高町美由希/評価B

★恭也の妹・美由希は、本当の兄妹ではない。
 父・士郎の妹・美沙斗の娘であり、恭也の従妹というのが正しいのだが、恭也の父はとある理由から、彼女を正当な御神流剣術の剣士に育て上げようと考えていた。
 そして父亡き後、自身の剣士としての完成を諦めた恭也が意志を受け継ぎ、彼女を鍛えている…
 かつて御神本家を襲った陰惨な事件が、彼らのすべてを狂わせたのだ。

 フィアッセの母・ティオレが経営する“クリステラ・ソングスクール”の卒業生と在校生が一同に会して行われる、大規模なチャリティコンサートの開催が決定、これを機会に高町家を出て全国を回るフィアッセを巡り、高町家の人々は様々な思いと喜びを語り合っていた。
 しかし、そのコンサートの開催を影で阻止しようとする不穏な動きがあり、その刺客が、フィアッセとティオレを脅迫してきた。
 その場にたまたま駆けつけられた恭也と美由希…しかしその刺客が二人に披露した攻撃技は明らかに“御神流剣術”だった!
 奥義「神速」によって、通常とは異なる時間感覚の中で交わされる剣…刺客の正体は、行方不明になっていた美由希の本当の母親・美沙斗だったのだ!


 評価Bなんか付けてはいるけど、実はこのシナリオには無視できない問題点が数多く点在していたりする
 シナリオのプレイ順にもよるので一概には言えないが、まずこのシナリオの前半は、他シナリオでもさんざんくどいほどに描かれてきた“美由希の修行”の描写にほとんど費やされており、かなり食傷気味になってしまう恐れがある。
 また、驚く程にめぼしい展開も見あたらず、かなり凡庸な印象を受けてしまう。
 これが第二部の中盤あたりまで続いてしまうので、かなりダレる事は間違いない。
 もちろん一番最初にこのシナリオをプレイすれば避けられる問題ではあるのだが、それが万事解決の方法というわけではないからねぇ。
 一応変化が少ないようでも、第二部中盤は微妙に美由希及びフィアッセサイドに話がシフトしており、レン編でも触れたフィリス矢沢登場の辺りから、目に見えた微妙な変化が現れる。
 さりげなく、「1」のいづみシナリオでの莵弓華事件との関連を臭わせる場面もあって、ニヤリとさせられたりもするが。
 しかし…そこまでがとにかく長い…長すぎる。
 おおまかな流れがわかればいいというのなら、美由希のシナリオはプレイ2回目以降、花見の朝からのスタートを真剣にお奨めする。

 また、後半になると美由希の素性もプレイヤーに説明されはじめるが、いくら“問題がなくなった”からと言って、突然振って沸いたかのように恋愛感情を発現させる主人公の態度に首を傾げる
 このシナリオの告白から初Hシーンの流れの不自然さは、ヘタしたらシリーズ中ワーストかもしれない
 主人公が美由希を育てるために抱いていただろう覚悟・決意、そして様々な思いが、このシーンによって事実上崩壊してしまうためだ
 例えばこれが、美由希との血縁の事情を主人公が知らなかったとか(無茶だけど)、ずっとそういう思いを抱き続けてきたが、心を鬼にして“師”として立ち振る舞い続けてきたというのならばまだ良かったのだ。
(ちなみに後者だった場合は、美由希編以外のシナリオでもこれを強調する演出をしておかなくてはならないというトラップもあるが…)
 第一あれだけ厳格な性質の主人公が、美由希との関係をちょっと思い返しただけでそう流れてしまうという展開に、無茶の根元があるのだ。
 その後のHシーンもひたすら浮きまくっている上に無駄に回数だけ多いモノだから、ホント、取って付けたようにしか感じられないというのもある。
 ましてや主人公の傷だらけの肉体と比較して、美由希の裸身があまりに綺麗過ぎるというのも憤飯モノだ
 あんなに無数にキズ付ける必要はないにせよ、美由希自身の肉体にも、あれだけハードなフルコンタクト訓練を連日こなしている都合上かなりのキズがなければおかしい筈だ。
 ここまでドラマ部分とH場面に違和感があると、怒りを通り越して失笑すら浮かんでしまうわい。

