木漏れ日の並木道
 永遠の愛は存在するのだろうか?

1.メーカー名:F&C・FC01
2.ジャンル:ハートフル恋愛ADV
3.ストーリー完成度:A
4.H度:C (あくまでH。エロくゎない)
5.オススメ度:A
6.攻略難易度:C
7.その他:この作品は愛娘・さくらを愛でる目的のみに存在する。故に本作を用い、いかなる… [以下、検閲により削除]


(ストーリー)
 その桜並木の下で、中里浩一と綾瀬未来が出逢ったのはもう5年も前になる。
 弁護士を志し国立鳩村大学へ通う事になった浩一は、アパートに舞い込んできた花びらに誘われ公園の並木道へと足を運んだ。
 そこで、満開のさくらを見上げ涙する未来と出逢ったのだ。
 不治の病に冒され余命幾ばくもないという彼女の儚い美しさに惹かれ…一目惚れした浩一は、すべて承知のうえでプロポーズした。
 学生結婚であったが、慎ましくも充実した日々…。
 それまで絶望の淵で死を待つだけと悲観し諦めていた未来は、この偶然の出逢いがもたらした幸せの中で、自分が生きた確かな証〜さくらと命名した愛の結晶を遺し、穏やかに逝去した。

 それから3年。
 自分と同じような悲しみを少しでも減らしたいと医学部へ編入した浩一は、未だに亡き妻への想いに縛られたまま前に進めずにいた。
 そんな彼の時間が、桜咲く季節にふたたび動き出す。
 切なさと、優しさのたくさん詰まった、この『すめらぎ』を舞台にして。


 本作をこれからプレイしようとお考えの方にまず伝えたいのが、BGMとムービー再生のために「Windows media Audio Codec(WMA Driverと表示)」と「Indeo5 Codecs」を、本体プログラムとは別にインストールする必要性があるという事だ。
 各プレイヤーの環境にもよるが、BGMを含む「音を一切鳴らさない」という人も実際にいるし、本編攻略に関係のないムービーを再生するためだけにソフトを入れる事を躊躇う人もいるだろう。
 だがプログラム自体は本体のインストールディスクに同梱されておりさほど手間はかからない事でもあるし、ムービーの動画の品質はすこぶる高く、これだけでも一見の価値はあると思える。
 またBGMの方も、音が出ない環境でない限りは是非聞いて欲しい。
 四季の移ろいの中で繰り広げられるイベントは、テキストや絵だけでは伝えきれない心情の変化をBGMに託している場面が多いと感じられたからだ。
 これは作品に対する印象にも深く関わる、とても重要な要素だといえるのではないだろうか。

 各種機能設定は充実しており、機能性と実用性を第一に考えられた作りで大変使い勝手がいい。
 ゲーム画面やテキスト表示などに関連するCONFIG設定、キャラクター別にON/OFFの設定が可能なVOICE設定・効果音設定ではゲーム用SEの他にシステム用SEの設定もあり、BGMの設定も別個に付いている。
 これらサウンド関連の設定には、Windowsのマスターボリュームに依存せず個々に音量を調整できるため、環境に合わせ調節しやすく、とても重宝した。
 ユーザーセーブエリアは20箇所と少なめであるが、それを補うためシナリオでの日付の変わり目に自動保存されるオートセーブエリアが5箇所、加えてクイックセーブエリアも5箇所あり、シナリオを進めるにあたっては充分に活用できるものだ。

 ゲーム画面だが、本作は細々と分割せずに全面を使って画像を表示し、その画面下方にテキスト表示用フレームを載せた仕様になっている。
 その他の機能ボタンなどは右クリックによるポップアップウインドウに収められた形式になっており、極力ゲーム画面がシンプルになるように考慮されている。
 このため画面一杯に描かれた背景に重ねて表示される立ち絵も大きく、ほのぼの系のゲームでなければさぞ迫力に富んだ演出も出来た事だろうと思わせるぐらい見応えがある。
 またこの「表示の大きさ」を利用し、上背がある大人を縦幅一杯に、3歳児のさくらは下半分といった具合で、その身長差をうまく表現しているのだ。


