心輝桜
 強い願いは現実になる…

1.メーカー名:carrie're
2.ジャンル:インタラクティブADV
3.ストーリー完成度:B
4.H度:D
5.オススメ度:B (漫画調の展開が嫌い人にはF)
6.攻略難易度:F
7.その他:コマの姿は、フォ○チュンク○ストのシロちゃんみたい。 < それわ禁句!


 “大木を祭り、それを守る人々が作った街がある”。
 carrie'reのオフィシャルサイトでこの作品を知ったとき、諮らずもC's Wareの「HEART&BLADE」を思い浮かべていた。
 あの作品での“御神木”は魔を封じる役割だったが、果たして心輝桜ではどの様に描かれているのだろう。
 そんな疑問に端を発した好奇心から、購入した本作だったのだが…。


(ストーリー)
 “霊木”と呼ばれる、特別な力を宿した大桜を祭る珠守神社の神主見習いとして修行中の身の古坂優夜は、幼い頃に事故で両親を亡くしており、ただひとりの家族であった義妹のも、1年前に忽然と姿を消してしまっていた。
 義妹の失踪が自分のせいではないかという自責の念にかられ、心が安らぐ事のない日々。
 そんな優夜の心を、古坂の家を守るためにお目付役としてやってきていた鈴森静名と、学生時代からの友人である風崎夏輝が「家族」として支え続けてきた。

  そんなある日、霊木の下で泣いていた記憶の無い少女・あやを引き取ったことにより、優夜の元にあわただしくも充実した日常が戻ってきたのだった。


 シンプルな起動画面に必要最小限に留められた機能設定と、全体的に特徴の無いシステム周りだと感じた。
 セーブエリアは20箇所と少なめであるが、選択肢の少ない本作においては必要充分な数だといえる。
 キャラクターボイスは無いが、場面に合わせ効果音による臨場感ある演出にこだわったとパッケージに書いてあった。
 実際に聴いてみると解るが、BGMやSEとは別にBGSと称する『自然界の音』を場面に合わせさり気なく流している。
 もっとも、さり気なさ過ぎてどれ程の演出効果があるのか定かではないのだが…。

 最後までよく解らなかったのは“コマ・エフェクト”なる機能。
 説明書きによるとDirectXを利用してストレスを感じさせない画面の描き替えを〜とあるが、この機能を利用したゲームシステムは多く、とくに目新しいといった感じはしない。
 パッケージもマニュアルにもこれ以上の情報がないためオフィシャルサイトの作品紹介を参照してみると、容量的にどうしても制限が付いてしまう画像データの枚数を、複数のカットを合成することで最大限に有効利用しているらしい
 通常場面でも〜と念押ししているところを見ると、この機能をキャラクターの立ち絵カットと背景画像との合成表示にも利用していると云いたいのだろうか。
 確証は得られなかったが、確かに立ち絵のカット数が多い。
 ヒロインの3人は、『表情』・『ポーズ』・『衣装替え』で平均15カット、サブキャラでも表情等で数カットは用意されており、これだけでも一覧表示して見たくなるほどの取り揃えである。
 これほどの数をあらかじめ用意しているなら、「合成して有効利用してる」とは書かないだろう。
 しかし既出の同ジャンルゲームでも、各ブランドは秀逸なシステムを構築してきているのだ。
 それらと一線を画すほど斬新で画期的なシステムを開発していなければ、到底売り文句にもできないだろう。
 それなのに、既出のゲームの表示機能と『何がどう違う』のか、その差を感じる事が出来なかった。
 もしこれが、作動環境ぎりぎりのローエンドマシンへの配慮から生まれた表示システムであったのなら、そのような物だとはっきり表示して欲しいものである。
 いずれにしても、なぜパッケージにまで書き出されていたのか、その理由を見出す事ができなかった。


 シナリオは“戯曲”と冠したサブタイトルを持つ短話で構成する、6話ひと組のストーリー形式。
 全18話中の1話から3話迄が共通ルートで、1話目を古坂あや、2話目を風崎夏輝、3話目をソルネの登場に割り当て、以降はヒロイン毎のルートシナリオに分岐して5話分続く。