 また、突然美由希が自主的に訓練量を上げてハードワークに走る経過も理解出来ない。
 何がきっかけでそうなったのか、そしてどうしてそこまでやる必要があったのか…フィリスも言っていたが、どうしてここまで主人公によって順調に磨き上げられてきた成果を破壊してしまいかねない行為を取るのか、完全に理解の域を超えている。
 まるで突然、美由希がインナーワールドに閉じこもって暴走してしまったかのような錯覚すら受けてしまう…
 美由希はこの結果、手の豆を潰してしまう事になるのだが…まさかして、主人公の告白に至らせるためだけの演出だったのか?!
 だとしたなら…私はシナリオライターの感性と常識観念を本気で疑ってしまうだろう。
 否、常識観念は元々かなり疑っているか…いくら練習とはいえ、屋外で平気で真剣振るったり、店の中で真剣見せびらかすような描写を何の疑問も持たずやっちゃうくらいだしね。
 もうこれは、「真剣」という“本来とても危険な物”に対する考え方が甘すぎるとしか考えられない。
 エラそうに能書きたれる前に、こういう部分をしっかり引き締めて欲しい物だが。
 ましてや、花見の席で未成年に酒を勧めまくるのもまずいが、保護者の桃子自身が飲ませてどーする?!
 高校生のクセにイケるクチとか言ってる場合じゃないと思うし。
 …うーん、やっぱかなり常識観念ない人なんだな…

 さて、さんざん悪い部分をピックアップしたが、ではなぜこれだけ叩く場所の多い美由希編の評価がBなのか?
 それは、本シナリオがシリーズ初の大きな試みを行い、それをある程度完成させてしまった功績があるからだ。
 これはフィアッセ編と絡めた、一種の“マルチサイト的展開”を利用した演出を指すのだが、この功績は非常に大きいと判断した。
 もちろん単体シナリオだった場合は「C」が関の山なのだが、あえて1ランク上昇させてみたのだ。
 あえて底上げ評価をした、と言っても間違いじゃないかも。
 ちなみに、以降「本シナリオ」と表現しているものは“美由希&フィアッセ編”をまとめて指している意味なので、よろしく
 (個別の場合は、○○編と区分)

 本シナリオは、後半の“チャリティコンサート”を巡る展開を中心として、良く似ているが微妙に異なる物語に発展する。これにはそれぞれのヒロイン視点別による描写の違いもあるが、基本的には分岐点に過ぎない。
 にもかかわらず、美由希編内でもフィアッセの存在は重要かつきちんとアピールされており、その逆もしかりだ。
 それでいて、それぞれに同一種の(しかし別々の)結末を用意し、違和感少なく上品にまとめ上げる事に成功している。
 この構成の見事さは特筆すべきものがある。
 本作にも、“忍&ノエル編(完全同一)”“晶&レン編(途中より別ルート化)”という似たようなパターンがあるにはあったが、それぞれのシナリオの味を出しながらもうまく物語が融合しているものは皆無だった。
 こういうシナリオを作れた事は、「とらハ3」という作品全体の中でもひときわ輝く成功例として挙げても問題はないと考える。 
 
 また、全シナリオ中唯一と言って良いほど「御神流」そして主人公の技量が役立っているというのも見逃せないポイントだ
 正直、本シナリオをプレイするまでは「御神流なんて設定自体なくてもよかったんじゃねーの?」と考えていたのだ。
 しかし、きちんと本来の目的〜父・士郎がしていた仕事と同様の〜を果たすために力を振るい活躍出来たのだから、少ない場面ながらも面目躍如といった所なのだろう。
 また、晶シナリオみたいに単純な“師弟対決の行方”といった結末に持って行かなかった事だけでも、個人評価は高い。
 やはり「御神流」は冒頭で何度も言われていたように、“誰かを守る”という事によって進化が発揮されるものなのだろう。
 否、現実はそうでなかったのだとしても、士郎より恭也・美由希に伝わったものは間違いなくそうだったのだろう。
 技術だけでなく、そういう意志みたいなものもきちんと伝わっていたため、美由希は剣を交えるに至れたのだ。