 生活の拠点となっている『すめらぎ』は、ヒロインのひとり・伊吹が大家として切り盛りする古びた佇まいの木造アパートだが、内装はリフォームされ外観の印象とはほど遠い小綺麗な部屋になっている。
 浩一は6歳から11際までをこのすめらぎで過ごし、国立鳩村大学に通うため、再びこの場所へ戻ってきた。

 この物語の舞台である桧町は、浩一と未来が出逢った想い出の並木道がある桜の森公園を中心に描かれており、各地点の距離感まで実にしっかりと設定されている。
 マニュアルとオフィシャルサイトで簡易マップが公開されており、略地図ではあるが位置関係はこれで充分に把握できるだろう。
 本作に触れてみて最初に感じた事だが、一見するとさらっと描かれているように感じるがとても緻密に作り込まれた舞台背景であったため、F&Cの各ブランドで共有利用している「共通の世界観」でもあるのかと思えたほどだ。

 その舞台で展開される物語は、四季を通じて起きるイベントを介して様々な人間模様を丁寧に描かれている。
 主軸となるストーリーに配置された共通イベントと、各ヒロインとの交流によって発生するルートイベントに分かれるのだが、共通イベントの方もただの消化イベントではなく、浩一の愛娘・さくらに深く関わった出来事が数多く含まれていた。
 ヒロイン毎のルートで話が進み浩一と結ばれる事になれば、それは同時にさくらの継母となるわけだから、この子の存在を抜きに語る事も出来ないだろう。
 ある意味でもっとも存在感がある物語の鍵を握るキャラクターそれがさくらなのだ。
 そのさくらの成長を日々感じながら、ゆったりとした時間の流れの中で交わる想いの数々を綴った話であるため劇的な変化には乏しいものの、しっとりとしたおもむきある物語に仕上がっていると評したい。


■各キャラクターの年齢設定について
 ヒロイン個別評価の前に、本作における時間の流れと年齢について考察してみたい。
 シナリオが開始する4月からおよそ1年に渡り、ヒロイン達に関する情報を様々な場面で得る事が出来る。

スタート時点で年齢が解っているキャラクターは、姫乃(20歳)とさくら(3歳)のふたりだけ。
浩一は「6歳から11歳まですめらぎに住んでいて8年後に戻ってきた」とあった。
浩一と未来が出逢ったのは5年前であり、「今」は未来が亡くなって3年後である。
未来は享年21歳。
8月生まれの紅葉は中学3年だから現在14歳。
16歳で結婚した伊吹は、21歳で未亡人になっている。
紫苑は未来のふたつ下。
楓は看護科1年だから、多分18歳だろう。


 これらの情報を整理すると、以下のように推測される。
18年前 浩一6歳、中里家入居
15年前 紅葉誕生
12年前 中里家、地方へ転出 (医者の父親が開業)
11年前 すめらぎの先代大家・豪が他界 (伊吹21歳)
10年前 浩一の母他界
5年前 浩一、単身すめらぎへ。桜並木で未来と出逢う
桜が散る前に未来と結婚、翌日に椿を拾う
4年前 さくら誕生 (未来と同じ誕生日)
3年前 12月に未来が他界
2年前 姫乃、短大へ
去 年 浩一、医学部へ編入
現 在 シナリオスタート、姫乃が短大を卒業し帰郷

 以上から、各人物の年齢を誕生日順に並べると…
中里浩一: 23歳 5月5日生まれ  
綾瀬紫苑: 20歳 7月23日生まれ
真崎楓: 18歳 8月10日生まれ
雪桜紅葉: 14歳 8月18日生まれ
雪桜伊吹: 32歳 9月23日生まれ
中里未来: 享年21歳 10月30日生まれ (浩一より1歳下)
中里さくら: 3歳 10月30日生まれ  
雪桜姫乃: 20歳 12月28日生まれ