 本作は読ませることに重点を置かれたシナリオであり、選択肢も必要最小限に留められている。
 小気味よいテンポでスラスラと進むストーリー展開であるため、各ルートシナリオはハッピーエンドに直通した構成の様にも感じられるのだが、バッドエンドもただのゲームオーバーとしては扱われておらず、望み果たせぬまま迎えてしまった悲しい結末などとしてしっかりと描かれていた。
 その際は、それまでの明るい雰囲気が嘘の様に音を立てて壊れてゆくといった感じにうまく転換されており、読ませる為にルートの分岐構造を簡素化しただけで、決して手を抜いたわけでない事がよく解る。

 だが、問題点が無いわけでもない。
 オフィシャルで「1話完結型」と紹介されているにも関わらず、ストーリー上で発生した謎などはルートシナリオの終盤で解き明かされる形になっており、また物語の起点となった『唯の消息』についても、あやルートでしか明かされていない。
 したがって、厳密には1話毎に「完結」しているとは言えないのだ。

 物語の世界観そのものといえる珠守神社の御神木・通称“霊木”だが、冒頭でも述べたようにこの大桜は特別な力を持っている。
 想いを残し浮かばれない霊魂を取りこみ、共に生きることで浄化し癒してきたこの霊木は、そうやって蓄えた膨大な霊力でしばしば不思議な現象を引き起こしてきた。
 その最たるものが強い願いを叶えてしまう現象なのだが、困った事に善悪無差別に願いを叶えてしまうため、これを悪用されないよう霊木を守り、共神者達を管理・統括する守人と呼ばれる組織まである。
 組織の中心となっているのは、数百年前からこの土地で霊木を守ってきた一族だが、この街に移り住んで共神者となった者も守人となっている。
 古坂家に派遣された静名はもとより優夜も、そして失踪した守人であるが、優夜と出逢ってから共神を身につけたあやも、後に守人として共神の特性を活かした仕事を引き受ける事になった。
 この組織に関してはこれ以上の明確な情報が無く、裏方ではそれなりに活動はしているのだろうが、何とも輪郭のぼやけた印象しか残っていない。
 霊木のおかげでおおげさな組織に見えるが、本作を見る限りでは町内会の活動みたいなものだと思っても差し支えないのかもしれない。
 物語の舞台である白湯温泉郷そのものが、霊木を守る人々によって作られた街なのだから。

 話を戻すが、霊木に叶えられた強い願いは、そのまま“願った本人の心の内”に宿り、特異的な能力として行使できるようになる。
 それが共神と呼ばれるものだが、『叶うはずの無い願いを叶える』この能力を使うことは、その願いの大きさに相応の代償を必要とする。
 シナリオ冒頭でいきなり発動したあやの怪力…神腕の場合、その代償は発動時の活動量に相当するカロリーを即消耗してしまうために過度の食欲として現れ、もうひとつの「魂の声」を届ける心奏は、逆に周りの声をノイズのように拾ってしまう形で現れる。
 静名が持つ「記憶を操作する」事が出来る虚幸は、本気で使うと記憶そのものを消してしまえるという。
 その代償として、皮肉にも彼女自身の楽しかった想い出を失ってゆく。
 普通の物を物神に変えることの出来るソルネ想譲は、反する効果…物神の心を封印してただの物に戻す事もできる。
 他の物神に干渉できる代償として、彼女自身の活動時間が失われ、それは眠りとして現れるのだ。
 そして優夜の持つ癒慰は治癒能力で、この共神は特に危険を伴う代償を必要とし、行使後に物理的な不幸…物が飛んできたり落ちてきたりといった災難に見舞われる。
 つまり、人を癒して自分が傷つくわけだが、その“不幸”は優夜の存在自体に引きつけられてくるため、時には命に関わるような目にも遭ってきた。
  もちろんこの能力は、かつて事故で死にかけたを救うために優夜が望んで身につけた物であり、それに伴う代償についても彼自身納得しているのだ。
 そのうえで「自分の為に共神者にしてしまった」と気に病むに、この能力を身につけた事は意味のあるものだと示すため、自らの危険を顧みず重症患者の治癒にあたってきた。

