだ。
 そんな根の深い問題が、彼女と一番関連がない顕嗣の「お前のために死んでやる」的な言葉一つで片付けられるはずがない。
 猫を引き裂いたり、茜を冷蔵庫詰にする等の彼女の奇行だけでなく、佐伯の計らいで小さい頃に一緒に遊んだというエピソードでも付けたなら、まだ納得できたかもしれない。
 ネタはリアリティがあったが、今一つで残念。
 ちなみに鞠は、小夜シナリオ以外全て同じ野望を持っている。
 彼女が殺される理由も「嫌いだから」や殺人計画を阻止されて等、ろくでもないものばかり。
 身分からして唯一人の庶民だし、ある意味彼女はこのゲームの汚れ役を一身に背負うもっとも可愛そうな少女かもしれない。


(茜シナリオ)
 メイドその4.。
 両親を事故で亡くし、顕嗣の父に引き取られた親戚で幼馴染。
 茜は第一の殺人を犯した者から顕嗣を守るため、偶然にも犯人を殺害してしまう。
 正当防衛で罪は無いのだが、一人目が死んだ時点から顕嗣に疑われ続けていたため、悲しみのあまり失踪してしまう。
 話の構成が明らかに茜を疑う対象として組まれているため、そのまんま見ていると、彼女のラスト間際の「信じてくれなかった」の一言に、顕嗣どころかプレイヤーまで直撃を受ける悲痛な話。
 ゲームに限らずドラマや小説の登場人物を片っ端から「お前が犯人か!」と言ってしまう人は、特に胸が痛むことだろう。
 茜は全編通してヒロインのせいか、どのシナリオでも顕嗣に恋心を抱き続け、殺され続ける悲運の少女。
 この自分のシナリオさえも、彼女がメインなのに主犯の鞠に振り回されるだけという見事なまでの悲劇のヒロインぶり。
 小夜の殺害を目撃してしまった茜は次に狙われるかも、という不安から落ち着きを無くすが、その姿を顕嗣に犯人ゆえの怯えと捉えられてしまう。
 それでも顕嗣が狙われたと知るや、食事に睡眠薬を盛られて眠る彼の部屋で体を張って鞠の行動を阻止する。
 もしかしたら、この時点で「彼のために死んでも構わない」と考えていたかもしれない。
 既に疑われている身であり、その時点で顕嗣とのハッピーエンドを諦めているにもかかわらず、けなげにも彼に尽くす姿はやはり悲しい。
 「疑いが晴れれば問題無し」と言いたいが、彼女にしてみれば“茜を信じてやれなかった”と悔やむ顕嗣の顔を見たくないし、なによりもそうさせるのが自分であることが辛かった。
 そして、自信を持って「信じて」と言えない自分自身も許せなかった。
 自分は何も望まず、願うのは好きな人の幸せだけ、その誠実が胸を打つ。
 だからこそ、疑いの目で見るプレイヤーは顕嗣と共に罪悪感で胸が「痛い」。 
 このシナリオはトゥルーシナリオで幸せを掴む茜への感情移入の複線としても機能しているので、できれば早い段階でクリアしておきたい。


(三ノ宮シナリオ)
 遺産相続の事務処理に雇われた顕嗣の秘書。
 実は五年後の世界からやってきた彼の婚約者(このシナリオのみの設定)。
 自分の不注意で顕嗣を死なせてしまった彼女は、その未来を変えるために過去に戻り、手当たり次第に彼の身近な女の子達を殺害する。
 果たして未来は変わったが、彼女にとっては、いつ顕嗣に出会えるか解らない時間の流れとなってしまう。
 「愛故の執念」という表現が一番似合うが、設定として一番ぶっ飛んでいる話。
 彼女は生きて鬼となったそうだが、幽霊のほうがまだ納得できる。
 彼女の話によると、顕嗣の後を追っても、彼女は何故か死ねなかったらしい。 それはおそらく、彼が「自分の分まで生きて欲しい」と願い、死を邪魔していたから。
 その願いを顧みず、時代を遡って歴史を変えただけでなく、顕嗣の命まで奪おうとした。
最後は彼女自身が彼に殺されることによって当初の目的も達成する。
きっとあの世で彼に叱られているだろうが、そうまでしても“側にいたい”という強い思いには感心してしまう。
 しかし、対象にされた方はいい迷惑。
 もともと顕嗣は生き残った者(茜と小夜)どころか、最初から誰に対しても恋愛感情を持っていない。
 だから、彼女は“人を殺して彼の心をゲットした”という、納得のいかない形なってしまった。
 どのシナリオにも関わらないのだから、いっそ顕嗣以外全員死亡の方がまだすっきりした。
 「顕嗣の父」ではなく「彼にしか関係無い」彼女のシナリオが、没にならずにゲームで生き長らえた理由は彼女の影の薄さに拠る。
 彼女はエンディングまでの間、顕嗣以外の人物と一切会話が無い。
 彼女のいる場所も、話の進行上で一度顕嗣の部屋に現れる以外は全て書斎のみという徹底した孤立振り。
 しかし「各部屋を回る」というゲームシステムのおかげで、彼女はゲーム内を他のキャラと同じように活動しているように見える。
 だから、私はこのシナリオをプレイするまで彼女が顕嗣としか話していない事実に気がつかなかった(本当)。
 つまり、ゲーム内のキャラとして違和感が無かったため、切る必要が無かった。