 

…となり、同じ年という事だけで年齢不詳の巴となつきに関しては、「楓の兄・凪」の高校時代の1年先輩であり、かつ「凪は医者(もしくは研修医)である」事からも、それなりの年齢である事が判る。


 シナリオは四季の共通イベントを主軸に描かれており、ルートヒロインにまつわるイベントが済むと無駄に時間を経過させる事無く、次の季節へと移ってゆく。


■<雪桜姫乃>
 新米の保母さんで、伊吹の養女。
 姫乃は伊吹の兄夫妻の子であり、事故死した夫妻から引き取られたのだが、その事を姫乃自身も知っている。
 ただ、事情を知らない紅葉の事を考え、伊吹と姫乃の間だけの秘密としていたのだろう。
 そのため、この設定は全くと言っていいほど活かされておらず、何のために設定されたのか疑問だけが残った。

 本作のメインヒロインであり、この春に帰郷した彼女と『想い出の並木道』で再会した事で、浩一を取り巻く環境が変わりはじめた。
 【姫乃ルート】は浩一救済シナリオである〜とひと言で片づけてしまうとミもフタもないのだが、どんな形であっても浩一への想いが成就される事が彼女の本願である以上、彼の心を救う為の行動は姫乃にとって見返りなど必要としない、まさに無償の愛だった。
 浩一への奉仕は自己犠牲の精神にも似たものだと思えたのだが「惚れた相手」限定のようであり、また偽善者の様な嫌らしさが感じられなかった点は良かった。
 ただ、せっかく穏やかで暖かさの溢れる良いシナリオであるのに押しやかけ引きといった物が乏しい為、取り留めなく感じられてしまうのはとても残念だ。

 子供好きでほんわかした性格の姫乃は「尽くすタイプ」であり、喜んで貰える事に幸せを感じる女性なのだが、これでいて意外と独占欲が強い所もポイントが高かった(爆)。
 もっともその性格設定は【バッドエンドルート】で最大に発揮されるのだが、これについては後述に任せるとして、このルートで伏線となっているのは幼少期に浩一と交わした結婚の約束。
 その時左手薬指に嵌めてもらった玩具の指輪を今も大切に持ち歩いていたりするのだが、おもしろい事にこの話は【姫乃ルート】でしか聞けないのだ。
 これは姫乃自身がその約束を盾にして浩一に結婚を迫るつもりが無かった為で、突然沸いて出た設定ではない。
 他のヒロインルートでこの話を意図的に伏せた事により、姫乃が約束を持ち出すつもりがない事に真実味を与えているわけだ。

 【姫乃ルート】での問題点は幾つかあるのだが、やはりクライマックスでの事故が最も深刻ではないだろうか。
 雪道でスリップした車からさくらを庇い跳ねられた姫乃が重傷を負ったこのイベントは、その結末まで含め文句なしに本作最高の出来だと思うが、事故の起きた12月17日の朝に雪が積もるのは【姫乃ルート】だけなのだ。
 だが「朝に雪が積もる=スリップ事故」とする必要が何処にあるのだろうか。
 道端で雪遊びに夢中になっていたさくらの行動を少し変えるなり、保育園に行く時間を少しずらせば済んだ事。
 同じ時間軸を経過する他のルートシナリオで雪が降らないのは不自然極まりない。
 それに、他のルートシナリオで降雪があっても、何の不都合も無かったわけだし…。

 もうひとつ、違和感というならこちらのイベントの方が凄いだろう。
 ルートシナリオの後日談だが、伊吹の計らいで夫婦水入らず夏の海に出かけたふたりは、そこで未来と瓜二つの少女と出逢う。
 容姿がそっくりなのは構わないが、だからといって未来の立ち絵を使い回すのはやめて欲しい。
 真夏の炎天下で焼けた砂浜の上を「春物の外着」で…ショールを羽織って闊歩している姿は異様にしか見えず、これなら立ち絵を出さずに背景だけ表示してあった方がマシだと思えるぐらいだ。

