〇神岸あかり編/ストーリー完成度:A
相変わらずの高水準のシナリオで、まずはひと安心。
ただ、元々のシナリオは“Hシーン抜きでは考えられない”構成だったため、当然そちらについては最も注目する事になる。
結果としては「よくぞ、かわした!」と絶賛出来るグレードであった。
あかりとの初H(未満)のやりとりを、“あかりが浩之の(初体験の)申し出を拒絶した”風に思わせておいて、実は…という展開は、これはこれで結構なリアリティがある。
浩之はあの時、相手が慣れ親しんだあかりであったとはいえかなりの…否、極度の緊張状態で告白したに違いない。
ただしここで重要なのは、その時点での彼の“トチ狂い”方なのだ。
言ってしまえば、普通ああいう状態が整えば…例えば仮にあかりが申し出を快くOKしていたとしよう。その場合の直接的な展開はとりあえず置いといて、その後に至っても浩之はまだトチ狂い状態から解放されてはいないだろう。
つまりは微妙なすれ違いが発生したとしたら、そこからまた発展してPS版みたいな結果をも生みかねない。
事実WIN95版は、それが原因でコトに至れなくなってしまったのだから。
あかりがいなくなった後の浩之の心情描写は、似たような経験を持つ者としては非常にシャレにならないリアリティがある。
極度の緊張の結果から、自分がトチ狂っている事に気付かずにあかりに冷たく当たり、さらにはその言い訳を構築する。
多分同じ状況に立たされた男性ならば、実際にやるやらないはともかくとして心境はきっと理解出来る筈だ。
所詮ドタン場に立たされた男というのは、自分でもどうしようもない程に馬鹿になる事がある。
だから、多分ゲームよりも数年後あかりと本格的に結ばれた浩之は、あの時のやりとりをふと思い出したりすると、のたうちまわる程の後悔の念にさいなまれる事だろう。
そんなもんなんだって、男と女なんつーもんはね。
ただし、それを理解するしないで、このシナリオの印象が逆転してしまいかねないのも事実なのだ。
人を好きになるという事は、本来はゲームの様に数値やパラメータでどうこうなるものではない。
それは誰もが解っている事なのだが、本当に理解しているものなのか?
人を好きになるという事は、いわば“狂う”事だ。
狂う…とは、当然通常の思考とは全く異なる、自分でも異常と判断出来かねない心境に陥るという事だ。
そんな状態で(多少、矛盾した言い方になるが)、好きな相手の事を考えるゆとりが果たしてあるのだろうか?
結論。それはNO! だ。
馬鹿なと思うかもしれないが、そういうものだ。
そういった状況下で、自分自身を冷静に見られる人間なんか存在しまい。
もし出来るとしたなら、それはまだ狂うに至らない程のゆとりがあるという事。
100%完全に、その人間に入れ込んでいないという事ではないか?
プレイヤーという視点だからこそ、トチ狂った浩之の無様な醜態を見るハメになる。
当然、そうすれば「あかりになんて事をするんだ!」とか「俺ならこうするのに…」とかいう意見も出るだろう。
しかし、実際にそんな状況でそこまで(理想的に)格好良く立ち回れる人間なんて滅多にいない。
浩之個人にしたって、あんなヘンテコリンな言動をとるのはあのシーンだけだ。
あの一部分だけがそうである事が、彼が通常の思考が出来なくなってしまっている証拠じゃんか。
私がこのシナリオを評価するのは、恋に焦がれた人間がトチ狂った果ての思考を見事に表現し尽くした事にある。
これは、Hシーンの代用を遙かに凌駕した改編ではないだろうか…と真剣に考えている。
こういうのは、理屈では成り立たないものなのだ。
あかり個人の心境としても、実に納得のいくものだ。
ああいう風に浩之に迫られて…
あ「…じゃあ…浩之ちゃん、シャワー…貸してくれる…?」
浩「…ああ、いいよ…」
…………なーんて、なる訳がねーわな。
それこそ、実はあかりが歴戦の猛者だったってーんならそういうゆとりもありなんだろうけど、それこそナンセンスだ。
多分だが、あかりの選んだ行動というのは浩之の申し出に対して、自分の中の思考を整理する時間が欲しかったための言い訳だったのではないか?
だから直接的に申し出を断りはしないが、少しだけ一人になりたいという願いが生じたために、結果として浩之の誤解を生む行動を選んでしまう…
…なんだ、そう考えたら充分納得出来るじゃあないか。
ある意味で、あかりの心境には“誰が施してくれるか解らない「抑制力」”の欲求が、どこかにあったのではないだろうか?
つまり、浩之の申し出を受けるという事はそれまでの幼なじみとしての関係にピリオドを打つ事に繋がる。
それがあかり自身良く解っているからこそ、誰かに、それを止めて欲しいと願う感情だ。
それはあかり自身の心の中の何かでもいいし、逆に浩之でも良かったのだ。
ひっくるめるならそれは“迷い”って奴だね。
…しかし実際は、その迷いを吹っ切って、あかりは浩之の家を再び訪れているのだ。
かなりの覚悟があったんじゃないの?
浩之の抑制といえない抑制はあんなおろかな一言でまとまってしまったが、あかりと浩之のそれぞれの“いつもと違う”感情のやりとり…。
この演出は、相当練りこまれた結果の、最良のスタイルだと私は確信できますが…?
その上で、二人はくっついたんだから、一番納得いく結果だと思うのよ。
「WITH YOU」の菜織シナリオのポンチッチな結末の、5000倍くらい説得力があるでよ!
浩之があかりを追う場面…ゲーム中最大に盛り上がるシーンだが、ここでまさかWIN95版主題歌『Brand New Heart』がかかるとは(カラオケだが)!!
後藤、ハッキリ言ってここで思わず感嘆の声を上げちゃった。
まぁ、「なぜPS版主題歌じゃなくて?」っつーツッコミもあるだろうけど、あんな腐れ主題歌ではこの最重要なシーンの演出には使えませんからなぁ。
あかりの鼻歌が伏線になっていたとは(…そーじゃないだろ?)…。使用目的に疑問が残るのは確かだが、いい方を選んだ結果として、私は解釈している。
(後藤夕貴)