 おそらく、スタッフはいてもいなくても困らない彼女を、顕嗣の仲介でゲーム内に巧みに溶け込ませることによって、このゲームにフリーな空間を確保したかったのだ。
 違和感がないから他のシナリオと同じく、顕嗣から見てその対象が“悲しい結末”を迎えていれば、「何でいるの?」という疑問に好きな理由がつけられる。
 だから直接関係が無いだけに、たとえ彼女が「宇宙人」でも「アンドロイド」でも、「ダッチワイフ」でも「肖像画」でも問題は無い。
 そういう意味では悲しい話なのに「面白い」シナリオだった。


(佐伯シナリオ“トゥルーシナリオ”)
 顕嗣の父から西園寺家に使えている寡黙な執事の彼は、顕嗣に殺意を抱くメイド達から彼を守るため次々と犯行を重ねるが、それは執事というより、まるで親の様な…?
 最初に書いた「雑誌での記事」はこの話のこと。
 何故父は家族を省みなかったのか?
 そして、死ぬときに一つだけこの屋敷の中でやらなければならないことを残したのか?
 上記でバレバレだが、殺人が繰り返されても犯人が特定できない展開や、このシナリオでのヒロイン・茜と顕嗣の意外な関係は、プレイヤーの意表を突く。
 キャラクターの相互関係こそ他のシナリオと変わらないが、実は茜以外の三人は“遺産目当て”という複線が張られている。
 そのためには顕嗣を殺す必要があり、それが佐伯を動かす動機となる。
 動き始めた彼はもう止まらない。
 顕嗣には常に真摯に振舞い、しかし裏では秘めた感情を昂ぶらせていく。
 現場に作為的な跡を残し、鍵の隠された日記を自室という判りやすい場所に保管するなど、まるで自分をアピールするかのようだ。
 佐伯は一人目を殺害した時点で、館の全てを自分の所で終わらせようと決心したに違いない。
 顕嗣は既に自立している。
 相思相愛の相手(茜)もいる。
 “ただの執事”という、立場上顕嗣とは何の関係もない人間が目の前から消えても、彼の前途には何の影響もない。
 佐伯は自分を強調したい、しかし口には出せないという矛盾に苦しむが、顕嗣がその心を汲んでくれたことで満足して身を引く。
 地味なのに、そのラストはとても力強く気持ちがいい。
 Hも恋愛もさしおき、父と子の情と絆で悲しくも感動のドラマを見るこのシナリオは、トゥルーエンドである分その存在感がいっそう際立っている。
 もし父が生きている間に顕嗣に直接話せていたら…、死んだ後にしか伝えられなかった父の家族に対する思いはただ文を見て、声を聞いて「泣ける」のではなく、“握手一つで、何十もの会話を交わす”ような「伝わる感動」を味わえる。
 ただ彼は琴美シナリオでは彼女を(一応)調教し、小夜の時には鞠との不和を解消するためHをし、鞠の時にはほとんど奴隷なので、佐伯シナリオとのギャップがかなりある。
 その全てをプレイヤーは見ているだけに、感動と一緒に意表を突かれたと感じるかも。


 これらのシナリオは、どれも読むだけなら物足りない位の短さだが、このゲームのスタイルが個々の文章を適度に分割し、不満を感じない長さに調整されている。
 欠点は、シナリオが短くて所々説明不足になるきらいがあること。
 佐伯はいつ日記を隠したのか?
 屋敷といっても二階建て十一室しかない屋内で一体どういう歩き方をすれば何時の間にか夜になるのか? 等々。
 他にも、顕嗣は仕事が忙しいらしいが、している様に見えないし、彼の父は彼女達にどんな奉仕をさせていたかのCGも無い(ナニは顕嗣の勝ちらしい)し、小夜はHシーンで様々なプレイをするのに、彼女のシナリオでイベントが起こると処女に戻っているし、と設定の細部にこだわると不満を感じてしまう。
 詰め込みすぎるのもどうかと思うが、大雑把な感は否めない。