 しかし、このイベント自体はとても重要な演出を担っている。
 本編の8月17日、共通イベントである盆の墓参りでのことだが、浩一はひと足早く来て墓前に手を合わせていた紫苑を未来と錯覚し、「あるはずのない妻との再会」に我を忘れ取り乱した。
 そんな浩一だったが、姫乃のおかげで以前のように無様に取り乱す事もなくなり、過去を過去として今を大切に出来るようになったと、後日談ではそういう結びになっているのだ。
 このように本編のルートシナリオを綺麗にまとめた素晴らしい内容であるだけに、僅かばかりの労力を惜しみ手を抜くのは作品の余韻すら台無しにしかねない物だと感じた。


■<雪桜伊吹>
 『すめらぎ』の大家さん。
 浩一にとっては初恋の人であり、憧れのお姉さんでもあった。
 21歳で未亡人となり、女手ひとつでふたりの娘を育ててきた伊吹は、妻を失い娘を心の支えに生きる浩一を、誰よりも理解できる人物だ。

 このルートシナリオの始まりは、大切な人を失った者同士の傷の舐めあいである。
 伊吹にとって浩一は、いつまでも可愛い弟分でしかなく、それは永遠に変わらない筈だった。
 「弟」としてみている一方で「男」として意識している面が多々あり、時には姉的立場での悪戯心とは思えないほどの言動を取ったりもするが、冗談半分である事は確かなようで、それは【姫乃ルート】で娘を応援する姿からも窺える。
 だが半分はホンキであり、浩一の優しさに絆され一線を越えてしまったのは、普段から機会さえあればと狙っていたからではないだろうか。
 …そう思えるほど、積極的にスキンシップに勤しんでいるヒトなのだ(笑)。

 さすがにそれだけで終わったのなら、バッドエンド以上に後味の悪いシナリオだと評さなければならない所だが、早退した姫乃にふたりの情事を目撃され“ひとときの温もりを求める”関係はここで終わり、冬にイベントをひとつ挟んでエンディングへと移行する。
 感心したのは目撃される2日前の朝、保育園で出迎えた姫乃がくしゃみをしており、「風邪をひかないように予防を…」と云っていたのだ。
 そのために早退してきたわけだが、他のルートでは風邪をひかなかったという事だろう。
 実に細かい演出だが、この配慮こそが本作の魅力そのものだと思える。

 元々負の感情と後ろめたさの中での愛欲の求め合いなだけに“クライマックス”は無い。
 しかし冬のイベントが「浩一と伊吹の関係」の転機であり、そこから1年後の春へと季節が移り、心の整理が付いた伊吹が浩一の想いを受け入れた結末まで平坦ではあったが、寄り添える喜びを素直に描いたそんなエンディングだった。

 この後日談で、何時まで経っても浩一を『義父』と呼ぶ事に躊躇う娘達に、「あたしのマイダーリン」だと牽制しているのには大笑いさせて貰った。


■<真崎楓>
 鳩村大学の看護科に在籍する後輩で、遅刻寸前で急ぐあまりにぶつかったというベタな出逢いをしている。
 医者を目指す浩一が、彼女の知る医者の印象とはかけ離れた柔和な人物であったため興味を持ったようだ。

 全体として穏やかな雰囲気を持つシナリオだが、【姫乃ルート】に次ぐ起伏の乏しいルートシナリオでもある。
 だが、自己犠牲的な面が目立つ【姫乃ルート】と比べ、幾分かは印象の強いシナリオだ。
 「看護科に在籍している」設定を活かしたシナリオであるが、これは家庭の問題に起因するというだけの事であり、仮に楓が看護科でなくてもシナリオは書けただろう。
 ただ、なぜ看護科に進んだのか、その理由となる所はしっかりと描けており、その事が彼女自身を苦しめている原因である事が、解りやすく綴られている。