 そんな不幸から優夜を守る役を担っているのが、学生時代からの友人でもある風崎夏輝だ。
 彼女自身は共神者ではないのだが、武術全般に精通し高い戦闘力と異常に研ぎ澄まされた第六感を持つ女性で、有事の際にはボディガードとして行動を共にできるよう古坂家に同居している。

 有事というのは、優夜共神を必要とするほどの重傷を負った患者が出た事を指すのだが、常にこんな状況にあると彼が他のヒロインに惹かれたとしても、夏輝が傍に控えていたのではシナリオ的にも不都合だろう。
 そこでルート毎に夏輝の立場を変える事で、この問題をクリアしているのだ。

 ・優夜の能力に依存した展開から話を繋ぐことで、ボディガードとしての役を全面に押しだし強調した【夏輝ルート】
 ・肉体を持たない物神を中心とした話の展開にし、優夜刀の物神刃菊の主となり守護される事で、実質的に夏輝の役割を無くしてしまった【ソルネルート】
 ・あやの抱える不安と秘めた想いに集約することで優夜の能力を必要としない展開にし、静名の経営する甘味処・菓楽屋の手伝いとして夏輝の行動を制限してしまった【あやルート】
 立場を変えるのは夏輝ひとりに限った事ではなくソルネあやも同様であり、ルートヒロイン以外のふたりには違う役割が用意され、脇役とはいえ個性に合わせた活躍の場を与えられているわけだ。

 脇役というなら、本作において無くてはならない人物である静名は、シナリオ全編を通して実に味のある役回りを担っている。
 彼女は菓楽屋を切り盛りしながら古坂兄妹の面倒を見てきたのだが、10年以上になる同居生活の中ですっかり家族同然となっており、姉的存在として不動の立場を築いている。
 本来お目付役として来ているはずの静名が全面的信頼を得られたのも、彼女の献身的ともいえる面倒見の良さにあるのだろう。
 趣味は人にむりやりコスプレさせる事で、さらには抜き身の刀で挑む夏輝を素手で息も乱さず倒せる豪腕の持ち主。
 絶対最凶の名を欲しいままにしながら、仕事では和服を着こなす謎の多い女性だが、それでも慕われているのだから、やはりただ者ではない。
 優夜達はもう社会人なのだから、もう「古坂の家を守るため」に居る必要はないのだが、静名にとっても今の暮らしが総てであるのだろう。

 そこでふと思い出したのだが、静名の「古坂の家を守る」という当初の目的は果たされたのだろうか?
 その成果もさることながら、なぜ守人の組織静名を派遣してまで古坂家を守らなければならなかったのか、その理由がはっきり示されていないため、静名の立場が最後まで曖昧なままだった。
 何事も「限りなく悪意に近い善意で優しく強要する」、逆らえば「お仕置きという名の拷問」という“濃いキャラ”であったために、その事実すらぼやけてしまっていた事が幸いしたのだが、決して誉められる事ではないと思う。
 なぜ古坂家なのか、神主の家系という全く活かされていない設定には採用されなかったとんでもない裏話があったのか?…などと思ってみたが、真相となる所もシナリオにうまく絡めてあればそのぶん話の幅が広がった事だろう。

  あと心残りなのは、「養女」である理由が明かされていない事だ。
 どんな事情で古坂家の養女となったのか、これがはっきりしていれば或いは『なぜ優夜が事故で瀕死の状態にあったを救いたいと強く願ったのか』という、シナリオの根幹にも関わらず触れられなかった部分を、きちんと描けたのではないだろうか。
 これが明かされていない為に、最後まで共神という重荷を背負ってまで救いたかった“への思い入れ”に共感できなかった。