 CGは面白く、セピア調の館や、色あせて見えるキャラクターでクラシカルなイメージにまとめられ、このゲームの雰囲気を支えるのに一役買っている。
 特に目立つのは、キャラクターの大きさ。
 全身像をほとんど無くし、胸から上だけで描かれた、画面の半分を占める女の子達は、このゲームが、キャラクターに動きを求めないからこそできた手法で、下手な全身像よりインパクトがある。
 艶を感じさせる色合いと、どこか物憂げな瞳は何かを訴えている様だ。
 また画面たっぷりのHシーンは、背景を描くスペースがないほどのボリュームで、色調とあいまってエッチと言うより淫靡。
 女の子は達は、まず“二画面に拡大”するアピールをしてからHにはいるため、より大きく見える。
 これは「全身を描けばいいってもんじゃない」という、見せ方に対するこだわりの好例だ。
 ただHはあまり重要ではないため、CGが少なく残念だ。
 更に欲を言えば女の子はメイドなのだから、その全身像は最低一枚入れて欲しかった

 突飛な部分を除けば意外性はほとんど無く、大きな盛り上がりもないので、それを期待する人には物足りないが、音楽を絡めた雰囲気はどことなく「はいから」な時代を感じさせるので、落ち着いたゲーム・静かなゲームをプレイしたい人には薦めたい作品だ。


(総評)

 人によっては「暗い」の一言で片付けられてしまいそうな雰囲気の作品。
 何より好感度ではなく、エッチも恋愛もほぼ関係無い分岐と、顕嗣と故人の父・弓三郎と佐伯の男達だけが重要な部分を占めている異色作。
 ミンクのゲームは今回が初めてだが、いつもこんな感じなのだろうか?
 「一本だけ異なるシナリオを組み込む」という構成は、以前私が評論した「カナリア」で使われていたものと同様のスタイル。
 この時はヒロインだけが悲劇だったが、こちらは逆に穏やかなエンディングが唯一のものとなっている。
 強調したい事がある場合は効果的なので、今後も多くのゲームに色々と用いられそうだ。

 注目すべきは父親という存在だろう。
 まずゲームの舞台、「椿の館」を作った顕嗣の父・西園寺弓三郎。
 彼は、その富を一代で築き、家族に関与せず、顕嗣の母親が死んだ時も葬式に出なかったという。
 だからこそ、顕嗣は父の葬式にも出ず、その遺産を全て処分しようとした。
 更に、戻れば彼がが身元引き受け人となる形で雇ったメイドがいて、夜の奉仕までさせていた―――。
 一見しての傍若無人振りは、顕嗣も軽蔑して当然と思える。
 そんな父が隠した貸し金庫の鍵…。
 トゥルーシナリオでしか見つけられないこの鍵は、息子への語れないメッセージだった。
 息子へ託すという記述はないが、“顕嗣の生まれた年の日記の中”に隠すことで言葉の代わりとしたのだ。
 本当は家族の顔を見るのが辛くて、仕事に打ち込むしかなかった父。
 そして家族がいなくなってから、同じく家族を無くした者達を集め、主人としての威厳を保ちつづけることで自分を奮い立たせるしかなかった父。
 彼は顕嗣よりも辛く孤独な立場にいた。
 最後に顕嗣はその事実を理解するが、そんな父と顕嗣は対等になれたろうか?
 そして弓三郎の影で生きてきた佐伯。
 彼と同い年で、学友の佐伯は誰よりも彼を知っている。
 執事は主人の孤独を知っていて、かつ自分も苦しめる側の人間であることを解っていたから、彼の行動を責めることはなかった。
 何より自分が彼を孤独にさせた張本人だけに、仕え続ける事は、彼に劣らぬ苦痛だったはずである。
 彼の最後に口にする言葉で、このタイトルと同じ「椿色のプリジオーネ」は、その名の如く椿に囲まれた牢獄の中で寡黙を通した男のまごう事無き本音だ。
 そこから出てもなお、彼は全てを知った息子から“父”呼ばれることを自らに許さず、弓三郎との関係を保ち続けていく。
 この二人を通して、父と子の関係を感じられるプレイヤーこそ、本当にこのゲームを堪能した人といえるだろう。

 顕嗣はそれなりに頭は切れるが、しょせん素人なので、推理やアクション等の話を望む人はこのゲームを手にすると裏切られる。
 だが登場人物のやり取りは、財産乗っ取りを図る者、殺人を計画する者、暴く者、全部素人同士なので妙にバランスがいい。
 舞台を限定し、全員に多面的な配役をさせ、館の中で繰り返される殺人事件を通して、人の見えざる内面を描く。
 とっつきやすくクリアに難しだが、文章にかかれない部分でプレイヤーに語りかけるこの作品が、私は好きだ。

 余談だが、音楽のスタッフはかなり音源と曲に自信を持っているらしく、そのことをディスクのメモに書いていた。
 実際、深い響きと澄んだ音の落ち着いた曲調なのでかなり気に入っているのだが、なぜ音楽観賞のモードをつけなかったのだろう?
 フォルダからWAVEデータで聞けるからか、それともCDでも出ているのか…自信があるなら、もっと前面に出そう。
 曲名が判らないのが残念だ。

 (Mr.BOO)

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