 彼女の身の上話はシナリオの幕引きにまで引き摺っていて、他のヒロインには手を差し伸べられるばかりの浩一が、殆ど一方的に楓を助ける役を担っている所は他のルートと異なるものだ。
 なにより「余所の家庭の事情」に口を出せずただ待つだけのもどかしさに終始していたシナリオの運びは、あきらかに他と一線を画したものだった。
 浩一の優しさの中に悲しみが同居している事を出逢ってすぐに知った楓だが、最期まで彼を悲しみから救いたいと望んでないのも、他のシナリオと異なる所。
 彼女自身にその余裕が無かった事もあるが、浩一の心が“さくらの存在に支えられ辛うじて保っている”ぐらい弱っているとは思いもしなかったのだろう。
 看護科の授業についてゆくために無理をして体調を崩す楓に、妻の末期の姿を重ねてしまった浩一の心中は穏やかではなかったはず。
 健康である事は、何より大切な事であると解く彼の言葉には、切実な想いが込められているのだ。

 一家中が医師である真崎家にあって、末っ子の楓はあまりにも凡才だった。
 決して「人として劣っている」わけではないのだが、かけられる期待と自分の限界との狭間で、いつも劣等感に苛まれていたのだろう。
 不得意な分野である看護科に進んだのも、役に立つと認めて欲しかったから。
 そんな楓だが、母性愛…子供にたいして惜しむことなく愛を注げる女性ならではの天分を持ち、また子供と同じ価値観を分かち合える絵本をこよなく愛している。
 この事が【楓ルート】の伏線であり、それまで家族の顔色を気にしすぎていた楓が、「自分らしく」生きる道を模索するきっかけとなっていた。
 シナリオ的にはここから、楓がすめらぎに越してきたりと大きく動くのだが、家族との不和から関係修復までの流れは前半から延々と続いているものなので、大して変化したように感じられなかったのは残念である。

 本作においてメインヒロインである姫乃の実質的なライバルは楓と紫苑なのだが、友人関係を結んだのは楓とだけ。
 浩一が楓と出逢った4月11日、他のルートで姫乃は保育園で子供達と鬼ごっこの最中に浩一にぶつかり、倒れた拍子にファーストキスを捧げてしまうのだが、【楓ルート】だけは勝利を収め、ぶつからなかったのだ。
 もし不慮の事故でもファーストキスを奪われていたなら、姫乃は楓に対しどう対抗してきただろうか?
 姫乃がライバル宣言した翌日に、楓が先手必勝で『キスマークが付くような事』を浩一としたのを知って取り乱した事を考えると、つい笑いがこみ上げてきてしまった。


■<綾瀬紫苑>
 未来の妹で、姉を通じて浩一の優しさを知るようになってから彼に惹かれ、今も変わらず浩一を慕っているが、自分の気持ちに素直になれないでいた。
 未来と紫苑の容姿はとても似ているが、性格は姉と正反対であるため受ける印象は異なる。
 姉の代わりではなく「自分自身」を見て貰えない事は苦痛でしかなく、大好きだった亡き姉に対しコンプレックスを持つ原因になった。

 劇作家として、劇団トゥインクルの脚本を手がけている紫苑は在宅ワークであるため、彼女と逢うためには『大学と自宅を往復する』通常の行動ルートを大きく外れなければならない。
 このため地理的・時間的に他のヒロインの行動とかみ合わず、結果として独立した感じに仕上がっている。
 しかし“未来の妹”という立場上すめらぎの面々ともそれなりに親交があり、共通イベントにも深く関わっているので主軸のシナリオから遊離した感じはない。
 その共通イベントだが、伊吹には相当気に入られているようで、人付き合いは悪い方ではないが「お祭り騒ぎ」が苦手な紫苑にとっては災難でしかない。
 これは後述する【エクストラシナリオ】で語られる事だが未来がウワバミであったため、酒豪の伊吹がいたく気に入ってしまった事に関連しているのだろう、しかし紫苑は限りなく下戸に近かった。

