吊り殺しの元祖・三味線屋勇次


 細い糸で相手を吊り上げて殺す…という、おそらく番組を見ていないだろう人でもピンと来るくらいに有名な『必殺仕事人』シリーズの登場人物。
 初登場は、シリーズ17作目「新・必殺仕事人」第一話(81年5月8日放送)からで、その後19作「必殺仕事人III」21作「必殺仕事人IV」22作「必殺仕切人」とメインレギュラーを張り、テレビシリーズから姿を消す(〜84年12月28日)。
 しかし、その後10年以上経ってから突然劇場版に登場し、96年5月25日公開「必殺! 主水死す」にて飾りの秀と共に中村主水の最期を見つめ、さらにその後99年2月11日公開「必殺! 三味線屋勇次」という単発作品で完全な主役を張った。
 なお、必殺シリーズ関連書籍には「『仕切人』でついに主役に…」と書かれているがこれは嘘で、実際は特定のキャラクターとしか絡まないサブキャラに過ぎなかった。
 演じるのは、いぶし銀・中条きよし。
 実に約18年もの間演じ続けた定番キャラクターとなっている。

 普段は色事を好む軟派な三味線屋。だが、その正体は凄腕で冷酷な仕事人。
 三味線屋おりくを母とするが血の繋がりはなく、彼女のかつての仲間であり、裏切り者としておりくに殺された籐兵衛の息子だった。
 蝋を塗り込んだ三味線の糸を相手の首に巻きつけ、一気に高い所へ吊り上げ、その後しばらく溜めを入れ、最後に糸を弾くと同時に相手がこと切れる…というのが基本型だ。
 このフォーマットは有名だが、実はこの技には相当な種類のバリエーションがある。

相手より高い所で待機。糸を下に垂らし、相手が真下に来た瞬間に糸を回転・首に巻きつけ、飛び降りる→相手はそのまま吊り上がる
(新・仕事人初期。これは後に平松伸二の『ブラックエンジェルズ』の真木の技としてパクられた)
相手と同じ高さの位置から糸を投げ、首に巻き付ける→大きくジャンプし、梁や柱などを飛び越える→相手が吊りあがる
基本1
基本1とほぼ同じだが、ジャンプしないで同じ高さで相手の首を締めて殺す
基本2.途中に障害物として行灯・障子・蝋燭・花などがある場合も有)
巻きつけた後、手元に引き寄せてあやとりをするように糸を巻き、締める
相手に糸を巻きつけた後、糸に鉄製の輪っかを通し、跳ね上げる→輪が天井の「くの字型」釘などに引っかかる→そこを基部に吊り上げが完成する
仕切人バリエーション1
糸の間に、錐状の突起が付いた輪っかを通し、跳ね上げる→錐状の突起が天井などに刺さる→そこを基部に吊り上げが完成する
仕切人バリエーション2

 この他にも、相手の刀を利用したり同時に2本の糸を使用したり座ったままで行ったり、「仕事人アヘン戦争へ行く」(仕事人IVのスペシャル)では落盤を引き起こすブービートラップを仕掛けたりと、様々なバリエーションがある。
 相手をいともあっさりと吊り上げてしまうため、スマートな殺しに思えるが、冷静に考えれば恐るべき腕力と糸の強度がなくては不可能な技の筈で、そういったものを一切感じさせない“凄み”もまた魅力の一つとなっている。

 なお、糸の端を咥えて引き伸ばすという動作は、「新・必殺仕事人」14話「主水悪い夢を見る」の殺しのシーン時に、屋形船の上で身体を支えながら演じた際の変形バリエーションだったのだが、後に定番化されたものだ。
 また、勇次は糸を投げる瞬間にしか殺す相手と視線を絡めず、その後は決して相手を見ようとしない。
 すごくニヒルではあるが、そのスタイルの妖艶さと冷酷さは“レギュラーキャラの演技”とは思えないほどで、また過去に登場したどのキャラクターにもない要素だった。
 「新・必殺仕事人」の第54話「主水、入学祝いをする」では、「勇さん、殺さないで!」と懇願する女の前でその恋人を殺すという演出がある。
 仕事人シリーズは、今でも時々再放送する事があるので、機会があったら見てみるのも一興だろう。


 ちなみに、ここでは勇次を「吊り殺しの元祖」と書いてはいるが、本当は違う
 必殺シリーズでもっとも最初に吊り殺しを行ったのは2作目「必殺仕置人」の念仏の鉄(山崎努)で、第14話「賭けた命の瓦版」で縄を使用したかなり荒っぽいスタイルの殺しを見せてくれる(厳密には第5話「仏の首に縄かけろ」で、首吊りのロシアンルーレットというものもやっている)。
 またその後も、15作目「必殺仕事人」のスペシャルに初登場した名倉堂・与一(故・フランキー堺)がワイヤー状の凶器による吊り殺しを見せており、なんとこの時殺され役だったのが、市三こと中条きよしだった。
 もっと厳密に言うと、三味線糸を使う殺しも10作目「新・必殺仕置人」のゲスト女殺し屋によって行われている。

 この与一は、後に「必殺仕事人III」の実質的第一話に相当するスペシャル「仕事人大集合」でも登場しているが、なぜか新しいキャラクターとして出て来ており、主水や秀とは面識がない事にされていた。
 この時、与一は超々遠距離からのスナイパー吊り殺しという神業を見せており(屋根の上から窓の格子の隙間を通す!)、その迫力は勇次の技をもはるかにしのいでいた。

 
 「MISSING PARTS2」第三話にて渡瀬の殺害に用いられた“吊り殺し”は、おそらくこの勇次のようなスタイルで行われたものと推察される(屋根の骨組の一部が重量で曲がっている上、OP前に渡瀬の背面上方から何者かが飛び降りる描写がある)が、なぜか具体的な検証は行われておらず、ただ「吊り上げた」という表現だけに留まっている。
 どういう位置関係から骨組が曲がったのか、実行犯が着地した辺りの靴跡などの痕跡の有無はどうか…こういった事には、とうとう触れられなかった。

 勇次の知名度などとは関係なく、「吊り殺しといえばこういうスタイル」という無意識下の刷り込みに頼った表現のようにも解釈できるため、筆者はあまりこの件の描写は気に入っていない。
 本来ならば、どういう位置からどのような行程で凶行に及んだのかを示す工夫が必要だろう。
 冷凍庫内での死体に付けられていた傷などの説明もオミットされているが、本来は渡瀬の殺害方法が明確になってこそのオミットの筈なのだ。

 本文では特に触れていないが、この辺りの表現は不備であるとしか言い様がない。


 
「助けてくれ? 一体何人の人間がてめぇにそういったんだ…?」