<風崎夏輝>
 『義妹の命を救う為に背負った重荷』の代償から優夜を守ることが夏輝の役目であるが、なぜそんな危険を伴う仕事を引き受けたのか、その原因となった過去の出来事に触れながら、より強いものと変わってゆくふたりの絆を描き、クライマックスへと繋いでいる。

 さて夏輝がボディーガードとして優夜と共にいる理由…共神を使った際に被る代償だが、周囲にある不幸を引き寄せてしまう、迷惑極まりないものだ。
 ルートシナリオ中でもこの不幸が更なる災いを招いていたりするのだが、最も不幸な目に遭うのはやはりクライマックスだろう。
 このクライマックスは、優夜迫りくる未曾有の危機から街を護るため、ただ1人の犠牲者になるというかなり無茶な展開であったのだが、そのために竜巻を引きつけるぐらい不幸になる必要があった。

 とはいえ不幸の度合いは発揮した能力の加減に比例している。
 ゆえに代償を最大限に被るため能力の限界を超え暴走させた優夜は、治癒対象である夏輝の親友・梨花を意識不明の状態から回復させた。
 彼女は不良グループの暴行に遭い、それから何年も意識が回復しないままだった。
 これがもし“暴行を受けた”事に起因する精神的な物であったなら、精神治療師である静名の領分であるから、肉体的な治癒を専門とする優夜に出番はないはず。
 つまり梨花のケースは、特に脳に深刻なダメージを負っていたのではないかと推測されるのだ。

 第2話の“戯曲『閃華』赤き猛突風の戦乙女”で優夜が治癒した紺屋美奈は、やむをえない事情から能力を抑え気味に使ったため、通常では切断を免れない重傷を負った脚を、リハビリが必要な程度にまで回復した。
 その代償として制御を失い暴走する車に轢かれかけたのだから、複雑で繊細な中枢組織を機能回復する事が、いかに大きな代償を必要とするか想像に難くないだろう。

 そのクライマックスでのみで明かされる“優夜が夏輝と共に剣術を習っていた”という設定に関して、「実は俺も習っていた」と申し訳程度に書かれた台詞は大問題だ。
 たったこの一言が余分に記述されていた為に、ここまで盛り上げてきた演出が陳腐なものになってしまっている。
 ただこの設定に関しては、他のルートシナリオでも活用できた筈なので、都合よくとってつけた様に感じるのは、この台詞ひとつのせいではないのだろうけど…。
 例えば第3話“戯曲『物神』物神館のメイドさん”から登場する刃菊は、【ソルネルート】で重要な役割を果たしているのだが、このルートシナリオの展開次第では、優夜が剣術を学んでいたという設定を充分活かせたのではないだろうか。

 あと夏輝の髪の色だが、この鮮やかな赤毛の由来について明かされたのもこの【夏輝ルート】のクライマックスだ。
 夏輝の髪が何色だろうとシナリオには関係ないのだが、この髪は彼女が所持している霊刀『穿焔(うがちほむら)』の影響を受けたものだという。
 それほど強い影響を与えている代物だが、兄弟刀である霊刀『禍風(まがつかぜ)』を所持している優夜が、全く影響を受けていないとは考えにくい。
 このあたりの説明がなされていないこともまた、このルートの問題点だといえるだろう。

 この霊刀・禍風優夜に使わせるために、先に述べたような問題や無理が生じていると思う。
 霊木のバックアップを受けた霊力を霊刀の衝撃波に乗せ、[死悲の咆哮]を引き起こしている霊的エネルギーを浄化し竜巻を対消滅させるとんでもない展開にする為に、わざわざ優夜に刀を握らせる必要もなかったのだ。
 彼を独りで死地に向かわせたくないと望んで同行した夏輝が、常に持ち歩いている霊刀・穿焔1本あれば充分だったはず。
 確かに共鳴りという2本の霊刀が放つ異なる効果を相乗して使う大技は劇的であり、この場面に相応しい演出だったのかもしれない。
 しかしここで重要だったのはふたりで幸せになるために生還する事を望む気持ちであり、そのためにも僅かな可能性にすべてを賭ける勇気を持つ事なのだから、どう解釈しても[死悲の咆哮]を退けるために、霊刀・禍風の発する滅びの風が必要だった理由が見て取れなかった