 この【紫苑ルート】も伏線の使い方が絶妙だった。
 8月10日に義父母がさくらに会いたがっているからと云う事で綾瀬家を訪ねるが、このとき紫苑の仕草に未来の面影をみた浩一の漏らした言葉に、つい「姉さんなんか、大っ嫌い」と口籠もる。
 この台詞は、“想いは募るばかりなのに自分の事を見てくれない”からであるが、他のルートでは“出来のいいコピーとして見られる事への不愉快さ”が先に立っているため、あきらかに意味する所が違う。
 10月10日に帰宅が遅くなり、さくらを迎えに行けなかった浩一に代わり、紫苑が入浴まで済ませて帰りを待ってくれていたが、他のルートでは保母である姫乃が連れて帰ってくれている。
 その翌日から義父母が京都へ旅行に出かけているが、これも【紫苑ルート】で浩一が頻繁に綾瀬家へ出入りするための伏線だったわけだ。

 また紫苑が劇作家である設定もうまく活かされている。
 浩一の心を「未来への想い」から救い自分だけに向けさせる事が出来ないと悟り彼の元を去った紫苑が、その心中〜誰にも明かせずにいた本音を舞台シナリオに織り込んでいて、それを目の当たりにした浩一が“本当に大切な事”に気付くきっかけになっていた。
 知的で常に冷静を装う紫苑の中に秘めた情熱と慟哭が、見事に表されたすばらしいクライマックスで、これは【姫乃ルート】のクライマックスに匹敵する秀作だと断言出来るものだ。

 出逢いは最悪といっていいだろう。
 病弱で世間知らずな姉をナンパして、挙げ句に自分から取り上げてしまった極悪人。
 それで未来が不幸であったなら浩一を恨む事が出来たのだろうが、紫苑と過ごした年月より彼との結婚生活のほうがずっと幸せであった。
 浩一と出逢わなければ、未来はささやかな夢すら描けずに、短い生涯を病院のベッドの上で終えていた事だろう。
 しかし未来はもう居ない。
 いつまでも想い出に縋る愛しい人を、その孤独から救い出したいと願った紫苑の想いは、とても強く純粋であった…。

 それにしても、メインヒロインの姫乃よりも、シナリオの本質が捉えやすく、なにより共感しやすいとは…。
 「心」といった目に見えない部分の表現が多い本作において、このルートシナリオは感情の起伏が激しい分、より身近に感じたのかもしれない。


■<雪桜紅葉>
 伊吹の娘で、中学生2年生。
 5年前に引っ越してきた浩一に一目惚れしたおませさんは、程なくして失恋する事になった。
 それ以来、明るさと根性と若さを武器に、早く一人前の女として認めて貰いたくて色々画策しているが、義姉をライバル視しているわりに料理の腕前は絶望的だったりと、今ひとつ努力が足りなかったりする。

 当然だが、この時点で手を出したら大問題だ。(笑)
 そのため紅葉に関しては、浩一と結ばれるのが10年後になっている。
 浩一が未来の想い出を抱えて生きていこうと決めてからの9年もの歳月を、看護士の資格まで取って彼の傍で支え続けた紅葉。
 「好きな気持ちを、無理に整理しようとするから苦しくなる」と諭し浩一を絆してしまったあたりは、さすが自称「先物買いでも後悔はさせない将来有望株」なだけはある。

 はっきり言うと本作に【紅葉ルート】は存在しない
 主軸であるシナリオの末にあるノーマルエンド、それが紅葉のエンディングなのだ。
 つまり本作は普通に進める限り、必ず誰かと結ばれる構造になっている。
 ではなぜ、「紅葉の機嫌をとるような選択肢が存在するのか」という疑問が出てくるのだが、この選択肢の存在は、他のヒロインに関わる選択を避ける事に繋がっているのだ。
 最初「誰にもなびかなければ、バッドエンドかぇ?」と進めてみた結果が、このエンディングに辿り着いたわけで、聞く所によると「紅葉は攻略できない」という噂まであったとか。
 …確かに、“攻略”はしてないけどね(笑)。

