顔のない月
 渇きを癒す闇夜の蜜(どく)…

1.メーカー名:ROOT
2.ジャンル:伝奇系恋愛ADV
3.ストーリー完成度:B
4.H度:C (一部、趣向違いを含む)
5.オススメ度:B
6.攻略難易度:B (完全クリアを目指すならA)
7.その他:DVD COLLECTORS EDITION 対応


 2000年に発売され好評を博し、その熱も冷めやらぬ翌年夏にLimitedCollectionが、それから更に1年をかけ完全リニューアルしたDVD COLLECTORS EDITIONが発売された。
 このDVD版にはLimited版に追加された外伝シナリオが再収録されていて、22あるルートシナリオを整理・淘汰、その上で新たに2ルートを追加し17ルートに変更されている。
 そのうえ新たに追加されたイベントCGも多数あると知り、今一度この名作に触れてみたいと思った。

 なお執筆にあたっては、初回限定やLimitedCollectionに付属している設定資料を一切参照せず、本編内で得られる情報に基づき検討している為、オフィシャルの設定と異なる解釈がなされている可能性がある事をあらかじめご了承戴きたい。


 物語は信州の旧い習慣やしきたりが色濃く残る久坂村の倉木山で、土地神を祭る旧家・倉木家を舞台に描かれている。
 大学で民俗学を専攻希望していた主人公・羽山浩一は、倉木家の分家筋のしかも養子であるにも関わらず、本家の跡取り娘・鈴菜の婿候補として招かれた。

 1000年続くしきたりと名家の当主の座。
 立場的に無下に断ることも出来ず、夏休みの間に答えを出すという妥協案で館に滞在する事になったのだが…。


 購入の動機はキャラクターデザインがCARNELIAN氏だったからという至極平凡なものだが、その繊細な絵柄を余す事無く活かし切った魅力ある作品だと思う。

 1000年の歴史を背景にもつ作品だが古めかしい感じは無く、しかしどこかアンティーク調の趣きある和洋折衷の舞台設定。
 洒落た画面構成も作品の雰囲気作りに貢献しており、随所まで気が配られている事を感じさせる。
 また耳障りにならない様程々に抑えられてはいるが洗練されたBGMと、絶妙なタイミングで入る効果音。
 更には抑揚あるセリフ回しでシナリオを盛り上げてくれるキャラクターボイス。
 DVD版は余裕のあるメディアのため新規に録り直し、主人公以外フルボイス化されている。
 これら音響関係はCONFIG(ゲーム設定)で個別に音量設定が可能で、環境や好みで調整しやすくとても重宝だ。
 ただセリフはすべてテキスト表示されているが効果音は擬音表記されていないので、音量を絞り過ぎるとイベントで何が起こったのか判別つかない事も多い。
 とにかくセリフが半端でなく多いから、ハードディスクの空き容量に余裕があるなら是非、音声データまですべてインストールして欲しい。
 データアクセスのタイムラグも勿論だけど、DVDドライブへの負荷も半端じゃないからだ。

 あと、このゲームで特徴ある機能がDIARYだろう。
 これは本編中で本山教授に倣い羽山がつけている手帳の内容で、日々の行動や出来事が記されているためゲームの進攻によって記述が異なる。
 時には地図やはたまた落書きなど、見て楽しめる物やヒントとなりえる物まで様々なので、時々はチェックしておきたい。

 シナリオ・システム・サウンドと申し分ない出来だが、さりとて全く問題が無かったわけではない。
 旧CD版では800×600フルスクリーン固定画面だが、これ以上の画面設定で起動すると始点(0,0)から(800,600)までのエリアのみがゲーム画面として認識され、それ以外のエリアにマウスカーソルが出た途端強制終了してしまった。
 Windows98SE及びMeで起動チェックしてみたが、同一マシンでOSを換えても同じ現象が起きている。
 結局原因を特定できなかったがもし同じ現象が起こるのであれば、起動前に手動で画面設定を切り替えてプレイした方が無難だと思う。
 DVD版ではフルスクリーンとウインドウモードの切り替えが可能で、強制終了する不具合だけは解消されているものの、ゲームの表示画面は相変わらず800×600サイズ。
 画面設定に合わせて拡大表示はされないらしい。