<ソルネ>
 主を失い行き場を無くした物神たちを保護する物神博物館の館長を務める、緑色のメイド服を纏った金髪の少女ソルネ
 彼女との関係…それ以前に、面識があったのかさえ明確にされていないのだが、とまったく関連のない方向性で書かれたシナリオというわけでもない。
 “大切な人を失った”という同じ悲しみを持つ者同士という共通点で親しくなった優夜ソルネ
 このルートは立場の異なるふたりの間に芽生えた愛情や葛藤を、恋愛小説の様にまったりと描いたシナリオなのだ。

 マスターを失って孤独となったソルネは、悲しみを抱え数十年ものあいだ苦しみ続けてきた人形の物神
 物神とは、物が心を持った存在であり、所有者から受け続けた想いを心に変えた存在で、九十九神の一種だとされている。
 「ピノキオ」をモチーフとしたシナリオだと思うのだが、そのよい部分を取り入れながらも、結末までは童話的展開で終わらせていない。
 要素を取り入れてアレンジしたものだと解釈した方が正解かもしれないが、悠久の刻を生きる物神に相応しい、柔らかな雰囲気を持ったいいシナリオに仕上がっていると評したい。

 ソルネは、物神の中でもかなり特別な存在だった。
 彼女の本体である人形は、霊木から欠けた木片で作られており、その身には霊木から受け継いだ膨大な霊力を宿している。
 そのため永遠にも等しい寿命を持つソルネだが、今は亡き彼女のマスターが、ソルネの霊力を代償に…永遠の命と引き替えにして、人へと生まれ変わる願い霊木に託して逝った事が、このルートシナリオ最大のポイントだろう。
 なにより彼女を人へと変える最後の鍵が優夜の愛だというあたりが、心憎い演出ではないだろうか。

 これは単純にソルネへの想いを描くだけではなく、彼女を慕い護ろうとした物神達優夜という「人間」を認め、彼にすべてを託した大円団でもあるわけだから、後日談でふたりの間に産まれた子供達が、博物館に保護されてきた物神を「新しい家族」と呼んだ事に、より深みを与えていると感じた。
 刃菊たち物神の『ふたりの子孫を護ってゆく』という誓いは、相互の信頼があってはじめて成り立つ物なのだから…。


<古坂あや>
 霊木の下で泣いていたが、記憶が無く身元を確認できる物も無い事から、静名が率先して預かる段取りをした。
 そんな事があった為「あまりの可愛さに静名が攫ってきたのだろう」と、最初は本気で疑っていた優夜だが、自分を慕い日本一の義妹になる野望に燃える無邪気な少女に絆されて、いつしか心の隙間を満たされていたのだった。

 勘のいい人は第1話ですぐに気づいたと思うが、肉体的に“あや”であった。
 不治の病で逝去した恋人の後を追い自殺しようと考えていたの体を、霊木に宿っていたあやが譲り受けたのだが、容姿はまるっきり別人であり、義兄の優夜でさえの身体的特徴をあやに見つけられなかった。
 これは終盤で「体をあやに合わせた」と説明されていたことから、器としての肉体あやの魂に合わせたと解釈できるのだが、調整にかかった1年もの間その体を何処に保管していたのかなど、謎は残されたままだ。

 これは物語の前提になる事だが、優夜を愛していた。
 義兄に「重荷」を背負わせた罪の意識だけで、尽くしていただけではないはず。
 そしてそれは、優夜自身も解っていた事だった。
 病院で恋人が息を引き取ったその日、の行動はまさに優夜への気持ちと恋人への気持ちを天秤にかけたものなのだ。
 優夜としては義妹異性として愛してはいない為、「好きな人ができた」という彼女のためを思い突き放した態度をとるが、それは『義兄は自分を受け入れない』と悟らせるに充分なものだったのだろう。