 紅葉の初恋の相手は、間違いなく浩一なのだろう。
 さくらと支えあうようにして生きている浩一に、いつも屈託のない笑顔を見せていた紅葉。
 年の差はあれど、何より想い続けることが大切なのだという事を実践した紅葉は、とても素敵な人生を過ごしていると思えた。

 エンディングでは中学生になったさくらに「子供の前でいちゃいちゃするな」と言われるほど夫婦仲は良好。
 後日談がないので判断が付かないが、この夫妻の間に子供が…さくらの弟妹が産まれる日も遠くないのかも知れない。
 しかしなんだ、あの年になってもまだファザコンが抜けてないさくらって、ある意味不幸かも。


■バッドエンド<母娘どんぶり楓添え(仮)>
 浩一の性格を第一に考えてみれば、最悪のシナリオといえるだろう。
 よく紫苑に八方美人と称されたが、実践してみればこのありさま
 優しく接する事はいい事だが、けじめ無く誰に対してもそうしてると、収集つかなくなるいい見本である。

 経過としては、ちょうど姫乃と伊吹のシナリオを混ぜた感じであり、寂しさを紛らわすために伊吹と関係を持ってしまったのに、姫乃の優しさにも甘えてしまい、しかしどちらか一方を選ぶ事も出来ず泥沼状態になるわけだ。
 さらに結婚のために大学を去る楓に、「初めての人」になって欲しいと懇願され、ふた言返事で応じてしまった…

 困った事に本作最高のえろえろなシーン満載なのだが、このエンディングを見る時点で浩一に感情移入していたら、かなりヘコむこと間違いなしである。
 ただ、先に書いたように、意図的に選択していかなければ、バッドエンドになることはないだろう。

 内容はともかくとして、このエンディングにも見るべき点はある。
 泥沼と化した関係にトドメをさした伊吹と姫乃の母娘ドンブリだが、誰に強要されるわけでもなく自然にこのイベントへと流れていっているのだ。
 基になっているのは伊吹ルートで、姫乃に情事を目撃されるシーン。
 居直って関係をみとめた伊吹の台詞に触発され、彼を奪われたくない一心で脱いでしまったわけだ。
 寝取られたものは寝取り返すというのもどうかと思うが、姫乃の嫉妬心を見事に利用した伏線のはり方には、思わず手をたたいてしまった。


■エクストラシナリオ<中里未来>
 このシナリオは、選択肢のないデジタルノベルで、浩一と未来の馴れ初めを綴った物語。
 本編のどれかひとつでもエンディングを迎えると、このシナリオを見られる様になるのだが、個人的見解としては一番最後に見る事をお勧めしたい。
 なぜなら、本作において“未来との想い出”は各ルートシナリオで少しずつ語られており、それらすべてを踏まえたうえでこのシナリオを紐解く事が、もっとも望ましいと思えるからだ。
 だがそれ以上に、この【エクストラシナリオ】を先に読んでしまうと、未来の境遇〜彼女への思い入れが強くなってしまい、浩一と結ばれるヒロイン達に感情移入し難くなるとさえ感じられたのだ。

 このシナリオだけだと補完されるべき情報が揃っていないため、浩一が一目惚れした相手が不治の病を患っている未来である事を除くと、その内容はお惚気にしかなってない。
 それ故に一通りシナリオを読んだ後に閲覧可能になるわけだが、それでも迎えたエンディング次第だと思う。
 各ルートシナリオで語られている想い出話で「得られる情報に違いがある」うえ、そのヒロインと未来がどんな関係にあったのかでも、このエクストラシナリオの受け止め方が変わるのではないだろうか。

 未来との運命的な出逢いと、交わされる永遠の誓い。
 「産まれてきてよかった」
 そう素直に云えた未来のためにも、浩一は幸せになる『義務』があると思えたのだ。
 本作の根幹となっている悲しく切ない昔話に織り込まれた、浩一の募る想いを反芻しながらじっくりと読んで欲しい、そんなシナリオだった。