 本シナリオは「御神流」という枠で見つめた場合、他のシナリオではあまり描写されていなかった部分の描き込みが緻密になっている事に気付かされる。
 主人公の右膝の状態ガシャレにならない程のもので、これがあったために御神流の剣士として完成される事はないと自覚してしまったという辛い事実と、どうして完成されないのかという具体的な理由…奥義「神速」の存在とその描写はかなり秀逸だ。
 「神速」とは、いわゆる“009の加速装置”あるいはD&Dのレベル3マジックユーザースペル“Heast”とレベル9“TimeStop”の併用のようなもので、独自の足裁きと体裁きによって急加速を実行し、その結果「相手とは異なる時間感覚の中で行動できる」ようになるというものだ。
 実行した途端、画面がモノクロ化して心臓の鼓動音が鳴り響き、モードが切り替わる。これが異常にかっこよく、主人公にとって最後の隠し技となっている。
 で、御神流剣士はいずれこの領域に踏み込まなければならないらしく、現実として美沙斗はこの技を掛けて対峙してもスピードが変わらない。
 しかし、当然技を使うための負担が足にかかるため、主人公にとって日に3回の使用が限度なのだ。
 主人公は美由希編でこれを連続3回使用し、フィアッセ編では3度目の「神速」中さらに重ね掛けする事で禁断の4回連続に至っている。
 個人的には、この場面はかなり燃える展開だ。
 「宇宙の騎士テッカマン」にて、1度しか使えないボルテッカを連続3回使用してボロボロになったジョージを思い出す。
 不可能な筈の領域にあえて踏み込み、代償の高い勝利を得る図式というのは、心の琴線に触れるものがある。
 美由希はまだこの技の存在そのものを知らず、この領域に入り込む事が最後の試練となるらしい。しかし希望はあるのだ。
 主人公はこれをなんとかギリギリで使用しているにすぎないためか、完成されないだけでなく、いずれ力及ばぬ事になる危険すら孕んでいる。
 この技について主人公が思う事は、美由希の完成という事に自らの果たせない夢を託す事であり、それによって自身の無念を散らす事でもある。
 たった一カ所の疾患のために、様々な思いを張り巡らせる展開は、なかなかに奥深いものがある。
 それだけに、そんな部分を直接攻撃した晶が許せなく感じるのだが…

 美沙斗との最終対決は美由希が行う事になるが、その際の美由希の姿は厳格な美しさがある。
 彼女の決意とその心意気には感銘を受ける部分も多々あり、最後の主人公との対峙も、非常に納得いくものになっている。
 明確な結果があえて提示されないというのも、なんとなくらしくていい。もっとも容易に想像できるのだけど…ね。 

 しかし、残念ながらこの対決の舞台となる“チャリティコンサート”を巡る周辺設定に、かなりの無茶があったりする。
 これについては、フィアッセ編にて触れてみたいと思う…
 
 美由希は、そのデザインに特徴らしきものがなく、本編を知らなければどういう存在なのかも全く予想がつかない。
 一見しただけだと、おとなしそうな“図書館係少女”を連想させるデザインとも言える。
 実際本編内では過酷な修行をする事で存在を強烈にアピールしてはいるものの、その割には印象に深く残らないという欠点がある。
 そう、あまりにも地味過ぎるのだ。髪型・顔・全体の色合いすべてが…
 これでメインヒロインだというのには、かなり無茶があるくらいに。
 どうやら最近流行の「妹萌え系」キャラの図式に、あえて真っ向から反発したとも取れる存在に感じられる。
 妹でありながら「お兄ちゃん」と呼ばせなかったり、練習の場面以外ではほとんど主人公との交流がなかったり…
 それはそれでいいのだけど、果たしてそれが求めていた成功に辿り着いたのかははなはだ疑問ではある。
 もちろん「萌え系」に徹する事がすべてよしとは思わないのだけど、もう少し目立たせる工夫があってもよかったのではなかろうか…
 
 …かといって、フィアッセみたいに触覚付けられても困るんだけど(笑)。

 
 あ、一つ忘れていた事が。
 リスティ、あんた一体ナニしに出てきたの?
 頼まれたんならちゃんと仕事しなちゃい!(笑)



 我、生涯を剣と共にありて…