 あやは家族というものに憧れ、現世に…古坂家にやってきた。
 だが、やって来たのはあやの意思ではなく、偶然静名に連れてこられた様に描かれているのだ。
 ここで問題となるのは、が体を譲るとき「優夜を励ます」約束を交わしている事だが、記憶を失ったあやが自力で優夜と親しくなり約束を果たすのは限りなく不可能に近い
 「偶然」古坂家に連れて来られたから良かったものの、違う家庭や施設などに連れて行かれる事だってありえたのだ。
 この経緯が解るのはルートシナリオの終盤に入ってからだが、それまでの経過を踏まえても都合よくやって来たとしか受け取れなかった。

 第1話“戯曲『懐宴』始まりを告げる誘拐”で、静名は「霊木の下で泣いていたのを保護したが、記憶がないから連れてきた」としか云わなかった。
 これがもし“心奏を使い霊木を中継して送ったメッセージ”を受け取った上での行動だったなら、まさに『あやの導きで優夜の元へ来た』事になり、偶然連れてこられたわけではなく、必然的にやって来た事となる。
 こうする事ではじめて、あやが“優夜の元に来た”事を伏線としたとの約束も活きてくると思うのだ。

 また、仮に静名あやの記憶を操作した上で古坂家に連れてきたのなら、その後記憶を取り戻したあやがその事を言わないのは不自然である。
 もちろん抗議すると後が怖いというフシもあるにはあるのだが、理由があっての記憶操作だったなら静名もちゃんと答えてくれるはず。
 ゆえにそういった記憶操作が行われてないと解釈する方が正しいのだろうが、それが真実だとしても一切語られないのだから疑惑が晴れることはないだろう。



(総評)
 物語の起承転結がはっきりしていてテンポも良く、イベント発生のタイミングも絶妙で、シナリオの起伏の付け方も申し分ない。
 オープニングからエンディングまで滞る事のない話の流れは、明るい雰囲気と相俟って本作最大の牽引力になっていると思う。
 幹となるストーリーも、主人公の優夜のみに偏ることなくバランスの取れた作りになっており、各ヒロインとの心の繋がりをしっかりと描いてからクライマックスを迎えているため、彼女達が優夜に寄せる想いの深さがよく伝わってくる。
 carrie'reのデビュー作品であるこの「心輝桜」を解き終わっての率直な感想として、是非にと勧めるには若干インパクトの弱さを感じるが、機会があれば手にとって欲しい作品だと思えた。

 舞台となる白湯温泉郷は、桜と温泉が名物ののどかな観光地として描かれている。
 季節は春であり、観光客の到来に賑わう街の様子だけでなく、『桜』である霊木の開花にあわせピークになる霊力に呼応して起きる様々な現象など、各ルートはこれらと密接に関わったイベントをクライマックスに向けて組み込んでおり、桜〜霊木抜きでは語れない話作りになっている。

 その一方で、馴染みのない存在や現象を題材としている本作の中だけでしか通用しない用語が、冒頭からいきなり使われていたために意味も通じず、当然ゲーム開始時点ではシナリオへのとっつきが悪く、テンポのいいコメディタッチの作風であったことに救われたといっても過言ではないだろう。

 霊木が起こした現象以外にも、本作には幾つかの現象が描かれている。
 あやとの想い出となった[蛍火]は、霊木に影響を受けた虫の魂が舞うささやかな饗宴。
 ソルネと見上げた[珠鳴りの桜]は、霊木に宿る魂たちの想いの煌めき。
 中でも1番劇的なものは、【夏輝ルート】の[死悲の咆哮]だろう。
 これは5月頃、満開になった霊木の霊力がピークを迎え、それに引き寄せられた海の亡霊達の想念が引き起こす自然現象にも似た災害。
 当然ながら毎年起きている筈なのに、なぜか今年…いや【夏輝ルート】でだけ、「何か」が引き金となり通常の十数倍の死霊を取り込んで竜巻と化し、白湯温泉郷に迫ってきた。
 この辺から【夏輝ルート】のシナリオに無理が出てきていると思えるのだが、他の2ルートに関しても、[死悲の咆哮]が絡む時期的矛盾は深刻だと思う。