(総評)
 本作は優しさがあふれた作品である。
 同じすめらぎに住む雪桜母娘やなつきに巴といった個性的面々以外にも、未来の父母や紫苑、大学の同輩の七村に後輩の楓など、浩一を取り巻く環境には色々な立場の人物がいて、彼を暖かく支えてくれていた。
 だが仮に、彼の周囲にお人好しばかりを集めた所で、無条件に信頼や愛情を得られるものでもない。
 つまり、浩一が人々の好意や愛情に支えられているのも、ひとえにこれまで彼自身が行ってきた「他人への気遣いや接し方」のうえに成り立つものだと思う。
 それも、安っぽい善意などでなく、“当然の事”として行ってきた事がなにより価値ある事だと思えるのだ。
 本作中には、海で姫乃をナンパしてきた男など、見ていて嫌悪感しか沸かない人物も登場している。
 またヒロイン達も嫉妬するし、喧嘩もそれなりにしている。
 決して都合よく“浩一に好意的な人物だけ”を扱ったシナリオなどではないのだ。

 そんな人々の想いが交錯する作品だが、元々「未来の物語」として書き始められたものであるという。
 それが最終的に「未来を失った事」を前提に語られた話になり、そのため本編内では”過去形“でしかない浩一と未来の馴れ初めまでもがしっかりと作られてたわけだ。
 これは各ルートシナリオの中に鏤められていたのだが、亡き妻との想い出を日々の暮らしの中で垣間見る浩一の姿も、悲壮さこそあれネチネチとしたしつこさは感じられないためすんなりと受け止める事ができた。
 だからだろうか、シナリオが進むほどに彼の心の傷〜その悲しみがじわじわと伝わってきて、浩一を助けたいと願うヒロイン達の切ない想いにも素直に共感できたのだ。

 さて、美点ばかりを挙げてきたが、それなりに問題もある。
 その最大級といえるのが避妊に関しての誤った知識だ。
 相手に「安全日」だと云われ、それを真に受けてしまっている点。
 これは本来オギノ式という“基礎体温・生理周期から妊娠しやすい時期”を判断するための統計データを、逆手に取って解釈した物であり、『妊娠しない』というのは全くの誤解である。
 まして「医学生」の浩一が、問題視していないのは何ともお粗末な話だ。
 仮に「専攻していないから」と言い訳をするにしても、相手を本当に思いやるならこの程度の知識ぐらいは身につけておいて然りだし、彼の性格からしてもあまりに不誠実な事ではないだろうか。


 浩一が未来を失い心を痛めているように、ヒロイン達も心に負った傷や悩みを抱えて暮らしている。
 母との想い出を持たないさくら。
 最愛の姉を亡くした紫苑。
 夫を亡くした伊吹に、幼くして父を亡くした姫乃に紅葉。
 特に姫乃は、伊吹の兄夫婦の遺児でもあり、ますます構図が複雑になっている。
 このうえ心理描写と個々の駆け引きなどが加わるため、それぞれの描写も細かくなっていくばかり。
 危うさはないが、淡々と語られるだけのシナリオで、よく最後まで保てたものだと思えたほどだ。
 むしろ『無謀な展開にしなかった事』が功を奏したのかもしれない。

 浩一は未来との想い出を糧に、新たな出発を決意する。
 それは隣に寄り添う女性を亡き妻の代わりに見立て寂しさを紛らわすものではなく、本当の意味で過去からの脱却だった。
 確かに別れは辛く悲しいものだ。
 しかし、それでも“出逢わなければよかった”という結論には繋がらない。
 なぜなら、かけがえのない幸せの日々の中に、沢山の想い出があったはず。

 だから『いまが辛いのは、やがて来る幸せのための準備期間』と楓が浩一に贈った言葉は、この物語を象徴したとても意味深いものであったのだと、そう思えるのだ…。




(あおきゆいな)



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