 この作品は各ヒロイン毎にルートシナリオが作られていて、メインシナリオルートを基軸にしてヒロイン個別ENDと共通ENDに分岐する構成になっている。
 羽山の主観でシナリオが書かれているため彼が取った行動を追う形でルート分岐していくわけだが、ただ思うように選択肢を選んでいけばゲームをクリアできるものでもない。
 DVD版で追加された由利子と千賀子を除く鈴菜・知美・沙也加の3人は、「欲情」と「思慕」のパラメータポイントによってイベント発生やルート分岐が決定しているからだ。
 羽山の行動後に時折点滅表示される赤と青の椿の花を何回表示されたかという事だけど、OPTIONのキャラクター紹介画面で視覚的にパラメータの確認ができるので、手間さえ惜しまなければ進攻はそれほど難しくなかった。

 ただかなり難解なシナリオで迷いを生じやすい作りにも関わらず、セーブエリアは10箇所しかない。
 ひとつのルートを辿ってみても分岐点がかなり多いため、攻略するならルート毎に進めた方がベストだろう。


  <栗原沙也加ルート>
 テーマである『月待ちの儀』を柱としてシナリオを見るなら、運悪く事件にまき込まれた沙也加のルートは、派生シナリオといえる。
 このルートは、忌まわしい過去を「忘れて生きる」のと「向き合って生きる」…どちらが沙也加にとって幸せか? という2択になってしまうわけだが、これは倫理観や一般常識の話で無くあくまで状況から羽山が出した結論に過ぎず、山都瑠璃としての記憶を失っている沙也加の意志は関係ない。
 もっとも羽山が沙也加の同意を得られたとしても容易に連れ出せる(逃がせる)環境では無いので、瑠璃の失踪から1年ものあいだ行方を捜し続けたマネージャーの漆原武彦の行動力の方が、最終的な羽山の決断よりも重要だったのではないかと思う。

 前当主・倉木善次郎の所業に託け沙也加を自分の道具…慰み者に仕立てた五平に対し、拳銃まで持ちこんだのにあまりにも無力だった漆原だったが、その努力と功績が殆ど評価されていない事が惜しまれる。


 沙也加といえば香水だが、これは瑠璃の記憶が沙也加の人格に唯一反映されたものだった。
 色や匂いなどは、記憶喪失になる前の好みが出やすいものだと聞いた事があるが、沙也加の場合もそうなのだろう。
 使用人という立場もあるだろうが、年頃の女の子にしては飾り気のない沙也加のささやかな趣味が、ラストで羽山にメッセージを残す為の伏線だったとは。
 唸らされた反面、本当に「解りにくいメッセージ」だ。
 山都瑠璃の写真集に載っていた対談の中にある、昔映画で見た「香水を替えて恋人にメッセージを残した」シーンの話を羽山が読んでなければ絶対に伝わらない事だけに、沙也加にとっては分の悪い賭けでしかない。
 それぐらい切羽詰った状況での脱出だったのかと今更ながら思い返したエンディングだが、このエピソードが後日談などに活かされてればもっと良かったと思う。


  <春川知美ルート>
 羽山に負けず劣らず特異な存在だった知美。
 立場上は春川家の養女だが、沙也加と同様に『月待ちの儀』を執り行うにあたって利用されただけの存在だった。
 倉木の当主と使用人という主従の立場から、どんな関係を築けるかでルートは分れている。

 知美ルートといえばまず先に思い浮かんだのが書斎のビデオテープだ。
 調教記録なのか善次郎が遺した悪趣味なコレクションだが、それが撮られていた事を知っている当の知美は、善次郎の亡き後そのテープをなぜ処分しなかったのだろう。
 書斎には常に掃除のため出入りしているのだし、機会はいくらでもあったはず。
 故意に残していたのか、単に忘れていただけか。
 どちらにしても、誰かに見られる事をまったく危惧してないとしか思えない。
 実際このテープの内容を知っていた衣緒には、しっかりオカズにされていたわけだし…。
 相手が羽山だったからあんな展開になったわけだが、例えば善次郎の娘である鈴菜に見られた場合どう言うつもりだったのか。
 羽山に云った「当主に満足していただく為の奉仕」では、親友に対しあまりにも無神経というものだ。