 まず、[死悲の咆哮]が引きつけられるのは、霊木の満開時。
 これは[珠鳴りの桜]と符合するので、このふたつの発生時期は近い。
 またあやが[蛍火]を見たのも、桜が満開になる時期に催される桜花祭であり、時期は重なる。
 [珠鳴りの桜][蛍火(桜花祭)][死悲の咆哮]の順になるだろうが、各ルートで語られていなくても、この現象は確実に起きていたわけだ。

 結界が張られている為に麓からは見えず、ソルネに教わるまで知らなかった[珠鳴りの桜]は別にしても、【夏輝ルート】では竜巻が襲来したことで桜花祭が中止になったという記述がないし、桜花祭があった事すら触れられていない。 
 【ソルネルート】では、桜花祭の開催時期で死ぬほど忙しい菓楽屋をほったらかしにしていたであろう優夜は、あとで静名お仕置きすぺしゃるコースをお見舞いされたのではないか? …と心配したくなるほど桜花祭について触れられておらず、その後で襲来する[死悲の咆哮]も話題にさえならなかった所をみれば、“例年通り”に些細な事で済んだのかもしれない。
 【あやルート】でが戻ってきたのが桜花祭後ということもあり、[珠鳴りの桜]は終わっていたと解釈できても、その後にくる[死悲の咆哮]は語られず終い。
 やはり、大したことにはならなかったということだろう。

 ならばどうして【夏輝ルート】でだけ、[死悲の咆哮]は竜巻となり、未曾有の危機を白湯温泉郷にもたらしたのだろう。
 「何が原因」だったのか、本作の中で真相が語られることは最後までなかった。
 だが本来同じ時間軸を共有した複数のシナリオに、こういった矛盾があってはならないのだ。
 そのために作品全体に影を落とす結果になった作品が沢山あるのだから、最後までしっかりと描ききって欲しかったと思う。


 さて、冒頭で述べた「HEART&BLADE」の件だが、あちらでは封印していた木が特異なわけでなく、あくまで封印されていた存在に起因する物語であり、街は封印の為に造られ、機能している。
 本作の霊木は同じように物語の象徴として扱われていながら、あまりにも異なる位置付け…なによりその存在感に圧倒された。
 両作品とも作り込まれ確立された世界観と構想の上に成り立つ物語だけに、最初から比較できる物ではなかったのだが、作品を知ってはじめて実感できる事も多い物だと改めて感じてしまった。

 本作を解き終わりこの評論の執筆中にcarrie'reのオフィシャルサイトに行たのだが、そちらで公開されているサイドストーリーには、本作内に欠けている重要な情報が詰まっており、優夜禍風の関係と「彼の地位と隠された能力」、静名が背負う「お目付役の真の役割」と穿焔の真価など、とても興味深い事ばかりだ。
 それに軽快なテンポはそのままで、より鮮烈に書かれた物語は、本作のイメージさえもがらりと変えてしまうほど素晴らしい物だった。
 そのサイドストーリーを読んで、本作のシナリオライターさんはアクションシーンに長けた方だと思えた。
 なるほど本作のクライマックスでの、息の詰まるような雰囲気の持たせ方は、本来の持ち味を活かした物なのだ。
 その持ち味を出せるはずの【夏輝シナリオ】が無理な展開に見えてしまったことを考えると、本作はやはり「詰め込みすぎ」なのかもしれない。
 そのために活かしきれてない伏線や設定が多く残ってしまった事は非常に残念である。

 しかし、それを補って余るほどの感動を残した作品であったことも、あわせて伝えておきたい。
 “誰かに伝えたい、そんな「幸せ」見てみませんか?
 パッケージにあったこの謳い文句が伊達でなかったことを最後に記して。




(あおきゆいな)



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