 注意が必要だと思ったのは、知美の正体について触れているエンディング部分。
 これはメインルートのTrueEnd「動き出す時間」を補足する内容であり、知美の立場で知った事を思い巡らす様に語っているため意味不明な記述が多い。
 だがここで語られた内容は、事のはじまりと真実を理解する為に不可欠な情報だと思った。

 ただ「空っぽの器」という表現は、的確な様でいて少し違和感がある。
 というのも、器(肉体)だけで魂がないのなら、どうして知美は「生きて」いるのだろう。
 その答えは『双子の巫女』にあるのではないだろうか。
 双子が精神の魂(コン)と肉体の魄(ハク)を分かち生まれてくるというなら、「魂とひとつに結びつけなかった」知美は魄のみの存在であると解釈でき、すなわち陰の巫女・鈴菜と同じだと考えられる。
 その知美が羽山とぴったり合うと表現される事から、羽山から欠けて地下で眠っているのは魄の方ではないだろうか。
 魂の羽山と、魄の鈴菜や知美が惹かれあうのは、ごく自然な事だったのかも知れない。 

 親友の鈴菜を差し置いて羽山のアプローチに答えた知美だが、以後の展開において自らの意志で満たされる為に行動したのはこのルート「欠けたる者」だけ。
 知美のイメージチェンジを含め、メインルートに匹敵する出来だと感じた。


 問題〜とはいえないが何とも評し難いのが、東衣緒を交えたもうひとつのルート。
 狙って作ったのは解るが、可愛いけりゃそれで良しというノリも考え物だ。

 ただでさえ女性関係において薄情・節操無し・ケダモノetc...と千賀子に色々言われている羽山だが、ここに至って両刀使いの称号まで戴いてれば世話は無い。
 男色の趣味は無いと言い切るも、彼の人物像は無茶苦茶だ。
 同性愛ネタの善し悪しでは無く、もう少し一考の余地があったのではないだろうか。

 「使命」を果たす千賀子を止める手立ても無く知美に促されるまま館を後にし、館に残った者を見殺しにせざるをえなかった結果や、12年後に巡り来る鈴菜を助けられる機会とその準備について羽山はどう思い考えたのか、うやむやなまま終ってしまった事が残念でならない。


  <倉木由利子ルート>
 DVD版で新たに追加されたルートで、羽山…いや浩一少年は由利子さんが好きだったという話。

 いわれてみれば由利子は18歳の娘の親にして外見がすごく若い。
 それもそのはず、この姿は12年前の亡くなった当時の姿なのだから。
 由利子の生年月日や年齢については知らないので、仮に由利子と善次郎が結婚したのを24年前の月待ちの儀だとしてみる。
 当時の由利子を18歳と仮定すると、24年後の当年生きていれば42歳。
 そこから12年遡ると、それでも30歳だ。
 月待ちの儀に婚礼の儀を兼ねたとは言えないものの、あながち無茶な計算でもないしまだ若い可能性も多いにある。

 現在20歳ぐらいの羽山が、30歳前後の憂いを帯びた魅惑の未亡人に惹かれたのも無理からぬ事とはいえ、12年前…8歳だった浩一少年が由利子に惹かれた理由は、母性に対する憧れだったのではないだろうか。

 生贄にされることを止めもしなかった夫に対する満たされない想いを、青年になった「浩一君」によって救われた。
 その亡き母を慕う孤独な少年の心を抱えたままでいる羽山を、ずっと鈴菜の優しさが包んでいた。
 最後に娘の幸せを願い去っていく所は、メインルートの「ウエディングドレスEND」よりもしっくりといく終わり方だと思えた。


 由利子の象徴ともいえる中庭の椿だが、8月の暑い盛りにも関わらず赤い大輪の花が見事に咲き誇っている。
 椿は日本に20種ほどあるそうだが、その開花時期はだいたい冬から春先にかけて。
 神奈川より西に分布するナツツバキ属のヒメシャラは、倉木の椿と同じように8月まで咲くようだが、これは白い花をつける。
 赤い花弁を持つ代表的なものでヤブツバキが2〜4月、晩秋から咲く他の種では11月から咲きはじめる。
 信州の山の上に建つ倉木家とはいえ、こんなにも開花時期が異なるのはどうしてだろう。

 いやそれ以前に、咲いているのはこの季節だけだろうか?
 この椿が特別なのは咲いてる時期だけではない。
 香りや蜜には強い幻覚作用や催淫作用があるようだが、その理由として穢れが混じっているからだと五平の話にあった。
 穢れが香りや蜜を介し精神や肉体に影響を及ぼす物かは定かでないが、この椿が山の穢れを吸い正常な状態でないのは確かではないだろうか。
 由利子が在るべき場所へ還った後、この椿はすべての花を落してしまう。
 赤い椿の花言葉は「控えめな美徳」だそうだが、季節が流れただ一輪だけ咲いた椿の花は、とても印象的だった。


  <沢口千賀子ルート>
 DVD版で追加されたルートで、元々ある「千賀子虐殺END」の前後にシナリオを加え補完した様な感じに仕上がっている。
 ただ、それだけならルートを新設する必要もないだろう。
 このルートでは羽山との過去について触れるべく「雨やどり」イベントを組み込み、随所で千賀子の心情に重点を置くように作られているのだ。

 千賀子の使命は、秘術の封印だ。
 その為に儀式に関わった者を虐殺するという手段に出ている。
 儀式までの時間的余裕もなく、秘術を知る者を特定できないという理由からだろう。
 しかし知美ルート「屋敷からの脱出」では、衣緒と知美を連れた羽山を二度と倉木の山に近づかない事を条件に見逃している。
 羽山が倉木の儀式に関して完全に蚊帳の外であるため、秘術について何も知らされてないと判断したのだろうが、それ以上に怨霊さえ屠れば現状の羽山は危険性の低い存在だと認識している為ではないだろうか。
 しかし千賀子ルートでは、巫女である彼女が全く感知できなかった存在が羽山の中にいた事が、不幸な結果に繋がってしまった。
 人の身をもった神を生み出させない事が目的なのに、羽山自身が限りなくそれに近い状態であり、あまつさえ鬼へと変わろうとしていたのだから。
 もしもっと早い時期に羽山の中にいた存在に気付いていれば、陽の巫女・水菜を護る為だけの存在だと解っていれば千賀子の事だ、適切に対処できていたのではないか。
 そう思えるだけに後味の悪い結末だったが、「左手の力」によって心を砕かれ何も感じる事のない羽山が、去ろうとした千賀子にそっと手を添えた場面は本当に涙物だった。


  <倉木鈴菜ルート>
 メインルートだが、鈴菜のエンディングルートと、羽山のエンディングルートに分かれる。
 鈴菜ルートは物語の解決編といえるが、このルートだけでは圧倒的に情報不足であり、何より未消化の伏線が足を引っ張り無用な混乱を招くだけ。
 その為TrueEndルート「動き出す時間」は他の主要ルートをクリアしておく必要があり、この条件が整わないとルートシナリオが展開されない。
 ひとつのシナリオで解き明かすにはあまりにも複雑で難解なため複数のルートシナリオに分割し、違うアプローチで謎に迫っているといった感じだ。
 それが最終的にTrueEndルートの欠けたピースを埋める役割を担っている。 

 これに対して羽山ルートは、怨霊の策略により鬼となり果てる結末を描いていた。
 鬼といっても人の心に棲む負の想念が…ぐらいのレベルではなく、まがりなりにも倉木の神の一部だった存在がなるのだ。
 鬼よりも祟り神といった方が合っているような気がするが、呼称はともかくとしても闇を撒く存在である事に変わりはない。
 この後、倉木の神がどんな対処をとるだろうか。
 また東京で静観したままの「組織」が、今後倉木の山をどうするつもりだったのか一切語られてない事が残念だった。


 羽山は水菜の供達だ。
 そして今は鈴菜の夫(予定)でもある。
 羽山自身を交えて二人が仲良く暮らすなんて事は、確かに男にとって都合がいいばかりでムシのいい話だ。
 だけど…護るべき者と守りたい者。
 天秤にかけられる筈などないのだから、嫉妬と憎悪の果てに怨霊の拠り代となった鈴菜に、羽山が投げかけた言葉に偽りはない。
 その為に、自分の命を差し出したとしても。
 それが羽山のだした決断だった。

 倉木の当主におさまる自分が想像できないと彼は言ったが、これは立派な当主の姿ではなかっただろうか。
 チヨが今際に託した倉木一族の命運を、羽山はその大役を果たしてみせた。
 ただの飾りなどであるはずない。
 運命と向き合う勇気を持って、愛する者を守りぬいたのだから……。


  <外伝シナリオ:死角>
 本編をプレイする前でも起動可能なシナリオ。
 それもその筈で、これは本編の冒頭部で語られる、羽山が悪夢を見続けたひと月を書いたシナリオで、キャラクターのカットは一切出ない、選択肢もないショートストーリーなのだ。
 場面に添えられる背景絵も本編で使われた物や写真をフィルタで2次加工した物だし、ぞんざいとまでは言わないが本編を補完する事だけが目的で、作りは二の次な感じがする。

 ここで語られている話は単に悪夢をみた事を書き連ねた物でなく、羽山の知らぬうちに本家から招かれた事で身に起こり始めた悪夢の為、現実なのか夢なのか区別のつかない状況に陥るまでを追ったもの。
 本編中にて養父母の事故死が自分の責任の様に「あんな事さえ云わなければ」と独白する部分の真相も語られている。

 先に起動できるシナリオではあるが、これだけだと多分本編以上に「?」な状態になるかも知れない。
 それぐらい、本編の情報に依存した内容だからだ。
 まぁ、出だしはヘタな官能小説かと思ってしまったぐらいだから、軽く流して本編を起動するのも悪くないだろう。


  <外伝シナリオ:アフェクション>
 本編のTrueEnd「動き出す時間」の後日談である。
 当然だがTrueEndを見なければプレイできない。

 あれから1年後、1DKのマンション住まいである羽山の所に転がり込んだ鈴菜は、美大を見事にすべり予備校通いの毎日。
 教育らしい教育を受けていず未だ精神状態が幼児のままの水菜も、鈴菜と一緒に付いて来ていた。
 年頃の娘ふたりを若い男の所に押し付ける一平の無頓着さに毒づく羽山だったが、それだけ自分が信用されているなどと思いもしなかったのだろうか。

 この狭い部屋では館で当然の様に囁いていた睦言も躊躇われ、だからといって水菜を放置して二人だけの時間を過ごすのも恐ろしくて出来ない。
 そうやって欲求不満になっていくうちに事件はおこる。


 このシナリオは、一応一本道だ。
 一応というのは選択肢が一箇所だけあり、後のシナリオが水菜と鈴菜に分れるからだ。
 なんだか申しわけ程度に付けた選択肢の様にも見えるがこれはこれでニクイ演出で、選択肢がひとつなのは羽山が「水菜と鈴菜のどちらを選ぶか?」というイジワルなのだ。

 どちらを選んでも発生イベントに違いがあるだけで結果に変わりはない。
 選んだ方が倉木の山に連れていかれるので、羽山が誰のために血相変えて東京から夜通し追いかけてきたか…という結びになっている。

 一番気になったのは、最後に加賀が一平に告げた言葉だ。
 巫女である水菜と鈴菜は当然としても、8歳で死に20歳で生き返るまで拠り代となっていた羽山が、普通の人間であろう筈もない。
 それは解るが、今も羽山の精神は水菜を護る神と繋がっているのだろうか。

 助けなければならないという義務感と攫っていった事を怒り殴りつけた羽山が放った力は、加賀に云わせると人を殺すに余りあるものらしい。
 いや、それよりも問題なのは、羽山が怒りの衝動からその力を呼び覚ましている事。
 怒りは爆発的な感情の起伏であり、制御は極めて難しい。
 万が一、日常生活でおこる些細なトラブルで不用意に発動すれば、取り返しのつかない事態になりかねない。
 それを懸念して羽山に修行させた方がいいと勧告したのだろうが、当の一平は当主を信じているからと笑みを零しただけだった。
 でも、それでいいと思う。
 今の羽山は、自分のためにそんな力を振るう事はないだろうから。
 本当に必要な時、水菜と鈴菜を守りたいという気持ちがあるからこそ、その力は振るわれるのだから。

 最後に、より強い意志によりここにいる…って、まだ続くゾって予告だろうか?


  (総評)
 何だかんだ言いながら3度目になるプレイを終えて、それでも結構な収穫があった。
 追加ルートで幾つかの不明瞭だった点が補足されたため、楽に解釈できるようになった事は何よりだと思う。
 私的には新たに描きおろされたCG、以前の物と挿し換えられたCGが30枚以上もありこちらのほうが嬉しかったのだが、解説付きフローチャートのおかげで分岐のあらましがようやく理解できスッキリした感じだ。
 DVDのパッケージを開け、マニュアルの「普通の巫女姿」な水菜・鈴菜に萌えの真髄を見せつけられたと思いきや、パッケージの内側印刷面にはそれを越える萌えの境地に至った母君の御姿を発見。
 もっとも親娘両方に萌える人はそんなにいないだろうが…。
 世間一般ではこれを収穫とは言わないだろうが、初回限定特典の設定資料集をお持ちの方は本当にお宝物だと思う。


 それにしても紛らわしいかったのは、怨霊と神の代理として現れたふたつの存在が同じ姿を共有していた点。
 理由はいくら怨霊と化したとはいえ元は倉木の神から分れた存在ゆえ、双子のそれと同じようにお互いが合わせ鏡のような関係だったからだが、おかげで最初は神の加護と祟りが同時に出たのかと勘違いしてしまった。

 羽山を取り戻すべき半身だと言いつづけてたのも怨霊の方で、これもかなり思い違いしやすい。
 チヨにしても、羽山の中にいる存在が自分達の信仰対象の一部だとも気付かず、禍蛇だと見誤って殺そうとしていたわけだから、どこもかしこも鵜呑みにするととんでもない誤解をしたままTrueEndルートに入ってしまいかねない。
 いや私自身、かなり誤解していたのだ。
 オフィシャルの設定を見てない為まだまだ誤解している面も多いはずだが、DVD版をじっくり解いてはじめて関係図を取り違えていた事に気付いたのだから。

 さて、シナリオの幹となっている「月待ちの儀」について少し考えてみた。 
 明治の大火の後、失われた儀式の代わりに誤った方法で執り行われていたものだが、思うにチヨが政府関係者に指導された内容は、山の穢れを鬼界へ流し常に神聖な状態に保つだけなのだから、わざわざ自分の体に降ろさなくても可能なはずだ。
 では、鈴菜がしていた事は何だったのだろう?
 すべてはその儀式にて、もっとも神の力が強い場所で巫女に子を宿らせる為。
 そうするとチヨが指導され実践してきた儀式と異なる事を、由利子が怨霊に云われるままさせていた…と考える方が自然だ。
 儀式を仕切っていたチヨは病の床だし、都合の悪い者はすべて館から追い出したのも、そんな事情からだと思う。

 本来儀式とは神との対話だ。
 神託を受けるなら琴師が神主の体に神霊を憑依させるものだが、倉木神社では供物を捧げる事もなく降ろしていたのも穢れだった。
 もちろんこれは偽りの儀式だったが、審神者(さにわ)がいない事然り、神官より巫女の方が重要という言葉の意味を、最後の最後で知る事になる。
 山そのものが信仰対象であり、そこにある存在…意志と直に対話するため審神者を必要としない理由はここにあるのだろうが、その為にも山の神と一体化した女性の妹…初代の巫女に連なる血筋の巫女である事が重要だという意味だろう。

 神道の、しかも儀式を題材にした作品は本当に希少だと思う。
 それだけ色々と難しい面が多々あったのだろうが、真っ向から取り組んだ最高の作品だったと評したい。
 そして、最高に悩ませてくれた作品だったとも。


(あおきゆいな)


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